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隊長と料理人 (1)


 そのテントからは、いつでも良い匂いの煙が上がっている。


 絶えず敵と対峙している遠征地のキャンプでは、楽しみと言えば食べることくらいだ。その点、今回この第1部隊と第2部隊はラッキーだと言わざるをえない。なぜかというと、

第1・第2部隊の料理人がシュウ・クラマだからだ。

 シュウの作る料理はバリエーションに富んでいて味も良く、もちろん栄養も充分考えられている。


 ここしばらく敵からの攻撃は止んでいる。

 兵士たちは、武器の手入れにも飽きて「今日の昼飯」は何だろうと、調理テントから流れ出す匂いをかいでいる。そのうちの1人がたまらなくなって、ひょいとテントに顔だけ突っ込んで聞き出した。

「シュウ、今日の昼飯はなんだー? 今までかいだことも無いような匂いがするぜ」

「はい、インド地方の料理で、カリーといいます。疲労回復にとても良いそうです」

「へえー」

 するとテントのまわりで話を聞いていた何人もが「カリー?」「ああ、本で読んだことがある。舌にビリビリするらしいぜ」「なんなんだそれはー」などと好きなことを言っている。

 しばらくすると、スッとテントの入り口が開いて大鍋を持ったシュウが現れる。男たちは待ってましたとばかり、鍋が置かれた配膳台に集まり始める。

「本来なら、ナンというものにつけて食べるのですが、さすがにそこまでは出来ませんので」

 と、もう一度テントに戻ると、パンを山盛りにしたカゴを持って出て来たのだった。




 シュウは、最初に現れた屋敷でしばらく春人や冬里と過ごしたあと、現在のインドあたりまで冬里と旅を続けていたが、そこで中国方面へ行く冬里とは袂を分かち、またヨーロッパの方へ帰って来ていた。

 どこかで小さな食堂でも開こうかと候補地を探して歩くうち、ある人物に出会う。


 この部隊の隊長を務める女性。

 リュシル・カールステットという。

 彼女もまた千年人で、しかも、もうそろそろ千年を迎えようとしている大先輩だ。

 今もリュシルは、腹ぺこでガヤガヤとうるさい兵士たちを横目で見ながら、ひとり、食事テーブルの奥に特別にしつらえられた椅子に腰掛けて、優雅にほおづえなどついていた。

 それがまた、ため息がでるほど絵になるのだ。

 茶色がかった輝くようなブロンドヘアに、エメラルド色の美しい瞳。バラ色の頬、ふっくらとつややかな唇。神話に出てくる女神は、きっとこういう容姿をしているのだろうと思わせる美しさなのだ。

 ただし、それは黙って微笑んでいればの話だ。


「おい、私にカリーを持って来てくれる奇特な兵はいないのか?」

「あ! すみません隊長! いますぐ!」

 大慌てでそのとき一番前に並んでいた兵士が、リュシルにカリーを運ぶ。もちろんパンの入った小さなカゴとともに。

「おまたせしました!」

「ありがとう。良い子だ」

 言いながらトレイを置いた兵士の頭を、くしゃ、となでるリュシル。兵士は嫌がるかと思いきや、褒められた子どものように面はゆげに笑っている。回りで見ていたヤツらはちょっとうらやましそうだ。

 リュシルは頭から手を離して配膳台の方に呼びかける。

「おい! こいつにカリーをまわしてやってくれ。ああ、お前はそこに座っていろ」

「はい!」

 上気した顔で兵士その1が答えているところにカリーが運ばれてきた。

「はーいどうぞ。いいなあ、隊長に頭なでなでしてもらう役目。俺がやりたかったー」

 そう言いながら、カリーを運んできた兵士その2はふくれっ面をする。

 すると、リュシルは、

「まったく、なんでお前はいつもそう素直じゃないんだ? そーら!」

 言いながらふくれっ面兵士の頭を抱えて、くしゃくしゃとなでる。

「うわっ!」と驚いていたその兵士も、手を離されたとたん、満面の笑顔をみせた。


 リュシルというこの女性。その顔の美しさとはうらはらにとんでもなく気性が荒い。その上、腕も立つ。その性格は剛胆で、しかもなかなか一筋縄では行かない。

 かと思えば、今の出来事のように母親のような包容力も持ち合わせている。そのため、こちらも気性がとんでもなく荒い兵士たちも、これまた今の出来事のように、良い意味で骨抜き状態だ。



 もともと争いを好まない千年人が、なぜ戦場になど来ているのか。いくら気性が荒いとは言え、リュシルも千年人である。好んでこんな所にいるわけではない。

 リュシルは大勢の人間をまとめるのが得意だ。その上、どんなどう猛な人間でも、リュシルの指導の下に入ると、いつの間にか飼い慣らされてしまうのだ。その才能は、当然ながら軍隊の目にとまってしまう。

 隊長としての仕事を打診されたとき、最初は断るつもりだったリュシルだが、自分が隊をまとめることで、少しでも犠牲者を少なく出来はしないかと考えた。


 そんな折に出会ったのが、食堂を開く前段階として、あちこちの露天で簡単な食事を提供してまわっているシュウだった。

 彼の作る料理は絶品だ。しかもお腹はもとより、心まで満たされるという特徴がある。まあ、満たされてしまって戦闘意欲がなくなっては困るが、生きたいと思えるような料理が作れないかと思ったのだ。

 話を聞いて「さすがにそんな芸当は、とても…」と苦笑したシュウだが、部隊の料理人になることは引き受けてくれた。

 ひとりでも多くの兵士に栄養価を考えた食事を提供して、帰って来られる率を上げる役に立てれば、という理由からだ。

 シュウが承諾してくれたので、リュシルは料理人とセットでいいなら、と、軍が目を丸くするような条件で、隊長の職を引き受けたのだった。



 シュウのカリーは好評で、うわさを聞きつけた他の部隊の兵士も分けてもらいにに来るほどだった。

「うわっ。美味い!」

「うーん、しかもなんだか力がわいてくるような…」

「おい! お前らはもう昼飯喰ったんだろ。俺たちの分がなくなっちまう、あっちいけ」

「ちょっとくらい分けろよ、ケチ」

「なんだとー」

 食べ物の恨みは怖いと言うが、シュウのカリーを食べているにもかかわらず、鍋のまわりに険悪なムードが漂う。すると、スッと大鍋が差し出され、

「カリーは沢山作る方が美味しいと聞きましたので、まだまだありますよ」

と、シュウが言う。

 兵士たちは「おおー!」と感嘆の声を上げて、砂糖に群がるアリのようにまた集まりだした。

 そんな様子を、うんうんと力強く頷きながら見ているリュシル。


 しばらくして、お腹も心も満たされた兵士たちが三々五々散らばっていくと、リュシルの前に置いてあった皿がスッとさげられる。

 シュウだった。

「もうよろしいですか?」

「ああ、私はあいつらみたいに、ゾウや熊ほど食べる訳じゃないからな」

 すると、シュウがフフッと笑いながら本当に楽しそうに言う。

「そんな言い方はひどいですよ」

「いいじゃないか、本当のことなんだから」

「わかりました」

 そのまま行ってしまおうとするシュウにリュシルが声をかける。

「クラマ」

「? はい」

「そろそろこの争いも終わりが近いようだ。そうだな…」

 と言って、目を閉じながら天井を仰ぐリュシル。まるで閉じた瞳の奥で、何かを見つめているようだ。

「明日?いや、その次の日あたりか。それで、少し手伝ってもらいたいことがある」

「はい」

 リュシルはするどいカンで、超能力でなく未来を予知できる。彼女は今回の戦争が、もうすぐ終わりに近いことを感じ取ったようだ。



 翌日になると。

 リュシルのテントの前には、第1部隊のメンバーが全員集められて並んでいる。

 表向きは今後のことに関する個人面談と言うことだったが…。


「記憶を呼び覚ます作業?ですか」

「ああ、たぶん明後日、いや早ければ明日には引き上げ命令が来ると思う。その前に敵の攻撃がありそうな気配だ。だが私は、第1部隊のヤツらに無駄死にをして欲しくない。だから、あいつらの一番大切に想っているものを呼びだして、心に刻みつける。そして必ず生きて帰るという強い意志を呼び覚ます」

「はい」


 テントの前には簡単な受付がしつらえてあり、その受付にはシュウが座っている。面談中に不用意に人が入り込まないようにだ。

 それはそうだろう。

 記憶を操作するためには、リュシルは彼らのひたいにkissをしなければならない。もしそんなところを見られては、戦場で何をしているのだと言われるからだ。

 並んでいる兵士たちはガヤガヤとうるさいが、誰も、なぜこんなことをしなければならないんだ、とは言わない。それどころか、リュシルに個人的な話を聞いてもらえるのが、とても楽しみのようだ。皆ワクワクした顔をしている。

 しばらくしてテントから出て来た人間は、泣いていたり、照れてムスッとしていたり、すがすがしい顔だったりするが、皆生まれ変わったような良い表情をしていた。


 面談にはかなりの時間が費やされた。

「それでは、貴方で最後です。どうぞ」

「はい!」

 最後の兵士が頬に涙のあとを見せて出てくると、シュウは受付をたたんでテントに入る。

「お疲れ様でした。少しお待ち下さい」

 そう言いながら、受付の片隅に置いてあった水筒からカップにハーブティを注ぎ、リュシルの前に置く。中身を確認もせずにリュシルは勢いよくそれを飲み干した。

 そのあと、ほうーっと大げさなため息をついて椅子の背にもたれかかり、なにかの余韻を味わっているような様子を見せた。

「ありがとう………。 ずいぶん想いが入っている飲み物だな」

「かなり力を使われたと思いましたので」

「ああ、けれどこれで誰ひとり死なずにすんでくれれば、こんなに嬉しいことはない」

「はい」

 頷いたシュウは、夕食準備の時間がせまっていたため、そのあとすぐにテントを後にした。





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