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その頃『はるぶすと』では、こんなことが起こっていました

 私が京都で冬里に遊ばれていた頃…。


 明日からしばらく夏樹が休みになることを聞きつけた和食好きのお客様が、何組か『はるぶすと』を訪れて和食ランチを楽しんでいた。夏樹の和食ランチもずいぶん定着してきたという事よね。頼もしい限りだわ。

「しばらくこのお味ともお別れね。寂しいわ~」

「すすすみません!」

「あら、そんなに恐縮することなくてよ。その間は鞍馬さんの、とーっても美味しいランチがありますもの」

「わあお!」

 あははと笑うお客様に笑顔を返しながら、食後のコーヒーを出す夏樹。


 その中に、今日は樫村さんもいた。

「うん。いつ食べても美味いもんだな」

「ありがとうございます!」

 樫村さんに褒められて、夏樹はとても嬉しそうだった。もちろん、当然ながら保護者? の鞍馬くんも。

 そんな2人を微笑ましく眺めていた樫村さんだったが、ランチを食べ終わると、

「じゃあ、俺はちょっと仕事があるから」

 と、とっとと部屋へ帰ってしまう。

『はるぶすと』は座席数が少ないから、あんまり長居してると後のお客さんが座れなくなっちゃうのよね。樫村さんなりの気づかいをわかっている2人は、ちょっと会釈して彼を見送った。


 夕方、仕事を終えた夏樹が部屋へ戻ると、樫村さんもちょうど仕事を終えたのだろう。パソコンの電源を落としているところだった。

「おう、今日は早いんだな」

「はい。シュウさんが、今日はもう帰って旅行の用意をしろって言ってくれたんで」

「そうか、だったら俺は、夏樹に疲れをとってもらうために風呂洗いでもするかな」

「え?! ひえー、だめっすよ! ハル兄にそんなことさせられないっす!」

 大慌てで引き留める夏樹。

 けれど樫村さんは全然気にする様子もなく、笑いながら言う。

「俺に楽させて、ブクブク太らせようって魂胆か?」

「え? いいえ! ちがいますよー。お客さんのハル兄にそんなことさせたら、俺がシュウさんに叱られます」

「シュウがそんな気の小さい男だとは知らなかったぜ」

「あーもう! 違いますよ。俺が思ってるんです」

 そんなやりとりをしながらも、勝手に風呂場へ行って「これが洗剤かー?」とか言う樫村さん。

「はい、で、そのスポンジを使ってもらって…、ってちがーう!」

「ハハハ、もう観念しろ」

 止めてもムダだとわかった夏樹は、ガックリと肩を落として、「わかりました…」と、すごすごと自分の部屋へ退散したのだった。


 夏樹が旅行の用意を終えてリビングへ行くと、樫村さんはすっかりソファでくつろいでいた。

「あの、風呂洗い、ありがとうございました」

「もう用意は終わったのか?」

「はい。たいして持って行くものもないんで…。で! 晩飯は俺が作りますからね! これだけは譲らないっすよ」

「ああ、わかったよ」

 ニシシ、と笑いながらキッチンへ行こうとした夏樹が、ふと思い出したように樫村さんに聞いた。

「そう言えば」

「?」

「ハル兄はいつ5人を引き合わせようと思ってるんすか?」

「ああ、そうだな…」


 5人を引き合わせる、というのは。

 「春夏秋冬」の千年人と、その4人を知る百年人の私。

 その5人が揃ったときに、何か特別なことが起こると言う言い伝えが、千年人の中にはあるんだそうだ。

 でも、おかしいわよねー。彼ら4人を知ってる人なんて、ごまんといるはずだし、その5人が揃うシチュエーションだってありそうなものなのに。

 けれど、彼らがあんなに長く生きているにもかかわらず(鞍馬くんと冬里は400年、夏樹は290年。樫村さんは500年弱!)不思議と、こんなに近い場所で、しかも全員が知り合いとして5人が揃うようなことはなかったんだって。


 樫村さんは少し考えるような風だったが、

「まあ、まだまだいいだろ? 冬里はもっと由利香と遊びたいようだし。夏樹だってこの店をそんなに早くたたみたくはないだろ?」

と、反対に夏樹に聞いて来た。

「え、ええ。もちろんっすよ」

「それなら、この件はもうちょっと俺にあずけておいてくれ。それに、シュウに聞きたいこともあるんだ」

「シュウさんに?」

 夏樹が何だろうと言うように聞き返したちょうどその時、玄関が開く音がした。

「お、主のお帰りだぜ」

「そうっすね。……シュウさん、お疲れさまでした!」

 鞍馬くんに声をかけながら、夏樹は「とりあえず晩飯作りますね~。何にしようかな~」と、キッチンへ入って行ったのだった。


 その日、夕食の席で。

「ちょうど由利香がいないときだし、シュウに聞いてみたい事があったんだ」

 食事も大半が終わったところで、樫村さんが言い出した。

「? 何でしょう」

 鞍馬くんが怪訝な顔をして聞く。

「お前、由利香の事で、何か隠している事があるんじゃないか?」

「!」

 鞍馬くんは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、それはすぐに引っ込んで、またいつものポーカーフェイスになる。夏樹のほうが「えっ!」と、大げさにびっくりしている。

「なんすかシュウさん! 由利香さんとの間になんかあったんすか?!」

 樫村さんはそんな夏樹をなだめるように言う。

「ああいや、悪かったよ、夏樹。俺だって確信があるわけじゃないんだがな」

 そんな言い方をする樫村さんを、しばらく黙って見ていた鞍馬くんは、仕方がないと言うように微笑んで言う。

「あのときですね。空港で私が漏らしたひとことを覚えてたんですね。さすがハルです」

「ああ、やっぱり」

 2人はお互い深くうなずき合う。そんな中、夏樹だけ訳がわからず、「え? え?」とか言って、2人の顔を交互に眺めていたのだった。



 そして…。

「どうぞ」

 後片付けを終えた夏樹が、リビングのソファに座る樫村さんにお茶を出しながら、ふくれた顔をして、自分もどっかとソファに沈み込む。

「おや? ご機嫌ななめだな」

「あたりまえっすよー。あんだけ気をもたせといて、話は片付けが終わった後だなんて!」

「俺はあのときでも良かったんだがな。融通の利かないシュウが反対したんだぜ」

 樫村さんがニヤニヤしながら言うのを聞きながら、遅れてやってきた鞍馬くんも夏樹の前に座って、こちらも微笑みながら言う。

「片付けは後になるほど面倒になるものだからね。ガンコで石頭で悪かったね、夏樹」

 すると夏樹はまた慌てて叫び出す。

「シュウさん! 俺はそんなこと言ってませんよー」

 ふふ、と静かに笑い、樫村さんに目を向ける鞍馬くん。

 夏樹もそちらに向き直って樫村さんに助けを求めたりする。

「ハル兄~助けて下さいよ~。シュウさんって、時々真面目なんだかおちゃらけなんだか、わかんないときがあるんすよ。まったく、どんな出来上がり方をしたんだかー。って、あれ?」

「どうした」

「そう言えば、俺、シュウさんのはじめを聞いたことがなかった。俺の最初は話したんすけど…」

「そうなのか?」

 樫村さんが聞くと、軽く頷く鞍馬くん。

「そうか、じゃあ俺から話してもいいか?」

「はい」

 鞍馬くんに了解を取ると、樫村さんは夏樹に向かって話をしだした。

「あのな、シュウのはじめを、実は俺も知ってるんだよ」

「え、そうなんすか」

「ああ、シュウが出来上がったのは、その頃、俺がいた屋敷の近くだったんだ」

「へえー」

「俺はあんな出来上がり方をしたヤツは、前にも後にも見たことがない」




 その日は新月で光も少なく、あたりを照らしているのは星明かりだけだった。


 鞍馬くんが現れる少し前、樫村さんはお屋敷の近くの森から、ものすごく大きなオーラと言うか、力の集まりを感じとった。

 お屋敷で飼われている動物たちは興奮気味で、馬番などは馬をなだめるのに右往左往している。けれど残念ながら、百年人にはそのオーラがわからないらしい。「どうしたんだこいつらは?」などと不思議そうに手綱を持ったり、胴をたたいたりしていた。

 そんな中、樫村さんは、あわてて森へと入って行った。

 そこには、たぶん百年人にはただの石に見える大きな塊があらわれていて、その中に、意識なく浮かんでいる千年人がいた。


 それが鞍馬くんだった。

 樫村さんは、そんな千年人を見たことがなかったので、なすすべもなく見守っていたのだが、少しすると、塊全体が小さな丸い光の集合体に姿を変え、その光のひとつひとつが、いきなり四方八方に飛び散り始めたのだ。

 驚くことに、その光たちは、木々にあたると木に吸い込まれる。草花にあたると、またそれらに吸い込まれる。そして、虫や小動物にも獣にも吸い込まれ、吸い込まれる一瞬、ぽうっと温かい癒やしのような光を放つのだ。その上、興奮していた動物たちは、光が身体に入っていくと、とたんに落ち着くのだった。

 もちろん百年人にもそれらは吸い込まれる。

 すると彼らも何が起こったのかわからないままに、けれどほうっとため息をついて、幸せそうな表情をみせるのだ。後で、それは鞍馬くんが本気を出した料理を食べたときの人々の反応と、全く同じだと、樫村さんは気づいたんだそうだ。


「これは、俺たちとは逆の出来上がり方だな」

 千年人が出来上がるときというのは、どんどんどんどん集まってくるのだそうだ。

 なにかが、どこからか。

 けれど、鞍馬くんの場合はどんどん解き放ちながら出来上がっていったらしい。

 鞍馬くんにその時の事を聞いてみると、

「ふと気づくと、私はすでに出来上がっていましたが、なぜか重くて身動きが取れなかったのです。そしてそのあと、どんどんどんどん、何かが離れて行きました。そして、離れていくたび、私はとても幸せになる。離れると、まわりがどんどん温かくなるからです。それなら、もうこれがずっと続いてもかまわない、と思ったところで、私は解放されてしまいました」

「ずいぶん不服そうだな」

「ええ、あの現象が千年続いても、私は少しも嫌ではありませんでしたので」

「なるほど、シュウらしい」


 夏樹は真剣に話を聞いていたが、話が終わったところでほうっとため息をつく。

「はあー。やっぱシュウさんは俺たちとはひと味ちがうんすね。俺だったら、早く出来上がってくれないかなー、とかばっかり思っていそうですもん。今、話を聞いて良くわかりました。シュウさんだからあんな優しい料理が作れるんすね」

「まあ、言えてるな」

 納得する樫村さんと夏樹の言葉を聞いていた鞍馬くんだけは、微妙に考え込んで言う。

「料理とは、あんまり関係がないように思いますが…」

「いや、おおいに関係あると思うぜ」


 何がどう関係あるかを説明するのかと思いきや、樫村さんはそこはスルーして、今度は夏樹に確認する。

「と、ここまでがシュウの出来上がりだ。これで気が済んだか? 夏樹」

「はい」

「だったら、そろそろ由利香のことを話してもらおうか、シュウ」

 樫村さんはそう言って、ソファにゆったりと座り直した。夏樹もワクワクした様子で、鞍馬くんの方を向く。

「わかりました。少し長くなりますが」

 言いながら考え込むように遠くを見つめ、ぽつりぽつりと話し出す鞍馬くんだった。



 

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