今回の京都行き、鞍馬くんは留守番です その2
今回、京都へ行けると決まってから、私はどうしても依子さんと響子さんに会いたかったので、私ひとりだけ先に出発して、奈良で一泊することにした。
なぜ私だけかと言うと。
夏樹は店を留守にする時間をできるだけ短くしたいと言う理由で。
樫村さんは関西方面から直接、今度はフランス経由で帰るため、鞍馬くんともう少し話がしておきたいから、と言う理由で、2人とは次の日に京都で合流する計画にしたのだ。
で、私の出発日。
「じゃあ、行ってきまーす。夏樹、良い子にしてるのよ」
「なにバカなこといってるんすか。由利香さんの方こそ、くれぐれも依子さんに迷惑かけないで下さいよ」
「あたりまえでしょ。それよりもお店があるんだから早く帰りなさい。ありがとう、夏樹。向こうで待ってるわね」
「へーい、由利香さんも気をつけて」
今回は夏樹の運転する車で★駅まで送ってもらったのだ。早めに向こうに着きたかったので、まだ朝早い時間だ。いつものごとく仲の良い? やり取りで明るく見送ってもらい、私はひとり車上の人となる。
さあーて、奈良まではひとり旅かあ。
と、思っていたのに…。
「で? なんで冬里がここにいるわけ?」
「あれ? 由利香が京都に来るんだよ? 僕がお迎えに来ないわけないじゃない」
あたりまえのように言う冬里。まったく、誰が時間教えたのかしら?
ほんの数分前。
勝手知ったる新幹線のホームへ降りて、「えーっと、乗り換えは確かこっちよね」と、表示板を見上げる私の前に人の影が差した。
「ようこそおいで下さいました。お久しぶりです、秋さま。どうぞこちらへ、紫水院が下でお待ちです」
と言う聞き慣れた声。深々とお辞儀していたその人が顔を上げると、やはり見慣れた顔がそこにあった。
「…九条さん?」
で、今は、またまた冬里が差し向けた車の中で、冬里に文句を言っている最中だ。今日はいつものリムジンではないが、誰もがそのマークを知っている高級車だ。
「もう! こうなったら奈良まで送ってもらうわよ」
「やだよ。依子に会いたくないもん」
「ひどっ! じゃあひとりで行くからもう降ろして」
「だーめ。ハルに頼まれたんだもん、由利香のこと」
「え? そうなの?」
「そうなの」
ニッコリ笑って私の言葉を復唱する冬里。あいかわらずだわ。でも、時間教えたのは樫村さんだったんだ。ちょっと意外。樫村さんってけっこう過保護なのね。
まあ、こうなったら仕方がない、しばらくつきあってあげよう。
「しょうがないわね~。では冬里さま。これからどちらへ連れて行って下さるの?」
「あれ、由利香もう降参しちゃったの? つまんないなー。まあいいか」
フフッと綺麗に微笑んだ冬里は、助手席に座る九条さんに「依子に、由利香は少し遅くなるって連絡入れといて。で、その後は予定通りで」などと言っている。
九条さんは「かしこまりました」と、携帯で何やら話し出した。
多分依子さんに連絡してくれているのだろう。私は電話に出たかったのだけど、その暇もなく車はどこかへ到着したようだ。
「どうぞ」
先に降りて扉に手をかけ、降りやすいようにしてくれる冬里。
どうやらやってきたのは博物館のようだ。
「由利香は博物館とか美術館とか好きだよね。ちょうど今日までの展覧会があったから、来てみたんだ」
博物館の入り口正面に停まった車は、私たちを降ろすとすぐに発車する。前の道路がかなり狭くて一方通行だからだ。
「古代文明・帝国展」と言う特別展示が示されているその博物館は、趣のある煉瓦造りの建物で、中は思ったより広かった。今日が最終日と言うことで、けっこうなお客さんがいる。絵画の展覧会も好きだけど、こういう歴史をさかのぼる展覧会もなかなか興味深くて大好きだ。
展示物は、古代展によくあるような遺跡の一部や金銀の飾り。そしてすり切れたような織物など。やはり原型をとどめているものは少ないようだ。
「冬里、ここに展示されてるもの、普通に日常生活で見たり触ったりした事あったりして」
ちょっとからかってそんな風に言ってみる。
けれどさすがにそこは冬里。夏樹と違って落ち着いたものだ。
「うん? どれどれ、紀元前…か。残念ながらちょっと前だねー」
「ちょっとって、二千年以上前よ?」
「ちょっとじゃない?」
「もう!」
フフッとからかうように笑いながら先へと進む冬里。
そのうしろについて歩きながら、なんだか楽しくなって私もクスッと笑ってしまったのだった。
思いがけないお楽しみの後は、思っていたとおり美味しい食事。今日は冬里おすすめのカジュアルなイタリアンを堪能させてもらった。
「ううーん、美味し~い」
料理はけっこうなボリュームだっのだけど、デザートまでしっかり完食してしまった。
「今日はどうしたの? よく食べるね」
ちょっと驚いた様子で言う冬里。
そうなのよね、私が小食なことは冬里も知ってるわよね。でも前にフェアリーテイルランドで、すごくお腹がすいてたときにも、ディナー完食したことがあったっけ。
「ああ、あのね~」
「うん」
「実は今日、朝ごはん食べてなかったんだ」
「へえー。朝食を忘れるほど楽しみだったの? 僕に会えるのが」
「ええっ? けさは冬里に会うなんて思ってなかったわよ。朝が早かったから、新幹線でうっかり寝ちゃったのよ。で、着いたらすぐあんたに捕まっちゃうし!」
私はちょっとガクッとなって答える。すると冬里はからかうように言った。
「あれ? ずいぶんはっきり言ってくれるね? どうしてやろうかな」
「ちょーっと、冬里!」
「ははっ、冗談だよ。じょうだ・ん」
冗談ですまされずに、そのあとも連れ回されるのかな?と思っていたんだけど、案外あっさりと車は京都駅へ向かう。おまけに奈良行きの特急指定券まで取ってくれていた。
「ありがとう、ずいぶん手回しがいいのね。いつものことだけど」
「うん。でもさ、ハルが飯を奢ってやれって言ったのって、朝ごはんの事だったんだね。中途半端な時間に着くから、てっきりランチだと思ったんだよねー。そこは素直に謝るよ、ごめん」
ああ、それでお昼まで博物館見物したんだ。
「おかげさまで、お昼ご飯はとっても美味しくいただけたわ」
「そうだね、結果オーライってことで。じゃあ、今日のエスコートはここまで。このあとは依子と楽しんでおいで」
そう言いながら、私の手を取ってその甲にkissをする冬里。
その時、私の後ろの方できゃっと息をのむような小さな悲鳴が聞こえた気がした。
うーん、わかるわよー。現代の日本で手の甲にスマートにkiss出来る男なんて、私の知る限りでは鞍馬くんと冬里くらいよね。冬里はそちらを見透かしながら、ちょっといたずらっぽい表情だ。なにか企んでる?
気になったけど、でもそれよりも聞きたいことがあったので、とりあえず言ってみる。
「今日は私、何か尊敬することした?」
「さあ?」
そこで冬里といったん別れ、改札を通り抜けて特急の停まるホームへと向かったのだが。
なんだろう、視線を感じてふっと横を向くと、OLさんらしき2人連れが、キラキラした目で改札の向こうとこちらを交互に見ているのがわかる。ああ、さっき悲鳴を上げたのはこの2人だったのね。まだ学生が抜けきっていないような初々しい子たちだ。
私はなんだかイヤな予感がして、あわててそちらを見やると、改札の向こうで、 〈恋人におくる、完璧にいとおしげな表情〉 を作って、こちらを見つめる冬里がいたのだ。
また遊んでる!
私は心の中でため息をついて、仕方なく軽く手を振る。それに答えるように、冬里も優雅に手を上げたあと、名残惜しげに? 背を向けてその場を立ち去って行った。
するとそのOLさん2人連れが、そそっと私に近づいてきて、
「すてきですねぇ。いまどき手の甲にkissなんて!」
「ホントです、あんな彼氏なら欲しいです~」
などと話しかけてくる。
わたしはどう言って良いものやら、曖昧に微笑んで、
「ありがとう。あいつは外国暮らしが長かったから慣れてるのよ」
と、本当のことを言う。だってきっと200年くらいは外国にいたわよね。
それを聞いた2人のうちの1人が、パンっと手を打って、「やっぱり~、洗練されてますもの」と、嬉しそう。もう1人も「うんうん!」と、納得のご様子だ。
あまりに可愛かったので、思わず聞いてみる。
「あなたたちも奈良へ行くの?私はあの特急に乗るんだけど」
「あ、私たちもです」
と言うので、それなら、と、電車まで一緒に行くことにしたのだった。
でも。
素敵な彼氏ねえ?
歩きながら、実態を教えちゃおうかしら、などと怖いことを考えてしまう私だった。