表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

今回の京都行き、鞍馬くんは留守番です。  その1  

 ムム…

 ここはどこだろう。見たことのあるオフィス。あ、うちの会社だ。

 あれぇー、今日は出社の日だっけー?


 あ、誰かいる。あの人に聞いてみよう。

 あの…。と、声をかける前にその人がゆっくりと振り返る。

 シギ?…


 シギだった。もうおわかりでしょうが、以前私が真剣に好きになった人。

 一瞬息が詰まるが、そのあと苦しくなるはずだと思った胸は、なぜか痛みもせず、脈も正常。とっても平静だった。その上、「シギ、元気にしてた?」などと、軽く声をかけている自分がいる。

 しばらくこちらをみていた彼は、ふっと私が大好きだった笑顔を見せて、背を向けて歩き出す。

「どこ行くの?」

 追いかけようとする私の前に誰かが立ちはだかる。


「由利香さん、どうしたんすか?」

「夏樹!?」

 そして、夏樹の向こうにいるはずのシギを見失わないよう、肩越しに後ろを見ようとしたら、いきなりグイッと夏樹をどかす人がいて、また声をかけられる。


「どーしたの? ゆーりか」

「冬里!」

 あちゃー、冬里をはぐらかすのは骨が折れるなーなどと思っていたら、どういうわけかニッコリ笑った彼はすいっと道を空けてくれる。

「ありがとう」

 思わずお礼なんか言っちゃって横を通り過ぎ、前を歩く背中に声をかけようと息を吸い込んだところで、その人が、もう一度ゆっくりとこちらを振り返った。

 確かにシギの背中だった。

 けれど振り向いてこちらを見つめ、穏やかに笑うその顔は、

「鞍馬くん…?」

 いつも見慣れたその人だった。


 はっと目が覚める。

 あ…、夢だったんだ。でも、変な夢。今頃になってなんでシギを思い出したのかしら?

 樫村さんにもらった、研修時代の同期の名刺のせいかな。

 私は布団の中で、ウーンと伸びをして身体を目覚めさせる。と、天井が目に入る。えーと、この天井は自分の部屋じゃないなー。ということは、えへへっ、また鞍馬くんの部屋で寝落ちしちゃったんだ。いま何時だろう。

 ふと、ベッドのサイドボードにあるデジタル目覚まし時計を見やる。

 8時…。ああ、8時か。木曜日の…。もくようび?




「ええっ?!」

 私はボウンッと音がするような勢いで飛び起き、ダダッとリビングへと向かう。

「鞍馬くん! なんで起こしてくれなかったの?」

「ああ、由利香さん。おはようございます。よくお休みでしたね」

「よくお休みって、今日は木曜日よー! 木曜日は会社がある日だって知ってるじゃないー。遅刻よ遅刻!」

 キーキー言う私に、ソファで優雅に新聞を読んでいた樫村さんがぽつりと答える。

「…俺の目がおかしくなければ、たしか今日は土曜日のはずだがなー。ほれ」

 と、新聞を渡してくれる。慌ててそれを受け取り日付の欄を見やると、ホントだ、土曜日になってる。

「あれ? えー? じゃあ鞍馬くんの目覚まし時計壊れてるわよ、木曜日になってたもの」

「?」

 鞍馬くんが怪訝な顔をして私を見るので、珍しく、というか初めて鞍馬くんを怒鳴ってしまった手前、確認してこようともう一度サイドボードの時計を覗きに行くと。

 鞍馬くんの部屋に目覚まし時計はなかった…。




「はははっ、じゃあ由利香さんってば、夢の中でまた夢を見てたんすかー、変なの」

「夏樹ー」

「へいへーい、すみません」

 かるーく謝りながらキッチンに引っ込んだ夏樹が、しばらくすると、パン皿と、彩りよく盛りつけられたベーコンエッグのお皿。それにスープカップまで器用に持って現れる。そして、ダイニングテーブルにそれらを置いて私を呼んだ。

「由利香さん、朝飯置いときますよ」

「あら、ありがとう」

「どういたしまして。ちゃっちゃと食べてもらわないと片付かないんすよね~」

 夏樹ってば、最近なんだか皮肉っぽいのよね、反抗期かしら?

 ああ、そういえば夏樹の反抗期って、りんちゃんが来てからよね。久しぶりの同性だったんで、ちょっと嬉しくなって綸ちゃんのこと独占しちゃったから、やきもち焼いたのかしら。うんうん、なかなか可愛いところがあるじゃない。


 そんなことを考えて、思わずふふっと微笑みながらスープを口に運んでいると、夏樹がいぶかしげに聞いて来た。

「由利香さん、怒らないんすね。それどころか笑ってるし」

「うんー。かわいげのある夏樹の反抗期が嬉しくてぇ」

「なんなんすか、それは」

「まあ、いいじゃない。それより朝ごはん食べさせてよ。あんたたちはもう食べたの?」

「とっくに終わりました」


 あいかわらず冷たく言い放つ夏樹を横目で見ながら、私は今後の予定を確かめるべく、樫村さんに話しかける。

「樫村さんはこのあと、冬里に会いに京都へ行くんでしたよね?」

「ああ、せっかくだからな」

 今度はいつ日本に来られるかわからないので、樫村さんは冬里にも会っていくつもりのようだ。

 冬里とはこの間会ったばっかりだけど、樫村さんと京都旅行なんてチャンスはもうないかもしれない。あ、私は、か。夏樹たちはあと500年以上あるから、いくらでも行けるじゃない?

 だったら、と、ちょっとずるいと思ったけど、言ってみた。

「じゃあ、会社に言ったら休みもらえそうだったから、私も行こうかな」

「あ? ああ、会社が休めるならいいぜ」


 すると案の定、夏樹が「ええっ?!」と叫んだあと、小声で「ずるいっすよー由利香さんだけー。本当は俺だって。けど、やっぱまずいし。でもー」とかブツブツ言い出した。

 その様子を、困った顔で笑いながら見ていた鞍馬くんだったが、

「夏樹も行ってくればいいよ。店は私ひとりで大丈夫だから」

 と、魅力いっぱいの提案をした。

 夏樹はまたもや「ええっ?!」と叫んで、「だめっすよ、そんないくらなんでも店をシュウさんひとりに」とか言っている。

「夏樹も知っているだろうけど、最初は私ひとりだったんだよ。大丈夫、しばらくランチの数を減らせば充分まわしていけるから」

「シュウさん…」

 夏樹は目をウルウルさせている。あれ?でもそれなら、そんなに無理せず、また前みたいに店を休めばいいんじゃないかしら。


「ねえ、だったらいっそのことお店を休んで皆で行けばいいんじゃない?」

 と、言ってみたのだが、そこは真面目な鞍馬くんがOKしてくれなかった。

「駄目です。そんなたびたび店を休むのは」

「あ、やっぱりね」

 ペロッと舌を出して言うと、鞍馬くんはまた少し苦笑した。そして、

「そういう訳ですので、ハル、大変でしょうが2人…、いえ、冬里もですから3人、ですね…。の引率をよろしくお願いします」

 鞍馬くんは丁寧にお辞儀をする。

 それを見ていた夏樹もあわてて頭を下げ、

「ほら、由利香さんもちゃんとお願いしなきゃ」

 などと言って手をヒラヒラさせる。

 私は、なにを今さら、と思ったけど、鞍馬くんのために(ここ重要!けっして夏樹に言われたからではないのよ)、樫村さんに向き直って、きちんと頭を下げたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ