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第4話

 会議場から隣接するホテルに帰ると、フロントから「メッセージが入っております」と、メモを渡される。見てみるとシュウからだった。

(今日が会議の最終日ですね、お疲れ様でした。よろしければこちらに到着する時間を教えていただければありがたいのですが)

 俺はフッと口元が緩むのを押さえられなかった。

 間違ってもシュウはこんな事を聞いてくるヤツじゃない。きっと由利香や夏樹が、まだかまだかと大騒ぎしているのだろう。困りながら2人をなだめる様子が手に取るようにわかったので、俺は部屋に帰ると、着替えもそこそこに由利香に電話をする。シュウや夏樹は仕事中、携帯も持たないと聞いていたからだ。


「樫村さん! 会議終わったんですかー?! こっちへは何時頃着くんですか? 駅までお迎えに行きますよ。電車、何分発か教えて下さい~」

 由利香にしては珍しく、かなり長いこと呼び出し音が聞こえていたが、つながったとたんのセリフがそれだった。俺はちょっと苦笑いしながら、落ち着かせるように話し出す。

「おいおい、俺は今部屋に帰ったばっかりなんだ。これから着替えて片付けてだから、そんなに早くは行けないぜ」

「えー、そうなんですかー。でも、夕食までには来られるんですよね。じゃあ、腕によりをかけた晩ご飯をご用意してお待ちしてます」

「シュウと夏樹が、だろ?」

「よくご存じでー。えへへ」


 その時、電話の奥でカランとドアベルの音がして、「ありがとうございましたー」と夏樹の声。そして「あら、ありがとう。朝倉さんはお出かけ?」と言う年配女性の声。それに答えて「へへ、ちょっと用事があったもんで」と、言ったとたん、「あっ」と驚いたような由利香の声。

 しばらくゴソゴソガサガサと音がして、急に耳に痛いほどの夏樹の声がした。

「ハル兄ー! 駅に着いたんならお迎えに行きますよ。俺が!」

 すると間髪入れず由利香の声。

「夏樹!」

 その後は「イッテェー、ひどいッス由利香さん。でもこればっかりは譲れませんよ。ハル兄のお迎えには俺も行くんです」「わかってるわよ! あんたが携帯取り上げるからでしょ、ちょっと返しなさい」「やですよ、だったら前みたいにスピーカーにしましょうよ」

「こんな公道で迷惑でしょ!」と、姉弟げんかのようなやり取りが聞こえている。

 やれやれ。

 その後も、私が話す! ダメですよ俺が! などとすったもんだしていたんだが…。

 ようやく立場の強い姉? が代表しての由利香とのやりとりで、★市に着くのは早くても夕刻になること。そして電車の時間が決まれば、すぐに連絡を入れるからと言って電話を切った。


 そのあといくつかの残務を片付けて、ホテルをチェックアウトする。、電車を乗り継いで、ようやく★駅のホームに降り立ったのはもう夕方だった。

 夕暮れを迎えた★駅は、静かで美しいたたずまいを見せていた。

「ハル兄!」

 予想に反して、改札口で出迎えをしてくれたのは夏樹1人だった。ちょっと驚いたような顔をしていたのだろう。夏樹が可笑しそうに言う。

「てへへ、びっくりしたでしょ、俺ひとりなんて」

「ああ、というより、お前が由利香に勝ったのが驚きだ」

「あー、ひどいっすよ、ハル兄。でも残念でした。荷物が多いだろうから、駅には車で行けって、シュウさんが」

「ああ、そうか」

 すると、スーッと寄って来た車の運転席から由利香が顔を出した。

「樫村さん、いらっしゃい。夏樹、荷物入れるの手伝ってあげて」

「ラジャ!」

 ワンボックスカーなのでひょいと俺の手からスーツケースを取り上げて、軽々と車内へ運ぶ夏樹。それが終わると俺を急かして車に乗せ、自分は助手席に乗り込んだ。


「夏樹も免許持ってたよな、確か」

 車が走り出したところで、ふと夏樹に聞く。俺たちは、馬車から最新の自動車に至るまで、およそ人間が日常生活で使うであろう乗り物はすべて扱える。今は手続きや何やらで色々大変だが、夏樹も日本での免許くらいは取得しているはずだ。

「はい、でもジャンケンに勝ったんで、そこは公平に遠慮なく、1番にハル兄に会う方を選ばせてもらったんすよ」

「夏樹といい、冬里といい。きっとあなたたちってズルしてるんだわ。私ジャンケン強いはずなのに」

「冬里はどうだか知りませんけど、俺はズルなんてしてませんよ」

「あら」

 すると由利香はちょっと楽しそうな声で言う。

「そうなの~? 冬里はズルしてたのね~。夏樹が言ってたって、冬里に言っとくわぁ」

「え! や、やめて下さいそんな恐ろしい事!」

 夏樹は本当に怖いのだろう。真剣に由利香に頼みながら、言わないで下さいよ、ホントにですよ、由利香さ~ん。などと、何度も言っている。

 まったく、どんな恐ろしい目に遭ったんだよ、夏樹…。



「いらっしゃい、ハル。お疲れになったでしょう。由利香さんと夏樹もご苦労様」

 彼らの住むマンションに着くと、『はるぶすと』は、もう店をクローズしていた。

 由利香が先に立ちながら、「お店見るのは、明日で良いですよね~」と、さっさとエレベーターに乗り込む。シュウと夏樹のシェアする部屋の玄関を開けると、さきのごとくシュウが出迎えてくれた。

「ああ、邪魔するぜ」

「どうぞ」

 シュウが手で示す方へ進むと、そこは落ち着いた雰囲気のリビングになっていて、座り心地の良さそうなソファが置いてある。

「鞍馬くん、荷物はここに置いててもいいの? あ、そう。じゃあここに置きますねー。ほらほら、樫村さんは遠慮せずにソファでくつろいでて下さい。すぐ夕食が出来ますよ」

 まるで自分の家のようにふるまう由利香。まあ、夏樹は部屋に入るなり、キッチンめがけて一直線だったので仕方がないか。それにしても由利香の様子から、しょっちゅう来ているんだと言うことが良くわかる。

 それを指摘すると、キッチンからぶーっとふくれた顔を出して夏樹が言う。

「そうなんすよー。由利香さんてば、いつも昼飯時を狙ってやってきては、夕飯時までいるんすから」

「なーによ夏樹! 樫村さんが来たから、私がおとなしいと思ってるのね? 甘いわよ、後で覚えてらっしゃい」

「へいへーい」

 ひょいと顔が引っ込むと、キッチンの奥からあきれたようなシュウの声がした。

「ふたりともテンションが上がっているのはわかりますが、その辺で。夏樹、これを運んでくれるかな?」

「わかりました」


 すると、由利香もすっと立ち上がって料理運びを手伝い始める。このときばかりは姉弟げんかも一時停戦らしい。みごとな連携で、次々とダイニングテーブルに料理が並んだ。


 今夜の夕食は、シュウには珍しく大皿に盛りつけられた多国籍な料理だった。

 料理を楽しみながら、話も楽しめるようにとの配慮からだろう。狙いははずれることなく、皆、料理も話も存分に楽しんだ。もちろん酒もな。

 その上…。

 途中で一度だけシュウがキッチンに立って、小籠包を運んできた。それを見た夏樹が、

「あれ?シュウさん。小籠包は今日のメニューに入ってなかったじゃないッスか」

 と不思議そうな顔をする。

「そうだね、言ってなかったね。けどハルが疲れているだろうから、ちょっと…」

「?」

 俺たちは歯切れ悪く言うシュウを横目で見ながら、その小籠包を箸で割ってスープを口にした。

 そのとたん。


「!!!」

 俺は桃源郷に迷い込んじまったんじゃないかと思ったぜ。

 こころと身体が温かい…。


 有意義で興味をそそられる会議でも、さすがに5日も続くと疲れがたまってたんだな。

 手の指先から、そして足の先から、それらの疲れがどんどん抜け出て行き、温かいものに入れ替わるのがわかる。ほうっと椅子にもたれかかり、目を閉じて、ポカポカと暖かい日だまりにいるような気分を充分に味わってから、目を開いた。

 見ると、由利香と夏樹も俺と同じように椅子に沈み込んで、夏樹はちょっと目尻をぬぐっていたりする。そしてふうーっと大げさにため息をついて、シュウに文句を言い出した。

「シュウさん! ひどいッスよ。本気出すんなら言っておいてくれなくちゃ」


「ああ、悪かったね」

「でも、シュウさんの料理食べながら、ボロボロ泣いてた人の気持ちがちょっとだけわかりましたよ。こんな感じだったんすね~」

 ひとり由利香は、夏樹の言葉には頷きながら、どうにも納得いかないように言い出した。

「ねえ、でもいつも本気出して入れてくれる飲み物とは違う気がするんだけど。なぜかしら。飲み物は本気って言っても手を抜いてるの? 鞍馬くん」

 そんな風に言う由利香にちょっと苦笑しながら答えるシュウ。

「いえ… 手抜きをしているつもりはありませんが。なぜでしょうね? 料理は飲み物より時間をかけるので、そのせいかもしれません」

「ああ… 時間がかかった分だけ鞍馬くんのオーラが強いってこと。ううーん」


 それでも考え込む由利香に、夏樹が「わかった!」と指を鳴らし、

「今日は、長い事会えなかったハル兄に、少しでも癒やされてもらいたいって気持ちが強かったんすよ、きっと」

 などと言って頷きながら納得している。シュウはそれにも苦笑しながら答えを返す。

「確かに、ハルに疲れを取ってもらいたかったのは本当だけど…」


「まあいいじゃないか。せっかくのシュウの傑作だ。冷めないうちに食べちまおう」

「はい!」「はぁい」

 すでに本気モードの料理だとわかって食べるんだが、それでもやはりすごいものはすごい。由利香はほわんと幸せそうに、夏樹はおかしなことに涙をこらえつつ、シュウの心づくしの小籠包を味わった。もちろん俺も、「癒やされ」ってヤツを体にも心にも感じながらな。


 で、結局はシュウの癒やしの力が効き過ぎたのか、話しをているうちに、由利香がコトンと音を立てるように寝入ってしまった。同じく夏樹の目がトロンとしてきたので、シュウがすかさず自分のベッドへ行くように言う。夏樹は「すんません~」と眠そうに部屋へと戻っていった。

 由利香を自分の寝室に運んだあと、

「申し訳ありません。今日は皆もっと話をしたかったのでしょうが、思わず料理に心を込めすぎたようで。まさかこんな事になるとは…。それから、由利香さんをソファに寝かせるわけにはいかないので、ハルはここでお願いします」

 と、リビングのソファを指さして本当に申し訳なさそうに言った。

「ああ、このソファはずいぶん寝心地が良さそうだから全然OKだぜ。でも、お前はどうするんだ?」

「私はそんなに眠らなくても大丈夫ですので」

「そうだったな」


 シュウは出来上がったときから、睡眠時間のかなり短いヤツだった。しかもどんな悪条件でもぐっすり寝られるらしく、固い床だろうが、狭い隙間だろうがおかまいなしだ。


 俺たちはしばらく2人でウィスキーとワインを傾けつつ、たわいもない会話を楽しんでいたんだが、やはりシュウの癒やしの力には勝てず、気づいたときには俺も、ぐっすりと眠りこんでしまっていた。





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