第3話
会議は滞りなく進んで行き、もう終盤に入っている。
この会議は必ず有意義なものをもたらしてくれるから、いつも楽しみにしてるんだけどな。特に今回は何カ国かで世代交代があり、若く意欲にあふれたヤツがけっこういて、かなり楽しめた。最後の会議としては上々だ。
というのは、俺もそろそろこの仕事から引退しようと思っている。
いくら見た目が30代後半のおじさんだからって、もうかれこれこの仕事を始めて20年になる。最近、かなりご無沙汰していた人に偶然会って「はじめてお会いしたときと、まったく変わらないんで、びっくりしましたよ」と、言われること数回。さすがの俺でもごまかすのは限界だな。
シュウや夏樹はだいたい10年周期で、その場所を後にするらしい。
面白いのは冬里だ。
あいつは由利香よりも若く見えるくせに、同じ場所で20年以上過ごすことも多いと言っていた。本人曰く、「だって誰も変に思わないよ?いつまでも変わらないねー、って可笑しがられるだけで」だそうだ。まあ、あいつは存在自体が不思議なヤツだからいいんだろう。
そして会議の最終日。
「ハル、引退しちゃうんですって?」「せっかく知り合いになれたのに」「よければうちの会社の専属になって下さいよ」「あ、ずるいぜ。それならうちに」
などと皆、嬉しい事を言ってくれるが、その都度、「いや、しばらく仕事を忘れて自由に過ごしたいんだ」などと、とってつけたような弁解をしてやり過ごした。
ここの会議は面白いシステムで、日替わりで座席の場所が変わる。できるだけ多くの人間と話が出来るようにとの配慮からだ。
そして、その日隣に座ったのは、偶然にも昔、由利香とともに俺の新人研修を受けたヤツだった。今は世界的な企業で新人研修と経営相談のようなことをしているそうだ。
「お久しぶりですね、樫村さん」
と挨拶した後は、かつての俺の指導の厳しさや、そのおかげで、自分も企業に助言が出来るほどの人間に成長できたことなどを話していたが、ふと思いついたように言う。
「そう言えば、秋さんの消息はご存じですか?」
「由利香がどうした?」
「いえ、えっとその…」
何か言いよどんでいる。もしかしてこれは。
「この間出張でドイツに行ったときに、偶然シギに会ったんです」
ああ、やっぱりな。
シギ・トーレンス。
由利香が会社を辞めようと思い詰める原因の一つになった男だ。由利香が彼の優しさを自分に対する愛だと勘違いして、若さ故に本気になってしまった。けれどシギにとって愛は全人類に対するもの。誰に対しても同じ愛情をそそぐ、と言えばもうおわかりだろう。
そう、シギもまた千年人だったのだ。
「その時にシギ、秋さんのことすごく心配してて。俺らから見たら、シギの優しさは誰に対してもホントに平等に見えてたんだけど。秋さんはそうじゃなかったんですよね」
「ああ」
ちょうどその頃、シギは大きなプロジェクトの責任者だった。その副責任者が由利香だった。
由利香は責任ある副責任者という立場をまかされ、仕事が面白くて仕方がなかったようだ。だからプロジェクトにのめり込み、同時にシギにものめり込んでしまったんだな。
まだ若く、恋愛に対して免疫のない由利香が、シギの優しさを自分に対する愛情だと勘違いしたのは無理もないことだろう。そのころの由利香は今よりも無邪気な上に向こう見ずで、シギに断られるなどとはつゆほども思わず、プロジェクトを大成功で終えると同時に、何の迷いも無く自分の思いを告げた。
けれどシギには受け入れられるはずもなく…。結局由利香は振られちまったんだよな。
しかも、間の悪いことに、ちょうど同じようにシギに夢中だった重役の娘が、相手にされないとわかったとたん、彼に手ひどい扱いを受けたと嘘をつき、結局シギは会社を辞めざるをえなくなった。
シギは事情を知っている社長以外の誰にも弁解せず、誤解を受けたままで、ある日突然会社を辞めた。もちろん由利香にも真実は告げなかった。
そのことが由利香にとっては、かなりショックだったんだろう。
話を聞いて、俺が由利香に連絡を入れたとき「だーいじょうぶですよー」と、最初は明るく答えていたが、話すうちに会話が途切れ途切れになり、そのうちに声にならなくなった。そのあとすすり泣くような声が何分くらい続いていただろうか。
心配だった俺はそのあとしばらく、由利香がうっとおしがるほど連絡を入れていたのだが、あるときから急に由利香の声の雰囲気がガラッと変わった。
たぶんシュウと出会った頃だったんだろう。
この分ならもう大丈夫だろうと、連絡するのをやめたんだが、まさかシュウや夏樹と喫茶店を開いているとは夢にも思わなかったぜ。
シギは、雰囲気がどことなくシュウに似ている。そしてあいつをもっとフランクにして、男の色香をプラスアルファしたようなヤツだ。
もてるはずだよな。
「大丈夫だぜ。由利香とは最近よく連絡を取るんだが、もうしっかり立ち直ってる。よければ俺からシギにも連絡しておいてやるよ」
「ありがとうございます。良かったー。あ、それから、これ」
と、そいつはゴソゴソと胸ポケットから名刺を2枚取り出し、少しはにかむように言った。
「1枚は樫村さんに。もう1枚は、もし秋さんに会うことがあったら渡して下さい。で、俺なんかで良ければいつでも力になりますよって、伝えて下さい」
へえー、こいつ、由利香に気があったのか。
研修中はそんなこと、おくびにも出さなかったのにな。と言うより、仕事が安定して自分にも自信がもてるようになったのか。良い成長をしてくれているようだ。
「ああ、わかったよ。だけどな」
「なんですか?」
「由利香はああ見えて、自分の事にはすごく鈍感だから、お前の方から強引に会って、好きなら好きと、ちゃんと言わないと伝わらないぞ?」
「え?! ええー! ち、違いますよ。なんと言うか、同期のよしみですよ!」
大慌てで弁解するからバレバレだ。
けれどそのあと、ちょっと考え込むように「そうか、秋さんにははっきり言わないと伝わらないのか…」とか言っている。
それなのにそいつは特に由利香の連絡先を聞くこともなく、会議が終わると「いつか俺の仕事場にも来て下さい!」と言い残して、爽やかに帰途についたのだった。