第2話
シュウに連絡を入れてしばらくたったある日。俺は日本へ向けて出発した。
ロンドンから12時間のフライトを経て、ジャンボジェットはパーフェクトに着陸を終えた。
やれやれと伸びをしながら飛行機を降り、到着口までの長い通路をひたすら歩いて、手荷物受け取りのターンテーブル前に着いた。そこからガラス越しに外の様子が窺える。
最初にこちらに気が付いたのは、言うまでもなくシュウ。けれど何のリアクションもせずに、ただ微笑んでいるだけだ。
由利香と夏樹はほぼ同時に気が付いて、どちらも嬉しそうに手をブンブン振っている。
その後、何やら言い合いをしだした。どうやら自分の方が先に気づいたんだとお互い譲らないようだ。由利香は思わず夏樹をはたこうとしたが、夏樹もひょいひょいよけて応戦?している。おーい、大の大人が二人して、恥ずかしいだろうが。
オレはこのまま乗ってきた飛行機に引き返したいのを我慢して、流れてきたトランクを降ろし、到着口の外へ出た。
「樫村さん!」
「ハル兄!」
ここでも2人が突進してくるので、オレはとっさに2人の顔の前に手のひらを向けて制止し、ポンポンと肩をたたきながら「お迎えありがとう」と早口で言って、くるりと向こうを向かせて指示をする。
「さ、行こうか」
それを見ていたシュウ。
「やはり私はまだハルの域に達せられませんね」
と言いながら、すっとトランクに手をかけて歩き出す。それがあまりにも自然だったので、オレですらこのトランクがはじめからシュウの持ち物だったんじゃないかと思ったぜ。
いやいや、お前もたいしたもんだよ。
「で、今日はオレのお迎えに来たんじゃないのか?」
荷物をシュウの車に積んで、そのまま帰るのかと思いきや、
「さあ~これでゆっくり飛行機が見れる!」
とか言いながら、由利香が見学デッキまで3人を引っ張って行き、さんざん撮影会をしたあと、今度は、
「お腹すいた~。ねえ、樫村さんもお腹空いたでしょ? え? 機内食で腹一杯? じゃあ樫村さんは飲み物だけでいいですねー」
とか言いながら、レストランが並ぶフロアに行き。
「空港久しぶりだから、レストランもずいぶん変わってるー。あっここ! 日本初出店ですって! ステキ!」
また3人を引っ張り込む。
「ここってヨーロッパにいくつも店出してるじゃないっすかー。ぜんぜんステキじゃないっす」と言って、またはたかれそうになる夏樹。
「私は行ったことないもん。そんなこと言うなら夏樹ヨーロッパのお店に連れてってよ」
「ええーじゃあその間、店休むんすかー?」
「いいじゃない、ドイツとかフランスとか回れるのよ」
「ドイツもフランスも行き飽きました」
「うわっ生意気ー」
その後も延々と続きそうな由利香と夏樹の攻防戦に、思わず出た言葉が冒頭のお迎え云々だ。
こりゃあ、シュウも苦労するわな。当のシュウは苦笑いしながら、「ふたりともその辺で」とか言って間に入っている。
だが、以前電話で話した時の印象では、夏樹は由利香に相当恐れをなしているようだったがな。今はかなり口答え? 出来ている。不思議に思った俺は、
「夏樹」
「由利香」
と、2人に用事を言いつけて席を立たせ、シュウに聞いてみる。
「ああ…たぶんあれでしょう」
シュウが何やら思い出しながら言ったところによると。
冬里が13代目と2度目の来店をしたときに、秘書というのか、中大路さんと言う女性を連れてきたんだそうだ。
由利香は依子が奈良へ行ったあと、男ばかりだった『はるぶすと』で、女の子? と一緒に過ごせるのが相当嬉しかったらしく、「綸ちゃん」「綸ちゃん」と、中大路さんにくっつきまわっていたらしい。当然、彼女が泊まったのも由利香の部屋。
夏樹は、それがどうやら面白くなかったようで、その頃から黙ってはたかれるのをやめて、生意気にも応戦するようになったらしい。
面白いヤツだ。由利香ってヤツは。
千年人であるかぎり、嫉妬で態度を変えるようなことはしないはずなんだが。どうも由利香が相手だと、そこらへんの既成概念をくつがえされちまうらしい。
「やはり由利香さんが…」
そこまで言ってから、ちょっとしまったと言う顔をして言葉をにごすシュウ。
「?、どうしたんだ?」
聞いてみるが、シュウは「いえ」と言ってそのまま口を閉ざしてしまう。こうなったらこいつは絶対言わないだろうな。石頭で口の堅いシュウくん登場だ。
帰って来た2人を急かして、空港を後にする。由利香はもっと色々遊び回りたくて不服そうだったが、
「俺は12時間のフライト後だぞ、疲れてるんだ」
と言うと、由利香は少し驚きながらもささやくような声で言う。
「千年人でも疲れるんですか?」
俺はあきれて、「あたりまえだ」と怒ってやる。
「なんだ、そうだったんだ。すみません。鞍馬くんも夏樹もあんまり疲れを外に出さないから」
と、珍しいことに、由利香はちょっと申し訳なさそうに言った。
すると夏樹が、席を立ちながら、言わなくてもいいことを言う。
「由利香さんにはいつも疲れさせられてるっすよ」
「夏樹!」
由利香はこぶしを上げて怒るが、追いかけようとはしなかった。そして、ヒョイと伝票を持つと、
「たくさん遊んでもらったから、ここは私のおごりでーす」
と、足早に会計レジへ向かって行ったのだった。
その後は国際会議場に隣接しているホテルまで送り届けてもらう。
「鞍馬くんと夏樹の部屋に泊まればいいじゃないですかー」などと由利香は言ったが、会議っていうのはなにも当日だけ参加すれば良いってもんじゃない。
前日のレセプションに、そのほかにも昼食会なんてのもある。そのうえ会議場の建築工法を見学するツアーなども組み込まれていて、けっこう忙しいもんなんだせ。
俺が1から教え込んだ人材だ。そんな簡単なこと、由利香ははなからわかっていたんだろうが、久しぶりなのでちょっとわがままを言いたかったらしい。
だがそこまできちんと説明されると、さすがに言い返す理由も見つからず、由利香はおとなしく納得した。
けれど、
「会議が終わったら、ぜぇったい『はるぶすと』へ来てくださいよー」
「約束ですよ!」
と、そこだけは意見の一致する由利香と夏樹に、再三言われて彼らとは別れたのだった。