奈良で迷子?!
冬里と私を恋人同士と勘違いしたあの可愛いOLさん2人連れとは、乗る車両が離れていたので、泣く泣く? 電車の前で別れ、私はひとり奈良へ向かう。
久しぶりに降り立った奈良駅は、あのときとちっとも変わっていない。
私は、ほんっとに楽しみにしていた、東大寺南大門の仁王様に会いに行く。
「ううーん、何度見ても、やっぱりすてき…」
足の腱から、(しかも膝の下の前側に浮き上がっているのよ! 足の前面に腱があるのなんて、初めて見たわ)どんどん目を上げていくと、あの、隆々とした美しい筋肉のついた肢体が目に入る。
しばらく門のあっちとこっちを行ったり来たりして、阿吽のお姿を堪能していた私は、ちょっといたずら心を起こして写真をとり、【あこがれの方にまた会えたわ!】と、冗談っぽいメッセージを書いて夏樹にメールを送っておく。ふふ、あとでどんな返事が来るか楽しみ。
そのあとは大仏殿に入り、大仏様や回りにいらっしゃる方々にご挨拶して東大寺をあとにした。
そろそろ響子さんたちのお店へ行かなくちゃ、と、もらっていた地図を片手に、ならまちに向かったのだが…。
「あれ? こっちじゃなかったっけ?」
そんなに方向音痴じゃないと自分では思うんだけど、前回は夏樹に引っ張り回されて、町並みを見る余裕もなかったので、どうやら見当違いの方へ歩いていたらしい。
…迷子になったみたいだ。
道を聞こうにも、あいにく人が通っていない。
「ああーどうしよう」
と、おあつらえ向きにそこにあった石のベンチのようなものに腰掛けて、仕方がないので、恥をしのんで依子さんに迎えに来てもらおうと携帯を取り出したその時。
「にゃーおん」
と、私に呼びかけたのか、人間ではない声が聞こえた。
思わず声のした方を見ると、
「ネコ子!」
一つ向こうのベンチにチョコンと腰掛けて、こちらを見ているネコ子がいた。
「ひさしぶりー。お前も元気にしてた?」
私は嬉しくなって、ネコ子の頭やあごをなでまくる。そして言うともなしにネコ子に今の状況を説明していた。
「私、道に迷っちゃったみたいなのよねー。あんたに言っても仕方がないけど」
そして、ネコ子の横に腰掛ける。
ネコ子はしばらく優雅に毛繕いをしていたが、ふいっとこちらを見ると、ぴょんとベンチから飛び降りてどこかへ行こうとする。私はなすすべもなく見送ろうとしたのだが、ネコ子は振り向いて、にゃーおんと鳴く。まるでついてこいと言っているようだ。
「え?」
私がぽかんとしていると、ネコ子はしょうがないなと言うようにもう一度、にゃおんと鳴いて、シッポをこいこいと振って歩き出す。
「待って、あんたが案内してくれるっていうの?」
私はわらにもすがりたい気持ちだったので、この際だ、と猫にすがって急いで歩き出したのだった。
そして十数分後…
見覚えのあるカフェの看板前に立っていた。
ネコ子がこちらを見上げているのを感じて、私はネコ子を持ち上げて抱きしめ、「ありがとうー!」とほおずりしていた。フガフガと抵抗していたネコ子はするっと私の腕から抜け出して、慌ててお店の方へと駆けていく。
「あ、待ってネコ子ー」
扉を開けると、あいかわらず素敵な内装が目に入る。
「いらっしゃいませ」
と、私を出迎えてくれたのは。
「依子さん!」
私は思わず依子さんに駆け寄って、抱きつかんばかりに喜んだのだった。
「もう落ち着かれましたか?」
紅茶を運んできて、わざと丁寧に聞いてくる依子さん。
「もう、勘弁して下さいよ~。道に迷っちゃって心細かったところに、依子さんの顔見たものだから、なんだか感無量で~」
私は言い訳ともつかない事をゴニョゴニョと言っていたが、
「そう言えば」
「?」
「ネコ子がここまで連れてきてくれたの。あのこって面白いわね~」
それを聞いて、依子さんはフフと笑っているだけだったが、ケーキのお皿を持って現れた響子さんが「そうそう!」と、力強く言う。
「私もあなたたちのお店に行くときに、ネコ子ちゃんに案内してもらったのよ。ほんとうに彼女は天才ちゃんね!」
「そうだったんですか? ステキ~」
何がどうステキかわからないけど、私は響子さんとうなずき合う。これは経験したものでないとわからないわよね、うん!
そして私は、目の前に置かれたお皿を見て、もう一度感嘆する。
「わあ、美味しそう!」
お皿にはフルーツをたっぷり使ったタルトが、綺麗に盛りつけられている。
「どうぞ召し上がれ」
ニッコリ笑って言う響子さんに勧められるまま、私はタルトを心ゆくまで味わったのだった。
響子さんたちのお店はますますステキになっていた。インテリアも、メニューも、もちろんお庭もね。
私は、何かお手伝いすることはないかと聞いてみたのだが、そんなことは気にしないで!と2人に言われる。それなら、と、邪魔にならないよう、出来るだけ隅っこの席で、カフェの雰囲気を堪能していた。
しばらくして、お店を早めに上がらせてもらった依子さんと一緒に、今日のお宿である依子さんのお家に向かう。
「お店で一緒に暮らしてるのかと思いました」
あのカフェは店舗と住宅が併用になっているのだ。だからそう言ったのだけど、
「あら、イヤよ~」
と、依子さんはなぜか楽しそうに言う。
「ラブラブのご夫婦のお邪魔でしょ」
「そうでした」
私はペロッと舌を出して言った。
それにしても、響子さんはまた一段とキレイになっていた。
依子さんの説明によると、響子さんはうちへ来たあと、やはりこのままではいけないだろうと、別れを覚悟でご主人に自分が千年人であることを打ち明けたんだそうだ。ご主人は当然ながら、最初はどうして良いかわからない様子を見せていたが、少しずつ、時間をかけて、現実を受け入れていった。
そして、自分の気持ちに向き合って、彼女がどんな人であろうと愛していることを確信した彼は、これまで通り響子さんと夫婦として生きていくことを決めたんだそうだ。
ステキ。そんなこと聞くと、ちょっとウルッとしちゃう。
響子さんはそのあとメキメキ綺麗になったんですって。うん、わかるわかる。
依子さんのお家は、カフェから少し離れたところにあり、古民家ほど古くはないけれど、それなりに昔に建てられたお家の内装を、モダンな洋風にリフォームしたのだそうだ。
心地よく風が通り抜けるリビングで尽きない話をしていると、さっきから閉めようかどうしようかと気になっていた、ほんの少し開いていたドアから、ネコ子が入って来るのが見えた。
「あ、ネコ子。やっぱり依子さんの家にいるのね。それでドアが少し開いてたんだ」
「あら、気になってたの? ごめんなさいね、てっきりわかってるもんだと思っていたのよ」
「ああ、いえいえ。もしかしたらお店の方に住んでるんじゃって…、あ!」
と、さっきの依子さんのセリフを思い出して、ちょっと吹き出しながら言う。
「もしかして、ネコ子もラブラブのご夫婦の邪魔しちゃいけないって思ったのかな~、なんちゃって」
すると依子さんは最初、キョトンとした顔で私を見ていたが、そのあと可笑しそうに言う。
「ええー? そうなのかなー。考えたこともなかったわ。あはは」
当のネコ子は私たちの話など無視して、さっさと居心地の良さそうなラグの上にゴロンと横になって、しっぽを振りながら気持ちよさそうに目を閉じてしまった。
私たちはそんな様子を微笑ましく眺めながら、その日は夜遅くまで話し込んだのだった。
ああ、そうそう。途中に夏樹から、昼間のメールに返信があったのだけど…。
【仁王さまも素敵だけど、シュウさんだって負けないくらい素敵です】
と、意味不明の文章だった。
依子さんに見せて「これってどういうことなんだろ?」と聞いてみたが、彼女もわからないという。
「鞍馬くんって、あんなに細身だけど脱いだらすごいとか?」
「うーん、シュウはあそこまで筋骨隆々じゃないけど、まあ、それなりにいい筋肉はついてるし、均整の取れた体つきはしてるわね。でも由利香さん、長く一緒にいるのに、シュウや夏樹の身体見たことないの?」
「え? ああ、そう言えば」
あんなに頻繁に鞍馬くんの部屋へお邪魔して、寝落ちまでしちゃうのに、言われてみれば、2人ともお風呂上がりはきちんと部屋着を着けて出て来てたな。
よし! こんど2人をプールに誘ってみよう。でも、そのためにはまず私がダイエットしなくちゃ。
話がそれちゃった。で、ここからは私が永遠に知りようのない話なんだけど、いちおう説明しておくね。
どうやら意味不明メールの前に、夏樹は鞍馬くんとリュシルさんの話を聞いたところだったらしい。で、根が単純で感激屋の夏樹は、鞍馬くんの初恋の相手?(と、勝手に夏樹が勘違いしちゃっただけなんだけどね)の、リュシルさんと重なる私が、あんなへらへらしたメールを送ったので、鞍馬くんを援護するような事を書いたんだそうだ。さすが、出来た弟だわ、ふふ。
次の日、約束のランチをいただいて、(これがまた美味しかったのよ~)そのあと依子さんが街を案内してくれて、夕方にはまだ少し早い時間に、私は奈良をあとにしたのだった。




