隊長と料理人 (3)
ここは、戦場から遠く離れた領土の中心街。
どれだけ権力を持っている輩かは知らないが、どうやら領主同士の利害関係の一致により、ある日突然戦争を終える事にしたらしい。
話し合いで済むのなら最初からそうしていれば良かったのだ。それなら今までの殺し合いは何だったのだ。リュシルは煮え切らない思いを抱えて領土へと帰る。
全員の帰還が確認されたあと、各部隊で働きの良かった者が功労者として領主の城に呼ばれ、盛大なパーティが開かれた。
第1部隊はもちろん全員参加。
兵士たちは数々の豪華な料理や、目を見張るほど着飾ったご婦人方に大喜びだ。だからパーティの参加に気乗りしなかったリュシルも、彼らの喜ぶ姿を見て少しは良かったと思えたのだが。
領主は性懲りもなくまた領土を広げようとしている。リュシルは別室に呼ばれ、再度遠征隊長を任せようとする領主の申し出を丁重に断った。
「こんなすばらしい話をなぜ断るのだ?」
と、領主が驚いたように言う。
リュシルは訳を話さないまま、ただ首を横に振るだけ。それに業を煮やした領主は、リュシルを解雇したあげく、領土から出ていくことを命じた。
だが、リュシルにとってはその仕打ちも計算の中に入っていた。
「まったく、百年人というヤツはどこまで強欲なんだ」
パーティを終えて宿舎に帰ると、シュウがまだ起きて皆の帰りを待っていた。兵士からリクエストがあれば、酔い覚ましなど様々な飲み物を出すためだ。
リュシルは、トゲトゲした気持ちを癒やしてくれるような飲み物を、と、リクエストして部屋に帰る。
堅苦しい上着を脱いでベッドに放り投げ、思わず出た言葉が百年人云々だった。
窓を開けて風にあたる。喉が渇いた。
ちょうど良いタイミングで、コンコンとノックの音がする。
「どうぞ」と答えると、「失礼します」と、トレイに飲み物をのせたシュウが入って来る。ソファ前のテーブルに飲み物を置いて、「どうぞごゆっくりお休み下さい」と言いながら出て行こうとする。
リュシルはそんなシュウに声をかけていた。
「クラマ。あとで相談したいことがある。飲み物を配り終わったら部屋へ来てくれ」
「はい」
シュウは特に驚いた様子もなく、静かに答えて部屋を出て行った。
しばらくして、またコンコンとノックの音がした。
「どうぞ」
と答えると、シュウが入って来た。
「ああ、悪かったな」
「いいえ」
ソファを手で示すと、「失礼します」と言って腰掛ける。
向かいに腰を下ろすと、その顔を見たシュウがふっと微笑んだ。
「? どうした」
「いいえ、気持ちはもう落ち着かれたようですね」
リュシルは思わず頬を撫でながら聞いた。
「そんなに良くわかるか?」
「先ほどのリクエストを聞いていたからだと思いますが」
と、シュウはどこまでも控えめだ。
リュシルはそんなシュウに、飲み物以上に癒やされながら、本題に入る。
「ところで」
「はい」
「先ほど、領主から解雇を言い渡された。その上、もうこの領土にいてはいけないそうだ」
「…」
どう答えて良いかわからないと言う表情をして、じっと見つめてくるシュウ。
「そんな顔をするな」
「はい」
「もうそろそろ、ここも潮時だからな。それに」
「?」
「私自身、消える日が近い」
シュウがハッと息をのむのがわかった。
千年人には百年人で言う所の死はないが、それに該当するのが消えてなくなると言うことだ。出会ったばかりの頃、リュシルが、そろそろ千年を迎えるかな、と言っていたのをシュウは思い出した。
いきなりいなくなってしまっては、周囲も訳がわからず混乱を招くだけだ。そこでリュシルは領主に楯突いて、ここを解雇されるよう仕向けたのだ。とりあえずそこまでの説明をしてから、ひと息ついて切り出した。
「それで、相談なんだが、お前も私と一緒に出て行ってくれないか?」
「それはどういうことでしょう」
「私がひとりでここを出て行くと言えば、あいつらはきっとついて行きます! とか言って駄々をこねると思うんだ」
リュシルの言うあいつらとは、たぶん兵士たちの事だろう。シュウは頷いた。
「だが、ついてこられては困る。私はどちらにしても消えるのだから」
「はい」
次にリュシルはいたずらっぽい笑みを浮かべて言い出した。
「でな、現在お前と私は恋に落ちているんだ。それで2人で出て行けば、あいつらも無粋な真似はしないだろう?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは、こういう表情のことを言うのだろう。ぽかんとして、頭の中が真っ白になっているのが手に取るようだ。シュウもこんな顔をするのだな、とリュシルは可笑しくて思わず吹き出してしまった。
「リュシル…」
立ち直ったシュウは、次に困った口調で非難する。
「ふざけないで下さい。お供するのはかまいませんが、その理由が…」
「そうか? けれどこうでもしないと他のヤツらが、なんでクラマだけ、と言うだろう?それとも駆け落ちでもするか?」
「そんな…」
シュウは本当に困った様子で長い事考え込んでいたが、決心したようにふいっと顔を上げる。
「わかりました。仕方ありませんが、理由もそれで。ただ」
「どうした」
「恋に落ちたと言っても、私は恋人どうしのようなふるまいなど出来ませんので、そのあたりは了解しておいて下さい」
大まじめに言ってくるシュウに、リュシルはこちらも大笑いして言う。
「あっははは。さすがはクラマだな、ハハハ。大丈夫だよ。だいいち、私が恋したからと言って、そんな甘い雰囲気になるような女だとは誰も思っていないよ」
これで、領土を出て行く算段はついた。
あとは兵士たちにこのことを告げるだけだったが、案の定、リュシルが解雇のことを言い出すと、皆ついて行くと言って大騒ぎになった。
「だから言ってるだろう? 私はひとりで行くわけじゃない。クラマも一緒だ。お前たちは邪魔なんだ」
「そんな、ひでぇー」
「そうですよ、いくら恋人とは言え、クラマだけじゃ頼りない」
「どっちかって言うと、隊長が守る側のような」
皆、ワイワイと好きなことを言っている。リュシルはこのままではらちがあかないと、シュウにはあとで叱られるつもりで、わざと甘い雰囲気を出してやった。
「私が…守られたいのだ、シュウに」
頬を染めて少しうつむき加減で言う。
するとザワザワしていた兵士たちが、急にシーンと静まりかえる。
そして、今度は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「ウォーー!」
「た、た、隊長が、たいちょうがクラマのことを!」
「「シュウって呼んだーーー!」」
「すげー」「隊長が恥ずかしがってる!」「クラマ、最強!」
リュシルがその騒ぎを見て「今まで私はどんな風に思われてきたんだ?」と、考え込んだかどうか…。
だがお陰で、2人の邪魔をしてはいけないと、ついて行くという兵士はいなくなったのだった。




