春と焦りと…
…朝、いつも通り目を覚まし、自分が男に戻っているのではないか。
そう願ってみるが、残念ながら願いは叶わなかった。
しかも体調がよくない。
腹痛と頭痛がするのだ…。
俺はそんな体をベッドから起き上がらせる。するとすぐに、股間に違和感を感じた。
…濡れてる?
まさか!?漏らした…
恐る恐る自らの下半身を見ると、そこには朱色にそまるシーツと、寝間着が…
俺はすぐさま、姉の部屋へ向かった。
「姉ちゃん!!
なんか、ヤバいんだけど!」
姉の部屋にノックもせずに入ると、着替え中だったらしく下着だけの姉が目に入る。
「どうしたの?
朝から騒がしいみたいだけど…」
「ごめん。ってそんな場合じゃないって!!
なんか血が…」
姉の顔を見て、途中で言葉がつまる。何故なら、嬉しそうに笑っていたから…。
少しの間が空いたかと思うと、次に姉は目を輝かせて言った。
「はぁ…もうすっかり女の子なのね~夢じゃ、なかった。」
「姉ちゃん?」
「優希。それはきっと、女の子の日よ。」
…は?とでも言うような顔をしていただろうか。
俺は、姉の言葉を聞いて固まっていた。
「もしかして優希、授業中寝てる?」
「へ?…あぁ、まぁ興味とか全然無いし。」
姉の言う[授業]とは、保健のこと。
…実のところ、容姿や声が原因というわけではないが、俺は昔から女性という存在にあまり興味がない。
その為か、俺は保健の教科への意欲は、他の男子に比べ低かった。
今になって聞いておくべきだった。と、昔の俺が悔やまれる。
「とりあえず、下着は私のを使って…
それとこれ。」
そう言って、姉は過去の自分を悔やんでいる俺に手渡した。
一つは下着で…
もう一つが、なにやら四角く折り畳まれた柔らかい何かが二つ。
「これは?」
「ナプキン。」
「…は?」
ナプキンとはあれだろうか?食事の時につける…しかし、そんなものを何故下着と共に?
「それ、生理用品だから。
開ければ使い方くらいわかるよ。」
「え、けど、歩きずらいんじゃ…」
俺の言葉を聞かぬ内に、姉は着替えを済ませ、部屋を後にした。
使えって言われても、俺のプライドが磨り減るんだけど…
そんなことを考えつつも、遅刻へのタイムリミットが近づいていた為、俺は自室に戻り着替えることに…
ここで、ある問題が浮上した。制服である。
男子の制服を試しに昨日着てみたが、大きすぎてとてもではないが、無理だと感じた。
とりあえずクローゼットを開くと、そこには…
女子の制服がしっかりと、準備されていた。
…助かるような、そうじゃないような。複雑な気持ちになりながらも、それを着用することにした。
…着替えて、鞄を持ち玄関の扉を開けて家を出ようとしたとき、扉は向こう側にいる誰かの手によって開けられていた。
「優希。おっは……よ?
…誰?」
扉の前にいたのは、俺の親友の谷澤 信悟。
もちろん。俺が女になったことなど知らないため、目が点になっている。
が、ヤツは頬の筋肉を緩ませて言った。
「優希。ついにお前はそっちに目覚めたか…
けど、俺は嬉しいぞ!!
男とはいえ、こんなに可愛い友人と一緒に登校できるんだから…。」
俺は無言で、信悟に近くにあった靴べらを投げつける。
「うぉ!?ちょ、待て。」
「俺はそんな趣味、持ってねぇ!!」
声を出した時、信悟は更に驚いていた。
「優希。言葉使い。それと、遅刻するわよ~」
会話?を聞いていた母が俺に言う。
仕方なく、信悟を半分無視して家を出た。
…歩きずらい。
ちなみに俺は、血だらけで登校するわけにもいかない為、結局ナプキンをつけてしまっていた。
「…私は誰だ?」
登校中、そんな電波な質問を隣を歩く親友にしてみる。
「優希だろ?」
信悟は即答してみせた。
その後に聞いてみたのだが、俺が女になっていようがいまいが、違和感が無いらしい。
むしろ、これからは女子と登校ができると喜んでいる。
「しっかし、本当に女なの?
正直、優希がただただ女装してるだけにしか見えねーけど…」
声、身長、容姿。
信悟が言うには、これら全てに変化があるらしいが、[女装してるだけ]と言えば納得できてしまう程度の変化だそうだ。
考えながら歩いていた為、曲がり角から来る自転車に全く気づかず、衝突しそうになった俺を信悟が腕を引く。
「危ねぇぞ?」
「うわ!?っと…ありがとう。」
信悟の腕にしがみついてしまった。
…こいつ、こんなに筋肉質だったのか。
「優希…胸。
あたってるぞ?」
「あ、ごめん。」
…忘れていたが、こいつはふざけた態度をよくとるが、基本的には紳士的である。
まぁ、親友となるにいたったのがそこにあるわけだ。
中学校くらいから、俺の身長、肩幅、声の変化は、ほとんど停止していて、そんな俺をからかう奴らがそれなりにいた。
そのからかいが嫌で、けれど、それらを突き放す勇気のない自分も嫌で、全てが嫌になっていた時…
こいつが助けてくれた。
多分、信悟がいなかったら、俺は自殺をしていたかもしれない。
まぁ、そんな色んなことがあって、今では親友である。
ちなみに、武道は弓道と剣道を掛け持ち。
察しの通り、男らしくなりたいが為に何故か武道に走ってしまったのだ。
と、色々考えている内に学校に着いたらしい…。
俺が通う高校、九条学院高校。
正面玄関に着くと、信悟は言った。
「なぁ優希。
お前、先生のところに行くんだよな?」
「ん?あぁ、そうだな…。」
「俺、先に教室に行っていいか?」
俺は信悟の言葉に対して頷いた。
…さて、この学校の特徴を大雑把にも紹介しておこう。
この学校内は、とにかく広い。
まぁ、理由としては金持ちが通うような学校であるからである。
そんな訳で、職員室から教室まで移動するのに15分も費やしてしまった。
ちなみに職員室では一応、性が女になってしまったことを伝えた。
…教室に入ると、皆視線が俺に…という展開には至らず、普通に席に座る。
それと同時にチャイムが鳴り、先生が教室にやって来た。
担任の城川先生である。
「あー、おはよう。
今週からテスト一週間前期間に入るから、朝の20分はテスト学習になる。しっかり学習しとけよ。」
城川先生は、基本的にラフな先生だ。皆は放任しすぎだとか言うが、俺は自分の意見を通しやすいのでいいと思う。
ちなみに、朝伝えた先生でもある。
少し驚いてはいたが、簡単に受け入れ納得してくれた。
「一つ、連絡だ。
不審者の事なんだが、最近ここらで出没してるらしいから…そうだな」
そう言って、先生は対処方を伝える。
出会ってしまったら、とりあえず逃げろ。そんで近くに家があれば、大声で助けを求めろ。
無理だったら携帯で誰かに電話。
まぁ一番は、一人で帰らないことだな。
…春。それは頭の緩んだ連中が、跋扈し始める季節。
なんの伏線も無しにそれは、俺を襲った。
跋扈:集まる。沢山。
…まぁ、とりあえずいっぱい集まるみたいな意味のはずです。多分。