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死んでしまったとしたら

 

                No.1 「死んでしまったとしたら」


 のぞみはカフェの窓から外を眺めていた。雨雲がかかった空の下を傘を持った人たちが足早に道を行き交っていた。店の中では外の天気には馴染まない、明るく、爽やかなポップ・ミュージックが流れていた。航は彼女の向かいの椅子に腰をかけ、片手に持った携帯電話に目を落としていた。そして、テーブルの上に置かれた飲みかけのアイス・コーヒーを口に含み、テーブルの上で頬杖をついている彼女を見た。まどろんでいるように瞼の閉じかかった彼女の瞳は、彼に何の感情も読み取らせようとはしなかった。

「希、眠いのか?」

 彼がそう訊ねると、彼女は夢から覚めたような表情で彼の方に顔を向けた。そして、ゆっくりと頭を横に振った。彼は自分の体を通り抜けて、はるか遠くを見つめているような彼女の視線にわずかな不安を感じた。

「本当に?」

「大丈夫、平気だから」

 彼は携帯電話をテーブルの上に置くと、思い立ったように彼女に訊ねた。

「なあ、何か悩み事でもあるのか?最近、よくそうやって、ぼんやりしてるけどさ」

 彼女は小さく首を傾げた。

「そうかな?」

「うん」

「今はね、ちょっと考え事をしてただけ」

「どんな?」

 彼女は口に出すのをためらうように、視線をテーブルの上に落とすと、いつもと同じように落ち着いた口調で言った。

「もしね、もしもの話だよ? 今、私の身に何かがあって、死んでしまったとしたら、悲しんでくれる人はどれくらいいるのかなって」

 彼は言葉を失った。彼女は眉をよせたまま黙っている彼に微笑みかけた。

「気にしないで。そんなに深い意味はないから」

 彼は固さを残した表情のまま頷いた。

「そうか。まあ、あんまり深く考え込むなよ」

 彼女は再び窓の外に視線を移し、傘をさして道を行き交う人たちを眺めていた。

「雨、降ってきちゃったみたいだね」

 彼もカップを口に運ぶ手を止めて、窓の外を見た。

「本当だ」

「私、雨はそんなに嫌いじゃないんだ」

「なんで?」

「雨の音、聴いてると落ち着くから」

「そうかな」

 彼は道を濡らす小さな雨粒を眺めながら、残っていたアイス・コーヒーを飲みほした。

「でも、そろそろ帰らないか? もっと、雨が降ってきちゃうと大変だろ」

 彼女は窓の外を見つめながら言った。

「もう、ちょっとだけ、ここにいさせて」

「でも、傘が……」

「お願い」

 彼女はいつになくはっきりとした口調でそう言った。彼は彼女を見つめながら何も言わずに頷き、窓の外の雨雲がかかった夕空を見上げた。夕空の向こうの黒雲はもうすぐそこまで迫っていた。


 彼は電車の窓から外を眺めていた。激しい雨が窓ガラスを打ちつけ、その向こうにぼやけた夜の街が見えた。彼女は話しかけてくることもなく彼の隣に座っていた。 

――もし……死んでしまったとしたら

 彼はその言葉を口にした時の、彼女の表情を思い浮かべた。その時、電車の振動に揺られていた彼女の頭が彼の肩に当たった。彼女は重そうに頭を持ち上げて、瞼を指でこすった。

「眠ってもいいよ」

 彼は彼女の耳元でそう囁いた。

「駅についたら起こしてあげるから」

 彼女は彼の目を見つめて、頷くと、頭を彼の肩に預けた。そして、彼の手にそっと触れると、彼は彼女の小さな手を握りしめた。




               

                   

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