記憶の保管庫
私は小説を書いているときに思う。
物語の人物はどうなるのだろうと。
生きていたら世界を選ばれ、
そしてバッドエンドに染まされる。
理不尽ではないのだろうか。
だってよ。
「やっぱり証拠のような物はないか」
「まったく、びっくりしたぜ。」
「急に記憶を探す手伝ってくれって言われたときは。」
「うん……」
「いつも通りだと思ったよ」
「誰が俺の頭が天然パーマだ」
「言ってねえよ」
「しっかし見つからないもんだな。」
「いや、父ちゃんが小説家だったこと、これでもいい収穫だ」
「何も知らないんだな、やっぱり」
「何にも教えてくれないんだよ、かーちゃんが。」
「まぁ、教えないっていうより、思い出したくないんだろうな」
そうなんだろう、きっと。
「それでもか」
「それでも探すのか。」
「ああ、絶対に見つける」
「そうか。見つけてどうする」
「どうもしない」
「いいや違うだろ」
「お前は見つけたらすぐに持っていくはずだ。」
「記憶の保管庫に。」
「あそこなら、記憶を追体験できる。」
「覚えてない部分まで、全部。」
「チィ……だからどうした。お前はやめるのか」
「やめねえよ」
「はぁ?」
「俺達は親友だろ」
「……そうか」
「そしたら口じゃなくて手を動かせる」
「へいへい」
記憶の保管庫は、静かだった。
音がない。
匂いもない。
ただ、並んでいる。
無数の記憶が。
「どれだろうな」
隣であいつが呟く。
軽い声。
いつも通りの距離。
「……これだ」
手が止まる。
理由は分からない。
でも分かる。
これだ。
触れる。
――流れ込んでくる。
知らないはずの光景。
知らないはずの時間。
なのに、
全部知っている。
笑い声。
食卓。
小さな手。
「ちゃんと食えよ」
聞いたことのない声。
でも、
知っている。
視点が揺れる。
これは――
俺じゃない。
違う。
違うのに、
分かる。
全部。
「……父ちゃん」
口から出た。
止められなかった。
記憶が途切れる。
現実に戻る。
「……おい、どうした」
声は同じだった。
同じはずなのに、
違うものにしか聞こえなかった。
顔も、声も、仕草も、
全部知っている。
「なあ」
近づいてくる。
逃げられない距離。
「……父ちゃん」
沈黙。
その一瞬が、やけに長い。
「……は?」
理解していない顔。
いや――
違う。
その間。
その目。
全部が演技、ずれている。
「お前」
喉が詰まる。
「誰だ」
一歩、下がる。
「あー、そこにあったんだ」
軽い声。
頭をかく。
その仕草すら、
“用意されたもの”みたいだった。
「やっぱりバレるか。仕方ないよな」
笑う。
「まったく、ここの技術は面倒だな」
空気が変わる。
「やっぱり止めるべきだったか」
ぶつぶつと、続ける。
「でもそうだよな」
顔を上げる。
「息子の頼みを無下にするなんて、普通に父親失格だよな」
言っている意味が、
分からない。
「だとしたら仕方ないことだった。そう捉えよう」
一人で納得したように頷く。
「お前は何がしたい」
声が出る。
震えている。
「そんなことよりさ」
肩を掴まれる。
逃げられない。
「ここの小説、見てよ」
無理やり、向けられる。
「俺はね、感動の物語とか好きでさ」
笑う。
「タイトルはクラーチェだってよ。いいよな」
頭が追いつかない。
「ここに来て一番良いと思えたのは小説だった」
「なぁ、そしたら母ちゃんは――」
「しー」
指が口に当てられる。
「今は父親と息子の会話。母は二番手だろ」
軽い声。
「……でもそうだね。一人で喋りすぎた」
手を離す。
「謝罪させてくれ」
深呼吸。
「はらふれほれふれパンナコッタ」
満足そうに頷く。
「よし、親子の喧嘩はここで終了だ」
意味が分からない。
全部。
何一つ、
理解できない。
「最後に一つ」
視線が合う。
「息子としての質問だ」
喉が乾く。
「うん、聞こうじゃないか」
「母ちゃんは悲しんでいた。それについてどう思った?」
一瞬。
本当に、一瞬だけ考える素振り。
「うーん」
首を傾げる。
「面倒だな、そう思った」
――そこで切れた。
気づいた時には、
体が動いていた。
蹴る。
そのまま、
押し込む。
「ここに入れてどうするんだい」
余裕の声。
「もしかして君の母親を思い出せって言うの?」
「違う」
息を吐く。
震えが止まらない。
「うーん、俺ならそうするけど。君、いや息子くんは違うのかい?」
笑っている。
まだ。
「俺ならこうする」
セットする。
震える手で。
「……俺の小説?」
「まさか」
「そうだよ」
見下ろす。
「そのまま」
言葉を区切る。
「自分の小説に溺れて死ね」
物語の人物はどうなるのだろう。
その答えを、
俺は知っている
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この作品では、「物語の人物はどう扱われるのか」という理不尽さと、
それに対する一つの答えを書いてみました。
正しいとか間違いではなく、
そういう世界もあるかもしれない、くらいで受け取ってもらえたら嬉しいです。




