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海の世界にて

作者: アーク
掲載日:2026/04/12

人類の皆様、特に日本に在住する人間の皆様浦島太郎、と言う話は聞いた事があるだろうか。


大まかな、粗筋を述べよう。


ある村に、浦島太郎と言う人間が住んでいた。


ある日、太郎はいつものように海釣りへ出掛けた。


そこで子供達に虐められている亀を助けたところ、御礼に竜宮城に案内されて、楽しい数日を過ごした後に地上に残した母が心配で名残惜しいものの太郎は乙姫のもとを去る。


乙姫は「決して開けてはならない玉手箱」を太郎に渡す。


地上に戻った太郎だが、竜宮城での数日は地上の数百年であった為家はおろか住んでいた村さえ無くなってしまっていた。


それに悲しんだ太郎は、乙姫から「決して開けてはならない」と言われた玉手箱を開けて老人になってしまう。


老人となった太郎の前に乙姫が姿を現して太郎を亀に、自分自身を鶴に変えて末永く幸せに暮らした、と言うパターンもあるらしいが、大抵は太郎が老人になって終わるだけだ。


そんな御伽噺を思い出しているのは、私たちの前に人間の収められたコフィンがあるからかもしれない。


―――凡そ300年前の事。


人類は滅亡から逃れる為にコールドスリープした、と聞いている。


どんな滅びか、と言う話は知らない。


大規模な戦争が起きたのかもしれないし、疫病が猛威を奮ったのかもしれない。


はたまた、宇宙人が地球に攻めて来たのかもしれない。


兎に角、滅びから免れる為に人類は深い深い眠りに付いたと言う訳だ。


人類が深い眠りに付いている間に進化を遂げたのが我々海洋生物。


烏賊や蛸が頂点に立つ世界だ。


因みに私はイルカだ。


御先祖様の話では仲の良い人間がいた、と言う話を聞いた朧気な記憶がある。


御先祖様は「水族館」と言う牢獄で暮らしていたのかもしれない。


海洋生物の長である烏賊や蛸が言うには、安全が確保された事で人間の眠りが解ける日が近いらしい。


長い眠りから覚めた人間は、今の地球に馴染めるのだろうか。


昔話の浦島太郎の様に、あまりの変わり様に絶望したりしないだろうかと、御先祖様の友人の眠るコフィンを眺める。


コフィンから得られる情報は、中身が女性である事だけだ。


【ほたる】


たどたどしい文字で、御先祖様がコフィンに書いた文字にはどんな意味があるのだろうか、と考えていると、プシュー...、と言う音を立てて今まで1度も開かなかったコフィンがゆっくりと開いた。


真っ白い、「髪の毛」が踝まで伸びている。


全長は140cmくらいだろうか。


先祖代々託されたコフィンの中身はそれは小さな人間だった。


人間は水中で呼吸が出来ない、と学校で習ったのだが、この人間は苦しみ藻掻く様子も無くゆっくりとその目を開けた。


夜空の様に黒い目が、顔を見せた。


300年眠り続けた人間はこちらを見るとほんの少しだけ目を見開いて、そして、言った。


「ほたる、と言います。仲良くしてくれると、嬉しい、です...」



ほたるは小学校3年生。郊外の大きな家で両親と暮らしていた。


ほたるは快復の見込みの薄い重い病気を患い、未来の医療に希望を賭けてコールドスリープを選んだと言う。


ほたるが眠りに付いた日は、人類が滅亡の危機に瀕するよりも遥か前。


まさか、未来に生きる人間の殆どがほたると同じ様に眠り続けている等と考えてもいなかっただろう。


つまり、ほたるは病気の人間。


自然の摂理に則れば私はほたるを見捨てるべきだろう。病気の人間の世話を焼ける程、私の一族は裕福ではない。


【劣等種】


私たちの種族は多くの海洋生物からそう蔑まれている。


理由は単純、1部の個体は人間が繁栄していた時代に人間に保護され、安定した生活を送る事が出来ていたからだ。


「海洋生物なら自然の摂理に則り生きるべき」


頂点に立つ烏賊や蛸はかつて人間と共に暮らしていた歴史のあるイルカや鯨に対してそう言った。


今を生きている私たちには関係の無い話だとは思うのだが、自分よりも劣っている存在がいる事で平穏が保てると言うのであれば【劣等種】の汚名を甘んじて受けて構わない。


「あのぅ...」


ほたるはモジモジと此方を見ている。


人間は確か、「恥ずかしい」と言う概念があるのだったか。


今のほたるは私たちとなんら変わらない姿、所謂「生まれたままの姿」だ。


ただ、此処には「服」は無い。


私たちに、服は必要ないからだ。


さて、どうしたものか。服、服になりそうなものは何処にあるのだろうか。


「あなたの名前はなぁに?」


予想外だ、ほたるは自分が一糸まとわぬ姿であると言う事を気にも留めずに無邪気な笑顔でそう言った。


私の名前、―――個体名、と言う事か?人間がそれぞれの個体に個別の名前が有るように、私にも名前がある、と思っているのであれば、申し訳ない。


私は、イルカだ。


その昔は、人間と共存していたと言う何処にでもいる特殊な個体でもない、ただのイルカ。


ただのイルカに、名前は無い。


「そっか...。それじゃあ、イルカさん、って呼んでもいいですか?」


安直だな。


まあ構わないのだが。



体が軽い。


病気になってから指先ひとつ動かすのも難しかったのに、今はまるで体が羽根になった様に軽い。


コールドスリープ用のコフィンには、一定の医療プロセスが組み込まれている、とお医者様がパパとママに説明していた事を思い出す。


眠っていた間に医療技術が進歩して、わたしの体を蝕んでいた病気は治ったのかもしれない。


病気が治ったら、やりたい事いっぱいあるんだ。


学校に行く事、お友達と遊ぶ事、パパとママと遊園地や水族館に行く事。


それを伝える度に、パパとママが辛そうな顔をした。


コールドスリープから目を覚ました時に、パパとママも、お友達も生きていないかもしれないけど、それでもいいの?って悲しそうだった。


平気だよ、ちょっと長くお昼寝するみたいなものでしょ、とわたしは笑った。


だって、今の時代に病気を治す方法が無いんだもん。


未来のすっごいお医者様が治してくれるのを毎日病室から楽しく過ごしている同じくらいの歳の子供の様子を見て辛い思いをするよりは、寝て起きたら、治して貰える方がわたしは嬉しいなと思ったの。


ちょっと長くお昼寝するだけだもん。


未来の世界でパパとママにも、学校のお友達にも会えると信じて、わたしは同意書にサインをしたんだ。


「パパとママはどこですか?」


―――イルカさんは困った様子で話題を逸らす。


わたし、寝坊助さんだからなあ。ちょっぴり長く眠り過ぎたのかもしれない。


眠っている間に伸びたらしい髪の毛は、憧れの変身ヒロインみたいで可愛いなあって思うけれど、わたしの髪の毛こんなに白かったかな?


パパとママとお揃いの普通の黒い髪だった気がするんだけれど。


可愛いからいっか。



ほたるは外に興味があるらしい。


ほたるは病気で外出出来ない間ずっと、外の世界の様々な動物や魚に夢を膨らませていたのだと言う。


そんな希望に満ちたほたるに、「人類は滅亡から逃れる為に多くがコールドスリープしている」とはどうにも伝え辛い。


ほたるが眠った頃を考えると、滅亡から逃れる為にコールドスリープに入った人類の中に彼女の両親や友人はいないのではなかろうかと思う。


ほたるを悲しませたくはない。


そんな事を考えていると、ふと幾つかのメッセージが届いた事に気が付いた。


他の場所でも、人間がコフィンから目を覚ましたのかもしれない、と思って私は届いたメッセージを読み込んだ。


ふむ。


コフィンが次から次へと解放されているものの、今時点で中身があるコフィンが限り無く少なく、中身のあるコフィンから出て来た人間は病気を患っている可能性が高い、と言う事ですか。


眠りに付いている間にそのまま死んだ人間もいる、と言う事なのでしょう。そして、病気を患っている人間は、ほたると同じ様に未来の医療技術に希望を託して眠りについた方々なのでしょう。


仮にも病み上がり、或いは未だその体が病気に蝕まれている可能性のあるほたるを外に連れ出すのは難しいでしょう。


ほたるは、興味津々、といった様子で届いたメッセージを読んでいます。


【まおちゃん】

中学一年生のお姉さん。ほたるがICUに移動するまで1番の友達で、ビーズアクセサリーや折り紙を作るなど手先が器用で、病気で握力の落ちたほたるの為に僅かな力でも鉛筆を持って文字を書く事が出来る補助具を作ってくれたそうです。


【なおやくん】

ほたると同じ歳の男の子で、将来はサッカー選手になりたいと言う夢を持っていたそうですが、ほたるがICUに移動する前日、病気で両脚を切断しないといけないかもしれない、とこぼしていたそうです。


【じゅんやくん】

心臓に疾患を持っていて、院内教室でもあまり姿を見た事のない子供。

左目が黒で、右目が灰色、と言う見た目がかっこよかった、とほたるは言います。


【かなめちゃん】

随分と馴染めない子供で、「あー」や「うー」と言った言葉しか話さない。お気に入りのキャラクターの缶バッジがひとつ足りないだけでも大騒ぎをするほたるのひとつ年下の子供。


メッセージに現れる名前を見ては、その人物の特徴を挙げてほたるは「友達がいっぱいだ」と喜びます。


どうして、ほたるの友達がいるのか。


ほたるから語られる特徴を聞く限り、じゅんやくん以外はコールドスリープを選ぶ理由が特に無い様に思うのですが、どうして、何故、ほたるの友達はコールドスリープを選んだのでしょうか?



―――アルジャーノン。


この世界で唯一個体名を持つダイオウイカは子供達の目覚めを喜ばしく思う。


コフィンの中身に()()()()()()


アルジャーノンだけが、その事実を知っている。


理由は明白。


大人が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と願ったからだ。


アルジャーノンは此処に来る前は【浦邊(うらべ)春輝】と言う名前の科学者だった。


研究に勤しむ自分の前に、小児科に就職した友人が「苦しむ子供達を救う術は無いか」と聞いてきた。


だから、()()()


【人類が滅びた後に海洋生物が生物の頂点に君臨した世界で、子供達が自由に遊びながら過ごせる世界】


―――仮想空間、【電子の海原】。


この世界で目覚めた子供達は、現実世界で()()()()()()()()()()()


子供達の脳波パターンを完全に再現したAIが動き出すその時を、アルジャーノンは仮想空間電子の海原において300年待ち続けていた。


現実世界ではおそらく、元の自分がこの世界を生み出してから数日と経過していないだろう。


アルジャーノンがこの世界にいるのは、子供達が目覚めた後の経過観察を外の世界にいる元の自分に報告する為だ。


ほたるの両親はいつ目覚めるか分からないコールドスリープを選ぶよりは、仮想空間で元気に過ごす娘の姿をみたい、と望んだ。


「サッカー選手の夢を諦めるくらいなら」と医者や看護師の隙をついて屋上から飛び降りて昏睡に陥ったなおや、心臓疾患でいつ生命の灯火が消えるか分からないじゅんやは、せめて友達であるほたるの傍に、と望まれた。


まお、かなめ、その他諸々の人間も、凡そ同じ要因。


我が子が自分達よりも先に生命活動を終える事実を受け入れ難い保護者の意向で脳波や思考パターンを完全再現したAIとしてこの世界に送り込まれた。


アルジャーノンの役割は一つ、この世界の真実を子供達に悟らせない事だ。


今のところ、計画は順調である、と、アルジャーノンは外の世界に向けて発信するのだった。



目が覚めたら、【アルジャーノン】に会いに行く事。


ほたる達は眠りにつく前に医者と両親からそう言われたそうです。


アルジャーノンはこの世界で唯一個体名を持つダイオウイカであり、人間が滅びから逃れる為にコールドスリープを選んだ頃から生きている長命の存在です。


アルジャーノンの住処は遠いのですが、仕方ありません。ほたるを背中に乗せて連れて行く事にしましょう。


人間は普通、海中で呼吸は出来ないし、長い間闘病していたほたるに泳げ、と言うのは酷な事です。


そう思っていると、私の住処に光の穴が出現しました。


【転移ポータル】


光の穴から何処か不思議な仕組みで、この穴を通れば望む場所に行く事が出来る、と言うメッセージが届きました。


少々胡散臭いですが、今の私やほたるにはそれを信じるほかありません。


意を決して光の穴に飛び込むと、そこにはアルジャーノンが待っていました。


「旧き時代から目覚めた人類。


こんにちは。私は、この海中世界を潤滑に管理する為の役目を背負うもの。


名前を、アルジャーノン、と言います。


ようこそ、人類。


早速ですが、あなたの名前を教えて貰えますか?」


アルジャーノンに言われて、ほたるは自分の名前を名乗りました。


「ほたる。良い名前です。


では少し、あなたの体に異常が無いかを確認します。


直ぐに終わりますので、お待ちください」


アルジャーノンから強い光が出たかと思うと、


「バイタルチェック、オールグリーン。あなたに異常は無い事が証明されました」


そう淡々と告げました。


「病気、治ったんですか?」


「コフィンには医療プロセスが組み込まれています。


ほたる、現在のあなたの体は正常に機能しています」


アルジャーノンの言葉にほたるは飛び跳ねて喜びます。


「此方に、人類の遺産である【服】が存在します。


どうぞ、好きな【服】を選んでください」


その言葉に、ほたるははじめて自分が何も身に着けていない姿だと気がついたのか、顔を朱色に染めながら【服】を選びます。


暫く悩んで、ほたるは【服】を決めました。


「入院してからずっと病院着だったの。だから、学校の制服、着たかったんです」


ほたるはその【服】を、セーラー服だ、と私に教えてくれました。ほたるの学校の制服に1番近い制服なのだと、目をキラキラさせながら言いました。


―――私は、この笑顔を守りたいと思いました。


それから続々と、コールドスリープから目覚めた人間達がアルジャーノンのもとを訪れて説明を受け、病気の快癒を知らされては嬉しそうに用意されている【服】を吟味します。



PCのディスプレイの前で大きな隈を作りながら座っている男は、自身の思考パターンを模倣したAIからの情報を受け取っては今後どうするべきなのかを考える。


子供達が退屈しない様に、何か無いですか?とモニターの向こうで新生活を始めた子供達の両親達は言った。


自分の本業も兼ねてはいるが、男―――浦邊(うらべ)春輝は子供相手は得意では無い。


友人や子供達の両親が持って来た漫画やアニメ、ゲームを見ながらさてどうするべきかと考える。


そうして、子供達の発想力を活かす為に仮想空間電子の海原の開拓作業をさせてみる事を思い付いた。


自分で、好きな街づくりをする。


どこかのスローライフゲームの様な要素を取り入れるべく、春輝は止まっていた手を動かして自分の作り上げた仮想空間に新しいプログラムを組み込んだ。


「―――ほたる」


画面に映し出される歳の離れた従姉妹のほたるの姿を見ながら、春輝はほたるが喜びそうな世界を生み出すべく手を動かし続けるのだった。

このイルカさんはかつて「お前を消す方法」と調べられまくったイルカさんです。

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