構築される「女」
鏡の前に座る男の横顔を眺めながら、私は自分の指先が生み出した「作品」の完成度に、人知れず陶酔していた。
田町康介。高校時代、美術部で共に油絵を描いていた頃から、彼は色の重なりよりもキャンバスの「構造」を気にする男だった。卒業から十数年、金融機関の融資担当という、数字がすべてを支配する世界で生きてきた彼は、今やその「構造」を自分自身に適用しようとしている。
「どう? 康介。自分の理論が正しいって証明された気分は」
私はブラシを弄びながら、彼に問いかけた。
田町は無言で鏡の中の自分を凝視していた。そこにいるのは、疲弊した中間管理職ではない。私の技術と彼の執念が造形した、一人の「女」だ。
この一ヶ月、私は彼に請われるまま「女性化」のコーチングを施してきた。驚くべきは、彼の取り組み方だった。彼は筋トレ一つとっても、内転筋の強化が骨盤の角度に与える影響を数値化し、女性らしい歩容を物理学的に解析しようとした。
「驚いたな。……皮膚の凹凸が、完全に消失している」
「最新のウォータープルーフ・ファンデーションの力よ」
私は彼の頬を指先で弾いた。
「密着度は、あなたの銀行の定期預金より固いから。多少の冷汗をかいても、ボロは出ないわ」
彼は立ち上がり、用意された厚底ブーツに足を入れた。それは彼の身長を底上げし、足首のラインを補正するための「戦略的装備」だ。重心の揺らぎに困惑する彼の姿は、まるで新しい基幹システムを導入した直後のエンジニアのように慎重だった。
「これから行く場所は、あなたの論理が通用しない戦場よ」
私は彼の耳元で、最も重要なルールを囁いた。
「結論を急がない。解決策を提示しない。ただ『わかる』とだけ言いなさい。……できる?」
「論理的な帰結が予測できないからこそ、挑戦する価値がある」
田町、あるいは「康子」は、練習通りの裏声で答えた。その声は、驚くほど瑞々しく響いた。




