物語2 鏡花水仙
お題:境界線
キーワード:鏡
ねえ、どうして……こんなに近くにいるのに。こんなに私はあなたを好きなのに。どうして触れ合えないの……苦しい。この境界線が恨めしい。
私はあなたのことが好き。あなたも私のことが好きなはず。ねえ、そうでしょう?
私が笑えばあなたも笑い返してくれる。私が悲しい顔をしたらあなたも心配そうに悲しい顔をしてくれる。
きらきらとした不思議な魅力を宿した瞳に、筋の通った鼻、可憐なくちびる……街行く人なら誰もが振り返るような美しさ。そんな美貌の持ち主が私を見つめてくれている。それだけで私の心はどうにかなってしまいそうだ。
そんな人がこんなに近くにいる。それでも触れ合うことができない。それがとても苦しい。
「好き……」
ささやきながら私は目を閉じる。抱きしめて、口づけをしようと手を伸ばす。
ゴッ……
鈍く間の抜けた音が耳に届く。同時に一番長い指、中指に鈍痛が走る。
それでも構わず私は顔を寄せる。
……顔に触れるのは温もりではない。冷たく硬く、平べったい感覚。
私のくちびるがむにゅりと潰れるが、それに触れるものはやはり冷たい。
それだけではない。私の鼻がぶにゅっと潰れる。
ああ、私の好きな人との境界線をこれ以上に無いくらい感じてしまう。
不快な感覚に、私は突き飛ばすように顔と身体を離して目を開ける。
私の好きな人も忌々しそうな表情でこちらを見ている。そして美しい顔は……生きている証、吐息による曇りと、鼻の皮脂で汚れていた。
「ああ……ああああっ!!」
突き指したのか、中指は今も痛い。だが、心をえぐるこの痛みは、声を抑えきれないくらいに、激痛であった。
憎い! 私と愛する人を隔てるこの境界線が憎い!
憎い憎い憎い憎い!!
手近にあった花瓶を掴んで投げつけようとするが、思いとどまる。向こうも花瓶を掴んで、はっとした顔をしている。
この鏡を割ったら、もう私の愛する人とは会えなくなってしまう。だから、それだけはできない……
花瓶を置いて、私は鏡に手を伸ばす。向こうも花瓶を置いて手を伸ばしてくる。互いの指が近づく。だがどうしても数ミリの壁が越えられない。そして鏡は、愛する人の姿を汚す。
「好き……」
私は囁く。この声は向こうに届いているのだろうか……
愛する人と、先程投げようとしていた花瓶、そしてそこに生けられている花が見える……
白い水仙の花……それは、私を表すかのように、首をうなだれていた。
水仙――花言葉は……
お題をいただいた時は速やかに、境界線を「越えられない壁」と解釈して、それで鏡と来たら、リアルナルシスト……ナルシストの語源となったナルキッソスの物語に繋がって今回の小説を書きました。
しかしこの15分で書いてみよう企画。いろんな人が参加しており、同じネタでも千円解釈が違って面白いんですよ。私のような同じナルシストネタでも、最初は本当に気取ったナルシストを書いていたかと思えば「越えてはいけない線を越えた」という書き方をしていた人もいて衝撃でした。
他にも鏡とパーソナルスペースを絡めた百合小説とか、鏡とヴァンパイアを絡めたりと、本当に同じお題とキーワードなのに、いろんな小説が出るのが面白いです。




