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7/11

ひみつです!

朝の光がカーテンの隙間から淡く差し込む頃、俺は静かに階段を上がった。

今日は大学が休講の日。

珍しく何の予定もない平日だった。

昨夜、帰った後、澪が風呂上がりに「部屋……掃除しないと」と小さい声で言っていたのを思い出した。

いや、正確には「掃除しないと」ではなく、

「私……ずっと部屋に閉じこもってたから……やっぱり……恥ずかしかったな……」と、

頰を赤らめながら呟いていた。

だから、今日は澪の部屋を掃除してやろうと思った。

ドアの前で一瞬だけ躊躇したが、ノックもせずにそっと開けた。

部屋の中は、予想以上に静かだった。

澪はまだベッドの中で眠っていた。

薄い毛布を胸元まで引き上げ、

長い黒髪が枕に広がっている。寝息が小さく、規則正しく聞こえる。

昨日と違って伊達眼鏡を外した顔は、いつもより幼く見えた。

俺は音を立てないようにドアを閉め、持ってきた掃除機を手に取った。

コンセントを差し込み、スイッチを入れる。

ブオオオオオオ――

低く唸るような掃除機の音が、部屋に響き渡った。

「……ん……?」

ベッドの上で、澪の体がびくっと跳ねた。

「……え……?」

寝ぼけ眼で上体を起こし、毛布を胸に押し当てながら、俺の方を見た。

「……お、お兄ちゃん……?」

「おはよう。掃除してやってんだよ」

俺は淡々と答えて、床に落ちていた埃や紙くずを吸い込み始めた。

「え、ええええ!?ちょ、ちょっと待って!今!?今やるの!?」

澪の声が一気に跳ね上がった。

「お前、昨日『部屋恥ずかしい』って言ってたろ。だったら綺麗にしとく方がいいだろ」

「……そ、そうだけど……!でも!私、まだ……寝てたし……!パジャマのままだし……!髪も……ぼさぼさだし……!」

澪は慌てて毛布を肩まで引き上げ、髪を両手で押さえながら、顔を真っ赤にしていた。

「別にいいだろ。兄妹なんだから」

俺はそう言って、机の周りの埃を吸い始めた。

机の上には、古いノートパソコンと、何年も放置されていたらしい文房具、そしてぬいぐるみが三体、整然と並んでいる。

「……あ、あの……!机、ちょっと……がたがたしてるから……動かさないで……!」

澪が慌てて言う。

俺は試しに机の端を軽く押してみた。

確かに、右前脚が明らかに浮いている。

「……建付けが悪いな。これ、ネジが緩んでるな。後でドライバー持ってくる」

「……う、うん……」

澪は小さく頷きながら、ベッドの上で膝を抱えて縮こまっていた。

俺は掃除機を止めずに、クローゼットの前、本棚の下、そしてベッドの周りを回っていった。

ふと、ベッドの脚元に目をやると、フレームが少し歪んでいることに気づいた。

「……ベッドも、ちょっと傾いてるな。これも直した方がいいかも」

俺はしゃがみ込んで、ベッドの下を覗き込んだ。

埃がすごい。

あと――

(……ん?)

ベッドの下の奥の方に、

黒いコードが一本、伸びている。

その先には、手に持つタイプの、ピンク色の電マがあった。

「……」

俺は一瞬、固まった。

(……まぁ、高校生だし……普通か)

十年間部屋に閉じこもっていたとはいえ、

もう十七歳だ。

そういうものに興味を持つ年齢だろう。

別に驚くようなことでもない。

俺は特に何も言わず、掃除機の先をベッドの床下に突っ込んで、埃を吸い始めた。

「……!」

その瞬間、澪の顔が一気に真っ赤になった。

「……お、お兄ちゃん!?」

「ん?」

「……あ、あの……!そこ……見ないで……!」

澪が慌ててベッドから飛び降り、俺の腕を掴んで引き離そうとした。

「……何だよ。埃吸ってるだけだろ」

「……ち、違うの!そこ……そこに……!」

澪は必死に俺の視線を遮るように、体を割り込ませてきた。

「……あ、あれは……!その……!ただの……マッサージ機で……!肩とか……腰とか……凝ってたから……!最近……使ってなくて……!ほ、ほこりかぶってただけだから……!捨てようと思ってたんだけど……!う、うっかり……置いたままで……!」

言い訳が、次から次へと溢れ出てくる。

顔は耳まで真っ赤で、動揺が隠しきれない。

俺は掃除機を止めて、ゆっくりと手を伸ばした。

そして――ベッドの下から、電マを引っ張り出した。

「……ひゃっ!?」

澪が小さな悲鳴を上げる。

俺はそれを手に持って、澪の目の前に差し出した。

「で?本当は、これ、何に使ってたんだ?」

「……っ……!」

澪の瞳が、涙で揺れる。

「……お、お兄ちゃん……意地悪……」

「意地悪じゃねぇよ。聞いただけだろ」

「……うぅ……」

澪は両手で顔を覆って、

小さく震えた。

「……言わないと……ダメ……?」

「言わなくてもいいけど、隠す方が怪しいだろ」

「……」

長い沈黙のあと、澪は口をもごもごと動かした。

「……その……」

「ん?」

「……言えない……」

「言えねぇのか」

俺はさらに近づいて、電マを軽く振ってみせた。

「……お、お兄ちゃん……やめて……」

「何に使ってたか、言えよ」

「……っ……!」

澪は顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振った。

「……言わない……!絶対……言わない!」

「……ふーん」

俺は肩をすくめて、電マをベッドの上にポンと置いた。

「ま、いいけどな。言いたくねぇなら無理に聞かねぇよ」

「……」

澪はしばらく黙っていたが、突然、ぽかぽかと俺の胸を叩き始めた。

「……ばか……!ばかばかばか……!意地悪……!最低……!もう……嫌い……!」

叩く力は弱くて、むしろくすぐったいくらいだ。

「別に痛くねぇよ」

「……うぅ……!」

澪は叩きながら、涙目で俺を睨みつけた。

「……お兄ちゃんの……ばか……」

俺は小さく笑って、澪の頭を軽く撫でた。

「……わかったわかった。もう意地悪しねぇから。悪かったな」

「……本当に……?」

「ああ」

澪はまだ少しむくれ顔だったが、叩く手を止めて、ベッドに座り込んだ。

俺は掃除機を止めて、立ち上がった。

「……もう、見ないで……恥ずかしいから……」

澪は小さな声で、俯きながら呟いた。

「……わかった。もうベッドの床下は掃除しねぇ」

俺はそう言って、掃除機を片付け始めた。

「……お兄ちゃん……」

「ん?」

「……怒って……ない?」

「何で怒るんだよ」

「……だって……あんなもの……見られちゃった……私……変な妹だって……思われたかと思って……」

「思ってねぇよ」

俺は肩をすくめた。

「お前が何してようが、俺には関係ねぇ。お前の部屋なんだから、お前の好きにすればいいだろ」

「……」

澪はしばらく黙っていた。

「……でも……お兄ちゃんに……見られたの……すっごく……恥ずかしい……」

「なら、次からはちゃんと隠しとけよ」

「……うん……」

澪は小さく頷いて、ベッドに座り込んだ。

俺は掃除機を廊下に出して、部屋を見回した。

「机とベッド、直しといた方がいいな。パソコンも……十年以上前のやつだろ?動き遅いだろ」

「……うん……最近……重くて……動画とか……全然見れなくて……」

「今度、新しいの買ってやるよ。机もな。ちゃんと勉強できるようにしとけ」

「……お兄ちゃん……」

澪が顔を上げた。

瞳が、うるうると潤んでいる。

「……ありがとう……私……こんなに……してもらって……本当に……いいの……?」

「いいって言ってんだろ」

俺は少し照れ臭くなって、視線を逸らした。

「じゃあ、俺はリビング掃除してくる。お前は、ちゃんと顔洗ってこい。髪もとかせよ」

「……うん……わかった……」

澪はこくんと頷いて、立ち上がった。

俺は部屋を出て、

階段を下りながら、

小さく息を吐いた。

(……大人になったな)

十年間、部屋に閉じこもっていた妹が、

今、自分の体で、自分の欲で、一人で何かをしていた。

それが、少しだけ、胸の奥をざわつかせた。

でも、それ以上に、澪が少しずつ外の世界に、そして俺の世界に、戻ってきていることが、

どこか嬉しかった。

リビングに降りて、俺はまた掃除機を手に取った。

階段の上から、澪が小さな声で呟くのが、かすかに聞こえた。

「……お兄ちゃん……バカ……」

俺は答えずに、ただ、静かに掃除を続けた。


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