生贄聖女は魔王城を甘い香りで浄化する!魔王様がホットケーキの虜になりすぎて厨房に立つたびに後ろから「おかわり」と甘えてくる!幸せは百段重ねでも元家族たちには甘くないですよ?
「祈りも捧げられない無能聖女め。せいぜい魔王に食べられるんだな!」
急なことを言ってペルリーを魔王城の門前に突き飛ばしたのは、豪華な神殿にふんぞり返る妹の聖女。と、その護衛。
ここでは聖女の力は祈りで発揮されるもの。でもこちらの力は調理器具を持った時にしか発動しない台所の聖女。
あんなカビ臭い神殿、こっちから願い下げだ。隠し持っていた聖なるフライパンと魔法袋に詰め込んだ小麦粉、ハチミツ、前世の知識を握りしめて近くにある禍々しい黒霧に包まれた魔王城へと、足を踏み入れる。
途中で遮られたけど。
現れた魔王シュセンダは漆黒の角を持つ、恐ろしくも美しい青年。瞳は呪いの瘴気で濁り、冷たく見下ろす。
「はぁ……また生贄か。人間など食う気も起きん。失せろ」
「まぁまぁ、待ってください魔王様。お腹が空いてると怖い顔になっちゃいますよ?ほらほら行きますよ」
「な、なんだ?お、おい」
返事も待たず、城の冷え切った厨房へ。ここで台所の聖女のスキル発動。ボウルに卵とミルク、聖なる小麦粉を混ぜ合わせてフライパンへ。
静止も聞かずに使う。
じゅわぁぁ……っ。
とろけるような甘い香りが一瞬で城の瘴気をなぎ払い、お城の中を幸せな匂いで満たしていく。
「な、なんだこの香りは……。胸の奥のモヤモヤが消えていく……?」
魔王様がふらふらと厨房へやってきた。表面はサクッ、中は驚くほどふっくら焼き上がった厚焼き聖女ホットケーキを差し出す。仕上げに黄金色のハチミツをたっぷりとかけて。
「召し上がれ。呪いも悩みも全部溶けちゃいますよ」
シュセンダ様が一口、黄金のホットケーキを口に運んだ瞬間。
さくり。
「ん!甘い……温かい……心が洗われるようだ……!」
背後から漂っていたドス黒いオーラが、一瞬にしてキラキラとした光の粒子に変わる。魔王様は憑き物が落ちたような、無垢な少年の瞳で見つめた。
「おい……これもっとないのか?食べれば食べるほど力が湧いてくる……お前を生贄になどさせない。今日からうちのお抱え聖女でいいか?」
よし、第一段階クリア!帰り際、泣いている魔族の子供たちにおまけで作った、キラキラのベッコウ飴を配る。
「わぁ……宝石みたい!甘くて美味しい!」
魔族たちが飴を舐めた瞬間に善のモンスターへ浄化されていく。皆が嬉し涙を流す。
一方で、聖女を追い出した神殿では。
「お、お姉様の料理の結界がないから神殿が魔物の住処になっちゃった!どうしよう!どうしよう!?」
「早くペルリーを戻せ!甘い香りがしないと国民の暴動が止まらん!早く見つけろ!」
今さら泣きついたって甘い幸せは魔王城だけのもの。
「昨日のホットケーキという食べ物のおかげで、昨夜は数百年ぶりに熟睡できた」
翌朝、シュセンダが少し照れくさそうに厨房へやってきた。スケールが違う。
瘴気が抜けた彼の肌はツヤツヤで、冷酷な魔王というよりは守ってあげたくなるような美青年。でも、お城のあちこちにはまだ呪いで苦しんでいる魔族たちがたくさんいる。
「シュセンダ様、今日はこれを作ってみました。黄金のベッコウ飴です」
差し出したのは木の棒の先にキラキラと輝く、琥珀色の透き通った飴。砂糖を聖女の魔力で熱し、丁寧に不純物を取り除いて固めた食べる宝石。
「飴……?こんな小さな石のようなものが、一体何に」
疑いながらも飴を口に含んだ。
「っ!?甘い……!混じり気のない純粋な光を舐めているようだ。な……傷が、身体の古傷がみるみる塞がっていく!なぜ?」
料理は台所の聖女の加護によって、最高級のポーションをも凌ぐ回復効果がある。
「これならみんなに配れますね」
厨房を飛び出し、怪我をして唸っていた強面の魔族騎士たちにベッコウ飴を配り歩く。
「舐めてみて。痛いの飛んでいくから」
「人間風情が何を……んんっ!?ウマい!ウマ過ぎる!力が……力がみなぎってくるぞおお!」
「お、俺の折れた角が生えてきた!?姉御……いや、ペルリー様!一生ついていきますっ!押忍!」
さっきまで殺気立っていた魔族たちが、飴を舐めながら尻尾をブンブン振っている。中には本当の尻尾がある人もいる人たちが懐き始めていた。魔王城が甘い空気に包まれていく。
一方、王都の神殿では。
「ひいいいっ!結界が破られた!祈っても祈っても魔物が攻めてくるわぁ!」
「ニーナ、お前の祈りはニセモノか!?ペルリーがいた頃は飴を一つ食べるだけで怪我が治ったというのに……っ!」
「そんなこと言われても!あんなの砂糖菓子じゃない!作れるわけないじゃない!バカなの!?」
自分たちが捨てた砂糖菓子が、実は国を支える最強の聖法具だったとも知らずに神殿は大パニック。
「ペルリー、飴を配るのは終わりだ。……私にももう一つ、いや、全部くれ。お前の作るものは私だけのものにしたい」
シュセンダが手首を掴んで耳元で独占欲を全開にして囁く。魔王様のデレが止まらなくなった。
それからまた日が経つと。
「ペルリー!大変だ、庭の毒沼から魔のレンコンが暴走して騎士たちをなぎ倒している」
シュセンダが慌てて厨房に飛び込んできた。
見れば、窓の外では真っ黒でトゲトゲした巨大な植物が暴れまわっている。台所の聖女の眼には、鮮度のいいレンコンにしか見えない。
「あれは暴走じゃなくて食べごろっていうんですよ。ちょっと待っててくださいね」
フライパンを片手に毒沼へ猛ダッシュして聖女の魔力を指先に込め「えいっ!」と触れるだけでトゲトゲだったレンコンはみるみるうちに浄化され、真っ白で美しい姿に。
「お城の皆さん、今日は魔界レンコンのサクサク天ぷらパーティーですよ」
手際よく衣を作り、高温の油にレンコンを投入。
カラッ!サクッ!!
小気味いい音が厨房に響き、聖なる衣の香ばしい匂いが漂います。
「シュセンダ様、揚げたてをどうぞ」
「……毒沼の化け物を食べるのか?私は魔王だが、流石にそれはっ!サク、サクサクだ。噛むたびに甘い果汁が溢れて、衣の軽やかさがそれを引き立てている……!旨すぎる、侵略なんてしてる場合じゃないぞこれは」
あまりの美味しさに、持っていた魔剣を放り出して天ぷらに夢中。それを見た魔族の騎士たちも武器を箸に持ち替えて大行列。
「ペルリー、決めたぞ。人間界を滅ぼすのをやめる。これからは、世界中の美味しい食材を君に献上することを我が魔王軍の使命としたい」
「ええっ、いいんですか?」
「ああ……その代わり、これからも私の隣で、笑顔で料理を作ってくれ」
突然のプロポーズに魔族たちからも「お館様、やったー!」「ヒューヒュー!」と大歓声。魔王軍は美食探検隊へジョブチェンジ完了。
一方、王都の神殿では。
「ええい、魔王軍は攻めてこないのか!早く攻めてきてもらわないと、こちらの防衛予算が降りないじゃないか!」
「それが……魔王軍は今、隣国の特産品である最高級の岩塩を求めて商談をしているそうです……」
「な、なんだと!?ペルリーがいないだけで国は経済も胃袋もボロボロだというのに……あああ!」
平和になればなるほど、戦争で儲けていた実家や神殿は干上がっていくばかり。美味しいものを食べて幸せな魔王城と空腹と欲にまみれた神殿。勝負は決まったも同然
「王都の皆さん!本日は世界料理コンテストの決勝戦です!」
司会の声が響く王都の広場。そこには、やつれ果てた姿の妹ニーナの姿があった。
ぶつぶつと「お姉様さえいれば……いえ、私だって聖女のスープくらい作れるわよ!」と、泥のような色のスープを煮込んでいる。そこへ、漆黒の豪華な馬車が到着した。
降り立ったのは完璧な正装に身を包んだ顔がいいシュセンダ。にエスコートされたペルリー。
「なっ……魔王!?なぜ魔王がここに!」
「静かにしろ。私は今日、我が妻、真の聖女ペルリーの応援に来ただけだ」
一言で会場が静まり返る中、調理開始の合図が鳴る。メニューはあの日の原点。
三段重ねの極厚聖女ホットケーキ。魔界の秘宝黄金蜜がけ。フライパンを振るたび、キラキラとした聖なる光が空中に舞い踊る。
「ん!?……なんて幸せな匂いなんだ……ほぉ」
「嗅いでいるだけで腰痛が治ったぞ!?」
「視力が上がった!真の浄化の光だ!」
観客たちがざわめく中、焼き立てのふっくらホットケーキに透き通ったベッコウ飴を砕いて作った宝石パウダーをパラリ。仕上げにシュセンダが魔界で見つけてくれた最高級のハチミツをたっぷりと。
審査員たちが一口食べた。
「「「おおおおおっ!!!」」」
会場にまばゆい光の柱が立ち昇る。
「旨すぎる!脳内で天使が合唱している!」
「これまでの人生で食べたものは、すべて砂だったのか!」
結果は言うまでもなく圧倒的優勝。
一方、ニーナのスープを飲んだ審査員は「げっ、苦い!」「毒か!?」と大騒ぎ。酷い味だと食べなくてもわかる。
「お姉様……どうして……どうしてよ!無能な飯炊き女だったはずじゃない……無能のくせに!」
泣きつくニーナににっこりと微笑んで。
「ニーナ、料理は祈りじゃない。食べる人を想う愛。あなたは自分のことしか考えていなかった……それが味に出ちゃった」
「ペルリー、もう十分だろう。城へ帰ろう。君のホットケーキ、私にも一口残っているんだろうな?」
腰を引き寄せ、耳元で甘く囁く。王都の人たちが「行かないでくれー!」「聖女様を戻してくれー!」と叫ぶ中、颯爽と馬車に乗り込む。
王都でのコンテストから数日。魔王城の門前に、またしても見覚えのある顔ぶれが並んでいた。
父である伯爵、母、プライドがズタズタになった妹のニーナ。
「ペルリー!悪かった、私たちが間違っていた!お前こそが真の聖女だ。だから一緒に王都へ戻って、神殿の最高司祭になってくれ」
狙いは見え見え。料理がもたらす莫大な利益と癒やしの力を独占したいだけ。
「もう……お断りしますと言ったはずです。私は今、魔王城の専属料理人として忙しいんですから」
「冷たいことを言うな!ほら、ニーナも謝れ!」
「う……っ、お姉様ごめんなさい。だから……その、お腹が空いたの。ベッコウ飴を一つちょうだい?」
ニーナが縋るような目で見つめる。ふっと微笑んで、ポケットからキラキラ輝くベッコウ飴を取り出した。
「いいよ、一つあげる。真実を映すベッコウ飴。心に嘘がある人が食べるととっても刺激的な味がするけれど……食べる?」
「食べるわ!飴なんて甘いに決まってるもの!」
ニーナが飴を口に放り込んだ。ああ、食べちゃった。
「ぎゃああああ!辛ぁぁぁぁい!苦ぁぁぁい!砂の味がするぅぅぅ!」
ニーナは地面を転げ回る。実はこれ、聖女の魔力で作った邪気払いの飴。欲深い心を持っている人が食べると、人の心の醜さが味になって跳ね返るのだ。
「ひいいっ!毒だ、毒を盛られた!」
逃げ惑う家族の前にシュセンダが静かに降り立つ。背後には天ぷらで体力が全回復した屈強な魔族騎士団が。
「妻をこれ以上煩わせるなら今度こそ容赦はせん……消えろ」
魔王様の威圧感に伯爵一家は腰を抜かして王都へ逃げ帰った。彼らは一生、何を食べても砂の味しかしない呪いという自業自得に悩まされることになる。
実家との縁も完全に切れ、シュセンダと一緒に魔界の領地を巡ることにした。目的は一つ。魔界の全魔族を美味しいご飯で笑顔にすること。
昔は荒れ果て、お互いを食らおうとしていた魔族たちも今では料理を心待ちにしている。
「今日は魔界全土を会場にしたホットケーキフェスティバル」
空中に魔法のフライパンを何百個も浮かべ、一斉にホットケーキを焼き上げた。
ふわっふわの生地が空を舞い、ハチミツの雨が降る、ような演出の魔法が起こる。
「すごい!魔界がこんなに明るくて幸せな匂いに包まれるなんて」
「ペルリー、君のおかげだ……見てくれ、ごついオーガたちがホットケーキを分け合って笑っている」
肩を抱き寄せ、優しく微笑む。手には特別に作ったハート型のベッコウ飴。
「世界中の食材を集める旅もいいが……そろそろ二人だけの時間を増やさないか?」
「えっ、それって……?」
「来月、城で結婚式を挙げよう。世界で一番美味しい君が主役の式を」
魔族たちの歓声と甘いホットケーキの香りに包まれて、約束を交わす。
魔王城は今日、輝きに包まれていた。
ついに迎えたシュセンダ様との結婚式。参列者は魔族だけではなく料理に胃袋を救われた人間界の王や、各地の商人たちまでがお祝いの品を手に集まっている。
「準備はいいか?……あまりに綺麗で誰にも見せたくないほどだけどな」
純白のドレスに身を包んだ姿を見て、シュセンダが蕩けるような瞳で囁いてくる。綺麗なだけな花嫁で終わるつもりはない
「ありがとうございます。でもシュセンダ様、お披露目はこれからですよ?」
挙式のクライマックスは聖女の魔力を全開にし、巨大な魔法のフライパンを召喚。
材料は世界中から届いた最高級の小麦粉、魔界の聖なるミルク、シュセンダが愛を込めて集めてくれた黄金の卵。
じゅわぁぁぁぁ……っ!
城の広場いっぱいに、天国のような甘い香りが爆発して空中に次々と焼き上がるのは、雲のようにふわふわなホットケーキ。
綺麗に重なり、百段重ねのウェディング・ホットケーキタワーが完成した。仕上げに、魔法の杖という名の特大スプーンを振るとキラキラ輝く虹色のベッコウ飴ソースが上からトロ〜リ。
「皆さん!種族なんて関係ありません。今日は美味しいものを食べて、みんなで幸せになりましょう」
一口食べた瞬間、会場中に光があふれた。人間も魔族もお互いの手を取り合い、「美味しいね!」「こんなに幸せなのは初めてだ!」と涙を流して笑い合っている。
これこそが作りたかった平和の味。
「生贄ではなく、妻に選んだあの日の私を褒めてやりたい」
「あはは、そうですね……生贄よりも妻の方が嬉しいです」
シュセンダが腰を引き寄せてホットケーキの前で誓いのキスを。会場からは割れんばかりの拍手と、おかわりを求める元気な声が響き渡る。
一方で王都の隅っこでは。
「ひもじい……どうして、あの時お姉様を追い出したの……あああ」
「お父様のせいよ!」
「ニーナのせいよ!」
味のしない泥水をすすりながら一生喧嘩を続ける家族がいたけれど、そんな声は幸せな笑い声にかき消されて聞こえない。
「これからもたくさん、美味しいものを作っていくことを誓います」
「君が作る料理を一生かけて全部味わい尽くすと誓おう」
聖女の料理が世界を救い、愛を繋ぐ。ペルリーのキッチンには明日もまた、甘くて幸せな香りが立ち込めるのだ。
「見てくれ。山の向こうに伝説の七色に輝く果実があるらしい……君のタルトの材料にどうか?」
新婚旅行中のシュセンダは魔王というより究極の食材ハンター。食いしん坊なのだ。
二人は今、魔王軍を美食探検隊として引き連れ、世界中の未知の味を探す旅に出ている最中。
「素敵ですね。果実をベッコウ飴でコーティングして聖女のフルーツアメにしましょう」
旅の行く先々で困っている者たちに料理を振る舞ったりする。ある村では冷え切った心に染み渡るお茶漬けを。町では子供たちを笑顔にするふわふわホットケーキを。
「聖女様!魔王様!ありがとうございます!」
恐れられていた魔王の名は美味しいものを運んでくる幸せの象徴になるまでに。
「どこの国へ行く?」
「そうですね……スパイスを探しに南の国なんて?」
手を強く握り、優しく微笑む。旅に終わりはなく、世界中に美味しい笑顔があふれるまで聖女のフライパンは今日も幸せな音を奏で続ける。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




