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『やりたいことがないまま進路希望を出す』  作者: 柚木 いと


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第7話 言葉にしないと、先生には伝わらない

 月曜の朝、教室に入った瞬間に、

 西尾先生が黒板に書かれた文字が目に飛び込んできた。


 


 《進路個別面談 今週・来週で全員実施》


 


 クラス中から、

 「うわー」「ついに来たか」という声が上がる。


 


 村上が椅子に座りながら振り返った。


 


 「安藤、お前さ……

  面談でなんて言うつもり?」


 


 「その話題、朝イチから出す?」


 


 「だって気になるだろ。

  “やりたいこと分かってない代表”なんだから」


 


 的確すぎて反論できない。


 


 俺は鞄を置きながら、ため息を一つ吐いた。


 


 「まあ……“まだ決めてないけど、方向は少し見えてきた”って言うつもり」


 


 「へえ、前よりマシなやつじゃん」


 


 「山本さんに色々整理してもらったからな」


 


 言うと、村上は納得したように首を縦に振った。


 


 「いいじゃん。

  あの人、話しやすそうだったし。

  ……で、国公立はちょっと考える気になった?」


 


 「ゼロではなくなった、って感じ」


 


 「おお、成長じゃん」


 


 軽く背中を叩かれる。

 けれど、まだ本番はこれからだ。


 


 ◇


 


 放課後、進路指導室。

 扉をノックすると、西尾先生が資料の束を抱えたまま顔を上げた。


 


 「よし、安藤。入れ」


 


 丸テーブルに座り、

 先生が俺の調査票を一枚めくって言った。


 


 「“やりたくないことリスト方式”……

  お前、これ意外と筋が通ってきたな」


 


 「あ、見たんですかそれ」


 


 「当たり前だ。

  担任に提出した以上、読むに決まってる」


 


 言いながら、先生は赤ペンで何かを書き込みつつ続けた。


 


 「で。

  山本さんから連絡もらった。

  “安藤くん、進路の棚卸しがうまいタイプですよ”ってな」


 


 「……棚卸しって俺なんかの商品ですか」


 


 「進路指導ではよく使うんだよ。“棚卸し”」


 


 先生は、指で机を軽く叩いた。


 


 「で、現時点の整理としては──

  文系寄り、

  国公立か私立文系、

  専門・短大は保留……で合ってるか?」


 


 「あ、はい。そうです」


 


「じゃあ次。

  “その中でも、避けたい領域”は何が残ってる?」


 


 昨日山本さんと話した内容が、そのまま口をついて出る。


 


 「理系は今の自分には厳しいです。

  あと、英語ガチ勢の国際系とか、プレゼンばっかりの学部は……」


 


 「苦手だな?」


 


 「はい」


 


 先生はきれいに丸をつけ、斜線を引いていく。


 


 「よし。

  ここまでは“避けたい領域”の整理。

  次は“使える科目”」


 


 「使える科目……」


 


 「世界史、嫌いじゃないんだろ?」


 


 「……なんで知ってるんですか」


 


 「昨日の山本さんの報告に書いてあった」


 


 また情報共有されていた。

 恥ずかしさと安心が、同時に込み上げる。


 


 「世界史とか社会系が苦じゃないなら、

  文系学部での選択肢はそれなりに広い。


  ただし──」


 


 先生はペンを置き、指を組んで俺を見た。


 


 「“大学に行けば何とかなる”と思ってるなら、それはやめとけ」


 


 鋭い言い方だった。


 


 「……そんなつもりじゃないですけど」


 


 「お前は、“決められないまま大学に入ったら後悔するタイプ”だ。

  自覚してるか?」


 


 図星すぎて、黙る。


 


 先生は深く息を吐いた。


 


 「安藤。

  高校の時期に“決まらない自分”がいていいのは、確かだ。

  でもな──“決まらない理由”だけは言葉にしとけ」


 


 「……理由」


 


 「そうだ。

  “やりたいことがないから決まらない”じゃなくて、


  ・知らないことが多すぎて決められないのか

  ・怖くて踏み出せないのか

  ・どの選択肢もピタッと来ないのか


  これを区別しておけ。

  そうしないと、大人はお前の状態を読み違える」


 


 「……なるほど」


 


 確かに、昨日の山本さんとの会話で、

 “分かってないのは、何が分かってないのか”だと感じた。


 


 「それと──」


 


 先生は何かを思い出したように目線を下げた。


 


 「今年、元教え子が学校に来られるかもしれない。

  宮崎って子だ。覚えてるか?」


 


 「あ、なんか聞きました。

  一度就職してから進路変えた人、ですよね?」


 


 「そう。

  “決めたあとに変える”側の経験者だ。


  大学に行ったやつの話だけじゃなく、

  “遠回りした大人の話”も聞いとくといい」


 


 宮崎さんの存在が、急に身近なものとして感じられた。


 


 「お前は“今の時点では文系進学寄り”だが、

  固定しなくていい。


  大事なのは──」


 


 先生は、俺の調査票を指先で押さえた。


 


 「“言葉にしておくこと”だ。

  進路は、黙ってたら誰も読み取れない」


 


 言葉にする。

 昨日の山本さんの「棚卸し」と、同じ方向の話だ。


 


 「……分かりました。

  とりあえず、“今分かってること”は全部書き出しておきます」


 


 そう言うと、先生は少しだけ笑った。


 


 「うん。

  それでいい。

  “昨日よりちょっとマシ”を積み上げろ」


 


 ◇


 


 進路指導室を出ると、

 廊下の窓から夕方の光が差し込んでいた。


 


 カバンの中からノートを取り出し、

 歩きながらページをめくる。


 


 昨日のメモには、

 『“決まってなくていい時間”を、ちゃんと使う』

 と書いてあった。


 


 その下に、新しく書き足す。


 


 『決まらない理由を、言葉にしておく』


 


 ノートを閉じると、

 胸の奥にひとつだけ輪郭のはっきりした感覚が残った。


 


 ――決まってないけど、確実に前より進んでる。


 


 初めてそんな実感が、ほんの少しだけ

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