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『やりたいことがないまま進路希望を出す』  作者: 柚木 いと


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第2話 みんな夢があるって本当かよ

翌日、ホームルームの最初に、

 西尾先生から進路希望調査票の回収宣言があった。


 


 「おーい、お前ら。

  昨日配った調査票、今日が一旦の締切な。

  “仮”でいいから書いて出せ。

  白紙で出していいのは、担任の許可をもらったやつだけだ」


 


 そう言いながら、こっちを見る。


 


 教室の何人かが、ニヤニヤしながら視線を寄こした。

 “許可もらったやつ”が誰か、分かりやすすぎる。


 


 「うわ、特例認定されてる」


 


 小声で桐谷が言って、笑いをこらえる。


 


 「うるさい。

  桐谷はさっさと出し終わってんだろ」


 


「もちろん。昨日のうちに出した」


 


 さも当然という顔。

 そういうところも、やっぱり少し腹が立つ。


 


 先生が前の列から順番に回収していく。

 プリントを渡したあとの席から、ひそひそ声が飛び交う。


 


 「とりあえずさ、第一志望だけ埋めとけばよくね?」

 「俺、理由のとこ“家から近いから”しか書いてねえ」

 「将来やってみたいこと、の欄が一番つらいんだけど」


 


 後ろのほうから、そんな会話が聞こえてくる。


 


 ――みんな、そんなに“やってみたいこと”あるわけじゃないんだよな。たぶん。


 


 頭では分かっていても、

 「第一志望」を書き終わった紙を先生に渡しているやつらを見ると、

 それだけで何か一歩先に進んでいるように見えた。


 


 俺の机には、昨日先生と書き込んだ紙がある。


 


 『やりたくないこと』


 体力仕事メインは無理。

 本ばっかり読む仕事もきつそう。


 


 それ以外は、まだ真っ白。


 


 「安藤は、どうすんの?」


 


 プリントを前に回したあと、村上が聞いてきた。


 


 「どうするって?」


 


 「いや、その……。

  一応さ、どの辺狙うとか、決めといたほうが楽じゃね?」


 


 楽、ねえ。


 


 「村上、いつ決めたの? 志望校」


 


 「二年の冬くらいかな。

  模試の判定見ながら、“この辺なら現実的かな”って」


 


 「あー……そういうもんか」


 


 俺が曖昧に返すと、村上は少し言いにくそうな顔をした。


 


 「別にさ。

  やりたいことなくても、どっかには行けると思うよ。

  行ったあとで見つかるパターンもあるし」


 


 「それ、西尾先生には言えないだろ」


 


 「だから今、お前に言ってんだろ」


 


 俺の返しに、村上は苦笑いを浮かべる。


 


 「でもさ、安藤は“どこでもいい”って顔じゃないじゃん。

  なんか、変にこだわりそうなタイプ」


 


 図星過ぎて、言葉に詰まった。


 


 そう、俺は「どこでもいい」とは言いたくない。

 かといって「ここがいい」もない。


 


 その中間に挟まって、身動きが取れなくなっている。


 


 ◇


 


 放課後。


 廊下を歩いていると、ちょうど隣のクラスの前で人だかりができていた。


 


 「お前、どこ書いたん?」

 「理系のやつ、多くね?」

 「推薦の枠、もう埋まりそうってマジ?」


 


 教室の中では、担任が前に立って何か説明している。


 


 「じゃあ、文系志望が二十三人、理系が十五人な。

  就職希望と専門学校は、あとで進路指導室と連携するから──」


 


 そんな声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。


 


 ――人数、ちゃんと集計されてるんだな。


 


 その数字に、自分の名前はない。

 当たり前なんだけど、それが少しだけ現実を突きつけてくる。


 


 「安藤、帰らないの?」


 


 声をかけてきたのは桐谷だった。


 


 「……ちょっと覗いてただけ」


 


 「ああ、他のクラスの様子、なんとなく気になるよね」


 


 桐谷は俺の隣に並び、

 人だかりの向こうをちらっとのぞいた。


 


 「ねえ。

  “夢ある人”って、そんなに多くないと思うよ?」


 


 突然そんなことを言われて、思わず横を見る。


 


 「桐谷は、ある側じゃん」


 


 「うん。私はたまたまね。

  でもさ、クラスの紙に“保育”とか“看護”とか“公務員”とか書いてる人も、

  本当にみんな“これしかない!”って思ってるわけじゃないよ。

  “まあ、これかな”って選んでる人も、絶対いっぱいいる」


 


 言いながら、桐谷は自分の胸のあたりを軽く叩いた。


 


 「……それでもさ。

  “まあこれかな”って言えるの、十分すごいと思うけど」


 


 俺がそう返すと、桐谷は少し笑って、前を向いたまま言った。


 


 「じゃあさ。

  安藤は、“これは絶対に嫌だな”ってもの、なに?」


 


 「出たよ、その質問」


 


 思わずため息が漏れる。


 


 昨日、西尾先生に言われたのと同じことを、

 なぜか桐谷にも聞かれるとは思わなかった。


 


 「力仕事と、本読みっぱなしの仕事は無理。

  あと、ずっと人の前でしゃべるのもキツい」


 


 「それ、めっちゃちゃんと考えてるじゃん」


 


 「いや、先生に無理やり考えさせられたんだけど」


 


 そのやり取りに、桐谷はクスクス笑った。


 


 「いいじゃん、それで。

  やりたいことがないなら、やりたくないこと決めるの、全然アリだと思うよ。

  それすら分かんないまま、適当に決めちゃう人もいるんだから」


 


 「……そういうもんかな」


 


 「そういうもんだよ」


 


 桐谷はそれだけ言うと、

 「じゃ、バイト行くから」と手を振って、階段を降りていった。


 


 バイト。


 俺は、まだ一度もしたことがない。


 


 ◇


 


 家に帰ると、

 テレビの前に父が座っていて、

 母が夕飯の準備をしていた。


 


 いつも通りの光景。

 ただ、今日はテーブルの上に一枚だけ見慣れない紙が置いてある。


 


 市から配られた「奨学金制度のお知らせ」だった。


 


 「学校から持って帰ってきたの、それ?」


 


 母がふと尋ねる。


 


 「いや、知らない。

  学校のやつじゃないと思うけど」


 


 「お母さんが役所でもらってきたの。

  ほら、今どきはさ、奨学金借りて大学行く人も多いって言うし」


 


 「ああ……」


 


 詳しく話を聞くのが怖くて、

 生返事しかできない。


 


 父がチャンネルを変えながら口を開いた。


 


 「お前の学校、国公立行くやつ多いのか?」


 


 「どうだろ。そこそこ?」


 


 「国公立行けたら、親としては助かるんだけどな」


 


 軽く笑いながら言うその一言が、

 予想以上に重かった。


 


 「お父さん。

  プレッシャーになるから、その言い方はやめなさいよ」


 


 母がすかさず突っ込む。


 


「いや、別に“絶対行け”って話じゃないって。

  俺のときなんか、大学行けるだけありがたかったんだぞ」


 


 そうやって自分の昔話に入っていく父の声を、

 半分くらいしか聞いていなかった。


 


 「敦、ご飯できたら呼ぶから、それまで自分の部屋にいていいよ」


 


 母のその一言で、俺は救われた気になって、

 二階の部屋に逃げ込んだ。


 


 ◇


 


 机の上に、学校から持ち帰ったバッグを置く。

 中から進路希望調査票を取り出し、

 昨日書いた「やりたくないこと」の欄を見る。


 


 『力仕事メインはたぶん無理』

 『ずっと本を読む仕事もきつそう』


 


 今日、桐谷に話した内容を、

 もう一本足してみる。


 


 『大人数の前でしゃべる仕事も無理そう』


 


 書いてから、

 「これ書いたら先生にまた何か言われるだろうな」と想像して、

 ひとりで笑ってしまう。


 


 でも、ペンを止めて気づいた。


 ――やりたくないことを書いたところで、

  “やりたいこと”の欄はまだ真っ白のままだ。


 


 紙の左上には、

 「第一希望」の枠がでかでかと残っている。


 


 そこに何かを書くイメージは、

 まだ全然湧かない。


 


 机の引き出しから、別のメモ帳を取り出した。

 先生に見せる紙とは別に、

 自分用の“落書き帳”みたいなものがほしくなったからだ。


 


 そこに、思いつくまま書いていく。


 


 『朝早すぎる仕事はつらい』

 『夜勤はできれば避けたい』

 『ずっと同じ場所にいるのは飽きそう』

 『かといって、出張多すぎるのもしんどそう』


 


 ――我ながら、ワガママだな。


 


 書けば書くほど、自分のめんどくささが浮き彫りになる。


 でもなぜか、その“めんどくさい自分”を紙の上に並べるのは、

 少しだけ気持ちよかった。


 


 やりたいことは分からない。

 けど、やりたくないことなら、いくらでも出てくる。


 


 「これ、ちゃんとやれば、逆に選択肢絞れるのかな……」


 


 メモ帳を眺めながら、ぼそっとつぶやく。


 


 スマホを見ると、

 クラスのグループトークが流れていた。


 


 『進路希望出したー?』

 『一応出したけど、どうせ変わる気しかしない』

 『就職希望のやつ、うちのクラス何人だ?』

 『おれ、専門行くか就職かで迷い中』


 


 ――あ、そうか。就職って選択肢もあるのか。


 


 今さらのように、それに気づく。


 大学か専門か、みたいな二択でしか考えていなかったけど、

 最初から働くやつだっている。


 


 メモ帳の端に小さく書き加えた。


 


 『そもそも進学するべきなのか?』


 


 自分で書いたくせに、その一文がやけに重く見えた。


 


 やりたい仕事もない。

 やりたい勉強もない。


 それでも進学する意味は何なのか。


 ――たぶん、その答えを見つけるために、

 これからいろんな大人の話を聞かされるんだろうな。


 


 西尾先生の顔を思い浮かべる。


 


 「やりたいことがないまま進路希望出すやつなんて、山ほど見てきたからな」


 


 昨日のその一言を思い出すと、

 胸の奥の「自分だけ取り残されてる」感覚が、

 ほんの少しだけ薄くなった。


 


 紙の真ん中あたりに、

 とりあえずこう書いておく。


 


 『まだ“第一希望”は書けない』


 


 調査票の枠には書けないけど、

 今の俺の正直な進捗は、それだ。


 


 メモ帳を閉じて、深く息を吐いた。


 


 ――まあいい。

 今日はここまでにしておこう。


 


 やりたいことがないくせに、

 一日で全部決めようとするほうが無茶だ。


 


 部屋のドアの外から、

 母の声が聞こえてきた。


 


 「敦ー、ご飯できたわよー」


 


 「今行くー」


 


 返事をして、調査票をファイルに挟む。


 真っ白なままじゃない、

 でも何か決まったわけでもない紙を見て、

 自分でもよく分からない気持ちになりながら、部屋を出た。

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