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『やりたいことがないまま進路希望を出す』  作者: 柚木 いと


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第12話(終) まだ途中だけど、ここまで

 六月の終わり。


 廊下の掲示板に「全国模試」の案内が貼られたころには、

 教室の空気にも、少しずつ“受験生っぽさ”が混ざり始めていた。


 


 「次の模試、本気で当てに行くやつー?」


 


 昼休み、村上がそう言うと、

 何人かが手を挙げ、何人かは「あー……」と曖昧に唸った。


 


 「安藤は?」


 


 「本気で当てに行く“つもり”」


 


 そう答えると、村上はニヤッと笑った。


 


 「国語も?」


 


 「それ聞く?」


 


 「聞く。国語ガチ強化月間って聞いたから」


 


 山本さんとの面談の内容は、

 どうやら西尾先生から多少漏れているらしい。


 


 「……現代文の問題、ドヤ顔で線引くようにはなってきた」


 


 「おお、進歩じゃん」


 


 「合ってるかどうかは別としてな」


 


 二人で笑いながらも、

 模試の日付が近づくにつれて、

 胸の奥のざわつきは少しずつ大きくなっていった。


 


 ◇


 


 模試当日。


 体育館の床にずらっと並べられた机と椅子。

 消しゴムの匂いと、鉛筆を握る音だけが響く。


 


 国語の冊子を配られた瞬間、

 軽く深呼吸をした。


 


 ――線を引く。設問を見る。

  根拠を決めてから選ぶ。


  “なんとなく”でマークしない。


 


 山本さんに何度も言われたことを、

 頭の中で繰り返す。


 


 時間配分、本文の読み方、設問の順番。


 全部を完璧に守れたわけじゃないけど、

 少なくとも前みたいに“途中で諦める”ことはなかった。


 


 最後のページまでマークを埋めて、

 終了の合図を聞いた瞬間、肩の力がどっと抜けた。


 


 「……疲れた」


 


 思わずつぶやくと、前の席の村上が振り返る。


 


 「おつかれ。

  顔がさっきまでの三倍くらい真面目だったぞ」


 


 「二倍にしといてくれ」


 


 そう返しながら、

 自分でも少しだけ“やり切った感”があるのを感じていた。


 


 ◇


 


 数週間後。

 模試の結果が返ってきた日、

 俺は進路指導室に呼ばれていた。


 


 丸テーブルの上には、

 今回の模試の成績表と、前回のものが並んでいる。


 


 「さて、問題の国語」


 


 西尾先生が、わざとらしく溜めてから紙をめくった。


 


 「おお」


 


 小さく声が漏れる。


 


 「偏差値、前回より○ポイントアップ。

  “壊滅”から“人類”くらいには進化したな」


 


 「表現ひどくないですか」


 


 「褒めてるんだよ、これでも」


 


 先生は笑いながらも、真面目な目つきで数字を指さした。


 


 「まだ志望ラインには届いてない。

  でも、“数学と世界史で支えながら、国語を落としすぎないようにする”っていう

  予定には、ちゃんと近づいてる」


 


 「……そうですかね」


 


 自分ではまだ、“できるようになった”実感は薄い。


 


 「大事なのは、

  “やれば上がる”って感覚を、ちゃんと自分の中で味わえたかどうかだ」


 


 先生の言葉に、

 塾での特訓の日々が頭に浮かんだ。


 


 知らないうちに文章を最後まで読んでいて、

 気づいたら時間がなくなっていた前とは違う。


 読む前に設問を見る。

 段落ごとに線を引く。

 キーワードを追いかける。


 


 それだけで、

 “全く分からない”問題は減っていた。


 


 「……ゼロから一くらいにはなった気は、します」


 


 そう言うと、先生はうなずいた。


 


 「それでいい。

  ゼロから一にするのが一番しんどいんだ。


  その壁を一回でも越えた感覚があれば、

  あとは“一から二”“二から三”のほうがまだマシだ」


 


 ◇


 


 その週末、また塾のブース。


 


 山本さんは、成績表を見ながら小さく拍手をした。


 


 「よく頑張ったね。

  数字だけ見ればまだ足りないけど、

  “国語をちゃんと勉強したら、その分だけ上がる”って体験ができたのは大きい」


 


 「……正直、しんどかったですけど」


 


 「そりゃそうだよ」


 


 山本さんは笑ってから、ペンを取り出した。


 


 「じゃあ、“仮のゴール”の確認をしようか。


  東西市立 人間社会学部。

  今の成績で、夏までにどこまで持っていけそうか」


 


 紙の上に、前回の表と今回の表が並ぶ。


 


 「英語はキープできてる。

  世界史は少し伸びた。

  国語は“大赤字”から“普通に赤字”くらいにはなった」


 


 「表現がブラックなんですよ」


 


 「でも、分かりやすいでしょ?」


 


 たしかに、分かりやすかった。


 


 「このペースでいけば、

  夏の模試で“現実的にギリ届きそう”ラインまで持っていける可能性はある。


  もちろん、そのためにはこのままサボらないことが前提だけど」


 


「サボったら?」


 


 「そのときは、“目標を下げる”って選択肢が、

  “逃げ”じゃなくて“現実的な判断”になるかもしれない」


 


 山本さんは、少し真面目な声になる。


 


 「でも今の段階では、

  まだ“怖いから下げる”っていうタイミングじゃない。


  “届くかどうかギリギリのライン”に挑戦してみる価値はあると思うよ」


 


 「……はい」


 


 自分の中でも、

 “ここを目指す”という仮のゴールが、

 前より少しだけ“本物寄り”に寄ってきている気がした。


 


 ◇


 


 家に帰って、机の引き出しからメモ帳を取り出す。


 


 最初のページには、相変わらずこう書いてある。


 


 『やりたくないこと』

 『“決まってなくていい時間”を、ちゃんと使う』

 『決まらない理由を、言葉にしておく』

 『家の事情も、自分の事情も、ちゃんと並べてから決める』

 『はじめて“仮のゴール”として大学名を書いた』

 『その“仮のゴール”が、今の自分より高いことを数字で突きつけられた』

 『でも、“怖いから”だけで下げるのは、やめてみることにした』


 


 その下に、新しく一行足す。


 


 『少しだけ点が上がって、“やれば上がる”を実感できた』


 


 ペン先が止まる。


 


 ――この先どうなるかは、まだ分からない。


  東西市立に受かるかどうかも、国公立以外の道を選ぶかどうかも、まだ何も決まってない。


 


 でも、

 “やりたいことがないから何もできない”状態からは、

 少しだけ離れられた気がする。


 


 自分なりに考えて、

 家の事情も、自分の事情も、一緒にテーブルに並べて、

 人の話も聞いて、

 それでもまだ迷っている。


 


 その迷い方は、

 最初のころとはだいぶ違っていた。


 


 メモ帳の一番下の余白に、

 もう一行だけ書き足す。


 


 『まだ途中。けど、“途中”であることを、自分で認められるようになってきた』


 


 書き終えて、ゆっくりとノートを閉じる。


 


 窓の外は、少しずつ夏の色に変わり始めていた。


 


 ――ここから先のことは、まだ物語になっていない。


  これから書く。


  俺が、自分で決めながら。


 


 そう思って、

 机の上に置いた次の問題集を、静かに開いた。

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