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3話 美しい夜に

夜も更けると、街はひっそりと暗い闇につつまれてしまう。

昼間は怒鳴り声や笑い声で騒がしかった冒険者ギルドも

今は灯りの炎がひとつ、

ゆらゆらと息をしているだけ。


いつの間にか雨は止み、

波型の屋根をやさしく撫でるのは

夜露(よつゆ)

ぽつりぽつりという弱々しい音が、

俺にはむしろ耳障りだった。


俺はいつものようにギルド裏の倉庫で、

藁や麻袋をてきとうに敷いてつくった寝床に横たわる。

いつもなら一瞬で、泥のように眠りにつくのに

今夜はどうにも目が冴えていた。

胸がざわついている。


理由は明白だ。

今日はいろんなことがあったからな。

まさかこの俺がA級パーティに同行することになるなんて。

夢みたいだ。

それに、報酬の金貨二十枚。

……あれを手に入れられれば、借金の半分は消える。

つまり当分は借金取りにビクビク怯えずに済むわけだ。

いくらなんでも上出来すぎるだろう。

俺、死ぬんじゃねえか?


それに——

アダム・フォルスタイン。

あの青年の目が、頭から離れない。

光に惑わされない

真っ直ぐで澄んだ瞳。

そいつで俺のしょうもない人生を、

まじまじと見つめらたようで

恥ずかしくどうしようもなかった。


ふと、扉の外で足音がした。

規則正しい靴音。

草木の湿った苦い香りの中に

かすかに金属の匂いが混じっていた。

嗅ぎ慣れた剣と装備の冷たい匂いだ。

酔っぱらった冒険者だろうか?

けれど、アルコールの匂いは強くない。


俺は麻袋から這い出て、

ここしばらく立て付けが悪いままの引き戸を

無理やりこじ開けた。


「まだ起きていたのか」

低く落ち着いた声が上から降ってきた。

「うおっ、アダム・フォルスタイン……?」

俺が顔を上げると

ランプの明かりに照らされて、アダムが立っていた。

「すまない、邪魔をするつもりはなかったんだが」

先刻と変わらず、外套と頭巾をきっちり着こんでいたが、

雨に濡れて布地の色が濃く変わっていた。

銀の髪は、ランプのあたたかに滲む(だいだい)を跳ね返している。


「眠れなくてな。散歩をしていたら、灯りが見えたから」

アダムはそう言って、手に持つランプをギルドのほうへ向けた。

「ああ」

俺はうなずく。

自然な流れでアダムと俺は、

ギルド裏に放られたままの木箱にそれぞれ腰を下ろした。


それから、二人でしばらく夜空を眺めていた。

今夜は新月で、星がはっきりと見える。

残念ながら俺は星座に疎く、

会話の星屑ひとつも頭に浮かばない。


けれどもこの沈黙は、心地の良い重みだった。

お気に入りのやわらかな、

おひさまの匂いがする毛布のように

俺たちの身体の自由をほどよく奪うものだった。


「アダム」

その静けさを先に破ったのは、俺だ。

天邪鬼なのは生まれつきさ。

「あんたはどうしてまた“箱庭”なんかに?」

俺がそう聞くと

アダムはほんの少しのあいだ、考えるようにまぶたを閉じた。

「……調査というのは、表向きの理由だ」

アダムはそっと目を開けて、ぎこちなくそう答えた。


ゆっくりと、アダムは俺のほうに向き直った。

それから大きな頭巾に手をかけ、

それを無造作に脱ぎ捨てる。


一瞬、時間が止まった。

背後に置かれたランプの明かりが、

彼の横顔に影を落とす。


その影の中で、

耳の輪郭が槍のように長く伸びていた。


——尖っている。


俺は息を呑んだ。


「分かるか?」

「な、なんだよそれ……あんた……エ、エルフなのか?」

アダムは何も答えず、指先で髪を払った。

少しクセのついた銀髪の下、

確かに“長い耳”がそこにあった。

人間じゃない。


「人間の多い今の世では、もうほとんど見ないだろうな」

「いや、見るわけねえだろ……! だって、エルフなんてもう——」

「滅びたと思われている」

アダムは静かに言葉をつむいだ。

「だが、我々は森に還らず、散り散りに世界を見ている。私は……そのひとりだ」

その言葉には、確かな重みがあった。

長い年月の重みだ。

声の奥に、何百年もの孤独が積み重なっているような気がした。

まあ、気のせいかもしれないが。


「だったら、箱庭の調査が表向きの理由ってのも……」

「同胞がやらかしてね。行ったきり戻ってこない」

「仲間を取り戻すってことか?」

アダムは軽く吹き出した。

「はは、いかにも人間の言うセリフだな」

「なんだよそれ」

俺は眉をしかめる。

「取り戻したいのは同胞じゃない。我々エルフの秘宝だ」

「秘宝?」

「ああ。詳しくは話せないが……」

アダムは目を伏せ、指先で濡れた草をいじり出す。

「エルフの秘宝は本来、代々受け継がれていくものでね」

そう呟きながら、つまんだ短い草を二、三本ひきちぎった。

「ソレを取り込んでいたエルフが箱庭で行方不明になった」

それからアダムはわざとらしいため息をついた。

「まったく困ったものだよ」

「へ、へえ……」


俺は予想外すぎる言葉の連続に、理解が追いついていなかった。

その置いてきぼりを誤魔化すように

テキトウな相槌を打っていた。


あのダンジョンでの被害者の中に、

まさかエルフの冒険者がいたとは。


——いや、待て待て。

エルフって確か、何千年も生きるんだよな?

じゃあ、そいつが行方不明になったってのはいつの話なんだよ。


「彼女の名は……レイ」

その名に、聞き覚えがあった。

俺の脳裏をとある記憶がかすめる。

アナが前に言っていた、“箱庭”で消息を絶った冒険者のひとり。

「……俺、知ってるぞ。レイって女、数年前にここらでも噂になってた」

「そうか」

アダムは続ける。

「君たち人間には関係のない話だ。だが、私はそれを取り戻さなければならない」

「……なら、なんで俺なんかを?」

「君は“汚れたものを恐れない”と聞いた。それが気に入った。それにパーティの人数も足りてなかったしな」

アダムはそう言うと、おもむろに顔を近づけてきた。

「この目をよく見ろ」

そう言われて、俺はアダムの瞳をのぞく。

「長い年月を生きてきて、いろいろなことを経験した。そうして私は、いつしか光を見失ってしまった」

「もう、美しいものには価値を見出せない」

ランプの灯がゆらりと揺れた。

その炎の中心で、アダムの銀髪が淡く輝いている。

アダムの言葉にはところどころ、虫が食っていて

馬鹿な俺には、よく分からなかった。


しばらくして出てきた言葉は「あんた、女にすげえモテそうだな」だ。

アダムは「そういうものには興味がない」と。

「エルフは花や草木と同じような存在だ。人間と同じ生殖器は持たない」

「はあ!?」

俺は思わずアダムの下半身に目線をやった。

それから、慌てて目をそらす。

「このことは、誰にも言うな。ギルドにも、仲間にも」

「わかってる」

「約束できるか?」

「ああ。あんたのムスコが実はムスコでもムスメでもないってことだろ? 言わねえよ」

「違う!」

「私の正体だ!」

「あはは、わかってるって」

俺は笑いながらアダムの肩を叩いた。


アダムは一息つくと、満足そうに頷いた。

頭巾を深くかぶり直す。

「ベン、明日も早いだろう。もう休め」

そう言い残して、来た道を戻って行ってしまった。

「ああ……おやすみ、アダム」

彼が去ったあとも、俺はその場に座ったまま

しばらく星を眺めていた。


真っ暗闇の夜がどこまでも続いている。

朝日がもう二度と拝めないような気さえして

アダムにとっても、誰にとってもそうなのだと思うと、

なぜだか胸がほっとして、眠気がおりてくるのだった。


俺はそんな美しい夜に

いつまでも、とっぷり浸かっていたかった。

最後までお読みいただきありがとうございました!

余計な文が増えてきましたが…どうなんでしょう…

読みにくかったらすみません。

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