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JICAへ再び応募

私はまともな就職はもうできないと判断しました。しかし私は青年海外協力隊員として、2年間の任期を全うした男です。協力隊員として、南米ボリビアでボランティアをした2年の実績があります。その点は同じ社会不適応者でも、任期途中でケツ割って帰国したニンニクと違います。日本社会でも海外でも不必要とのレッテルが貼られた私でも、JICAの息のかかった仕事なら採用されるのではないかと思いました。


最初に目指したのはJICAボランティア調整員でした。ボランティア調整員とは青年海外協力隊員などJICAボランティアのいわばお世話係です。私が派遣されたボリビアにも、調査員は数名いましたが、いい加減な人ばかりでした。孕んで帰国した人、セクハラした人、仕事ができない人・・・。私でもチョロいと思っていました。


私はそう思い、JICAボランティア調整員に応募しましたが、不合格という結果に終わりました。任期中まともなボランティア活動はしなかったし、池面をネット上で誹謗中傷しJICAにこっぴどく叱られ、強制帰国の危険もあった私だから、当然かもしれません。JICAボランティア調整員なら楽勝に就職できると思ったのですが、それは叶いませんでした。


JICAボランティア調整員が無理なら協力隊・・・私は再び協力隊員になることを考えました。仕事がないのであれば、また協力隊員として派遣されればいいと思ったわけです。また、一度協力隊員として派遣された実績があるのだから、また簡単に合格するはずだと単純に思いました。

私は協力隊員として南米ボリビアに派遣されていた時のことを思い出しました。ボリビアでは、やることはなかったけど、食うのには困りませんでした。協力隊員になれば生活費はもらえるし、訓練所でも三食出るし、最低二年間は生活に困らない。そう考えました。

協力隊の生活が全面的にいい生活とは思いませんでしたが、日本でニートをしているよりはマシと思いました。


そう思い、私は協力隊に再び応募しましたが、残念ながら不合格でした。複数回受験しましたが、不合格に変わりはありませんでした。2年間協力隊員として派遣されていた間に、協力隊員としての適格がなくなってしまったのでしょうか。協力隊員として2年間派遣されたからといって、私は全く変わっておらず、逆に私の評価は下がってしまったように感じました。


2年間の協力隊員としての活動経験があるから、再び協力隊員になるのは楽勝・・・と思っていましたが、そんなに甘くありませんでした。今までブログでケチョンケチョンにJICA批判をし、そしてニンニクと結託し、同じ協力隊員だった池面をネット上で誹謗中傷してJICAからこってりと指導を受ける。そんな不良因子を合格にするわけないのを、このときに改めて思い知らされたのです。私のような日本社会に順応できない人間を、JICAが拾ってくれるはずがありません。ただただ、私の考えが甘く、バカで、社会常識がなかったのです。


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