2話『おもしれー体力測定』
体力測定。
雄が雌に良い所を魅せる為の儀式。
この儀式で良い結果をもたらした雄は、
『凄い!あの人カッコイイ!』など、
『君って体力合って、頼りになるんだね!』など、
雌からのモテを得ることが出来るのだ。
そんな男子の一大イベントである体力測定、それに燃えない男は誰一人として居なかった……。
◆◆◆
ときは握力測定。
学籍番号が近い俺達は、四人で談笑しながら自分の番を待っていた。
ワハハと、明るい声が響き渡る。それは主に、友達とのおしゃべりが要因だ。
実際のところ俺達も、何でもないことで騒いでいた。
騒いでいたが……何処ぞの色ボケバカップルが二人の世界に入り始めた為、会話を変えることにした。
「なぁお前達、握力自信ある?」
そう問いた俺の言葉に、みなは三者三様な応えを出す。
いいや、違うか。正確には三者二様だ。
そう……バカップルか、バカップルじゃないか。これが俺達の仲の真理にして、深淵そのものである。
「私は自信あるよ! 体育会系だからね!」
これは、茜の答えで全う。なるほど……確かにそう思わせる様な、グヘヘな肉体を持ってらっしゃる。
だがしかし!ここからが本番!ここからが試練!
何せバカップルの答えは、
「僕も自信あるよ! 何せ、もう二度と、真奈の手を離したくないからね!」
「私もよ……誠っ!」
最初から、|超恋愛最終奥義・最強異性交友形態になるに、決まってるからなぁ!(注意:友達です)
だってコイツら、授業中もこんなだし……。
「「おっ、そうだな」」
「流石は我が友、紡! 分かってくれるか!」
「茜……分かってくれるなんて、流石は私の親友!」
全く……名前が『ま』で始まる天才バカップルは、これだから扱いが大変なんだ……。(注意:友達です)
そうだそうだ、と顔をブンブンさせて頷く、そんな茜の声が聞こえて来るようだ。
(でもまぁ、何だろうね。良い奴等ではあるからさ……)
微笑んでいるバカップルに、俺は破顔した。
「次は誠と真奈だぞー」
先生の声が聞こえて来た。どうやら、俺達の番が回ってきたらしい。
握力計測器を持っている担任の方に前進した二人は、小枝みたいな上腕二頭筋を見せてニコリと笑う。
「よっしゃ!僕の力を魅せてやりますとも!」
「私だって、この腕に宿る封印されし想いの力を解放して魅せるんだから!」
「良い意気込みだ。先生にお前たちの力を魅せてみろ!」
「「はいっ!」」
「それじゃあ最初は右からな、ガンバレ!」
先生に発破をかけられた二人は、メガネ越しの瞳に闘志を燃やし、握力計測器を受け取った。
それを右手に持ち、腕を垂らす。そして、溢れんばかりの覇気を二人は放ち、ググッと握り締める。
「真奈」
「誠」
「「愛してrrrrrrrrrrrrrrrう!!!! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
素晴らしい巻舌。凄まじい気迫。
(((コイツら……強いっ!(確信))))
──パリッ。
二人のメガネに、罅が割れる音がした。
「す、すごい! なんてパワーなんだ!」
「くっ……ダメよ! 私のスカウターが壊れた!」
「まさか……これが伝説の?」
「「先生……まさか……!?」」
「スー〇ーサ〇ヤ人!?」
((言いやがったぁあああああああああ!!!))
顔に影をつけ、先生に戦慄した俺と茜。
しかしこのとき、既に雌雄は決していたのだ。
「ふぅ……終わったぜ……」
「賢者タイムかよ……」
「賢者タイム言うなWWW」
「「・・・賢者タイムって何?」」
ちょこんと首を傾げる女子二人。
その姿を見た俺と誠は、顔を見合って笑う。
「「・・・アハハハハハッ!!」」
「いや何て言うのかなー? やり切った的な?」
「そーそー。淑女タイムもあるらしいぜ? 知らんけど」
「そーなんだ……」
「知らなかった……」
「お前らなぁ……」
悪ノリした思春期男子二人を咎めるように、それでいて呆れるように、先生が溜息をついた。
「?」だった二人の頭の中が、「????」くらいに困惑したところで、俺は話をすり替える。
「それはそーとしてさ、結局どんくらいだったん? 握力」
二人の持っている握力計測器に視線を向け、俺は気の軽い声色で結果をたずねた。
これに対し、先生と茜が呼応。当の誠と真奈はテストの結果を確認して、意気揚々と破顔させた。
その二つの双眸には、それぞれ、俺と茜が映っている。
「「ふっふっふぅ……」」
(笑っているだと!? くっ……何ていう余裕なんだ! このモヤシみたいな腕の何処にそんな力が!?)
冷や汗をダラりと垂らす。それは、茜も同様だった。
俺が茜に向けていた視線を二人に戻すと、二人が結果を見せながら、口を開く。
「「20.0さ」」
「「「な、なにぃいいいいいいいい!!!???」」」
世界記録だと? そんな馬鹿な!
そう戦々恐々としたの束の間、阿呆三人はとあることに気がついた。
いや、今までがどうかしていたのだろう……何故なら、現実的に考えて可笑しいからである。
そんな俺達は、よーく、握力計測器を見た。
その結果は『200』じゃなくて、『20.0』……。
「「「二十kgって……小学生レベルじゃねーかぁああああああああああああああああっっ!!!!!!!」」」
「「ええええええええええええ!!!!???」」
高校一年生で握力20kgって……。
「「嘘だドンドコドン!!」」
「まっ、まさか……っ! 小学生の頃、自分達の握力が120kgだと、そう自慢に思っていて笑われたのも……」
「中学生の頃、自分達の握力が150kgだと、そう周りに自慢して笑われたのも……」
「「全部、馬鹿だと嘲笑われてたってコトォオ?!」」
ガクッと、膝から崩れ落ちる馬鹿二人。
その姿は痛々しく、見ていられなかった。
付き合いはまだ短いとは言え、友達だ。
ならこういうときは、そっと手を差し伸べよう。
と、そう思えたんだ。
「まぁなんだ……そう気にするなよ、モヤシ」
「そうだよ、モヤシにしては頑張ってるよ!」
「紡……」
「茜……」
「「しゅき……」」
「「きっしょ!?」」
先生は慈愛に満ちた遠い眼差しを、一方的に抱き着いている生徒と、それを嫌がってる生徒に向けた。
「アー、イイハナシダッタナー」
◆◆◆
【番外編】
俺の結果を見た先生は言葉にする。
「おっ、紡は握力60kgじゃないか」
「まぁまぁっすね」
「紡って、地味に握力強いよね」
「とか言って、絶対茜の方が強いからなぁ……」
茜と軽口を叩き合う。
茜とは男女の距離というか、どちらかと言えば腐れ縁的な距離感で、俺には丁度良く心地良さまである。
「ハァ……」と短い溜息をついた。そのとき、何故にガクブルして抱き合っている誠と真奈を視界に入れる。
「ろろろろろろろろろ六十って……」
「まさかツムツムはゴリゴリだったのか!」
「誰がツムツムでゴリゴリやねん!」
俺は手をグーにして、誠を睨んだ。
手をグーパーし、ジリジリと詰め寄る。
その度に二人の額に水滴が吹き出て、謎にメガネが真っ白く曇っていった。口元と眉がヒクヒク痙攣している。
やがて、俺のお仕置に二人は頬擦りし合い、一斉に走り出し逃げていった。
「リンゴみたいに潰されちゃうううううううう!!!」
「「ぴぇええええええええ!!!!」」
「ちょっ、待て! ・・・俺はまだ、片手でリンゴ潰せないんだけどなぁ……」
次の立ち幅跳びへと走り去った二人の背中を眺め、俺は握力測定を終えた。
「はぁ……そーいや次は茜の番か」
「うんっ」
「じゃあそーだなぁ……俺より握力が強かったら、何か一つご褒美あげるよ」
「えっ?! マジ!?」
「うん、何時もお世話になってるからね」
「やったぁ! ちょっと本気だそ!」
「おう、頑張れっ」
ご褒美と言う単語を聞き、二ヘラと微笑みながら、子どもみたいに可愛らしく燥ぐ茜。
その様子に、思わず俺も破顔した。
「先生も応援しているぞー」
先生は茜に握力測定器を渡すと、一人の挑戦者へとサムズアップをした。
茜は深呼吸をする。深く、深く、深く。全身に酸素を行き渡らせるように。
長い睫毛を靡かせ、熱の篭った瞳を瞼の奥へと隠す。それを俺と先生は、温かく見守っていた。
約数秒の静寂。それは刹那の永遠で、まるで時が止まっているかのような錯覚に陥った。
しかし、永遠などというモノない。ならば、その時が来るのも必定である。
そして、この場における終わりとはソレ即ち、熱の篭った瞳をガッと開いたときである。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
茜の周りには黄金のオーラが溢れ、その威圧が肌を直に刺激してくる。
「何っ!? 戦闘力がまだ上昇し続けるだとっ!?」
「こ、これが本物!? モヤシ二人とは、まるで覇気の格が違う!!」
40、50、60、グングンと上がり続ける数値。
それは衰えを知ることなく、70、80、90と際限無く上昇していった。
「まだまだぁあああああああああ!!!!」
「えっ、ちょっ、待って……」
──メキメキメキ……。
握力計測器が壊れる音がした。
(コイツ……ホント二、ニンゲン? ソレトモ、オレラ、ニンゲンチガウ?)
「チェストォオオオオオオオ!!!!!」
バキッ!チ─────ン……。
握力計測器は120を計測し、息絶えた。
「「…………………………………………」」
「あっ……いっけねぇ、壊しちゃった! てへっ!」
「「…………………………………………」」
このとき、俺と先生は……いや、コレを見ていた生徒全員が同じをことを思った。
『人間じゃねぇ……』
ちなみにコレを見た誠と真奈は気絶したらしい。
ちょっと解せないのが、このあと二人に「ツムツムはまだ人間だったよ……」と言われたこと。
まだって何だよ!ツムツムって何だよ!
そう突っ込んだ俺に二人は言った。
「「紡だからツムツム!」」
(初めて渾名を貰った気がする)
初めて貰った渾名に満更でも無い紡であった。
「ご褒美待ってるね♡」
「ひえっ!」