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7.


「有難いことに学校は外部受験をしても高等部の進学資格をくれるところだったから、春からそのまま通ってたけど、家が……母さんのメンタルが……だめで……父さんと相談して、取り敢えず一旦離れて暮らそうってことになって、俺はこんな半端な時期にばあちゃんちに来た。ばあちゃんには仕事の都合って言ってあるけど。……高校生ってすげー不便だよな。体はもう大人なのに、結局保護者がいねーとなんも出来ねえの」

 自嘲したつもりだったけど、うまく笑えているかは自信がない。

「どうせなら、母さんの監視下じゃできなかったことやろうと思って、髪も金髪にして、遊んでるふうに見せて……さっさとセックスしてこのクソみたいな天性も捨ててやろうと思ってたのに、ひっかかってきたのはお前みたいなやつで……出来ないことは出来ないって言っていいんだとか……俺の一番欲しい言葉をくれてさ……でも、それが全部先生のためとかで、なんだよって」

 空は一点の混ざりものもなく、青い。


「くそむかついて、くそ悲しい。だから来た。絶対晴れさせてやれるから」


 俺は何を言っているんだろう。これじゃまるで、俺が――原田のことを好き、みたいだ。

 みたい?

 急に顔が焼けるように熱くなってきた。そうだ。もう俺の役目は終わり。あとは多少雨が降ったって、メインの式は終わったんだから、花嫁さんに嫌な思い出にはならないだろう。

「待て、天ヶ瀬」

 いやだ。

 振り切るように踵を返したとたん、昨日の下駄で傷ついた足が痛んだ。

「――ッ!!」

 バランスを崩した場所が悪かった。


 あ、


 ――しまった、と思ったときには、俺は鳥居の連なる階段を踏み外していた。

「天ヶ瀬!」

 落ちる瞬間、名前を呼ばれた気がした。俺も声のするほうに手を伸ばした、ような。

 体は容赦なく階段に打ち付けられて転がり落ちていく。だけど衝撃が止んだとき、覚悟したほどの痛みはなかった。


 原田が俺を咄嗟にかばって、胸の中に抱き込むようにしていたからだ。


「っ……」

 原田が呻く。

「は、原田!」

 どうしよう。

 見上げる階段は高い。あんなところからここまで転がり落ちたのだと思って、あらためてぞっとする。

「いってえ……」と呻いた原田は俺の声に応えてゆっくり目を開くと、

「……大丈夫か? 天ヶ瀬」

 とだけ、言った。


 そうだ。

 まだ出会って一週間にも満たないけど、俺はこいつがきっとこう言うだろうって、知ってた。


「――大丈夫だよ! おまえ……!」

 人のこと心配してる場合かよ、という言葉は、声にならない。

「ばか野郎……」

 空はますます晴れている。

 原田が仰向けのまま手を伸ばし、空とは裏腹に濡れた俺の頬に触れた。

「……なんで晴れてるのか色々考えてたって言っただろ。周期がずれたのかなとも思ったけど、俺、今日、一週間前に台風呼んじゃうんじゃないかってびびってたほど、悲しくなかったんだ。まこにい――穂高先生が別の人のものになるって思っても大丈夫だった。いや、厳密に言うならそこまで考えてもなかった。先生のことは。――おまえのことばっかり考えてたから」


 ぽつ。


 涙じゃないなにかが頬を叩く。

 雨粒だ。

 そういえば雨男と晴れ男が一か所にいたら、どうなるんだろう。今まで考えたことがなかった。

「おまえをそんなに傷つけて、ごめん」

 ああ、こいつは、謝るときもくそストレートなんだな。

 ぽつ、ぽつ。

 俺の悲しみが晴らした空に、原田の雨が降る。

 拝殿のほうが騒がしくなった。きっと先生たちが慌てて移動しているんだろう。おまえも行かなくちゃ、原田。そう思うのに、声には出来なかった。


 原田がそっちのことを気にもしないで、俺のことだけ見てくれてるのが嬉しかった。


 原田は顔をしかめながら起き上がると、壊れ物に触れるように、それでもまっすぐに、俺を見つめた。

「おまえが好きだ。おかしな始まりになっちまったけど――ちゃんと、キスしていいか?」

 晴れた空の雨が強くなる。これは原田の不安が降らせている雨なんだろう。

「……いいよ、」

 震える唇でどうにか囁いて、俺は原田の背中に腕を回す。口づけするため目を閉じた。そのわずかな隙間で、原田の背中越し雨上がっていく。


 そして、虹がかかるのが見えた。










                                        〈了〉

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