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カルテの記憶  作者: 子見
9/20

第九章 ーーージャコテンーーー

 「一美さぁーーーーん・・・か.ず.み.さん・・ねぇ私の名前おぼえてくれました?」


サナギになった一美に…硬い殻の上から声をかけられているが勿論…反応はない…


「かずみさん・・私・・・ミキだよ・・・・みーーきーーっ ス・ズ・キ・ミ・キ!覚えてくれました?」


固い殻に覆われていても、堪らず目を開けた、

「あ・・目を開けてくれた・・私ですよ、鈴木です。鈴木美樹ですよ。みーーきーーーっ!」


(みき・・・)


 殻にヒビが入った!

流石に…この名前…言葉に反応した!

考えることさえも疲れ果てた一美でも考えた……


しかし考えるという事は只々混乱するだけで、美樹を凝視するしかできない


「一美さん、今日は面会の人が来てますよ、目を開けてくれただけでも良かった」


 相変わらず意志とは関係なく車椅子に乗せられ、また白い廊下を進んでいく、部屋に入った先に待っていたのは、また会いたくない人の一人だった。


・・「一美・・あんた・・大丈夫なの?元気してるのかい?」


 こんなになっても…何も変わらない母親がそこにいた、こんな状態で母親に会いたい訳もなく下を向いた。


「ねぇ・・一美・・・」


一美は反応しない。どう反応して良いのかもわからない・・


「あの・・・すみません、相変わらず…こんな感じですか?」


母は目の前の現実を受け止められず…それでも受け入れるために問いかけ続ける


「今日は、目が開いているので、反応が良い方だと思います」


「そうですか・・こんなに衰えちゃうものなんですね・・・この子はね・・小さいころ泣き虫でね・・・いつも泣いてばかりだった子が、ほんとたくましくなって・・ずっと頼りにしていたんですよ・・・」


「そうだったんですか?一美さんが泣き虫って想像できないです。」


「小さい頃はね・・大人になってからは、特に仕事なんか凄くて立派でね」


「仕事は何をされていたんですか?」


「富高帝人製紙って聞いたことあるかしら?」


「あ・・わかります!」


「あそこで若い時から出世してね、その後も何度も出世して部下もたくさんいたのよ」


「えー! そうなんですか?一美さんって、そんな立派な方だったんですね!」


「この子も色々と苦労もあって、今じゃこんなになってしまって・・・順番的に私の方が先に逝くはずなんだけど・・こうなってしまったら、私が見送ってあげたいから・・」


若い鈴木には背中が丸まって小さくなった老婆の気持ちを共感することは難しかったが、今までの一美に対する気持ちに変化が生まれた。


「あの・・こういった物って枕元に置いたりしても良いのかしら?」

差し出された、紙性のバックの中には、置時計や写真立てなどが入っていた。美樹は内心(置いたとしても・・・)と頭の中を過ったが、老婆の気持ちを尊重した


「はい、大丈夫ですよ。床頭台の上にでも置いておきますね、お預かりします」


「お世話かけますが、宜しくお願いします」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


一美は、反応こそしなかったが、会話はしっかりと耳に入っていた…そこには…懐かしさ、悲しみ、喜びなどの感情が久しぶりに一美の中に燻ぶっていた


面会に来た老婆は、夫婦らしき男女と小学生くらいの子供三人で訪れ…施設を後にした…


―――――――――


 ――その日から4日後の夜…


一美は高熱を出した…


 熱を出す以前から、意識が混濁しているような一美にとって、高熱で意識が更に遠のいたことで、逆に痛みや苦しみを感じにくくなったことは、通常では辛いことも楽になった気がした。

 しかし、それでも後悔と罪悪感だけは決して消えることはない!

逆に痛みや苦しみが薄れた一美には、罪悪感が色濃く浮き上がってきた!


 改めて罪悪感を見つめ直す事になる…

現代の一美が抱えている罪悪感は、美紀に対するものだけではなかったのだ…


 意識も薄れ行き、様々な罪悪感だけを鮮明にして一美は長い時間を更にベッドの上で過ごすことになる。


――――――――――


 桜の下で美紀と別れてから、ただひたすらに仕事にだけ集中していた、というよりも他の事に興味も湧かず、様々な思いと約束から仕事だけに力を注ぎ、その他に使う力を失っていたのかもしれない。

 

 また当て所のない悲しみは親との距離を遠くした、追及されることを恐れた事と美紀を思い出す事にも避けた結果、真也君や美紀と関わった人達からも距離を取っていた。


 あれから2年が過ぎ去り、桜を見ることが苦痛とまではなくなった頃、そんなタイミングを見計らっていたかのように、雅之からの連絡が頻繁に入るようになった。


 雅之の強制は一美には避けられない、雅之の彼女と男女4人で遊びに行くことになったが、そのシチュエーションだけで美紀を連想させた。その後女性から、雅之を通じて

(付き合ってほしい)と言われ、雅之が関わったことで、これも一美にとっては強制的に付き合うことになった。


――付き合うという言葉を交わすだけの意味を少しだけ理解した――



 そんな付き合いを二回繰り返したが、美紀に対する思いが2年経過しても尚、薄れていない一美にとって上手くいくはずもなく、付き合う事は美紀と付き合うと言葉を交わした女性とを比べる作業をしただけだった。


 二人とも半年を待たずに別れることを続け、一美は、もう少しで25歳になろうとしていた。


そんなある日、また雅之から呼び出された。


「今度の金曜日だぞ、あの店で待ってるからな!」


いつも迎えに来てと、軽く頼んでくる雅之が、待っているという脅迫を含めたのは珍しく、十分な効果があった。


 雅之と行く店は決まっていた、金曜を迎え、昼食は少量に控えた。

 店に到着すると、雅之の車が先に駐車場に止められていたことを確認してから店に入って行った。


「よう、カミ!  ちゃんと来たな!」


「そりゃ、来るよ・・・」


「かつ丼とミニラーメンセットでいいだろ?」


「マジかよ・・・多いよ・・・ここ全然ミニじゃないし・・・」


「うるせー!黙って食え!」


こんな時でも心地が良い、強制的な威圧感は雅之にしか出せない雅之らしさだった。

―――――――――


いつもの店でいつものように二人と夕食が揃った。


―――――

「もうよくねーか?」雅之が唐突に発した。


・・・・・「なにが?」

 

「なにがじゃねーよ!」

確かに、察していたが、気付かない振りをした。


「もう2年以上経つだろ?行方もわからないままだし・・・お前の中で、ただの恋愛じゃなかったのはわかるけどさ、もういいだろ」


・・・・「うん」


「たぶん俺にも言えないような事があったんだろ?」


・・・・「う・ん・・・・」

忘れているはずがないが、改めて思い出した。


「聞かねーよ!そんなこと聞きたくて呼んだわけじゃねーし、それよりも、これからどーすんだよ?このまま一生過ごすつもりか?」


「そんなつもりないけど、自分でもどうして良いかわからなくて・・」


「そうだよな・・お前も苦しみたい訳じゃないもんな・・・」


「ところで明日美さんは元気?」


「元気だよ、俺たち、来年には結婚すると思う」


「おお!マジで?おめでとう!高校からの付き合いで、そのまま結婚するとは思わなかったよ」


――――雅之には高校一年で出会った、他の高校の同級生、明日美さんとの付き合いが今でも続いていた。

しかし雅之と明日美さんが相手なのに、祝う喜びの気持ちに不純物が混ざった。


・・・・・・・・・・・・・


「羨ましいだろ!」雅之は笑わずに言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「うん!羨ましい!」不純物を吹き飛ばすが如く、叫ぶように言った。


「お前が元気ないままだとさ、俺が幸せすぎちゃって、本当に嫌味になっちまうから、早くお前も幸せ見つけろよ!」


―――――――――――


――――店内で男二人が、くだらない話の方が多いくらいの時間を過ごし、店を出てからも名残り惜しいかのようにタバコを吸いながら立ち話が始まった。


会話の中で雅之が言った

(明日美は俺がいないとダメだから・・・俺もあいつがいないと・・・)というフレーズが、会話の前後は忘れてしまったのに頭から離れなかった。今の一美には絶対に言えない言葉だった。


(あの時・・美紀にとって・・俺は・・・)


今まで何度も雅之とは会っていたが、気持ちが切り替わることはなかった。


 今回もこれで気持ちが切り替わった訳ではなかったが、切り替わる切っ掛けにはなったのかもしれない。

――――――――――


一美が転機を迎えたのは、鰯雲が夕焼けに染まった風景を写メした25歳の時だった。


 その頃には、真也君達は家庭を順調に作り上げ、洋助と恵美さんの間には子供が生まれ、そして雅之も予定通り明日美さんと結婚した。

 

 周囲の変化も大きかったが、何よりも大きな変化が携帯電話の普及だった、それまでは富裕層の証だった存在が、20代の初任給でも持てるような物に変化した。


 その携帯電話は一早く真也君が手に入れ、雅之と洋助もそれに続き、まるで伝染病のようなスピードで社会に普及していった。ここでも雅之が、携帯会社のショップ店員よりも強引なまでにセールスをした結果


手に入れる覚悟ではなく、鳴らなくなったベルを手放す覚悟をした。


―――これでまた少しだけ前を向かざるを得ない状況になった。


―――あの日は、また駅前の喫煙所に一美はいた。


 いつものように真っ直ぐ家には帰る気分にはなれない日なだけだった、おじいさんとも、あれから一度も会っていないが、美紀を連想する存在にもなっていたので、気にかけないようになっていた。


 ベンチに腰掛けてカバンからタバコを出そうとしている時だった。

「あの・・・すみません・・ちょっと教えて欲しいんですけど?」


時間は20時を回り、周囲には人影もなく、電灯の下にいた一美しか選択肢がなかったのかもしれない。


「あ・・・どうしました?」


「この駅の近くに十丸和菓子店てありますか?」


 その店は、一美が生まれる前からの老舗和菓子店で、他県からも買いに来るほど、どら焼きが有名な和菓子店だった。


「このロータリーを出て、右に曲がって・・歩いて5分くらい行ったところですよ」


不思議そうな表情を浮かべ

「右なんだ・・・ありがとうございます!」


聞いた途端に走り出そうとした女性に対し

「あ!・・でももう閉まってるかもしれませんよ!」

女性は半分だけ振り返り軽く会釈をして、走り出した。


その女性は、明らかに20代前半で自分よりも若く見えた。


 年齢よりも身長が150cmに満たないであろう小柄な容姿に、目鼻立ちがはっきりとしていて、一見ハーフかと思わせたことが印象的だった。  


 少し息を切らしながら既に暗くなったロータリーを横切り、急いで向かっていく、それを見送りながら、今日の仕事を頭の中で整理していた。



 タバコを3本吸い終えた頃には、時刻はもう少しで21時を指そうとしていた。頭の中が整理されたことで空腹を感じ始めた頃、先ほどの女性がロータリーに戻ってきた。一美の存在に気が付いたようだ。


「先ほどは、ありがとうございました。」

「行けました?」


「それが、もう店が閉まっていて・・・」

「やっぱり・・・」


「7時に来れば間に合うかと思ってきたんだけど・・・迷っちゃって・・」

「じゃ1時間も迷ってたんですか?」


今思い出したかのように

「そう・・みたいですね・・・」

それを見て一美は呆れてた表情を漏らしてしまった。


「私、方向音痴で・・・」

言い訳に使うにしては厳しすぎる。


「いや・・そういうことじゃないけどな・・・」


「なんか・・・すみませんでした・・・」


「あ・・いや・・・・電車で来たですか?」


「はい、今から親戚の所に行くために、南部町の方へ行こうと思っていて」


「え? 南部ですか? この時間だと、ここから西富宮までは行きますけど、その先の南部はもう電車ありませんよ?・・・・・  たぶん・・・・」


「え?・・・ちょっと見てきます。」


 一美も駅に向かう彼女を追い、時刻表を確認する女性のリアクションを見に行った。

 何度も時刻表を見返すその女性は、案の定肩を落として、こちらに向かってきた。


「本当でした・・・20時23分が最後でした・・・」

心配性の一面を持った一美はなんでも計画的に事を進める傾向にあったため、この女性の行動は無茶苦茶に感じた。


「こんな田舎の駅じゃタクシーもなかなかつかまらないし、勿論バスも・・・そもそもここから南部方面に向かうバスは走っていないし・・・」


「えぇ・・・どうしよう・・・・・まっ・・なんとかなるか!」


「は?・・どうするの?」

敬語で話すのが馬鹿らしい気持ちと自然とため口で反応した。


「え・・あ・・・どうしようかな・・・」

能天気とも言える女性の反応に少し苛立ちさえも感じた。

 一美はその女性から離れ、喫煙所に戻ってもう一本タバコを吸うことにした。


女性がゆっくりと近づいてくる

「あの・・タクシー会社はどこかないですかね?」


確かに存在していたが、徒歩で1時間以上かかる場所だった。

「あることはあるけど・・・」


苛立ちも確かにあったが、困っている人を放って置けない一美の性格がつい言葉を発した。

「送ろうか?」

「いえ・・それは悪いですよ!」


「僕は男だし・・・無理には言わないけど・・・」

「そんなんじゃありません、こんな親切にしてもらってるので・・」


「黒川一美と言います。―――――別にいいよ、どっかで飯にしてドライブでもしようかと思っていたくらいだから」


「富岳良子です。本当に良いんですか?」

・・・・・・・・・・


良子とはこうして出会った。

―――――――――――


 車内ではお互いの素性を明かし危険ではない存在だと確かめ合った。しかし良子は何も気にしていないような無防備な様子で、一美の放って置けない性分をくすぐった。


――車中でわかった事は・・・


 富高から更に西に車で一時間くらいの神南市から来たということ―


南部には他県からも親戚が集まるため、お菓子を求めて途中下車をしたこと―


仕事は保育士であること―


22歳でハーフではないこと―


―――そして彼氏はいないこと―――

      

――――――――――――――

 南部町までの道のりは、ほとんどが山の中で、外食できるような店どころか、ガソリンスタンドやコンビニもない、今日の夕食は諦めることにした。


――――南部駅まで送ると、ここから連絡すれば迎えに来てもらえる手筈になっていると聞き、食べそびれた夕食と送迎の御礼をさせて欲しいと言われ、連絡先を交換した。帰り道は、車のヘッドライトだけが頼りになったことが理由だったのか、帰り道の方が長く感じた。


――――――――――


 携帯電話はメール機能も備えていて、手に入れるまでが比較的遅かった一美にとって、その便利さを周囲よりも強く感じていた、帰り道の途中には早速、良子からのメールが届いた。ポケベルが画期的だと最近まで思っていたが、こんなにも簡単に何かを伝えることができる喜びと楽しさが、余計にメールの回数を増やした。


 御礼の夕食は、その週の日曜日に早速やってきて、更にその次の日曜日も会う約束をしてからは、定期的に会うことが自然の成り行きになった。


 年下で運転に自信がないと言っていたことから、一美は良子の地元まで迎えに行くようにしていた。

一美が、しっかりと女性として意識したのは4回目に会った時だった。


―――――――――――――


「黒川さん、いつもすみません、早かったですね」


「運転嫌いじゃないから気にしなくて良いって」


良子が住む神南市にはあまり来たことがない、土地勘のない一美は良子の案内に頼るしかなかった。

 

 良子の生まれ育った、馴染みのある店を会うたびに訪れ、思い出と共に過去を含めた自己紹介をしてくれていた。そんな店へ行くにしても道順を間違え、何度もUターンを繰り返したことで、出会った日の夜を納得した。

  

――――――――――――


 今日は、良子が小学生から通っている、お好み焼き屋さんに行くことになった。


 木製の引き戸の前に垂れ下がる深い紺色だったであろう、のれんには白い字で、なんとか(お好み焼き)の字が読み取れる店構えだった。事前に良子からは、お好み焼きよりも、

(そこのおばあちゃんに会いたくて)と前置きされたことにも納得した。


 店内に入ると中央に大きな鉄板が構え、それをぐるりと丸い椅子が置かれていた、二人以外に客が入ってきたら気まずいくらいのスペースだった。


奥が自宅になっているのか、良子が廊下に向かって

「おばあちゃーーーん!いる? きたよ!  良子だけど!」


――――返事がない―――


良子は改めて息を吸い込んだ「おばあちゃん!いるんでしょう!」

・・・・・・・・・・

「はいはい・・・」

微かな返事が一美にも聞こえた

「いるじゃ!!おばあちゃん!」


「なんや!そがいにデカい声出して!聞こえとるわ・・・」


O脚を通り越して、文字のごとく膝が極端に外側に膨らみ、そんな足でもなんとか歩こうとヨチヨチ歩きの様に壁を伝ってこちらに近づいてきた。


 背は良子よりも小さく、丸く太った体系で可愛くも見えた。どこかの方言が入った強い口調が余計に可愛く、可笑しく見えた。


「良子か・・・なんや!男連れてきたんか?」


「今日行くって昨日、電話したでしょ?」


「なんよ?彼氏できたんか?」


「もう!違うから!」


良子とこのおばあちゃんの関係は、祖母と孫とも違うが、深い信頼関係があることは伝わってきた。


「この方はね、この前、私が困ってるときに助けてくれた人なの!」


「あんれ・・またあんた人に迷惑かけたんか?」


「・・・」

良子はふてくされた顔で押し黙った。


一美が代わった。

「いえ・・迷惑なんかじゃなかったんですよ、たまたまそうなっただけで・・」


「なにがあったか知らんけど、この子はちょっと抜けとるところがあるけん、心配なんよ」


「それはなんとなくわかります」

冗談のように笑いながら言った。


「えっ?・・・ わかるってどういうことですか?」

良子の膨れた顔がさらに膨らんだ。


「そげんことより、お腹すかんか?どがいする?」


「おばぁちゃんの故郷のあれ・・黒はんぺんみたいなの」


「じゃこ天か?」


「そーそーそれ 何度聞いても覚えられないけど、あれ焼いて欲しい、後は適当におばぁちゃんのおすすめで」


「はいはい」


「あの・・・故郷はどこですか?」一美の好奇心が漏れた。


「そない昔の事、忘れたわ」


「四国の・・・どこだっけ?」何度も聞いているだろうと思ったが、良子は自信なく聞いていた。


「昔の事や・・・」

あまり話したくなさそうに見えた。


ヨチヨチ歩きの様に見えた70歳は優に超えているであろう老婆は、鉄板の前では別人に見えた、慣れた手つきで、次々とおすすめの品が並んでいった。


じゃこ天は初めて食べた。


「黒川さん、おばあちゃんの名前、(誠)って言うですよ、マコばあちゃんって近所の人たちからも愛されてて、可愛いですよね?」


「男みたいな名前で、嫌いなんよ」

良子が、マコばあちゃんのリアクションを予想していたかのように笑った。


「おばあちゃん、お手洗い借りるね」良子は廊下の先へ入って行った。

・・・・・・・・・・・・


「兄さんは良子の事、どう思っとるの?」二人になるのを待っていたかの様に聞いてきた。


「え・・どう・?・・」

「にぶか男やねぇ!」

 肩を叩きながら言われたが、それで何を聞きたいか理解できた。


「あの子は小さいころから、苦労してきた子やけん、幸せになってもらいたいんよ・・・あんたみたいな真面目そうな人やったら安心なんやけど・・・」


「いえ・・そんな・・・」


「わしは、あんたのこと見て、良い人ってすぐわかったけん、なんとか考えてあげてくれんか?」

回答に悩んでいる間に良子が戻ってきた。


「なに話してたの?私いないときに!」


「なんちゃないよ・・・・」


 一美は良子とは性格が全く違うように感じてはいたが、危なげない能天気な良子を放って置けないという気持ちは、ただ心配なだけなのか・・新たに生まれた感情なのか・・解明できない不思議さ自体が、良子の魅力になっていた。


「どうせまた変な事言ってたんでしょ?」


「あんたみたいな子には、こういうしっかりとした方と付き合ってもらえば!って言いよったとこよ」


そのまま言ってしまうとは思わなかった。

一美は沈黙を続けた。


「もう!おばあちゃん、いきなり何言うの!」


「がいな大きな声出すなてや!」


「もう・・・・」


「もういいわい・・あんたら二人だけで話してみると良いけん・・・わしゃちょっと裏にいってくらい」

おばあさんは廊下の奥へ消えていった。


「黒川さん、すみません・・・おばあちゃんいつもあんな感じで・・・」


「いや、とても素敵なおばあちゃんだね」


「そう思ってくれたなら、少し安心しました。私もおばあちゃんのこと大好きなんです」


「マコばあちゃんも良子の事が好きなんだろうね」


―――俺の気持ちはどうあれ、この頃、自然と良子と呼び捨てで呼べる関係になっていた。


「私、物心ついた頃には、父親がいなかったんですよ・・・」突然の告白に目だけ見た。


「ほんと貧乏で、自宅に一人でいることも多かった時に、おばあちゃんが私の事を気にかけてくれて、学校が終わると、いつもここで母親の帰りを待っていたんです。」


一美は、おばああちゃんが言っていた(苦労)を理解したつもりになった、そして美紀のことを、どこかで連想した。


「母親一人で私を育てて、おかあさんも凄く苦労したはずなのに・・

それなのに・・・私・・・・20歳の時・・・その時付き合ってた彼との・・間に、子供が・・・


その時!

「良子!!あんた、そない余計な事、言わんで良いやろ!」


 さっきまでの荒い口調とも比べ物にならないくらいの大きな声に、良子は硬直し、一美も驚いた。


会話に夢中になり、マコばあちゃんが突然現れたように感じた。

・・・・・・・・・・・・・

 今度は、どれとも比べられない優しい声で

「言わんでも良いこともあるけん・・良子・・あんたが悪いわけでもないけん」


「でも・・・ばあちゃん・・・私言っておきたい・・・」


「あんた・・・そういう心づもりなんやな・・・」


良子が続け、一美はマコばあちゃんの様子を見ながら、話を聞き続けた。


「・・・・そう・・・・私・・・色々あって・・結局・・・オロシタんだよね・・・彼氏はその時のドタバタな状況に紛れて、気が付いたらいなくなってた・・そんな私なんだけど・・その時から男性とお付き合いするどころか・・話をするも怖かったんだけど・・・なんとなく・・一美さんには・・言っておきたくて・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この子が悪かったわけじゃないんよ・・・」

「ううん・・・・私だって悪かったと思う・・・」


・・・・・・・・・・・・


一美の連想は膨らみ・・・良子とマコばあちゃん、二人とは違うところに一美はいた。


・・・・・・・・・・・


「やっぱりそういう過去がある女性ってダメですよね・・・」


「いや!違うよ!そんなことないよ!」

異常なまでに反応してしまった。


「そんな・・黒川さん・・気を使わなくて良いですよ・・黒川さん優しいから・・・」


「いや・・・本当にそういうことは気にしないから!」


「こんな子やけど・・面倒見てあげんてくれんか?」


「いえ・・そんな・・仲良くさせてもらっているのは、こちらの方で・・・」

上の空な状態で、なんとか言葉を返した。


・・・自分も告白すべきか?約束を果たすべか?

・・・・・一美の脳裏に過る。


辛気臭い雰囲気を変えるかのように、おばあちゃんが、飲んだこともない濃いオレンジジュースをふるまってくれた。帰る間際に、おばあちゃんが一美の耳元でささやいた。


「がいに、あの子の事、たのまい・・あの子には、わしみたいな寂しい人生を送らせたくないけん」

そう言いながら手を握られた。


良子は振り向いたが、何も言わなかった。


「また来さいや!」


また来たい・・来なければとも心から思えるような言葉だった。マコばあちゃんの手のぬくもりがいつまでも残っていた・・


一美と良子は車に乗って、走り出した。

ミラーでも確認できなくなるまで、ずっと手を振りマコばあちゃんは見送ってくれた。


―――良子の案内で、河川が流れ込む防波堤から、灯台の明かりが眩しくはないギリギリの所に車を停車させた。


「黒川さん、変な事言ってしまって、すみませんでした。」


「ほんと、気にしなくていいから、それより優しいおばあちゃんだね」


「マコばあちゃんに、黒川さんと会ってもらいたくて・・・」


「俺も会えて良かったよ、また行きたいな!」


・・・・・・・・・・・


「黒川さん・・・本当にあんな話を聞いても気になりませんでした?」

良子は心配で何度も確認してきたが、その度に一美の心が疼いた。


「ほんっ・・とうに! 何も気にならないよ」


「良かった・・・じゃあ・・・



   私と付き合ってもらえませんか?」




「え⁈……俺なんかと?」

抜けている良子から告白されるとは思ってもいなかった。


「はい!」


・・・・・・・・・・・・


「俺も・・・色々あるよ・・・」

「私ほどではないでしょ?」


・・・・・・・・・・


「いや・・・そんなこともないよ・・・」


間髪入れずに良子は口を開く――

「やっぱり付き合うのは無理ってことなんですね・・・」


「ううん・・・そうじゃないよ・・良子の事、なんか・・・放って置けないし・・・」


「放って置けないか・・・」


「いや・・・」


「私は黒川さんの事が好きですよ」


 今このタイミングで一美の過去も打ち明けるべきだったのか?それとも約束を果たすべきだったのか?どちらが正解だったのか?


 そのどちらかの選択に悩んでいたはずだったが、一美が選択したのは前を向くという選択をした


 次第に良子との2人の時間が増えて、自然なまま良子の不思議で心配な魅力は膨らんでいき、一美は良子を美紀と比べることなく、一人の女性として向き合っうまでになった。


長く…やっと辿り着いた2回目の恋愛…


良子との付き合いが始まり…


さらに美紀が過去のものとなっていった

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうお付き合いの始まりは優しくていいですね。 また何かあるのかと かなり心配ですけど……(^^;)
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