第五章 ーーーラストオーダーカウントダウンーーー
あれから一美は、美紀の電話番号を聞いていたとしても、なかなか電話をするタイミングを掴み取れずにいた。それは帰宅してからでは常に母は自宅にいる、昼間ならまだしも夜に母が出かけることなど記憶にない…
この時代、携帯電話など当然存在しない、一般人用のポケットベルが普及し始めていたが、一美がそんなものを手に入れている筈もなく…
わかりもしない物だったが、念のためにと聞いていたポケットベルは鳴らしたこともないし、番号だけが送信できるだけの機能しかないと聞いていたので、どう送って良いのかもわからずメモだけが大事にされていたまま1ヶ月が過ぎ去り、もう少しで年を越そうとしている…
年を越すことで…なんとなく更に連絡が取りづらくなるような気持ちも感じていた一美は、焦りのような感情…戸惑い…
そして何よりも、味わったことのない初めての気持ち…
どれもどうにも整理が追いついていかない
なによりも美紀に対する気持ちは消えるどころか膨らむ一方だった…
そして遠慮と迷いに勝る衝動が抑えられず、12月の給料日とボーナスを手にしてから夜8時過ぎに駅の公衆電話に向かって歩き始める
この日は残業で遅くなったことが丁度良かった
駅の改札を抜けると、風も抜けていき一層寒さが頬に突き刺さるような夜
ガラスの扉を開ける前に、喫煙所で缶コーヒーから暖を取り、気を落ち着かせた後に受話器を持ち上げた。
――――――――――――――
一回のコールが長い…
唾を飲み込んだ…
―――「はい、渡辺です」―――
受話器からの声は間違いない美紀の声…
久しぶりに聞く声が、受話器越しでも嬉しく感じることで、自分の気持ちを再認識した
―――さっきまでの寒さはどこかへ消えた
「黒川…一美です、おぼえていますか?」
「もちろん!元気だった?日にち聞いてなかったけど誕生日過ぎちゃった?」
「はい、無事に二十歳になりました」
「おめでとう、何日なの?」
「25日なんですよ・・」
「クリスマスなんだ!忘れなくて済むね」
誕生日が12月と覚えていてくれたことが少しだけ自信に繋がった。
「また会ってくれませんか?今度は二人で・・」
一美にとっては女性を誘う
ただそれだけで快挙と言えた―――
・・・・・・・・
仕事帰りに、夕食を一緒に行く約束をする
近くの実家に息子を預けることができそうな、年が明けてからの2回目の金曜日を手にすることができた!
一美の職場である富高製紙工場の近くに、大きな目印となるスーパーマーケットがある、そこに美紀が車で迎えに来てくれる事になったが、少し情けなさも感じたが、自分の意志を伝えられた喜びと、真也君と志津恵さんとの約束も果たせた様な気持ちにもなり安堵の気持ちが照りを保つ…
その後、2回目の誘いは、一美の意志だけで電話をすることができた…行き先はファミレスで、夕食を食べながら、たわいもない会話をするだけだったが、離婚と息子の話題は、一美からは触れられていないまま…会える喜びの中に欠けた達成感を感じる
―――――――――
一美の仕事にも変化があり、在庫管理はついにパソコンが導入された、専用ソフトがインストールされているわけもなく、基本的な管理プログラムを庄司課長から任せられるだけで、自然と残業が増えていた。
――「君ならできるだろう」――
たったその一言で済まされたことに、いつものように苛立ちを飲み込み、ヘソの奥に重みを感じながら過ごす日々がつづく…
更に子供がいる美紀に、会える日を合わせることは必然的だった。
しかも、数少ない会えるチャンスを一美の理由で今まで2回も逃しているのが余計に重さを増す…
今日は、残業の予定はない、予定通りにいけば美紀と会う3回目のチャンスとなるこの日は、定時までトラブルがないことを心から祈った。
・・・・・・・・・・・・・
「お疲れ様でした!!」
祈りが叶い誰よりも早くタイムカードを押す
スーパーマーケットにこんなにも心を躍らせて向う若い男はいないだろう、帰宅時間の混雑した時間帯だと、美紀の勤務先からの合流時間は40分以上かかった、一美はゆっくり歩いて行っても十分に間に合うが、自然と歩調は速くなっていた。
スーパーマーケットの片隅で異質な存在感を隠しながら30分以上潜めていた頃、
「おまたせ、待った?仕事大丈夫?」
「全然、大丈夫!」
質問されたことは理解したが、顔を見ただけで満足して無意識の返事だった。
(会えるなら待つことなどどうでもいい・・・・)
歳を重ねるごとに薄れていく初心の感情は、一美にもしっかりとそこに存在していた。
そして今日の一美は真髄を美紀に伝えようと覚悟もしていた。
・・・「今日はどこ行こうか?」・・・
この言葉を待っていた、予想が的中して一美は安心した。
その準備を済ましていたからだ、ゆっくり話ができるように店に電話を入れ予約済みだった。
富高市から更に車で高速道路を使って一時間程度、西に走らせた所にあるフランス料理の(ル・アーブル)という店で、以前、庄司課長に付き合わされた店だった。
その時は仕事の話ばかりで、会話も仕事の延長線上にあり、ミスがないように緊張と集中力を維持することに必死だった記憶しか残っていない…
「テーブルマナーくらいおぼえておいた方が良いぞ、たまには付き合え」
押し付ける言い方というよりも堂々とした言い方に圧倒されて返事をしてしまったのが印象に残る
田舎から電車通勤をしていて何に対しても未熟な一美は、どの部類においても御洒落な情報に詳しいはずもなく、その時に行った店の名刺を持っていたことに気付き、それにすがるしかなかった。
行き先を美紀に伝えると
「そこ高級レストランでしょ?・・・予約しちゃったの?」
「その店知ってるんだ?・・一度行ったことがあって・・・だって美紀ちゃんもう少しで誕生日でしょ?2月26日だったよね?だから今日は奢らせて!」
(さん)付けは美紀ちゃんからやめてくれと言われたが、呼び捨ては選択肢になかった
「そうだけど・・・あれから自動車学校に行きはじめてるって言ってたし、お金かかってるんじゃないの?そんな無理して大丈夫なの?」
「うん、もう少しで卒検だし、いつも車出してもらってるし大丈夫だよ」
誕生日に会いたいと思う気持ちは勿論あったが、息子の存在には相変わらず触れられずにいたため、誕生日に会いたいことを伝えられないでいた。
それは以前、何気ない会話の中で、(息子が誕生日に似顔絵を描いてくれたことがある)と聞いたことがあったからだ。
美紀はあまり良い反応をしなかったが、なんとか車を店の方へ向かわせてくれた
――――――――――
店に到着して分厚い木の玄関を開けると正面に大きな絵が飾られている、緑と水色がボヤけたような絵で、芸術になど触れたこともない一美だが、店の雰囲気には合っているように感じた。案内されたテーブルは他の客の存在は感じても距離は保たれて2人だけの空間になった
・・・席に着いた途端に・・・
「おしゃれなお店だね、でも今日のカミちゃん硬い感じがする、どうしたの?」
美紀ちゃんの勘が鋭い事をわかっていたのに、やはり隠し切れない…
「後で話そうと思ったけど、美紀ちゃんにはバレちゃうね・・ちゃんと自分の気持ちを伝えたくて、それもバレてるんだろうけど・・俺も男だし・・」
その先を遮るように美紀が喋り出す
「ほんと硬いね、男だし?…なぁに?男なのに歯切れ悪いね」
美紀のいじりもが鋭いことは忘れていた、完全に俺のミスだ…
「後でちゃんと話すよ・・」
更に美紀が追撃してきそうな雰囲気だったが、注文の確認で店員が割って入ってきたことでなんとか免れた
店員の声が遠い・・・コースで注文したが飲み物や前菜の種類を選べると言われたことは理解したが、その先は耳に入らず、考える余裕がない
「美紀ちゃん好きなの選んで良いよ、一緒でいいから・・・」
優しさの振りで美紀に委ねた…
美紀が悩んでいる間に、頭を整理するー
やはり一美の中で一番気になるのが子供の存在だ、解決どころか話題にもなっていないが、今日はその覚悟も一美なりにしてきたつもりだ、自分の想像を超えてくるだろうという未知への覚悟も含まれていたものの、結局は不安しかなかった。
「美紀ちゃんは彼氏とか・・・再婚って考えたことないの?」
・・・・・・・・・・・・・
「う――――ん・・・考えたことはあるけど・・・考えられてない?」
この反応に勿論、一美は理解できなかった
「私ね、離婚してから、只々必死だったんだと思う、清太が生まれて3ヶ月だったし、自分一人でなんとかする気になってて、今思えば無謀で無茶でバカだったんだと思うの」
あれから息子の名前を聞く事と、どんなことがあったのか会話ができるようにはなっていた。しかし・・・長い沈黙が続いた・・・
―――運ばれてきたアイスティーのストローと遊びながら美紀は語りはじめた――
相槌だけして、聞けるところまで聞く姿勢で一美なりに全てを受け入れる姿勢を作る
「今では、親も許してくれたし…私も親になったから理解できるようになったのかも、清太も無事に小学校入学して・・夏休みが終わって・・そして二学期が始まって・・順調にいってた頃、なんか少し気が抜けちゃったのかも・・・自分ではよくわからなかったんだけどね…仕事が忙しくなったのも重なって、ちょっと疲れてたのかな・・・周りからも心配されるようになって…そしたら志津恵さんが誘ってくれて、カミちゃんに出会うことになったって感じ!」
「仕事には行けてるの?」
「今は、大丈夫!・・・だと思う!」
美紀は笑って答える
・・・・・・・・・・・・・・・
「もともと離婚してから、子供と出かける以外は、ほとんど家にいて、友達とも会わなくなって、でもそんなことにも気が付かないで、ただ必死でね、なんだろな・・・こんな私だから再婚なんて考えたこともなかったし・・・」
―――前菜が運ばれてくる――
一美は覚悟を決めるため、飲み込むように食べきった!
水を一口飲み、小さく深呼吸をする
「俺・・・全然わかってないけど・・・美紀ちゃんが好き」
・・・全て悟っているかのような笑みだけで美紀は返す・・・
ーー時間は短いが長い間が空いた…
「私もカミちゃん好きだよ」
間が空いた感覚から…あまりにもあっけない返事に望んでいた返事だったにも関わらず、拍子抜けした様な感覚の直後…急に不安が襲ってきた
・・・・・・・・・・
「俺なりに覚悟して告白したつもりなんだけどね・・・子供のことも・・・」
「わざわざバツイチ子持ちの年上女を選ぶ必要はないと思うよ」
言葉は軽く放たれたが、目は真剣だった。
「わざわざ選んだわけじゃないよ・・・俺も正直どうしていいか・・・」
「カミちゃんが良くても、親は許さないと思うな・・・」
「そんなの関係ないよ!!」
大声ではないが、店の雰囲気には似合わない声を出してしまった。
・・・・・・・・・・・・
「わかった・・・首なしイチゴを食べてから元気になったし、少しずつね・・・」
「じゃ付き合ってくれるの?」
「今日の所は・・・」
「今日の所は?」
「そう、今日のところは! 付き合うって言葉は交わせるよ」
「言葉?」
「うん、そのまま・・言葉通りだよ、とにかく私だって真剣だし、第一にカミちゃんが後悔しない事! 約束できる?」
真剣という言葉で安心してしまい、それ以上追求することはやめた、子供のことは、美紀ちゃんから
(いつか考える)と言われた。
一美は、その(いつか)を只々待つことだと理解した。
一美と美紀が交わした言葉・・・二人にとっての(後悔)とは・・・
美紀は一美の存在を優先第二位にして言葉を交わした――
美紀はこの時、一美を男として言葉を交わしたのか、それとも母性や同情なのか、美紀が一美に好意を持っていたという事実だけで始まりを迎える。
一美は、店の雰囲気や、出されてくるものは以前とほとんど変わらない筈だったが、美紀と男女の関係になったテーブルで食べるものは格別だった。前菜からデザートまで、5種の皿が出されたが、一美が食べ終わった皿は、美紀が半分食べた皿と交換されても次の料理を一美は待ちわびる時間が過ぎていった。
―――最後のデザートだけは交換しなかった―
会計は、美紀が洗面所へ行っている間に済ませ、一美は空腹も男としても満たされて店を出た。時間は22時になろうとしている、今日は、富宮駅まで直接送ってもらうことにして車に乗り込んだ。
「ごちそうさま、おいしかったね。こんな料理食べたの久しぶりだよ・・・でもカミちゃん食べるの早いよ」
「そう?お腹すいてたし、ちょっとずつしか出てこないし・・・でも美味しかった」
―――――――――――――――
車内は、一美が一方的に話をして美紀が聞き役になっていた。話を真剣に聞くため海岸線の走行車線から周囲のテールランプを見送るように美紀は真っ直ぐ前を見て運転をしている。一美は会話と言うよりも話をすることに夢中になっていた。
一美はやがて、夜の海に浮かぶ船の灯りが背景になった美紀の横顔に夢中になってた。
自分の彼女という感覚にまだ実感はなかったが、あることをふと思い出した。
「そうだ、寄り道しても平気?そんなに時間掛からないと思うけど・・」
予想よりも時間が遅くなり、もう少しで22時になりそうな時間だった。
「少しくらいなら平気だよ」
一美が、そのあとの道順を案内した、行き先は、一番乗りで免許を取った雅之に連れていかれた野手山公園だった。
そこは海岸線と国道、そして高速道路を挟んだ小高い丘の上にあって、昼間の晴れた日は海岸線を囲むように広がる半島の先まで見渡せる所だ、
雅之から
(いつか彼女できたら連れてきてやれよ、夜なら夜景がめっちゃ綺麗だよ)
そう言われたていた事と帰路がたまたま一致して連想した。
雅之から(夜は)と連呼され、田舎育ちの一美には夜景とは無縁だったこともあって興味が掻き立てられていた。
―――――――――――
しかし、雅之から詳しく案内されたわけではなく道順を意識していなかった、夜だったこともあって、美紀に何度もUターンをしてもらう羽目になり、4回目のUターンでタイムリミットになった。迷ったあげく停車したのは、川沿いの鉄橋の先に見えるコンビナートが夜景の代わりになった所だった。
・・・・・・・・・
「ごめん、せっかくの時間を無駄にしちゃった・・・」
「ううん、そんなことないよ、ワクワクしたし、その代わり次こそは絶対つれてってね、約束だからね!」
美紀が笑顔で、挑戦的に小指を突き立ててきた。
一美は無意識にその手を握る、握ってから我に返った、流石の美紀も動揺したくらいだ。
「ごめん」
「あやまってばかりだね・・・そうだ!・・私から言っておきたい」
「え?何?」
「私の過去・・の話・・・」
目を見るだけしかできなかった、
鼓動は高まるーー美紀は続けて話しはじめた。
「妊娠がわかってから、親の反対を押し切って籍を入れたんだ・・
籍を入れてから、ツワリが酷くてね・・私の存在が面倒になったのかも・・私の事を何に対しても怒鳴るようになって・・最初は我慢していたんだけど、出産間際に、私も限界になっていて、(いい加減にしてよっ!)って怒っちゃったんだよね・・・それで顔を殴られちゃったのが最後・・その顔を親に見られて・・」
そのまま美紀は下を向いたままになった…
「…そんなことがあったんだね」
美紀の中では当に過去になっている事でも、一美の胸と拳が熱くなった。
「うん、そんな私なんだよ?だからカミちゃんが後悔しないようにね」美紀は念を押した。
・・・・・・・・・・・・・・
一美は美紀の手を引き寄せた
しかし二人の状況を表すかのように・・・
運転席と助手席を隔てたまま、できるだけ近づいた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美紀の動揺はすでに消えて真っすぐ一美を見ている。その表情は、笑っているでもなく、緊張しているでもなく、堂々としているが威圧感は感じない。
・・・やはり一美の思考をすべて見透かされているように感じた・・・
――水が流れていくような・・行きつくべき導かれるまま・・お互い右目だけで通じ合い・・
長く触れ重なった―――
我に返って一美は隔たりを感じたまま更に美紀を抱き寄せた…
鼻先から美紀の体温が伝わってくる
イチゴの香りが混ざっていない純粋な美紀の香りは、一美の時間と思考を止めた
・・・タイムリミットはだいぶ前に過ぎ去っていた・・・
―――――――――――
家の近くまで送ると美紀ちゃんから言われたが、熱を冷ましたく駅に送ってもらう事にした、駅に到着すると
「はい、これあげる、よく噛んで食べること」
そう言って笑顔で、すでに封が空けられたガム包を渡してきた、渡された時に微かに触れた美紀の冷たい手が温かく心地良かった。
「遅くなっちゃったね・・・ごめん・・・」
「また謝る・・・自己責任だから大丈夫」
次に会えそうな日の候補日を出し合い、美紀の車を見送った。
・・・・・・・
一人…取り残された気持ちも感じながら、帰る前に喫煙所に向かうことにした。
近づくまで気が付かなかったが、23時過ぎの暗闇の中、一つの薄いオレンジ色の電灯だけが喫煙所を照らし出している。タバコの煙と白い息が混ざり、靄がかかっているようだ。
・・・・・・・・・・・
2歩3歩近づいて気付いた!
その先に老人が座っている。
怖さよりも幻想的に思えて霞を潜っていく
・・・・「よう兄ちゃん、また会ったな」・・・・
突然と靄の向こう側から聞こえた、靄の正体は、いつかのおじいさんだった!
・・・・・・・・・
「あっ…!この前はありがとうございました、こんな遅くに一服ですか?」
「あぁ・・・兄ちゃんの帰りを待ってたのさ・・・なんてな」
「冗談言わないで下さいよ、?!こんな時間に」
今度は辛うじて冗談に反応できた。
「兄ちゃんこそ、こんな遅くにどうしたよ、誰かに送ってもらってたな」
―――あれからの経緯を簡単に話した―――
「ほう・・・俺の予言が当たったか、仕事はちゃんとやってるか?」
「今忙しいですね、だけど…がんばってます!」
「仕事があるってことが幸せに思わなきゃならんぞ、忙しいって結構じゃないか・・」
美紀との時間を侵食している残業を褒められて面倒くさく感じた。
おじいさんは、一美がタバコに火をつけると、デジャビュかのように
・・・「じゃあな兄ちゃん、またどっかでな」・・・・
それだけ言い残して、電灯の先の暗闇へ消えていった。
もう少し話したかった気持ちがあったからなのか、急にさみしい気持ちになって、半分以上残ったタバコを消して家路に向かうことにした。
帰路の途中、美紀から貰ったガムを食べようとするが寒さと暗がりで、なかなか取り出せない。・・
諦めて家路を急いだ・・・・
――――――――――――――
自宅に着いてから取り出しづらかった理由がわかった。
何枚か食べられた隙間に1万円札が小さく折りたたまれて差し込まれていたからだ、一万円札よりも、中にメモのようなものはないか探してみたが、見当たらなかった。
折りたたまれたままの一万円札を、財布のカード入れに忍ばせた
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両親は既に寝ている、家の中は暗く静かで隠れるように風呂に入り、忍足で廊下を歩く…早々に布団に潜り込んだ
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寝返りを何度したのだろうか、冷たくも忘れられない手の感触が残る、天井に向けて手を伸ばし眺めていた。
――眠れない…短い夜を、初めて過ごす――




