第四章 ーーー車に乗ったジンギスカンーーー
真也君に彼女を紹介したいと言われたのは、石鯛を家族で堪能して、しばらくしてからのことだった
また、日曜の9時に駅に待ち合わせする事になっていたが真也君の彼女とはいえ、女性がいるとなると服装に気を使った
お気に入りの服に着替えたが、母がしつこく上着をもう少し厚い物にしろと言ってきて、口煩く感じたが結局受け入れることになり、納得のいく服装にならなかった…
いまだに親の意見を聞いてしまう自分が嫌いだった…
8時30分には駅の前に到着して、待ち構えることにしたが、なぜか以前とは違う緊張感が混ざり複雑な心境
日曜の昼間は…富宮市でも少しは人通りがあった、しっかりと冬になった駅前の小饅頭屋さんがシャッターを開け始め、自宅から追い出されたような70歳は軽く過ぎてるであろう、ドテラを着たおじいさんが新聞を読みながら喫煙所を陣取っている…
高校の時に、雅之と隠れて吸ったタバコを思い出した
8時50分になっても真也くんの気配はない…
駅前の自販機で、暇潰しの感覚でタバコを買った、喫煙所はまだ陣取られているが、立って待つのも疲れてきて喫煙所へ向かい、おじいさんと少しだけ感覚を空けて腰をおろす
深呼吸の様なため息を吐き出した後…
タバコを包むビニールを外しながら、肝心なライターがない事に気が付いた…
駅前の売店はまだ閉まっているー
話しかけにくかったが新聞越しのおじいさんに声をかける事にした
「すみません、ライターお借りしても良いですか?」
「おお・・あいよ、100円ライターだからやるよ、それ」
確かに安物の赤いライターだ
白髪交じりの坊主頭と目尻のシワを深くさせた表情とその口ぶりから、気さくな優しそうな人に感じて、人見知りの一美でも何故か安心した
「いえ、そんな申し訳ない、お借りするだけで結構です」
「いいんだよ、兄ちゃんが忘れてくると思って・・・なんてな、気にするな!持ってけ」
ジョークの準備まではしていなかった・・明らかな愛想笑いを浮かべ応える
「じゃ遠慮なく、ありがとうございます」
タバコを口に咥え火をつけた、一口目で酷く咽せた、明かに吸い慣れてないタバコだと気づかれたのか
「おいおい大丈夫か?無理して吸うもんじゃねぇぞ?」
今度は苦笑いを浮かべながら
「す・・すみません、遊びで吸ってみたことが懐かしく感じて……吸ってみたんですけど・・」
その後も恐る恐る吸ってみた、昔の懐かしい香りとともに徐々に体が受け入れていったが、とても美味しいとは思えなかった…
タバコの煙と白い息を混ぜながら半分ほど吸った頃
「兄ちゃん、今日はどっか行くのか?」
「はい、知り合いと待ち合わせで、そろそろ来ると思うんですけど」
「若いっていいな、若いだけで財産だよ」
・・・年寄りと話をするといつも必ずこうだ、いつも若い若いと言い、若ければ何しても良い、なんでも許されると言う、そしてあっという間に歳を取るからと、なぜ皆んなそんなこと言うのだろうか、若くても許されないことはあるし、怒られもする、失敗だってしたくてするものじゃない。
なんでもしてきて失敗だらけ、後悔のない年寄りの話を聞いてみたいものだ。
・・・・・・・・・・・・・・
「おじいさんは、朝の一服ですか?」
「あぁそうさ、家にいてもな・・・俺には新聞と、これがあれば十分だよ」
タバコを眺めながら、一口吸うと、空を眺めながら煙を吐いた。
未だに来る気配を感じないので、今日の経緯を簡単に話すことにした。見ず知らずの人にこんな話をしたのは初めてだった。
「そうか、兄ちゃんにも彼女ができたらいいな」
「いや、僕はまだそんな・・」
「まぁチャンスは必ずくるもんさ、彼女がいた方が楽しいだろ、いつか彼女どころか結婚だってする時が来るだろう、仕事は頑張ってるか?」
「はい、仕事をはじめて一年が経ちました」
「じゃ大丈夫だ、仕事を真面目にしてればな、幸せは寄ってくるもんだよ」
目を細くしながらタバコを咥え、新聞をガサガサしながら、明日も晴れると教えてくれた。
駅のポールの先に付いている時計を見上げると9時7分だった。まだ気配を感じないので、もう一本吸う事にした。二口ほど吸った頃に、遠くに真也くんの気配を感じた。
あと5分くらいだろう、一口大きく吸い込み、ゆっくりと煙を吐くと頭がクラクラする感覚になった、半分以上残っているタバコを灰皿の縁に押し付けて消した。
「そろそろ迎えが来そうです」
「なんだ来たか?」
「いえ、まだ来ないんですけど・・」
おじいさんは僕の話を聞きながら、また空に煙を吐いていた。
・・・・・・・・・・・
しばらくすると気配は確信に変わって、ロータリーに車が入ってきた、助手席に座る女性に目がいってしまって車が気にならなくなってしまった。僕の前に車が止まり、助手席側の窓が開いた、彼女であろう人を挟んで真也君が、運転席側から声をかけてくれた。
「おはよう、また待たせちゃったね、後ろに乗ってもらって良いかな」
おじいさんに軽く会釈する、おじいさんは目を細めて穏やかな顔で応えていた。
フロントガラスが日に照らされてハッキリと中は見えないが、助手席には明らかに女性が乗っている事が分かった。目が合う事もなく会釈だけして通り過ぎる。
後部座席のドアを開けて乗り込もうと視線が車内に向けた時、運転席側の後部座席にスカートを履いた女性の足が先ず飛び込んできた。驚いたのは言うまでもないが、更に屈み車内を見渡す、窓から差し込む光に照らされた、その女性に見惚れてしまっていた。
固まっている一美に真也が声をかけたー――
「知り合いの美紀ちゃん。そしてこっちは俺の彼女の志津江さん、びっくりしたかな?黙っていたのは志津江さんの案なんだよね」
「ごめんね、はじめまして志津江です。私を誘ってくれたのは嬉しいけど、一美さんが気を使うんじゃないの?って真也君に相談させてもらって」
「すみません、誘われたとはいえ図々しく来てしまいました、美紀です。よろしくお願いします。」この時の言葉と声が忘れられない.
――後方から―――
「じゃあな兄ちゃん、またどこかで会えたらな、元気でがんばれよ!」
振り向いた時には、おじいさんは駅のホームの方に歩き初めていて、背中越しにタバコの煙が流れていた、名前も聞かなかった事も煙と一緒に流れていき、すぐに車の方に視線を戻した。
「あ・・いえ・すみません・・一美です、こちらこそ宜しくお願いします」
一美が車に乗り込むと直ぐに真也は車を走らせた。
この状況をどうするか悩もうとする前に真也は車内の空気を察した。
「カミちゃんいつも早いね、いつも待たせちゃってごめんね、志津江さんの支度が遅くてね、美紀ちゃんも待たせる羽目になったんだよ」
「私のせいにするんだ・・・へぇ・・」
「そういう事にしてくれよ」
2人の掛け合いで車内の空気が和んだ、状況をつかめていないのは一美だけではなかったらしく、志津恵と美紀のやり取りが始まった。
「私が来ること、話してなかったの?一美君が驚いたことに驚いたんだけど・・・」
「ごめん ごめん、その方が面白いかなと思って、真也君は何も考えてなかったと思うけどね、別にいいでしょ?美紀ちゃん今日は暇って言ってたでしょ?」
「今日はママ友が息子も連れて遊びに行ってくれることになって、久しぶりに一人の時間を与えられた感じで戸惑ってはいたけど・・・これでも育児と仕事に追われてるシングルマザーなんだからね!確かに一人で戸惑ってたから誘われて嬉しかったけど」
美紀が一美の方へ視線を送る。
「ごめんね、びっくりしたよね?でも私もびっくりしたんだよ?」
「いえ、でも・・・なんか急に緊張してます。すみません・・・」
「カミちゃんって一美君のこと?」
真也が割って入ってきた。
「そうそう、カミちゃん!美紀ちゃんもカミちゃんって呼んでやって、カミちゃんはもう少しで二十歳になるんじゃなかったけ?」
「はい、誕生日は12月なんで、もう少しです。」
・・・
「へー・・・じゃまだ二十歳じゃないんだぁ、タバコの匂いがするのにね・・・」
目を薄めて、探偵のように身を後ろに引きながら全体を見られた、
「これは、違うんです!普段は吸ってないんです!たまたま待っている間に・・おじいさん・・・」
・・・言葉が詰まった・・・
「おじいさん?」
美紀は疑惑の目を一美に向けた
その後の車内では真也君からも驚きの声があがり、志津恵さんからも意外だと言われ、美紀さんにはいじられ続けた。
そして行き先も聞いておらず、なにもかもが初体験の時間が始まった。
志津恵さんは真也君の二つ年下で、美紀さんは真也君と同じ26歳、幼馴染の関係らしく、保育園から中学校まで一緒だったと聞いた。
社会人になったばかりの一美にとって、志津恵さんも美紀さんも凄く大人に感じて少し恥ずかしい気持ちになった
一美は話題についていけないと思っても、話題の中に混ぜてくれる3人の気遣いが溢れる車内は心地良かった。そして美紀さんがシングルマザーであり、結婚と離婚・・そして子供・・一美にとっての異次元は心に留まったまま置き場所に困っていた。
――――――――――
「ところで真也君、どこに向かってるの?」美紀が代わりに聞いた。
「志津江さんとも相談したんだけど、海沿いの国道にイチゴ狩りできるところがたくさんあるでしょ?知り合いが、少し時期が早いけど食べれるのもあるから遊びにおいでって言ってくれてさ、イチゴ嫌い?」
「大好き!やったぁ〜!息子には申し訳ないけど、たまには良いか」
国道は、海沿いに真っ直ぐ1キロ以上先が見渡せるような道だった、お世辞にも上手いとは言えない手描きのイラストが入ったイチゴ狩りの看板が点々と見える、特に個性的という訳でもなく、またいつか来るとしたら同じ店に入るのは難しそうなくらいだ。
真也君は間違えずに知り合いのイチゴ狩り屋の駐車場へ入っていく
駐車場は舗装されていないがかなり広い、車を適当な位置に止めて真也君と志津江さんが知り合いを探しに行った。車内から真也君達が奥へ入って行くのを見届けると、美紀さんが話しかけてきた。
「カミちゃん・・って呼んで良い?良いよね?・・真也君から聞いたけど富高製紙で働いてるの?」
カミちゃんと呼ばれて嬉しい気持ちしかなかった。
「あ・・はい・まだ新人ですけど、やっと慣れてきた感じです。」
はじめて目を見て会話ができた、子供がいるとは思えない、一美が抱いていた母親像から、かけ離れていた。
「新入職員か・・・懐かしいな、私なんか今じゃ子育ての方がメインで、何もかもがバタバタなんだよね・・そういえば・・日曜日に子供を預けて遊びに行くのは初めてになると思うな・・」
「お子さんはいくつなんですか?」
「19歳の時に出産して、もう7歳になるよ、男の子だから手がかかっちゃって、息子は生まれた時からお父さんを知らないから、ずっと2人きりなんだ」
二人きりになった後部座席は会話がないと耐えられない空気になっていたが、子供の名前・・なぜ離婚したのか・・そんな疑問が表面に浮かび上がり気の利いた会話ができないまま、結局(大変そうですね)とありきたりな返ししかできなかった。困った顔が出ていたのかもしれない、そんな僕に美紀さんが何かを話そうとしたタイミングで真也くん達が戻ってきた。
「いいみたい、行こう行こう、1つのハウス完全貸し切りにしてくれるって、他のお客さんもまだ来ないみたいだから気にしないで入ってきてって」
財布だけをバッグから取り出してズボンのポケットに押し込み軽装になった―――
車から降りると、カマボコのような形をしたハウスは何本も規則正しく建てられ、海沿いから一気に駆け上がる山に沿ってハウスがへばりつくように駆け上がっている風景が広がっている。
日光をムラなくハウスに当てられるその地形は、イチゴハウスの栽培に適しているのだと素人でもわかった。
ビニールが太陽に照らされ銀色に見える、反射する光が眩しく反射の中の美紀さんは、車内での印象とはまた違って見えた。
ハウスの間は人とすれ違うには狭すぎるくらいで、土が硬く踏み固められた道を4人は一列になって歩く、一美は一番後ろで美紀の後ろをついていく、1つのハウスを通り過ぎるたびに、今まで嗅いだことのない濃いイチゴの香りと、前を歩く美紀さんの女性らしい香りが混ざる
・・・・・・・・・・・
真也君がハウスに入る
「申し訳ない、ありがとうございます」
真也君の先に、夫婦らしき男女が立っていた、女性の方が応える
「こんにちは、まだ少しだけ早いけど甘いのもあるから、良さそうなの選んで、たくさん食べてって下さい」
真也君が代表の挨拶のように口をひらく
「俺の高校の時の先輩!湯沢さんとその奥さんの結子さん・・湯沢さんは変わってる人で、いきなり仕事を辞めたかと思ったらイチゴ農家始めるって・・・連絡も取れなくなって・・・・そしたらいきなり暑中見舞いなんか送ってきたことなんてないのに、写真付きで送ってきてさ・・そして再会って感じ!しかも結婚までしててビックリで・・湯沢さんにこんな・・綺麗な奥さんって・・」
真也は笑いをこらえながら先輩を弄った
「ぅるせぇよ・・」
ボソっと野太くそれだけを言う湯沢さんという方は、そのまま言われた通りの変な人に見えた、ボサボサの髪をタオルを巻いて押さえ込み、その頭に似合った無精髭、エプロンには間違いなく奥さんが付けたイチゴのワッペン、黒い長くつを履き、身長は180cm以上、恐怖すら感じた
その後も無口で枯れた葉を掃除したりしながらウロウロしていたが、奥さんがイチゴの取り方や、ヘタの部分が細くなっている変わった形のイチゴは甘いと教えてくれたり、ヘタの方から食べてイチゴの先を最後に食べると甘く感じると案内してくれた
・・・・一美はイチゴに夢中になり言われたレアものを探している・・
そこへ
「ねぇねぇ、このヘタが細くなってるの、首なしって言うんだって、なんか怖くない?せっかく甘いイチゴなのにネーミングが・・カミちゃん首なし見つけた?私、さっき見つけて食べてみたけど、ほんとに甘くて美味しかったよ」
美紀さんが自然にカミちゃんと呼んでくれた…
また美紀の香りがイチゴの隙間から流れてきた
蜜の匂いに誘われて、ハウスに入ってきた虫となにも変わらない
「見つからないです、確かに首なしって怖いな・・」
・・・・目が見れなかった・・・・
「次、見つけたら、カミちゃんにあげるね」白のロングスカートに長い髪・・・その長い髪が揺れるたびに香を運んでくる。
美紀が周囲の女性とは違う特別な存在に変わった瞬間だった
―――その後は、美紀の行動を一美は少し離れたところから、何かを探すかのように目で追い続けていた。
必然的に一美は美紀の魅力に取り込まれていく、その反面シングルマザーという未知は、取扱説明書も読まずに精密機械を扱うような気分になった。
湯沢さん夫婦のご主人の声を聞いたのは、あの後、真也君を大きく見下ろして(また来いよ)と帰り際に言ってくれた言葉だけだった、奥さんは最後まで丁寧で優しく、説明からお土産まで気を回してくれる対照的な人に見える
一美は、余計に結婚とはなんなのかわからなくなった…
首なしは美紀さんから2つ貰って食べることができた、甘いかどうかは判断できなかった。好きなだけ食べて良いと言われてもそう食べられるものでもなく、1時間ほどでイチゴ狩りは終わってしまった、そして真也くんと志津江さんが行ったことがあるという、ウサギやヤギなどの小動物とふれあいができる公園に行く事に決まり車が動き始める
――――――――
「カミちゃん・・ダブルデートみたいだね」
足元のウサギに餌を食べさせている美紀を感じながらベンチで気を休めていた一美に志津恵は声をかけた
「え・・いえ・・僕なんか・・そんな!」
明らかに動揺した一美に志津恵の後方から今度は真也が声をかける
「カミちゃん、俺たち向こうの売店行ってるから、この餌あげるよ」
売店に向かって行く姿をしばらく眺めていた、離れたところから志津江さんが僕の視線を感じると真也くんの向こう側から自分に手を振ってくれたが反応できなかった
餌を手にしたウサギのように美紀に近づいた…
数歩先の背後までやっと辿り着いた…その途端に美紀が立ち上がり少しだけ驚いた
「あの2人は何か怪しいね・・」
美紀さんの探偵がまた出てきた、何が怪しいのか・・・
「完全にこのシチュエーション狙ってたよね・・」
「あっ!真也君は志津江さんとまだ付き合ったばかりですからね、なんかいつも俺が邪魔しちゃってるな・・全然気がつきませんでした、申し訳ないな・・」
美紀さんは笑うだけで、探偵もすぐに終了した。
「ちょっとそれ貸してね、良いこと思いついた!」
餌を美紀に手渡すと、カップの中の数種類入っている野菜スティックの人参を1本だけ渡された。
「私が、あの茶色の大きいウサギに餌をあげている間に、その奥にいる、右耳だけ垂れてる白いウサギに、それ食べさせてあげて」
すぐに意味がわかった。
茶色のボスウサギの暴食の網を掻い潜って、美紀さんからの使命を果たせるかどうかの試験のように感じた、こんなくだらない事でも絶対に成功させたいと必死になってしまった。
「あっ!ほら! いまのうちに!」
僕が成功したからなのか、ウサギ相手に必死になっているからなのか、美紀さんはとにかく笑ってくれた。
せっかく貰ったカップの餌は、あっという間になくなってしまい、美紀さんは木の柵を沿って歩き始めた。
僕はまたその後から匂いに誘われた…
急に振り返り髪が風を作った――
「カミちゃんて彼女いるの?」
美紀さんの姿に見惚れたからなのか、質問に困ったからなのか、沈黙を作った直後に慌てて勿論否定した。
照れ隠しだけだった、何も考えず同じ質問を返してしまった。
・・・(僕・・・私なんか・・・)・・・
同じ返答だったが、同じ言葉とは思えない別物に感じた。しかもここで踏み込めるほどの男には成長していなかった・・・
一美は自身が未熟だと自覚すると同時に2人の空気も変化した、初対面の美紀を相手に一美が吸い込むには重すぎる空気だ。
・・・・・・・
真也くんたちが、売店の奥から戻ってきた。
「ジンギスカンやってるよ!カミちゃんお腹すいてない?俺は腹減ったぁ、ジンギスカンてラム?羊?」
「そうそう羊だよね」
2人の会話で重たい空気を吸うのは数秒で済んだ、さっきまで美紀さんと一緒に羊に餌をあげていたことに、一美も美紀も同じところに反応する、一美だけは灰汁が混ざった自分の感情に困惑していた。
・・・・・・・・・・・・・・
「カミちゃん食べれる?」
にやけながら肩が触れ合うほど近づいて美紀さんが挑発してきた。心臓が喉まで上がってきたが、唾を飲み込んで抑えた。
「食べれますよ!・・・でも変な感じですね」
――――――――――――
丸い鉄板を4人が丸く囲み、野菜を乗せると湯気と煙が立ち上がり、その向こうに見える美紀さんが遠く感じた。
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ジンギスカンでだいぶ満たされた頃、志津江が放り込んだ。
「カミちゃん今度は、美紀ちゃんと2人で遊んでもらえば良いのに、さっきちゃんと誘ったの?美紀ちゃん連絡先・・教えてもいいでしょ?」
「私は全然構わないけど、カミちゃんは聞いても困るでしょ?」
当時は、携帯電話などまだ普及していなかった、美紀の自宅の電話番号と、最近、世間に普及し始めたポケットベルの番号を教えてもらう様に自分からお願いした。
自分で聞けたことと、また美紀と会えるチャンスができた喜びで、意識は食欲へと注がれた。
・・・・・・・・・・・・・・・
志津江が一美を視線に入れながら、美紀の肩に手を乗せる、煙で遮りながら
「美紀ちゃん今日は、急にごめんね」
「謝らないでよ、こちらこそありがとう、なんか気を使わせちゃったね、すごく気分転換になったよ、あのままじゃいけないとわかってたんだけど、もう大丈夫」
真也は、旅館の仲居のように、焼けた肉を一美の皿に盛る…
美味しそうに食べる一美で遊んでいた