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カルテの記憶  作者: 子見
20/20

最終章  ーーー再々ーーー

最終章


一美の本当の最期になります


宜しくお願いします



・・・・「そろそろ・・・記憶が・・・それぞれの思いが・・届いた頃なんじゃないか?」


―――あれから途切れるがない会話を続けた一美は、駅の老人からそう言われると、取り戻した自分の心を見つめ直し…そして実感していた。


「はい・・・記憶も・・・そして皆の想いも伝わってきました…」


「どうだ?兄ちゃんの人生・・・振り返ってみてよ・・・」


「・・・・・・・・」

言葉にならない…


少し落ち着きかけていた一美は…老人の隣に座ったまま、また溢れ出る底をついたと思っていた涙を再び流し続ける…


――――――――――


――時差のある現世――


時を同じくして施設の中・・・

「美樹ちゃん一美さんの住所見てきた?」


「うん、大丈夫だよ、さっき行き先を登録しておいたから、到着予測時間も大丈夫だったよ」


 葬儀に出席した美樹に(私も御線香だけでもあげたい)と言った麻美は、初七日が過ぎ更に年が明け、1月の第2金曜日に、一美の自宅へ美樹と挨拶に行く事になっていた。


 佐野介護長にも勿論事前に許可を得て、美樹から由香里に事前に電話を入れてもらい、業務が終わってから18時に自宅へ行く約束をこぎつけた。


――――「ごめん下さい」

 インターフォン越しに挨拶を交わしてから二人を出迎える玄関が開く、由香里は満面の笑顔で出迎えた


「こんばんは、麻美ちゃん会いたかった!美樹ちゃんこの前はありがとう。・・・散らかってるけど・・さ、入って寒いから」


 玄関を上がった先の右側に居間があり、居間に入ると普段は襖で遮られた奥の部屋に、仏壇と一美の遺影が飾られている、居間のテーブルの椅子に座っていた和也が立ちあがり、出迎えてくれた。


「こんばんは、通夜まできてくれて申し訳なかったね、やっと落ち着きましたよ」


「こんばんは、すみません、私はお通夜行けなかったので、どうしても御線香だけでもと思って来てしまいました」

 麻美が丁寧に挨拶をする。


「やっぱり麻美ちゃんと美樹ちゃんは良いコンビだよね」

由香里は二人と再会できて本当に嬉しそうだった。


「性格は全然違いますよ!」

美樹が含みある補足をした


「え!・・なにそれ?」

麻美もそれに素早く反応する


「ほらね」

由香里は再認識したことを笑いで伝えた


 麻美の笑顔ある納得のいかない顔を残したまま美樹が手の平で遺影に目線を促す。


「あの写真・・介護長から聞きましたけど・・・」

「そうそう、美樹ちゃんに見せて貰った、施設で撮った父の日の時の写真ね」


「このネクタイは私が結んだんですよ」

 麻美が得意気に、話に割って入る。


「合成して服も変えられるって言われたけど、そのまま使ったんだよ」


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

ハモるような御礼


「とんでもない、私達こそ感謝だよ、良い写真をありがとう」


―――美樹と麻美は会話をしながら自然と遺影に近づき、一美の正面に正座した。


 和也は女同士の御礼合戦を和やかに感じながら、そのまま座っていた椅子に座り直し、口を付けたばかりだった由香里が入れたコーヒーを飲みながら由香里が見守る二人を眺める事にした。


「これ施設からです。」

 挨拶代わりの菓子折りを美樹は遺影が置かれている台の下に置いた。


「なんにもいらないって言ったのに・・・ありがとう」

 由香里に麻美も頭を下げた。



「お線香あげさせてもらいますね」


 香炉に近かった麻美が先に火をつけて合掌した。美樹も後に続いて合掌する。


 二人の手が重なったところで、由香里が待ってましたと言わぬばかりに

「二人ともご飯食べてないでしょ?お義父さんの好物だったお寿司とってあるんだ、食べてって!」


「いえ、そんな・・いただけません!」

隣で麻美も大きく頷き美樹が答えた。



「大丈夫、佐野介護長に電話入れといたんだ!二人がそう言うと思って・・・だから安心して・・・いいじゃない、施設の中だとゆっくり話ができなかったから、お義父さんも二人には何かしてあげたいと思っていると思うんだよね、お義父さんの為だと思って・・お願い」


「そういうことだから、遠慮しないで、ね・・さぁ」

 和也も自分が座っているテーブルへ招いた。

 

 美樹と麻美が目を合わせて断る理由がもう見つからない事と介護長の名前が出たことで2人は安心して並んだ椅子に座ることにした。



―――寿司桶が四つ並び、漬物やお浸し等の由香里の手料理も並んだ、話題の内容は一美の事だけに留まらず、美樹と麻美の彼氏の話にまで膨らんだが、美樹は由香里から恋愛と結婚の違いまでの話に及んだが、麻美は照れくさそうに天井と床を行ったり来たりしていた。

 

 結局麻美は、彼氏がいることだけを3人からの執拗な追及の末認め、会話は弾み続けた。


「一美さんって釣りが趣味でしたっけ?」

 麻美が話題を変えたい理由も混ぜながら言った。


「あぁ・・・あれね」

和也が遺影の奥の壁にかかっている魚拓を見て言った。


「ぎょたく・・・?・・・なんて魚なんですか?」

美樹が不思議そうに聞いた。


「魚に墨を塗ってから、布に押し付けて記録として残したものですよ、あれは石鯛という魚で・・・私の祖父と父が釣ったらしいですよ、私が生まれる前のことなので詳しくはわかりませんけど・・・祖父がずっと飾っていたもので、今回、部屋を整理していたら父の部屋から出てきたので飾ってみたんですよ。」


「なんか・・・よくわからないですけど・・すごいですね」 

 麻美は化け物を見るかのように魚拓と目を合わせた。


―――そして美樹は、今日の第一の目的ともいえる質問を切り出す!


「由香里さん・・あの指輪は・・・どうなりました?」


「あっ・・あれね、お義父さんが使ってた眼鏡と時計なんかと一緒に、骨壺に入れて納骨したんだよ」


「じゃ・・見つかったってことなんですね?」


「そう、私が時計と一緒にしておいたんだけどね・・・あって良かった。」

 疑問が多く残ったまま由香里は和也に視線を送った。


「確かに見つかったんですけど・・・結局、あの指輪も・・・あの女性の正体も・・・いったい何だったのか・・全くわからないままなんですよ…」


「やっぱり・・・なんとなくそんな気がしていましたけど…気になるなぁ…」


 美樹は予想をしていたが、出所もわからない不思議な期待感も行方を失った。3人が同じような表情をしている状況が掴めない麻美も不思議な感覚になり、4人が同じような表情になった。


――小さな沈黙の間を和也が消す

 「まっ!!・・・・小林さんからは心配する事なんてなにもないって言われたし・・・正直・・・父だって一人の男で・・・人間だしね・・あまり追及するのは野暮かなと思って・・由香里と相談した結果、骨壺に遺品を入れる習慣があるって聞いたことがあったので、由香里と相談して一緒に納めることにしたんですよ。」


――――「なんか・・・よくわからないですけど・・・素敵ですね・・」

経緯を知らない麻美は、只その行為に対して純粋に口に出した。


「・・私はやっぱり・・なにか・・気になっちゃうな」

 含みのある感想を美樹が言う。この時に使ったナニカは、美樹にはどうしても引っ掛かるものだった。


――「和也さんに怒られるかもしれないけど、私は麻美ちゃんと一緒で、なんか素敵だなって感じたんだよね・・・謎めいてるし・・・そこがまた魅力を感じるし・・お義父さんは良い人だったことに変わりはないからね」

 由香里は少し無邪気な乙女のように語った。



 和也の個人的な感情は、由香里の表情で洗われた

「まっ・・・由香里がそう言ってくれるなら俺ももうなんでもいいや、最初は気になったけどね・・・まぁなんかあったとしても・・それはそれで・・・父さんの人生だからな・・・思い出はそっとしておくことにするかな!」



――あの便せんは、和也から由香里にだけ見せた、兄には無論、姉にも見せなかった。後に改めて姉から通夜の時の事を(あの時、何かあったの?)と問われたことがあったが、(別に・・特に何も)と答えた後、その話題が親族間で出る事はなかった。



 和也は改めて魚拓を見ながら、一美と釣りに行った時の事を思い出していた。


――――「俺も久しぶりに・・・千尋を釣りに誘ってみようかな・・・」


「あら珍しい・・千尋も喜ぶと思うよ!」先に由香里が喜んでいた。

 夫婦の他愛もない会話を、美樹と麻美はヒーリングのように聞いていた。


「千尋さんって、娘さんですか?」

麻美が気になった。


「いえ、息子なんですよ」

和也は、笑みを浮かべながら、この手の流れに慣れている様子だ。


「あ・・すみません」

麻美が顔を赤くする


「いやいや、良く言われます、千尋本人は気に入っているようなので大丈夫ですよ」


和也は続けるーーー

「実は、母から聞いた話なんですが、父は昔、(一美)という名が、女みたいで嫌だったと聞きました。でも俺は好きだったんですよ。・・周囲の方から、カミちゃんとかカミ君とか、カミって呼び捨てしている雅之おじちゃんと岩田のおじさんの、あの関係に憧れていて、父の想いを繋いでほしくて(千尋)と名付けました。」

由香里も続いたーーー

「友達から、チー! チー!って呼ばれてるの、(千尋)って、(深い思いと無限の広がり)って意味があるみたいで、それで二人で相談して決めたんだよね」

由香里は和也に視線を送っていた ーーー



――――現世の他愛もない穏やかな会話は続き、一美の目も乾いた頃・・・


「そろそろ・・・落ち着いてきた頃だろう?」


 ずっと傍らで見守っていた駅のおじいさんは一美に声をかけた。


「はい・・・もう大丈夫です!良い人にたくさん出会えました・・感謝しかありません・・そしておじいさんにも感謝しています。ありがとうございました!」


―――袖で残りの涙を拭った


「ところでここから僕はどうしたら良いんですか?」


「そんなもん兄ちゃんの勝手だ!この先の事も兄ちゃんの自由だぞ!」


 ベンチが置かれている目の前には、弓が引かれたような砂浜が広がっていた。

 波の先には変わらずオーロラと虹が混ざったような水平線が揺らめいている。


 ベンチから左側は、永遠のように砂浜が広がっていたが、右側には遠くに岩場が見えた。


「とりあえず・・・死ぬことはなさそうだし・・・歩き始めてみます!」

 やっと冗談が言えるまで一美の気持ちは落ち着いていた。


「そうか・・もう行くか?」

 駅のおじいさんは笑顔で応えてくれた。


「本当に・・・色々、ありがとうございました。」

一美はベンチから立ち上がり丁寧に頭を下げた。



 ――――時が交差する―――

     

     美樹と麻美も玄関を後にした――


「ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした。」


「二人とも、これからも頑張ってね!」


 笑顔で見送る由香里に手を振りながら二人は車に乗り込む、美樹は手を振りながらその後ろに立っていた和也の表情が今でも忘れられない。麻美と一度、施設に戻ることにした。


・・・車内が落ち着くと麻美が口を開く

「美樹ちゃん・・・美樹ちゃんはスッキリした?」


「うん!由香里さん・・・次男さん夫婦がスッキリしてたから、その顔見たら私もなんかスッキリしちゃった!」


「ほんといつも単純だよね・・・」


いつも通り繰り返してきたやり取りで麻美も安心した――


 ――  一美が立ち上がる  ――


「おい!兄ちゃん、そっちは岩場だぞ!いいのか?」


「はい、僕・・・岩場を歩くのが得意なんですよ・・・それに・・・こっちに行けば会いたい人に会えるような気がして・・・」


「ほう・・・そんな気がするのか・・」

     この笑顔も懐かしい。



「会えますかね?」

「そりゃ行けばわかるさ」


当然のように老人は答えた、このやりとりも懐かしい…質問が野暮だった。


―――  施設に到着した二人  ―――


「お寿司まで貰っちゃって・・いっぱい感謝してくれたけど・・・私たち・・私は一美さんに何かできたのかな?・・・一美さん・・・満足してくれたのかな?」


美樹の心を大きく占めていた指輪の疑問を閉まったことで、疑問が自分自身に向けられた。


「・・・・ん・・ん―――――っ わかんない!でも聞けたらいいのにね!」


「え?誰に聞くの?」


「それはもちろん、一美さん!」



「・・・・・・・」

一瞬、冗談半分に言った麻美の発言に苛立ちも生まれたが、美樹は納得した。


「確かに・・・麻美ちゃんが言う様に・・・できるわけないけど・・・やっぱり一美さんに・・・利用者さん本人に認めてもらわなきゃ・・・この仕事は意味がないんだよね・・」


「認めてくれてたのかはわからないけど・・・やっぱり一美さんは美樹ちゃんのこと好きだったと思うな!いつも美樹ちゃんが声かける時ばっかり目を開けてたし!なんか少しだけ・・悔しいって思った時あったよ」


「それ前にも言われたけど、私の時も全然反応悪かったし、どうしていいかわからなかったんだからね!」


「結局、答えはわからないけどさ、わからなくて良いのかもしれないな」


・・・・美樹は電灯に照らされた施設の看板を見ながら、この仕事を選んだ動機を思い出していた。


―――「そうだ!明日! 私、早番だ・・もう帰るね」

美樹は急に慌てた様子になった。


「明日は新規入所あるから、美樹ちゃん担当だね」

美樹が働く施設は、早番が入所担当を行うルールだった。


「うん、また新しい方が来るんだね・・・明日も頑張るか!」

 空を見上げた美樹は、月の近くに輝く星が気になって少しだけ眺めてから歩き始めた、麻美もそれに着いていく。


「私は夜勤だからすれ違いだね。・・・・星も綺麗だけど、夜景も綺麗な季節だよね!今度一緒に夜景見に行かない?私良いところ知ってるんだ!」


「いくいく!じゃ今度行こうね!」

・・・・・・・・・・・・・二人は明日に歩き始めた。



―――― 歩き始める一美  ―――


 一美の背中に

「兄ちゃんならそっちの道を選ぶと思っていたよ!・・・なんてな・・・」


振り返り姿勢を正す。

「はい!いってきます!」


 大きな声で応えて、また振り返り、目指す岩場をもう一度確認する。

 そして大きく背伸びをしながら揺らめく水平線をもう一度見渡した。



一歩ずつ踏みしめながら足を前に出す・・


・・・一歩・・・一歩・・・





・・・・・そして感情に押し出されるように、一美は走り出した。




―――あなたにもその時・・・・・・

            


        

   会いたい人はいますか?

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


主人公の一美には

長く辛い時間を過ごす事に、私自身辛く感じながら書き上げました。



それでも現実に、このような事がおきているのも事実


色々な物を私なりに感じ書いた次第です。


死後の世界を書きましたが、私には強い信仰心はありません

お参りや参拝を人並みに行う程度の人間です


しかし

どの宗教でも、(天寿を全うする)(天命を果たす)ことで天に受け入れらる

このような考えが多い事くらいは知っています


だからこそ一美には、この様な世界が待っていた…

この様な世界に逝って欲しい

私の願いも込めて書いた次第です


人生は辛くとも生きて逝くまで!!

私は綺麗事は嫌いですが!!それでも書きました



改めまして、この作品に関わって頂いた全ての方に、感謝申し上げます。


この作品は私なりに心の中に残しておきたい作品になりました

少しでも心を揺さぶる何かがあったとしたならば


この下↓にある

評価⭐︎お願いします。また書きづらいかと思いますが感想頂けたら嬉しいです。

誠にありがとうございました

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[一言] 素晴らしい作品を拝読できて光栄です。 あと、何と言いますか“分かり合える作品”と言うのでしょうか…… とても不遜で申し訳ないのですが、私が大真面目に打ち込んで作品を書くと、こんな雰囲気の…
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