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カルテの記憶  作者: 子見
19/20

第十九章 ーーー明日からの便箋ーーー

   ―――通夜を終えた夜―――


 由香里は掃除以外では入らない一美の寝室だった部屋の棚に脚立を使ってかき回している、その後ろで和也が見守っていた…



「ほら! やっぱりあったよ・・・これ」

奥から引き出された、緑色の箱は一美が部長に昇進した時に買った、高級腕時計のケースだった


 由香里は過去の自分の記憶を早く確認したかった事もあり、その場で大きな二枚貝を開くように箱の中を確認する…中には当時の時間のまま止まった時計と、その時計に寄り添うように密閉ができるビニールの袋が入っていた


「ほら!これこれ!良かった・・・」


 そう言いながら和也に渡そうと差し出した時、箱が長年の埃で滑り、床に落としてしまった!


 開いたままの箱は、時計とビニール袋、そして箱の内側の時計を模った内側のケースさえもバラバラにした…

「ごめんなさい!和也さん!大事な物なのに・・・」


 先ず時計を手に取った和也は

「大丈夫でしょ・・ん? これは?」


 内側のケースが外れたことで、時計の心配よりも箱の底に張り付いている、四つ折りにされた紙が目に入ってきた。


「これ・・旧札の…古い一万円札じゃない?」

そう言いながら四つ折りを丁寧に開いた。


「一万円札?お義父さんのヘソクリ?」


「ヘソクリにしては1万円だけって・・・何かの拍子に入ったのかな?」


「それよりそのビニール袋!」

由香里は確信を急ぎ1万円札はなにもなかったように、和也の手で、また四つ折りに戻った。


 ビニール袋を開ける由香里は、記憶通りに目的が入っている事を安心しながら和也に伝えた。


「それ!・・・その指輪じゃない?」


「・・・・・・・・・」

和也は無言のままビニールから取り出す。


――ネックレスに通されたままの指輪と受け取った指輪を手の平に乗せて見比べる。


「サイズは違うけど・・・一緒?」

由香里は和也に問いかける。


「うん・・一緒だけど・・高価なものじゃないよね・・」


「石が付いている訳じゃないし・・・普通の・・シルバー?のリング?・・・」


「なんでまた・・・こんなものをわざわざ・・・でも父さんに何か関係するんだろうけど・・・」


「母が世話になった・・・って言ってたよね・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」

和也はまた無言のまま頭を巡らせる。


「お義父さんとあの女性の母親・・・・指輪ってなると・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」

和也はまだ無言のままだ…


・・・「ごめん・・・・私が変な事を想像させちゃったよね・・・」


「いや・・・俺もそれは頭を過ったよ・・・・だけど・・・父さんとそういう事が・・・結びつかなくて・・・他の理由を考えてるけど・・・」


「・・・・・・」

今度は由香里が無言になった。


「小林さんに・・・岩田のおじちゃんにも・・聞いてみようかな・・・・」


―――――――――

 翌日、和也と由香里をはじめ親族だけが葬儀場に集まった。岩田のおじさんと小林さんは納骨まで付き合いたいと聞いていたので、昨日の女性が来ることも期待したが、今日は小林さんの長女、幼馴染だった5歳年上の未来さんが二人を送迎してきた。


 「和也君久しぶり、お母さんどうしても行くって言うから連れてきたけど・・・迷惑でしょ?ごめんね・・・」


「いやいや・・未来ちゃん久しぶり、おばちゃんにもおじちゃんにも、昨日はゆっくり話ができなかったから迷惑なんかじゃないよ。忙しいのに来てくれて申し訳ない・・・」


―――葬儀場の職員の案内は手馴れて手早かった。

(次はこちらです)と導かれるまま…あっという間に火葬場に移動する車に乗り込むことになり、淡々と葬儀が進んでいく


―――到着してからあっという間に、火葬されるための台に棺桶がのせられた


 棺の蓋は明けられて和也は改めて父の全身を見つめた、父の手に目が留まり刻まれたシワや見慣れた形を見収めた時、初めて父の死を受け入れた瞬間になった


妻を困らせた原因になってしまった父を忘れ、幼いころの父との思い出が蘇る…


 父が死ぬことを望む瞬間さえもあった和也だったが、やはり父の子で良かったと思えていた。


―――母・良子の時は3人兄弟全員が泣いたが、今日は違った。


・・・一美が入った棺が火葬炉へ入っていく、火が入ってしばらくすると人は散っていった、伯母の衣里奈が小さな数珠を手に、まるでその一粒の数珠になったかのように小さく丸く…火の届く場所で座っていたことが和也には目に留まった。


 小さな窓から炎の揺らめきに和也も照らされ乾いた頃、


兄の洋平が、乾いたところに水を差すかの如く…葬儀の打ち合わせ等の業務連絡以外の小声をかけてきた。


・・・「和也もこれで楽になったんじゃないか?」


・・・すぐに兄の意図を察したが、わからない振りをすることにした・・・

        

    「なにが?」


「いや・・・親父もさ・・認知症で・・由香里ちゃんもだいぶ困ってたみたいだからさ・・・80過ぎてれば大往生だろ!」


数歩離れたところで耳を澄ました由香里が代わりに割って答えた。


「私は何も困りませんでしたよ、逆にお義父さんには感謝しているくらいなので、色々、勉強にもなったし良い経験させてもらいました。」


・・・「由香里ちゃん…そんな綺麗ごとじゃなかっただろ・・・親父の小便が付いたズボンを洗濯するなんて何も勉強にならないし、自分の親だって嫌だな・・俺は・・」


今度は和也が口を開いた

「親父は兄さんの事・・・心配してたよ・・・」


「は?何を心配するようなことがあるんだよ!」

こういう時ばかり兄の顔に変わるのも慣れていた


「結婚もしないで、転勤を理由にフラフラしているように見えるってさ」

父の口を借りた。


「そんなの俺の勝手だろ!なんなんだよお前!」


「親父が言ってたことを、そのまま伝えただけだよ。」

和也は冷静だった。


「葬式で兄弟喧嘩なんてやめてくれる?」

流石に姉の裕美が感づいた


「こいつが関係のない結婚の話なんか出すからだよ!!」

 

裕美が和也の前に立ち遮った。


「そんなんだから結婚できないんだよ! もういいって・・・家族葬で来てくれている人は少ないから、精進落としのような大袈裟な物は用意してないけど、お寿司だけ頼んでおいたから、控室に兄さんは行ってて!」

妹でもあるが姉としての方が強かった。


「ちっ…わかったよ!」

不満な態度だけを残し洋平は控えの間に去って行った。


「・・・はぁっ!」

わざとらしい溜息で兄を追い払ってくれた。


・・・「義姉さん気を使わせちゃってすみません。」

「いいのいいの、由香里ちゃんは休んでて」

普段連絡を取り合うことはないが、姉はいつも兄から守ってくれた。


「ところで姉ちゃん、岩田のおじちゃんと小林さん見なかった?」

「さっき入り口の所のソファに未来ちゃんと一緒にいたけど・・・」


―――――――――――――


―――和也は由香里も一緒にと頭を過ったが、姉に言われた通り、ここにきて初めて椅子に座った所だったので声をかけることをやめた。

 

入り口のエントランスに向かってみたがそこにあるソファには姿がなかった、入り口から外を見渡すと、赤茶のレンガのような生垣の前にベンチが置かれ、老体二人はそのベンチに座り、それを未来ちゃんが見守っていた。


 世間はクリスマスだったがホワイトクリスマスとは程遠く、天気は快晴で日差しが温かくも感じて気持ちが良いくらいだった。


―――「未来ちゃん・・・おじちゃんたちもここにいたんですね・・・」

「和也君お疲れ様、お葬式は大変でしょ?」

未来ちゃんが声をかけてくれたが、疲れよりも昨夜からの疑問が頭から離れない。


「多少ね・・岩田のおじちゃんこそ、腰は大丈夫ですか?」


「カミの葬式じゃ・・・這ってでも来るさ・・・」

膝を摩りながら下を向いて杖を握り返していた。


「小林さん・・・昨夜の女性は・・今日は来ていないですよね?」


「あぁ・・・あの子は、今日は来てないよ・・・あっ・・未来・・・あんたはお寿司もらってきたら?食べ終わったらお茶買って来てくれないかな?今すぐ飲みたい訳じゃないから食べ終わってからで良いからね。」


―――未来は言われた意味を察して火葬場のエントランスの先に向かって行った。


 

 そしてあの女性の名前を言ってくれる期待は断たれた…


 素直に聞きたい気持ちは勿論あったが、触れてはいけないような…なにかを感じて、どうしても遠回りの質問しか頭に浮かばない――――――


・・・「おばちゃん・・昨日の女性から・・・指輪を受け取ったんですけど見てましたよね?」


「いや・・・あの子が渡したいものがあると聞いて、昨日は一緒に行く事になったんだけど・・私は知らないね」

 

和也にはあの時見られていた感覚が確かにあったが、しかし嘘を言っているようには見えない。

 

・・・というよりも表情に変化がない・・・


「そもそも・・・あの女性は誰なんですか?」


「和ちゃん・・・なにを心配してるの?」

   90近い筈の小林さんだが観察力は鋭かった。


「え・あっ・・・・・あ・・いえ・・」


「これ・・・あの子から・・・」

そう言うと、手提げのバッグから封筒を取り出した


「あの子から・・・・もし和ちゃんが私の所に、通夜の時の事を聞きに来たら渡してほしいと言われて預かってきたんだよ…

 和ちゃんが聞きに来なければ捨ててくれとも良いと言っていたけどね」


・・・岩田のおじちゃんは空を流れる雲を見ていた。


 封筒を受け取り、その場で封を開けると中には一枚の便せんが入っていた。


ーーーーーーーーーーーーー


黒川様へ


 昨日は通夜の場であるにも関わらず、突然不躾なお願い事をしてしまい深くお詫び申し上げます。

この手紙を読んでいるということは、昨日の事が原因で不安や疑問を感じたからだと思いますが、あの指輪は亡くなった私の母から預かっていた物です。私にも指輪の経緯は知らされていませんが、元々、黒川さんの物だったという事だけを聞いておりました。私が預かったままというのも心残りになると考え、そしてあるべき処へと想い渡した次第です。しかしながらこの度の事は私個人の判断ですので、あまり深く考えないでいただければ幸いです。

 改めまして、謹んでお悔やみを申し上げるとともに、御家族の皆様、ご自愛のほどお祈り致します。

                                  

                                  渡邉


ーーーーーーーーーーーーーー


 またしても先手を打たれた事に半分納得してしまった…しかし残り半分は元ある疑惑を余計に深くさせた気分だった


「小林さん・・この方・・渡邉さん?・・とはどういう関係なんですか?」


「あの子の母親と私とは、古い付き合いがあった・・・それだけだよ」


「指輪を渡された事について・・指輪の意味と言うか・・何か知りませんか?」


「指輪?・・・さぁねぇ・・・わからないね・・・・」


「岩田のおじさんも知らないですか?」

期待はできなかったが藁をも掴む気持ちだった。


「俺はあの子とは昨日初めて会ったからな・・知らないぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・


聞くべきか悩んだ末、真髄をぶつける覚悟を決めた・・・


「あの方の母親と・・・父とはどういう関係だったんですか?」


洋助は志津恵に視線を送った・・志津恵もそれに気付いている・・・

  そして和也の目を見て志津恵は笑った!


「私を介した友人だったことは確かだけど・・指輪の事は私にだってわからないし・・・もう何十年も前に亡くなってるしね・・・」


「・・・・・・」

和也は手紙をもう一度見直す


「良子ちゃんより、かなり昔の事だからね・・・」

無言の和也の目を見て志津恵が言った。


「そうですか・・・亡くなった渡邉さんという方は、どんな方だったんですか?」


「私の唯一無二の親友・・・それはとても素敵な人だったよ!」

 さっきまで何も表情を変えずに語っていた志津恵の表情が初めて変わった。


・・・その笑顔を見た和也は、疑問が晴れた訳ではなかったが、(母よりも昔)と言う妙な説得力と共に受け止めざる得ない状況を受け止めて由香里の元へ戻ることにした。


・・和也が去った後―――

二人だけになった洋助と志津恵―――

   

 洋助は流れる雲を見上げていた――


雲を眺めながら洋助は独り言のように呟く…

「雅之がいたらなんて言うかな・・・これで良かったのかな?」


・・・・「良いか悪いか・・・・それは私達にもわからないよ・・・美紀ちゃんをおくる時のカミ君と・・おくった後のカミ君・・・当時、私も美紀ちゃんとは色々と・・いっぱい話をしたからね・・・良子ちゃんとも話をしたけど・・・そして・・あの子が・・・どういう気持ちでこうしておきたいと言ったのかわからないけど・・・でも・・・あの子のこれくらいの想いをくんであげても・・いいじゃないのかな・・・」


・・・「もう・・・僕と志津恵さんだけになってしまいましたね…恵美はまだ生きてはいるけど、ついに施設に入ったしな・・・」


「カミ君が逝って・・・真也さん・・・雅之君と明日美ちゃん・・・良子ちゃん・・そして美紀ちゃん・・・・あっちの方が賑やかになってきちゃったね・・私達もそろそろだとおもうけどね・・」


――――火葬場の煙突から煙が上がっている・・・


そのまま天に向かって真っすぐに上がっている



 洋助と志津恵は雲と煙を眺めながら、ベンチに座ったまま誰かと会話でもしているかのように、その場に座り続けていた…

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