第十八章 ーーー母の歳越しーーー
美樹と麻美は、あれから変わらない日々を過ごし、楽しみとは言えないが、なんとも言えない感覚…ついに一美の通夜当日を迎えた。
そして夕方―――
「介護長、今日は何時に出発になりますか?」
鈴木は再確認する
「19時から通夜だったよね・・・踏切渡った先で・・・到着予定時刻入力・・・・18時には出るようにしようか。」
タブレットを操作しながら介護長が答えた。
――施設から参列する場合のほとんどが、喪服には着替えずユニフォームに施設が支給している上着を羽織って参列していた。
一美の葬儀も家族葬で行われることもあって、今日もユニフォームのまま行く事になった。
―――予定通り、介護長と鈴木は出発する
到着したのは18:50頃だった。
少し早めだったが、建物の中に数名の喪服が見える、車から外に出ると、支給されている上着は、空調管理がされている施設の中では丁度良いが、外では寒すぎた。
数名の喪服の中から和也の存在を確認すると、寒さから逃げるように二人は葬儀場の中へ入って行った。葬儀場の中は家族葬専用で椅子が15個並べられる程のスペースで、ここにはどうやら一美の関係者しか居ないらしい。
椅子に座っているのは半数くらいで、椅子には座らず、立って2・3人で話をしているのが3組程いる状況だった。
―――
「来てくれたんですね、ありがとうございます。」
由香里が出迎えてくれた。
その後ろに和也も立っていて頭を下げられた。鈴木も一礼したが、更に後ろに立つ、長身の杖をついた老人が、麻美が言っていた一美の同級生かもしれないという興味で目線がズレた。
その目を感じてからなのか和也が葬儀の紹介のように話し出す
「家族葬と言っても、父の古い友人や仕事の関係者・・・どうしても来たいと言ってくれた人たちが来てくれて、あの時に見た写真の方も何人か来てくれていますよ。もちろん兄も姉も来てくれていますが、ここだけの話・・・あの二人は仲が悪くて・・面倒臭くてね」
最後だけ少しお道化ながら小声で話をしてくれた。
「あのおじいさん・・・」鈴木の興味が抑えられなかった。
「そう!岩田のおじさん、膝と腰が悪くて杖がないと立っていられないけど・・・その隣にいるのが小林さんの奥さんで、写真にも写っていた人ですよ。雅之おじさんは・・・もう何年になるかな・・・父が葬儀に出たくらいだから・・・もうだいぶ前になるな・・・これで、向こうで雅之おじちゃんと再会できればなんて思っていてね。」
「なんか施設職員がずけずけと聞いてしまって申し訳ありません。」
介護長のフォローが入った。
「すみません!」
鈴木も後に続いた。
「いやいや、前にも言いましたけど、鈴木さんは入所した時から、ずっと父の事を気にかけてくれていましたし、妻の由香里から家でも(美樹ちゃんが・・・)って良く話を聞いていましたから・・・むしろ、父が亡くなって皆さんに会えなくなるのが寂しいですよ・・・なぁ?」
由香里が言うべきセリフを代弁してしまった事で、由香里にバトンを渡した
「ほんと・・・なにかわからないことがあると、なんでも美樹ちゃんに聞いて助けてもらってばっかりだったから・・・感謝しかないよ!しかもこうやってお義父さんの話をするのも供養だと思ってるから気にしないでね!」
「ありがとうございます!でも、振り返りと・・私・・一美さんが入所された時は、新人だったので、今でもまだまだですけど…私こそわからない事ばかりで・・逆に全然ちゃんとしてなくてすみませんでした。」
「そんなことないよ!美樹ちゃんの天職だと思うな!」
・・・介護長はフォローした後は一歩だけ下がって鈴木を見守り、同じ距離間で和也も由香里を見守っていた。
「由香里さん来て早々にすみません、お手洗い寄ってから、御焼香させてもらいたいんですけど・・・外が寒くて冷えちゃって・・・」
「やだ・・・美樹ちゃん風邪ひかないでよ・・お手洗いなら、そこ右に入って行けばわかると思うよ。」
「ありがとうございます、介護長すみません。」
―――言われた通りトイレの場所はわかりやすく、直ぐにマークが目についた。アミダくじのように入口から中が見えないような典型的な作りに沿って、要を済ませてから待たせている介護長の元へ少し急ぎ足になった。
―――これは時の悪戯か・・・
急ぎ足の鈴木と入ってきた喪服の女性がぶつかり、女性が持っていたバッグが床に落ちた。
「あっ!すみません!」
「ううん・・・大丈夫よ、私よりもあなたは大丈夫?」
何も慌てる事もなく発せられたその言葉とその女性に、不謹慎だと頭を微かに過ったが、鈴木にはその女性の見た目は、自分より年上なのは間違いないが、推定年齢の算出は鈴木には難しく、一美の葬儀は近親者ということもあり、高齢者が多い葬儀場に違和感を感じたくらい若く見えた。
そしてそれ以上に、同じ女性として、憧れるような美しさに見惚れて無言になってしまった。
「大丈夫?」喪服の女性が無言になってしまった鈴木に声をかけ直した。
「あっ・・・大丈夫です・・・すみませんでした。」
「黒川さんが利用していた施設の方ですか?」
「はい、私はすず・・」「鈴木さんね。」
喪服の女性は先に被せてきた。
・・・・重ねて呆気にとられた鈴木はまた単純な事にも気づかず無言になる。
喪服の女性は、鈴木の左胸に指をさしながら
「鈴木・・・美樹さん」
「あっ・・・名札か・・・」
ユニフォームには刺繍で名前が縫い付けられていた。
美しいままにその女性は微笑んだ
「美樹さんか・・・」
「はい、施設で担当させてもらっていました。」
鈴木はこの女性との会話に異様な緊張を感じた。
その美しい女性は…
さっきとは違う笑みを浮かべながら
「私の母も・・ミキ・・・って言うの・・・・もう母の歳を越えてしまったけどね。」
呆気にとられ緊張も感じていた鈴木には(母の歳を越える)という意味を直ぐに理解できないでいた、重なる混乱に整理ができないまま、その女性の言葉だけが刻まれていた。
「黒川さんがお世話になりました。ありがとうございました。」
それだけ言って、立ち去ってしまった。
鈴木も一礼だけして介護長の元へ急いだ。
「遅かったね・・大丈夫?体調悪い?」
「いえ、大丈夫です。」
「遺影・・・気付いた?」
「え?・・・あっ・・父の日の写真ですか?あれ?」
「うん、さっき和也さんが教えてくれた、なんか嬉しいね。」
・・・和也の話では、お経は既に唱えられていて、弔問者は焼香だけするようになっていた。
鈴木は、さっきの女性が気になり見渡すと、和也から教えてもらった岩田のおじさんと、その隣に小林さんの奥さん、そしてその後ろに立っている姿を見つけた。鈴木はあの女性が気になり遠目から隠れるように追い凝視した。
鈴木の観察が始まる。
―――その女性は、小林さんの腕に手を添えて焼香に向かっている。
その後ろから長身の杖が追っていく。
――焼香を済ませると小林さんと和也夫妻の会話が始まる。
(内容は聞き取れない・・)
――長身の杖が和也と由香里それぞれに声をかけた・・・
和也の肩を軽く2回叩く。
――あの女性が小林さんを椅子に座らせた。
――バッグを開けている・・・
――――――――和也に話しかけている・・
(知り合い?)・・
―――バッグから出したものを見せている。
(とても小さくて見えない)・・・
――和也が受け取り・・・眺めている・・・
和也は不思議そうな顔をしている・・
―――受け取った物を、隣の由香里に見せた。
その後、長男・長女にも声をかけて見せている・・
少しだけ兄弟で会話が交わされた後・・・あの女性が和也に何か話しかけている・・
和也は小さな何かを受け取ると、あの女性は小林さんに寄り添い、長身の杖と3人のまま葬儀場から出ていった。
・・・・(美樹さん・・・美樹さん・・・)
介護長の声が鈴木に届かない。
―――「美樹さん」・・「あっ!すみません・・」
我に返って返事をするほど、凝視していた。
「どうしたの? さっきからなにか変だよ?」
「いえ・・すみません・・なんでもないです。」
鈴木はトイレからの体験を介護長に話そうとも思ったが、言葉では表現できない感情が多すぎて、更に変だと思われそうで話すことをやめた。
「私達も御焼香させてもらって、失礼させてもらおうか。」
椅子に座って動かない人達が数名残り、今は3人組が次の焼香を待っている。その後ろに二人は並んだ。前の3人組は和也との会話は簡単な挨拶で終わり、焼香を済ませた二人は、改めて和也夫妻、長男の洋平と長女の裕美の前に立った。
――末っ子次男であったが喪主として先頭に立つ和也が介護長に挨拶をして、同時に由香里が鈴木に挨拶をした。介護長がそのまま長男に挨拶をするため2歩進んだ時、鈴木は我慢ができなかった。
・・・「和也さん・・・さっきの・・岩田のおじさんと一緒にいた女性・・・」
介護長は振り返ったが、由香里に改めて一礼して黙ったまま止まっている。
「あぁ・・小林さんの古い知り合いみたいで、なんでも、あの方のお母さんが父に世話になったと言っていたんだけどね・・・これに見覚えがあるなら何も言わずに受け取ってほしいと言われて・・・・・・この指輪を見せられたんですよ。」
ポケットから取り出して見せてくれた。
・・・「指輪?・・ですか?」
「そうなんですよ・・・父は昔からネックレスをしていたんですけど、それは兄が生まれる前からみたいで、そのネックレスに・・サイズは違うんですけど・・これと同じような指輪が付いていたはずなんですよね・・・兄も姉も見覚えがあるみたいで・・」
その先は由香里が続けた。
「お義父さんが2回目に入院した時だったかな・・認知症が進んできた時に、時計と一緒にできれば危ないから外した方が良いかもって看護師さんから言われて、私が預かった覚えがあるから、家にあると思うんだけど・・・」
・・・我慢できずに勇気を出して聞いた鈴木であったが、聞いたところでどうにもならない内容だった。しかし、あの女性の美しくもどこか妖艶で不思議な存在感は、不思議な話の説得力となって納得してしまった。
―――和也もあの女性の印象に謎を感じた口ぶりで「俺達も見覚えがあるような反応したから、(何も言わずに受け取る)って約束でもしたかのようになって返せなくなっちゃってね・・・小林さんも見てたけど何も言わなかったし・・おじちゃんも・・・だから受け取ったんだけど・・・ところで・・・鈴木さんはあの方を、御存じなんですか?」
「いえいえいえ!・・・さっきトイレで少しだけ話して・・・凄く綺麗な人だったから気になっただけです。ほんとすみません!」
・・・・「ありがとうございました。」
介護長の言葉で、長男に歩を進める。
―――――長男と長女とは、鈴木の頭に、あの女性と指輪が残されたまま、「ありがとうございました。お世話になりました。」それだけの言葉が交わされただけになり二人は葬儀場の外へ出ることになった。
――――棺桶の窓は開いていたが一美の顔を見ずに出てきたことを出てから気付いた。
今更戻れず辺りを見渡す・・・あの女性も小林さんも、長身の杖も見当たらない、介護長の助手席に乗り込んで車は走り出した。
――――車を走らせてから10分程経った頃―――
「美樹さん・・なにかあったんでしょ?」
・・・「なにかあった訳じゃないんです・・・でも・・あの女性・・ほんとに気になって・・・」
「・・・・・・・・」無言で介護長は応える。
「介護長は・・・(母の歳を越す)って聞いて、なんて思いますか?」
しばらくの間が空いた後…
「・・母が亡くなって・・・その歳を越す?」
突然な不思議な質問にも介護長は応えた。
「やっぱりそうですよね・・・」鈴木は再確認した。
「あの女性がそう言ってたの?」
「はい・・・お母さんもミキだったって・・・」
―――――介護長はそれも無言で聞いていた。
この会話を続けても終着点がないことは鈴木でもわかっていた。
しかし何でもない訳ではない何かを見た感覚は、施設に戻るまでの二人を無言にさせた。
施設に到着して鈴木は介護長に深く頭を下げてから、今日の仕事を終わらせて…
疑問は解決されぬまま家路に向かうしかなかった
後編ラスト、残り二章になります。
全20章の構成です。
ここまで、読んでいただいた方、心より感謝申し上げます。
誰かが読んでいただけているという感覚に投稿するたび感激しています。
小説を書く事、読んでいただく事、こんなにも感動するとは思いませんでした。
ラストまで見届けて頂けたら幸いです。
今後とも、宜しくお願い致します。




