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カルテの記憶  作者: 子見
17/20

第十七章 ーーー聖夜ーーー


 ――「この写真・・すごく良い写真ですね!」


 鈴木は和也が見守る中、この家族とも別れる事を惜しむように、由香里と一美が使っていた部屋の片づけを進めていた


「あぁ・・それは従妹達も含めて海に遊びに行った時の写真なんですよ。」

 和也が反応する


「すごく綺麗な海ですね・・・一美さんからすると、お孫さん達になるですか?」


「えぇ・・兄は独身で、姉は結婚してから子供に恵まれなくて・・・私達の長男と長女・・・伯母の長男夫婦・・その長女と次女で海に出かけた時の写真なんですよ・・・なんでも、伯母と父が小さいころ祖父母に連れて行って貰ったことのある場所らしくて、伯母から場所を教えてもらったんですけど…それが車で4時間もかかる場所で…参りましたよ」


「え〜っ!4時間?…でも私も行ってみたいです!今度教えてください!」

 

「いいですよ!そのかわり覚悟しておいてくださいね!」

和也は笑みを浮かべて答えた。



・・・「この写真は・・・?・・すみません・・・立ち入ることばかり聞いてしまって・・」


「いえいえ・・・鈴木さんならなんでも聞いてください、父も喜びますよ。その写真は、定年退職した時に、同級生で集まった時の写真で、一番右側に写っているのが母ですよ。」


「え!じゃこの方が一美さんの奥さん⁈」


「えぇ・・この翌年に母が亡くなったことになるのかな・・母が生きていれば、父もあんなに気を落とさないで済んだのかもしれないね・・・本当に母を大事にしていましたし・・僕らにとっても凄く優しい父親で、できるだけ自宅で介護したいと思っていたんですけど、認知症になってしまった父を見るのも辛いし、妻にかなりの負担をかけていたので施設にお願いすることにしたんですよ。」


 由香里が誤解を避けるために口を開いた――

「私の事はどうでもいいわよ・・・私も凄く良くしてもらったし・・でも和也さん(施設に預ける時ぐらい長男と長女が行くべきだ!)って言って、あの時だけは凄く頑固だったね。普段はそんな事言わないのに・・・」


「兄さんも仕事でなかなか来れないって言ってもさ・・父親なんだし・・姉さんも・・・正直、認知症になってしまった父の現実を少しでもわかってもらいたくてさ・・」


「一緒に住んでなかったから…でも少しはわかってくれてると思うよ」

由香里は微笑みながら一美の衣類を畳んでいた。


「まぁ…そうだな………おっこれっ!!なぁ・・・この真ん中に座ってるのが、雅之おじちゃんだよな?」


「あぁ!懐かしい写真!!改めて見ると・・そうだね・・」

由香里も昔の思いを回想した。


「それで・・これは間違いなく岩田のおじちゃんだな!」


「うん・・明らかに大きいもんね、元気してるかな?」

由香里は笑って答える


「他にも写ってる人がいるけど・・あっ!これは小林さんと奥さんじゃなかった?」


「その方は話では聞いたことあるけど、私は会った事ないんだよね・・・」


「そうだっけ?・・・この人と・・・この人・・・他にも知らない人が写ってるけど・・・俺にもわからないな・・」


「一美さんって色んな人達に慕われていたんですね。」

 ここでの一美しか知らない鈴木にとって、写真の一美が活き活きとしている当たり前の事が違和感に思えた。一瞬を切り取ったものだが、妻・・良子の表情に目が離せないでいた。



・・・それは写真に写る良子の表情から(幸せ)を強く感じていたからだった。



「俺も今年で五十になったけど、小さいころ特にこの二人のおじちゃんには凄く可愛がってもらったな・・・そうだ!思い出した!雅之おじちゃんなんか、俺たちの結婚式で、酒飲んで倒れちゃって・・・あれは笑ったな・・岩田のおじちゃんは呆れてたもんな!」


「うん!ほんと!良いおじさんだったよね。」


今では笑える思い出から突然に連想された記憶で和也の表情が急に曇った・・・・・


「でも・・俺は・・やっぱり・・・あの一言の・・後悔が消えないな・・・」


「また・・・あれは仕方がないって・・・」

由香里は和也の後悔を共に悩んでいた。


―――勇気を必要としたが、鈴木は問いかけた

「なにがあったんですか?」


・・・和也はまた懺悔のような口ぶりで鈴木に語り始めた。


「恥ずかしい話なんですが・・・あれは、昔、肺炎で入院した後の事なんだけどね・・・自宅に帰って来てから、父の認知症が進んだなって実感したんだよね・・昼も夜もなくなって・・一晩中起きている時もあったんだけど・・徘徊も多くなって・・・トイレの場所もわからなくなって・・そしてずっと母を探し続けていたんですよ・・・名前を大きな声で呼びながら・・・そんな日が続いて、僕も仕事をしながらだったので寝不足でね・・・かなりイライラしてしまって・・・仏壇の写真に向かって泣きながら母の名前を呼んでいる父にむかって・・・怒鳴ってしまった事があってね・・・後にも先にも、父を怒鳴るなんて・・・可哀そうというか・・・情けないというか・・・申し訳ない気持ちも勿論あって、そのことが一番心残りというか、認知症の父に何を言っても伝わらないし、でも・・もしこの気持ちを伝えられるならって凄く思いましたね。」


長く消えてくれない懺悔の言葉…


「伝わってるよ・・・大丈夫だって!」

畳んだ衣類をバッグに入れながら由香里は言った。


・・沈黙してしまった鈴木は、この話を知ってから、ここに来る前の一美をもっと知ってから介護をしたかったと思った。


――「あの・・介護長に話を聞いたら、お葬式に施設職員も参列させて頂いてるみたいで、今回は私も同行させて頂こうと思っているんですけど、大丈夫ですか?」


「もちろん!・・あ・・いや、変に気を使わなくて結構ですが、来ていただけるなら父も喜ぶと思いますから、家族葬で行う予定なので、近親者のみの小さな葬儀になると思いますが、来て頂けるなら大歓迎ですよ、宜しくお願いします。」


 和也からの直接の許しを貰えて鈴木は安堵した。

 部屋の片づけが終わり和也と由香里は診察室に戻り、鈴木は、いつもの決められた業務に戻っていった。

――――――――――


「美樹さんお迎え来たみたい。」

 歯ブラシを消毒していた鈴木に、介護長から終の声がかかった。時計は予定の10時ではなく、11時を回っていた


 診察室はそのまま外の扉が開く構造になっている、鈴木が診察室に着いた時には、葬儀屋の喪服の職員が、その扉から葬式を連想させる白地に白の柄が入ったシーツを載せたストレッチャーを診察室に乗り入れている所だった。

 鈴木が診察室を見渡すが長男は見当たらない、長女の裕美は涙を流して肩を落としていた、それに寄り添うようにいる男性が夫であろうと推測した。


――鈴木は施設で簡易的に処置が施され…


一美を改めて観取したーー


 そこには、生を受けてから満84年・・・長かった療養生活と要介護状態で、筋肉は削げ落ち、皮膚からは潤いどころか干ばつの地割れを連想させている、そこに女性用の化粧水を塗られてはいたが、脳梗塞の再発防止のために飲んでいた血液抗凝固剤は、点滴の度に皮下出血を作り、全身に紫と赤が目立つマダラ模様を所々に作っていた。

 

 完全に使い切られた一美の肉体からは寂しさを感じたが、今まで見てきた表情よりも穏やかに感じた一美の顔つきは、その寂しさよりも少しだけ安心が上回った。


―――その安心が鈴木の関を崩壊させたのかもしれない・・・

意識はなかった・・・腕に落ちた雫の感触で自分が泣いている事に気付いた。(仕事)と頭に浮かんだが、そう考えれば考える程に止める方法が見つからなくなった。

 

 滲んだ景色の向こう側に見えたのは、一美の顔とそこに一番近くにいた和也と由香里だった、その対面に長女の裕美が組まれた手に手を添えながら泣いている歪んだ景色は更に関を崩していった。


――喪服の葬儀屋職員が一礼すると、それが作業開始の合図になった。

事前に一美の下に惹かれていた大きめのタオルを担架の代わりにして、ストレッチャーへ移動する。鈴木は右肩を担当した。


 持参された白地のシーツを広げると、予想よりもかなり大きく広がり一美の全身どころかストレッチャーを丸ごと包み込んだ、そして三か所の紐で結ばれたシーツは、そこに死体が入っている事を隠そうとしていたが、誰もが連想できる白い塊に変わっただけだった。作業の終了を告げるかのように、喪服の職員が口を開く。


「それでは・・・出発いたしますが、同乗される方は?」

「私が乗って行きます。」和也が施設の封筒を持った手を挙げる。

「死亡診断書はそちらですかね?」「はい、持って乗る様に言われています。」


――――「それでは、出発いたします。」の合図に合わせて、和也が深々と頭を下げて車に乗り込む。


・・・車が動き出し、見送る職員と残された親族たち―――


職員だけが頭を深々と下げ車が見えなくなるまで頭を下げ続けた、隣にいる介護長を真似て鈴木も同様の姿勢を取るが、この光景を親族たちはどのような表情で見ているのか鈴木は気になった。


・・・「ありがとうございました。」介護長が顔を上げる合図を出した。


 鈴木が顔を上げると最初に、由香里の表情が飛び込んできた。その表情は鈴木のこれからに力となる表情だった。


目が合うと由香里は鈴木に「何度も言っちゃうけど、本当にありがとね美樹ちゃん・・・お葬式、来てくれるなら声かけてね。」

「はい、必ず行きます。・・・あっそうだ、アルバム整理したんですよ。今持っていきますか?」


その会話に一美の姉が入ってきた「ここで撮った写真かな?」

「あ・・・そうです。見ますか?ちょっとここで待ってて下さい。持ってきますよ。」


―――「これです、さっき荷物を整理している間に、纏めておきました。」鈴木は、施設で管理している専用タブレットを差し出した。


 由香里が受け取ると、椅子に座っている姉が見える位置までしゃがみスライドさせていく。写真は施設で行われた正月や七夕、夏祭りや十五夜など、イベントが行われた時に撮られた写真だった。しかし、そのどの写真も下を向いているものばかりで、それどころか目も開いていない写真まであった。タブレットをスライドしていくと、ある写真に由香里の目が留まった。


「え・・これは・・・」

「これは、父の日に撮った写真ですよ。父の日の時は、男性の利用者の方にはワイシャツにネクタイを付けて貰って写真を撮る様にしてるんですよ。」


「久しぶりにネクタイしてるお義父さん見たな・・目も開いてる・・」

「懐かしいね・・・一美らしいね・・なにか思い出したのかね」姉も共感してくれていた。


――――更にスライドを続ける・・また由香里の目が留まった。

「あ・・クリスマス・・」下を向く一美の頭には赤い帽子が置かれていた。


「一美はクリスマス・・あんまり好きじゃなかったって思い出だな・・」

姉が思い出した。


「お義父さんそんな昔からでした?」

由香里は直ぐに共感した。


「ん?・・小さいころの話だよ・・クリスマスケーキに誕生日おめでとうって書かれたチョコレートの板が気に入らなかったんだろうね・・・(お姉ちゃんは誕生日ケーキとクリスマスケーキ両方楽しめるのに)ってケンカしたことがあったわ・・・そんなことも今じゃ懐かしい・・」


由香里も疑問を感じながら、

「流石に私が感じたお義父さんからの印象は、そんな幼稚なものではなかったんですけど、私は・・・只々、誕生日がクリスマスだったので、お祝いしたかったんですけど・・なにか・・あんまり嬉しそうじゃないというか・・・(孫のためにクリスマスだけはしっかりやってあげてくれ)って言われて、誕生日には触れて欲しくないみたいな・・それ以上聞くのも・・・なんかね・・・」


「大人になっても私とのケーキを根に持つような子じゃないからね」姉の衣里奈が発した冗談を含めた小さな疑問は、なんの抵抗もなく流されていった。


「・・後一週間で誕生日だったからクリスマス・・・誕生日・・・嫌だったのかな・・」

由香里も、伯母の冗談のサイズに合わせて重ねた。


―――姉は由香里からタブレットを受け取ると、85年使われ曲がった指先で初めからスライドし直していた。写真は全て由香里に転送された。


葬儀屋との打ち合わせの結果―――


 週末の金曜が段取りの流れで都合も良かったのだが、友引で葬儀は行えず、通夜・葬儀は一美の誕生日の前日と前々日に行われることになった


近親者へ通知が送信されていく

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