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カルテの記憶  作者: 子見
16/20

第十六章 ーーーカルテーーー

遂に


題名にもなっている。(カルテ)が開かれます。


そこには何が書かれているのか?


実際のカルテと同様

記録として書かれた表現を再現してありますので


読みづらい感じもするかもしれません


さて一美のカルテには何が書かれているのか?

宜しくお願いします。




――――「麻美さん、亡くなった時の状況はカルテに記載しました?」


佐野介護長の業務確認の言葉は今日の始まりを告げる号令のようだった


「はい!死亡診断書の時刻に合わせて、死亡確認までは記入済みです。」


「その先は美樹さんが記載してくれることになってるから、その前に、ちょっと確認だけさせて、私も今までの記録、見直しておきたいから・・・」


 佐野介護長はパソコンの前に置かれている椅子に座り、セキュリティーIDを入力する


(クロカワ カズミ)と検索ワードを入力してから(基本情報)をクリックする。


ついに…


〜  一美のカルテが開かれた  〜


氏名:黒川一美 クロカワ カズミ

生年月日:1971年12月25日

住所:〇×県 富宮市 ――町


【既往歴】

2027年 56歳 

胃潰瘍、富宮市立病院に入院 1週間程度の入院後、

回復し問題なく在宅生活を継続していた。


2038年 67歳頃

軽度の認知症(物忘れ)が認められ受診

アルツハイマー型認知症と診断され、内服開始する。


2043年 72歳 

自宅で呂律が回らなくなり受診

軽度の脳梗塞を認め、1週間入院するが、身体的には問題なかった。


退院するも認知症の進行が顕著となる。不穏行動、感情失禁と意欲低下あり 


2044年 73歳 

かかりつけ医に受診後、肺炎で富宮市立病院入院

自宅退院するがADL低下、認知症も更に進行する。

※介護保険利用開始


2052年 81歳 

自宅のベッドから転落 左大腿骨頚部骨折

富宮市立病院入院Ope施行

回復期リハビリ病棟へ転院となる。

しかし認知症状の進行も著しく、回復は困難と判断された。

    

2052年  

在宅介護は困難と御家族が判断し当施設入所となる。


【生活歴】

富宮市にて出生 姉と二人姉弟

高校卒業後は、富高帝人製紙会社へ勤務

※65歳で定年退職する(役職を務めた)

    

28歳で結婚、長男 長女 次男の三子を儲ける。

※次男夫婦と同居

長男は転勤が多く他県在中(独身)

長女は他県へ嫁いでいる。


 主介護者は次男の嫁※キーパーソン


2037年 

66歳の時に妻と死別


以降から生活意欲が低下し、外出することも減り自宅で過ごすことが多かった。

その後、認知症と診断される。診断後も在宅介護を継続していた。


介護保険申請後はデイサービス、ショートステイ利用歴あり。

担当ケアマネージャー

(とみや居宅介護支援事業所:平野)    


2052年7月24日 

   当施設入所、長男・長女と共に、施設入所される。

   入所時にDr、看護師長の面談・診察行う。


ーーーーーー◆◆



電子化されたカルテの基本情報は、ディスプレイの1スクロールに集約されていた。

一美の一生には、美紀の存在があるはずもなく、親族の欄には勿論、直美の名前もない。

 

裏を返せば、一美は墓まで持って行った証となっていた。

・・・・・・・


―――「そういえば麻美さん・・・美樹さんも今年、介護福祉士受けるみたいだけど、確か麻美さんも一緒に受けるんじゃなかった?」


「はい。・・・自信はないですけど・・」耳が隠れる程度の清潔感のある髪をかき上げながら照れくさそうに答えた。


「認知症の事や、この業種に限られた単語なんかはおぼえておかないとね・・・ちなみに・・この一美さんのカルテに書かれているADLとか、わかってる?」


「えーー・・・っと・・日常・・生活動作です。」模擬試験のような問答が始まった。


「高齢者で要介護になる起因の代表的なものは?」

「肺炎と・・転倒による骨折・・・他は・・・」


「んー!おしい!・・・要介護の起因は認知症が断トツで、脳血管疾患・・廃用症候群、他にも骨折が上げられるけど・・これ試験に良く出題されるからね、一美さんも、この代表的な疾患でうちの施設に入所されてきた方と言えるかも・・・アルツハイマーの発症は比較的早く発症しているけど、65歳を過ぎているから若年性とはギリギリ言い難いかな・・・奥さんを亡くしたショックも色々と影響しているのもあるかもね・・・」


―――部屋の確認を終えた鈴木が会話に参加する。


「介護長!先ほどは、ありがとうございました。私も質問していいですか?・・・・一美さんはここの施設に来た時から、かなり認知症が進んでいたって印象ですけど、介護長はどう見てました?」


鈴木と介護長の推理的な答えのない答え合わせの問答が始まった。


「うん・・私もそう見てたよ。感情失禁で涙を流すような事もあったし、意欲低下も強かったよね・・短期記憶と言われる最近の出来事は・・たぶん全然なかったと思うし・・・認知症って過去の記憶は比較的保たれるって言われているけど、一美さんはその典型的なケースだったのかな・・・私には何となくそう感じていたんだけど・・・美樹さんは担当していてどう感じた?」


「それ・・・私もなんとなくわかるかもしれません・・・入所した時から長女の裕美さんに向かって(良子)って言ってたんですよ。気になって次男さんに聞いたら、奥さんの名前が良子さんだったみたいで、長女さんと奥さんを見間違ってたのかな・・・」


・・・「カルテに書いてあったけど、奥さんは一美さんが66歳の時に亡くなったって・・・」


「はい・・心筋梗塞だったみたいです。お風呂場で倒れて・・・突然だったみたいで・・・お嫁さん・・次男さんの・・由香里さんが発見して救急車で病院に運ばれたみたいなんですけど・・奥さんを亡くしてから、一美さんは一気に気力を失っちゃったって言ってました。」

・・・・・


「やっぱり・・そうだったんだ・・・一概には言えないけど、男性の方は特に、奥さん亡くすと影響が大きいかもね・・・・近くにいる人が親族と間違わられることもあるし、逆に何年も会っていないと親族でも顔も忘れてしまうことがあるから・・・」


――鈴木と介護長の会話は続く―――


「私も、今まで色々な利用者さんから何度か違う名前で呼ばれたことありましたけど、そんな風に見られてたりするんですか?」


「私もこの仕事して、何人もの方達の娘になったかわからないし・・・最近は妻になることもあるかな。」介護長は笑みを浮かべながら少しだけ嬉しそうに話をした。


・・・「確かに・・・私、担当だったから長男さんからも聞き取りしたくて、たまに来る長男さんと偶然会うことができて…忙しそうな感じだったんですけど、話をしたことがありました。・・でも(俺の事、忘れられてる・・学校卒業してからほとんど会ってなかったからな)って・・なんか凄く寂しそうに言ってたことがありました。」


「私も他の入所している御家族から、そんな話聞いたことあります。」麻美も共感した。


・・・「娘と思われて頼りにされると嬉しい気持ちにもなるんだけどね、でも親族の顔を忘れちゃうのは悲しく思うよね・・・」三人は3年5か月という短い一美との想い出を弔いの気持ちを込めて競う様に出し合っていった。


―――更に麻美が切り出す。「そういえば・・・一美さんの知人っていう人が面会に来たことがあって、忘れられない理由が・・・その方が同級生って言ってて・・一美さんと同級生ってことは80歳超えてるはずじゃないですか・・・でも身長が凄く高くて、左利きだったんですよ。あんなに大きなおじいさんで左利きだったのが珍しくて・・凄く印象に残っているんですよね・・・左利きなのは面会記録の為にタブレットを渡したら左手で操作されていて気づいたんですけど・・・


(もう俺の周りは・・もうほとんど死んじまって、寂しくなっちまったな・・・俺だって下手すれば、こいつより先に逝く事になるかもしれない)


なんて言われたんですけど・・・

何も言えなかったんですよね。」


…寂しさを増した二人に介護長が助言する。

「この仕事してると、そういう場面にこれからも直面すると思うよ。」


―――「さっきの長女さんと奥さんの話・・・」

美樹が更に何かを思い出したかのように口を開く…


「もしかしたら・・・お母さんとお姉さんも・・・・・一美さんのお姉さんが面会に来てくれたことがあったんですよね・・その時に、今置いてある、写真立てとか・・時計なんかを持ってきてくれたんですけど、お姉さんに向かって(母さん)って言ってました。」


「あれは美樹さんが対応してくれてましたね。お姉さんなら、さっき施設に到着して、診察室に私がご案内したところだよ」


「お姉さん・・その時、(私がこの子を見送らなきゃ)って言ってました。」


「歳をとったお姉さんがお母さんに似てたのかな?」

麻美が素朴な疑問を浮かばせた。


「そうね・・私も40歳超えた頃から、鏡を見ると母親に似てきたなって思うよ」


「え!私たちも母親に似てくるのかな?」 

「やだね・・・」

美樹と麻美がざわついた。


「一人一人の人生と、その家族・・ほんと・・それぞれだから、一美さんがなにを考えながらここで生活していたのかはわからないけど、できるだけ御家族も含めて穏やかに生活が送れるように私達は支援していかなければならないと思うよ」


二人は介護長の話を黙って聞いていた。


鈴木の願いともいえる思いが零れる

「介護長・・こういう場合って・・お葬式とか施設の職員は行ったりするものなんですか?」


「代表者だけご挨拶程度だけど、行かせてもらってるよ・・・今回は美樹さんも同行してみる?」


「行きたいです!最初の担当だったこともあって・・・仕事として平等に利用者さんの対応しなければならないのはわかっていますけど、一美さんに対して特に思い入れが強くて・・」


「うん・・・とにかく、もう少しでお迎えが来るはずだから、失礼のないようにお見送りしましょう。」


―――鈴木は、部屋の片づけを行うため、先ずは診察室へ向かって行く


――こうして現在・・

2056年12月―――


一美がこれまで果てしなく…逃れられなかった罪…抱えていた自責の念とは・・・認知症によって断片化された記憶に囚われたもので、一美の人生で最も辛く・・深く刻まれた記憶だけを重ね凝縮されたものだった!



とは言え・・それはまぎれもない真実でもあり、真実よりも重い罪として背負ってきた記憶だった……


果たして…


この記憶の行方は…どうなるのだろうか…

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― 新着の感想 ―
[一言] カルテの内容を私の様なシロウトにも分かる様にお書きいただいたので助かりました(^^;)
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