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カルテの記憶  作者: 子見
12/20

第十二章 ーーー鎮静ーーー

 あれから3日間、一美は、やはり病院通いに必死だ、それは美紀の為なのか?自分の整理からなのか?それ以外なのか?ただ衝動のまま動き続ける…


 美紀の長男である清太は結婚して子供もいると聞いた、清太の面会は美紀には事前に連絡が来るため、清太との接触は避けて欲しいと美紀から言われた

 

 直美は、隣県の大学病院で奨学金制度を使って看護師資格を取得した後は、そのまま付属の大学病院へ勤務していると聞いた


夜勤もあるらしく、ここには入院の時と、医者からの説明を受ける時に立ち会いに来ただけで、結婚はしておらずメールが来るだけで仕事が忙しいらしい


 それを聞いた一美の心に、安堵感が混ざっていた事に自分を責めていた


 そんな時に一美に連絡を入れてきたのは雅之だった


土曜と日曜出勤という嘘をきっかけに、(仕事が忙しくなった)という流れが整っている重ねた嘘を、良子はすんなりと聞き入れてくれたことと、志津恵と真也の存在を味方と勘違いした事で一美の衝動に拍車をかけていた


 しかし部長職で多少の融通が利く立場であっても、面会時間が定められた病院へ毎日通うことは簡単ではない…


 雅之からの約束を20時からにしてもらい、美紀との面会を終えてから会うことになった


病室で今日も…

2人の会話がはじまったーーー


「このまま毎日、病院に来るつもり?」

「うん・・・迷惑?」


「大丈夫なの?家の事とか、仕事も・・・」

「大丈夫だよ!そんな事は気にしなくて良いから、なにかさせて欲しいんだよ…」


「ほんと男っていうか・・カミちゃんはって言うのか・・わからないんだね・・・」

「なんだよそれ・・・だって余りにも無責任だよ、このままじゃ・・・」


「立派なお父さんになって、仕事も重役で・・・でもほんと子供のままだね」


嫌味を少し混ぜた、本気でそう思っているであろう笑みを浮かべている美紀に目つきと眉毛が反応した。


「あっ・・・ほら・・今イラっとしたでしょ?」

「してないよっ!」


20代の頃の4年という歳の差は、年を重ねていくほど、ほとんど感じない(差)になるものだが、一美と美紀との(差)は縮まるどころか開いていた。


 何かさせて欲しいと縋る一美と、全てを受け入れた美紀、この二人の関係は、どちらが患者であるのかわからないくらいだ


 一美から入院費も含めたあらゆる物を提案したが、全て美紀は拒絶した。 


 一美も覚悟の上で口に出し、口に出すことで気持ちを表現していたが、それでも足りずに縋り求め続けた。


 そこしか見えていない一美には、美紀から心配する言葉はあっても、(もう来ないで)という明確なものがなかったことに一美は気付いていない。


 そして今日もあっという間にタイムリミットを迎え病院を後にする…

―――――――――


――雅之と会うのは1年以上ぶりだ、電話が鳴ったのは2日前の事だった、こんなタイミングで連絡が来るとは思いもしなかった。丁度、こんな状況から雅之と話がしたいと一美も思っていたので面会を終えた遅い時間でも会うことになった。


 病院からどんなに急いでも21時を回ることになるが、珍しく何も言わずに雅之が(構わない)のひと言だった違和感にも気付かなかった。

(先に入ってる)と連絡が入ってから15分程運転をした。


 雅之も一美も酒が弱いのに、わざわざ居酒屋を選んだことは不思議に思ったが、店員に案内されるままに男二人では気持ちが悪いほど狭い個室に案内された。


―――「よう!」何年たっても交わす挨拶には変化がなかった。

「飯も喰えるからさ、適当にやろうぜ!」


いつもの挨拶から、いつものように始まった再開は、いつも通り心地良い。

そして―――串焼きと枝豆でグラスを合わせた後だった・・・


「カミさ・・・洋助から聞いたよ・・・」

「あ・・・俺もその事で、雅之と話がしたいと思っていたくらいでさ」

・・・・・・・・・・・・・


「お前・・・それで・・・会ったのか?」珍しく俺の目を見ないままだった。


明らかに空気が変わった。

雅之からの熱を感じた!


「あ・・・あぁ・・・」

「なんのために?」


声も低く・気温は下がった・・頭を冷やして心構えをした。


・・・・・・・・・・・・・


「どうしても・・・確かめたいことがあって・・」

 

「それで?わかったのか?」


「うん・・・」

「わかってスッキリしたか?わかって何かできたのかよ?」


「いや・・・これから・・俺には何ができるかな?って思ってて・・」


「馬鹿野!!てめぇ!!今更なにやってんだ!!」


壁には振動が伝わり、テーブルも悲鳴を上げた――


―――雅之がそれらを引き連れて一斉に一美を襲った!!


「いや・・黙ってたけど・・あの時・・・


・・・・美紀とのあいだ・・・・

「うるせぇ!!関係ねぇ!!」


あの時、雅之が聞かないと決めたルールさえも守れない男になる所だった。


「良子ちゃんに言えんのか⁈」


「・・・・・・」

 

(わかっている・・嘘の自覚くらいは持っている。)


「言えんのかって聞いてんだよ!!」


「すまん・・・悪いことをしているのは、わかっている・・・」

 


静まり返った個室に雅之の大きなため息が響く

・・・・・・・・・・・・


「悪いとは…ハッキリ言いきれねぇよ・・・でも・・こんなこと・・お前に言えるの・・・たぶん俺だけだからさ・・俺が言ってやらねぇとな!」


さっきまでの形相は跡形もなく消して、小学生だった頃を思い出すほど無邪気な笑顔を作って見せてくれた。


「悪い・・・」

返す言葉が、これ以上見つからない。


雅之が店員を呼ぶベルを押した、しばらくすると沈黙が続く張りつめた個室に勢いの良い店員の声が響きわたったことで、空気が戻った。


「刺身の盛り合わせと、生中2つ」雅之の声が、いつもの声に戻った。

・・・・・・・・・・・・・・・

「お前、刺身好きだもんな!次来るまでに、それ飲んじゃえよ!」


――人から怒鳴られ叱られる事など忘れていた。

 雅之は、高校卒業してから皮肉にも、会社は違えど父親と同じ自動車整備工として働き続けていた。

 

 進学の選択などあるはずもなく雅之本人もそれを望んでもいなかった、一人暮らしは自分の為ではなく、弟と妹の避難場所だった事も後に気付いた。高校時代からバイトを2つ掛け持ちして社会人顔負けの給料を稼ぎ、早く正社員になりたいと常々漏らしていた。


 父親と同じ自動車整備士というコンプレックスは、一美が感じていただけだった。


 入社してから、弟と妹に仕送りしながらの一人暮らしを経て、今では家庭も持ち65歳までの住宅ローンと戦っている。

 今日も仕事で手に入れた、自ら整備してなんとか走る箱型の軽自動車が目印になっていた。油まみれのツナギを着たまま、ジョッキを持つその手は、今日だけの汚れではない油が染みついている。

 

 今まで何度も会ってきた雅之を改めてしっかりと見直していた。


―――男の価値とは?―――


部下の数なのか?年収なのか?

一美も高卒でここまで、のし上がるには、それなりの努力は勿論…運も作用した大きな結果だった…しかし、一美は自分と雅之を比べる事さえも恥ずかしくなり、雅之に敗北宣言をしたいくらいの気分だ。今までも雅之から(負けないからな)と言われ続けていた。

 雅之に負けないように頑張ってきたつもりだが、一美には雅之を叱ることはできない。


雅之には敵わないと改めて実感した。


たぶん・・・

洋助の狙いもそこにあったのかもしれない・・


――「カミの後悔よりも、美紀さんが後悔を残さないように逝かせてやれよ」

 

――「なにかあったらすぐ、連絡しろよ」


一美にとっては約束として聞いた。雅之が言った(なにか)とは・・・。


・・・許されたわけではない、許されることではない。


こんな考えが頭に浮かんでいる時点で、一美の心は美紀に惹かれている証拠と言える。

若かりし頃の恋は長い年月で美化されていることも拍車をかけていたのかもしれない。

そして当時の一美は若く幼かった。

この一美を周囲はどう受け止めるのだろうか?

――――


一美は今、罪を犯しているのか?

一美を突き動かしている衝動は後悔だけなのか?


――死が迫っているから・・


――見舞いに行っているだけ・・


――今更な子供に対する責任の為・・


様々な理由を並べても、一美が美紀に会いに行っている理由・・・

・・・会いに行っている事を良子には言えない・・言えなかった時点で決まっていた。


一美の心には様々なものが雪崩のように押し込まれている。

押しつぶされた一美の心に唯一、一美が鮮明に自覚した確かなもの――


――それは再会した美紀が・・・・

なによりも美しく見えたことだ――


~~~~~~~~~~~~~~~



現在、ベッドの上の一美は、あれからも変わらない生活を続けていた。更に食事を摂ることも難しくなり点滴をされることもあった。

ここに来てからの一美は、残されていた断片的な過去の記憶に振り回され、医学的に意識はあると判断されていたが、朦朧とする意識は、夢を見ているような状態だ。

夢の時間は、誰にとっても現実との時差を作り、一美の夢はこのベッドを使うようになってから既に3年を経過させていた。

 記憶が曖昧なのは、特に近々の状況が主で、昔の記憶は比較的保たれていた。

―――ここまでの記憶は確かなものと言える。


しかし、ここから先の記憶は徐々に曖昧なものなのかもしれない。それは重く絡まった物で、現在の一美が処理できるはずがなかった。


――ある日点滴が刺さっていない左手を、握手のように強く掴まれ、誰かが大きな声で呼び掛ける・・どこか懐かしい思いを微かに感じたが瞼だけで返事をするのが精一杯だった――



――現在の一美の死期は残り数か月――



~~~~~~~~~~~~



―――あれから思い悩む日々を過ごした結果、一美は良子に話をすることにした。

(昔、大変お世話になった人)として美紀の存在を伝えた。正直さに欠けた事は逆に罪悪感を上塗りした気分だった。

良子が天然な性格であっても、今では子供三人を無事に育てあげた女性だ、俺の嘘も見抜くくらいの勘は持っていることを知っている上で打ち明けた。

その時の良子は、しばらく押し黙ったまま、口だけを動かした。


――(あなたがお世話になった人なら大切にして上げてください。)


・・・・それだけだった。


怒っているようにも見えず――悲しんでいるようにも見えず――


・・・・只々、それだけだった。


―――その姿勢には勿論感謝した。しかしそれ以上に怖さを感じた。



・・・・直美の事は、やはり墓まで持っていく事にした。



―――そして美紀はホスピスに移る。


ホスピスに移ってからは、往復の移動だけで3時間はかかる、美紀との時間は限られた。

それでも無我夢中に俺は通い詰めた。―――


 それは、日に日に弱っていく美紀の姿が、一美にも見て取れたからだった。


―――――――――

「カミちゃん・・・ぜっ・・・たい・・かぞくに・・へん・だと・おもわれてるよ?」



「そんなこと気にしなくて良いから・・・ちゃんと話してあるし大丈夫。そんなことより本当に俺に、なにもさせてくれなかったね」


「わたしの・・じこ・せき・にんだから・ね」

弱弱しくも強がりな表情は相変わらずだ。

 

「それ・・・昔から口癖のように聞いたな・・・」


「わたしの・・いきざまかな・・・」


「少しわがままなだけに感じるけど・・・」


「わたしと・であって・こうかい・・してる?」


「後悔なんかしてないよ!」心からそう言った。


「わたしがこのまま・しんじゃっても?」―――俺は我に返った。


・・これから美紀が去っていくことは勿論、頭では理解していた。

しかしその後の自分の感情の事まで考えていなかった。只今を求めるだけで必死だった。


「わたしからの・・おね・がいと・・やくそく・できる?」


突然の美紀からの提案に勿論即答した。

―――――――――――

「わたしからの・・さいごのおねがい・・

・・・だけど・・そのかわり・・しっかりと・家族のもとにかえって・・・」


勿論これにも大きく頷いた。――


―――「いつか・やくそくした・・やけいをみせて・・」


・・・・美紀とは結局行けていなかった。

再開した美紀からの初めての要求だ。

一美に迷いなどあるはずもない。


――――面会時間は20時までだ、桜が徐々に葉桜に変わり始めていたこの季節は陽が伸びてきている。夜景を見せるならば20時以降に美紀を連れ出すことになる。

 


 そして今の美紀を病院外へ連れ出すことは可能なのか?


――突然、一秒単位でタイムリミットが刻まれて急かされているような気分になった。


「わかった!約束する!」


「わたしを・こうかいの・そんざいに・・しないで・・」


一美の耳には勿論届いていたが、美紀の目的を一美はどこまで理解したのだろうか?


―――とにかく看護師のもとに向かった。


 反対されるはずと思い込んで、ダメ元で話を持って行ったが、話しかけた看護師が他の看護師を呼び止める


「担当看護師の高野です。」


「黒川と申します・・・」


奥から出てきたのは、おそらく50代の女性で、ベテランの雰囲気が漂っていた。


一連の経緯を話す―――


 高野看護師は(美紀が希望している)という理由に噛みつくように食いついてきた。


「症状は安定している今がチャンスかもしれません、ご家族とご本人様が望むのならば御協力させて頂きます。」

意外な反応に感動すらしたくらいだ。

 

 しかし、ご家族という点に引っ掛かった。これ以上、嘘は重ねたくない。やっと手にした美紀からの要望をなんとか叶えたいという一心だった。


「実は、私は家族ではないんですよ。それでも構いませんか?」俺の姿勢をどう思ったかはわからないが高野看護師は俺を待たせナースステーションの奥へ向かっていった。

・・・・・・・・・・・・

高野看護師が戻ると試された

「渡辺さんの身元引受人はどなたかわかりますか?」

「たぶん・・・清太さんか・・直美さんですかね・・・」

「美紀さんと一緒に話しても構いませんか?」


・・・言われるがまま従った。

―――――――――――――――

 ノックをして入って行く高野看護師の後に続き、美紀の病室へ入って行く。

「美紀さん、今、黒川さんから話を聞きましたけど、行ってみたいですか?」


「はい・・やくそく・・したんです・・くろかわさんと・・」


「息子さんと娘さんに話通して良いかな?」


―――「わたしから・はなしておきます・・だいじょうぶです・・」


 その返答に高野看護師は、少し悩んだ顔を見せた。

「なにかあっても困るからさ・・・私も含めて話しておきたいかな・・・息子さんたちは、いつくるかしら?」


「にちようびだと・おもうけど・・」

その先の言葉が詰まったのは清太にするか直美にするか、悩んでいると一美は感じていた。


・・・「たかのさん・・・なにか・あってもせきにんは・・わたしだから・・たかのさんには・・めい・わく・かけたくないけど・・わたしの・すきにさせて・おねがい・・」


 しばらく美紀の表情を見ながら黙っていた高野看護師は

「わかったわ・・黒川さん、途中で何かあったら、ここに電話して下さい。――長男さんに電話は入れさせてもらうからね?」


「ありが・とう・・」


「申し訳ありません・・なるべく早く帰ってきますから。」


――今日は金曜だった。

(日曜には・・・)という美紀の想いは強かった。


――それは子供たちに止められる前にと考えての事だったのか、それとも・・・?


俺は、子供たちの事も覚悟を決めていた。もし存在がばれたとしても、そして直美に責められても仕方がない、むしろ責められるべきと思っていたが美紀の意志を邪魔しないように気遣った。

高野看護師に重ねて無理を言い、明日の土曜17時に外出することにした。


――夕方から雨が降り始めた、天気予報は晴れだったはず、不安がよぎった。


一美は土曜出勤という、また薄い嘘を重ね、今では何層にも重なった嘘は、だいぶ厚くなっていた。今日も「いってらっしゃい」という良子の言葉に見送られながら家を出る。



―――あれから、良子の顔をまともに見ていない。俺が自覚できるほどの男の浅はかな挙動を良子がどのように見ていたのだろうか。


 俺の心に強く纏わりつき、そして振り払う事もできず、押し黙る良子を昭和男の背中で押しのけていた。振り返えれずに家を出ていき車に乗り込んだ。


 昨日から降っていた雨は朝には上がり、快晴の空が広がっていたことに安心して、それ以外の心配が余計に濃く浮き上がった。

面会時間までの15時を適当に車を流し、適当な喫茶店に入り時間を持て余す。14時には病院の駐車場に到着してしまった。1分ですら長い・・・


――病院に入り、美紀の病室よりも先に高野看護師を探した。(当日は出勤しているので)と事前に確認もしてあった。こんなイレギュラーな要望にも難なく応じてくれる姿勢が拍子抜けする程だった。


――高野看護師からの「準備できていますよ」と簡単に言われた言葉に、後ろめたさも感じていた俺の心が不思議な感覚になった。

一旦、病室に行くことにした。

部屋の前に到着すると中から会話をする声が聞こえてきたので扉を開ける事に躊躇したが、高野看護師がそれを察したのか、


「大丈夫ですよ、知人の方が来ているみたいです」と入室することを促された。

部屋に入りカーテンの向こう側に、志津恵と真也が座って美紀と会話している。


「カミちゃん久しぶり」約1年ぶりの真也君だった。


「お久しぶりです。真也君も出世しちゃって職場では合わなくなっちゃいましたね」


「そうだね、相変わらず会社が良い関係を続けられているのはカミちゃんのお陰だよ。」


「そんな・・真也君のお陰でもあるので自分こそ助かっています」


「まぁ・・仕事の話はこれからもできるだろうけど・・今日はさ・・仕事は抜きにして、男と男としてきたんだよ、志津恵さんから聞いててね」


――真也君の判定はどう下ったのか気にしていたところだった。

「すみません!色々気遣っていただいたのに・・」

一美がそう言い始めた途端、被せるように


「いやいや!カミちゃんの判断は間違っていないとまでは断言できないけど、俺はカミちゃんの味方だよって言いたかっただけ」

「すみません・・・ありがとうございます。」


そのやり取りを聞いていた美紀が言葉を発する。

「しん・や・くん・・ありが・とう・・カミ・ちゃん・のこと・・これ・からも・おね・がいします」


母のような言葉だ・・

 美紀の様子を改めて観察した、髪はいつもよりも整えられ、化粧まで施されていた。

病院着でもない普段着に着替えられた美紀の姿に見惚れてしまった。


・・・ロングスカートが懐かしい


 病院を16時30分に出発することにして、高野看護師とは、(遅くとも22時には帰ってくる)と約束をした。病院玄関前に車を横付けするよう指示され、先に俺は車に向かう。


――車を病院のロータリーへ向かうと車椅子に乗った美紀と高野看護師が待ち構えていた。

車椅子に座っている美紀を支えながら助手席に座らせる、触れた体から伝わってきた細く薄く冷たい感触が切ない。尿を排出する管とバッグは絡まないように高野看護師が持っていてくれた、美紀が収まってから座席の下に置かれた。


「美紀さん!いってらっしゃい」

高野看護師と看護補助の職員は、旅行者を見送るように見送ってくれた。

反応は薄いが笑顔で返す美紀、一美だけが緊張している異様な状況だ。


「美紀ちゃん!いってらっしゃい、楽しんできてね!」

志津恵が美紀の手を握った。


運転席側から一美にしか聞こえない声で真也は呟く

「カミちゃん・・俺も同じ立場なら、こうしていたかも・・とにかく気を付けて・・また落ち着いたら・・」

真也君はいつも欲しい言葉を欲しい時に必要な量だけをくれた。


車のギアシフトを握り覚悟も入れ直した。いつも通りの高速ICを目指す。

道を記す緑の看板が見えた頃・・


「こんな・・・こう・きゅうしゃで・かみちゃん・りっぱ・に・なったんだね・・」


「車なんて・・」人から羨まれていた自慢の車も、美紀にはなぜか恥ずかしく思った。


車は無事にETCを通り過ぎ、高速で二人は移動する―――


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