第十一章 ーーーピンクの種ーーー
病院の一階は迷路のような科目…そこに迷い込み…更に多様な問題を抱えて自分の名前を呼ばれるのを待っている…
皆、自分自身に目がいっている雰囲気に助けられた感覚が気持ち悪い…
そんな中、目立った抽象画のようなカラフルな病棟案内図は、二階から七階までが入院病棟になっていることを示していた。
それだけの情報から美紀を見つけ出すことは困難であることは明白で自覚もしていたが、それでも一美は止まらない
エレベーターの2を押して、扉が開きフロアに出たところからスタートを切った
病室が並ぶ廊下を歩き出し、入り口の名札を頼りに全ての階を回ろうと決めていた覚悟を改めて息を吸い吐き出した
しかし二階の全てを回り終わった時、あることに気が付く…
名札がないのにベッドに横になっている患者が何人もいたからだ!
これは、2003年に成立した、個人情報の保護に関する法律、所謂、個人情報保護法は、現在ではプライバシー保護の領域まで浸透し、病院は名札を張ることを患者に同意を得てから行うようになっていた。
これは美紀の事情を考えると、同意をしていない可能性が高い……一美の知り得ない所で美紀の捜索は更に困難になったと言える
入院をしたこともない、病院に来たとしても、そんなことは気にも留めたことはない、勿論、今の一美には、理由を知る訳もなく、更に壁は高く感じたが衝動は止まらない
ただ…ただ…ひたすらに・・
(渡辺美紀)そして、再婚の可能性も考えて、(美紀)を探し続ける
4階まで調べ終えて、(渡辺)の多さに驚き、それに慣れることもなく、その度に(渡辺)にドキッと緊張が走る、まだ半分しか終えていないのに相当な疲労感を感じた…
5階へ移ろうとエレベーターの前に立っていると…
「ご面会ですか?」
明らかに20代前半の若い女性看護師に呼び止められた。
「あ・・・え・・あ・・・はい・・・・」
「患者様のお名前は?」
「えぇ・・と・・わた・なべ・・みきさん…なんですけど・・・」
「ご関係は?」
若い子なのに淡々とテキパキとした受け答えに動揺が更に揺れる…やましいことをしているわけではないが、隠し事が絡んでいることで、不審者の様な挙動だったのかもしれない、スーツと花束が、それを辛うじて防いでくれた。
そしてなによりも、美紀との(関係)と聞かれた事に一番動揺した。
「昔からの知人でして・・知人を介して、こちらに入院をしていることを伺ったのですが・・・病室番号を聞き忘れてしまって・・・申し訳ございません・・・」
一美も50歳を過ぎて、部下は300名を超える部長になっている。動揺したことは間違いないが、瞬時に、この程度の切り返しはできた。
「そうでしたか・・・お調べしますよ」
切り返しは成功したようだ。
看護師はナースステーションの奥のパソコンに向かい調べてくれている。
看護師は直ぐに振り返り、一美の元へ戻ってきた。
久しぶりに感じる合格発表を待つような気分だ…
―――――――――――――
期待と不安の塊のような若い看護師が戻ってくる
「御家族様には面会することは同意を得ていますか?」
「・・・あっ・・えぇ・・息子さんから・・話を聞いて・・・」
―――
一気に額に汗が滲んだ・・・
「そうでしたか、渡辺美紀様は、三階の322号室ですね」
焦りと安堵感の中、三階を見過ごした落胆など感じる訳もなく、現実以上の困難の予想を反し、たどり着いた事にホッとした気分が一瞬だけ生まれた。
しかしその一瞬の後、入院しているという現実は突如、大きな心配へと変わった。
「ありがとうございます。」
お礼を言った途端にエレベーターの方面に勝手に足が向かってしまうような感覚と、心配と複数の不安で自分の足が制御不能になった。
深呼吸をして心を落ち着かせながら、つり橋を渡る気分だ。
・・・・
エレベーターが一美の前に到着する
しかし扉が開くとベッドに寝かされている患者を搬送している、付き添いに医者らしき人物と看護師が申し訳なさそうな顔を向けてきた、軽く会釈をして次のエレベーターを待つことにした。
次のエレベーターは点滴をぶら下げた患者3名とその家族らしい人達で、その中に入っていくには気が引ける空間になっていたので、これも見送ることにした。
ふと目線を変えるとエレベーターの並びに扉で閉ざされた階段を見つけた、大きな建物はエレベーターに乗るという先入観に捕らわれていたが、階段を使うという当たり前の選択に切り替えた。
(一階下に降りるだけで、美紀がそこに・・)
不安と緊張が混ざり、嗚咽が出そうな気分だ・・・しかし、一美の衝動がギリギリ勝り収まることはなく、重い扉を開け階段先の踊り場に(3F)の表示が目に入った、
そして・・
その時だった・・
・・・「カミ君?」・・・
――背骨に氷の針を突き刺されるような衝撃――
恐る恐る目線を下に送る……
先ほど案内してくれた看護師と同じ服を着た、志津恵さんがそこにはいた!
ユニフォーム姿の志津恵さんを見るのは初めてだ、一瞬見間違いしたのかと思い、混乱が混乱を呼ぶ…そして、その一瞬の間にあらゆる物がなだれ込んできた。
さっきまで順調に進んでいた事で、気が緩んでいた・・・・
・・・まさかこのタイミングで・・・
「あ・・・ああぁ・・・志津恵さんか・・・気が付かなかった・・・」
絞り出たギリギリの言葉だった。
「カミ君・・・・・誰かのお見舞い?」
・・・これは・志津恵さんの探りなのか?・・それとも本当に知らないのか・・・
・・嘘はこれ以上、重ねたくない・・
微かな冷静な頭を使って、一美が出した結論は、
「ごめん・・・美紀ちゃんがここにいるって聞いて・・・申し訳ない・・・」
――ここに勤務していて、志津恵さんが知らない筈がない、知っていても俺に言わなかったのは、なにか理由があるからに決まっている。
それを俺は知らなかった・・・いや・・知ろうともしないで来てしまった俺は・・・
「やっぱりね・・・でも、こんなに早く来るのは予想外だったかな・・・」
正直に告白しておいて良かったという安堵感と、美紀の存在を共有できる人が現れた事で一気に力が抜けた。
「本当に・・申し訳ない・・」
「カミ君、時間ある?一時間くらい待てるかな?」
――――――――――――
時間はむしろ有り余っているくらいだ、待って何かを得られるくらいなら、いくらでも待てる気分だった。
志津恵から、(11時には休憩に入れるし、その後ならなんとでもなるから)と言われ、屋上で待ち合わせる事になった。
一旦、少しでも外界から遮断された空間に身を隠したい気持ちになり車に戻ることにした。エンジンをかけてエアコンの風で頭を冷やす、落ち着きを取り戻してから花は車に置いたまま、駐車場から見えていたコンビニに立ち寄り、炭酸が強めのエナジードリンクとタバコを買った。
病院の敷地内は禁煙で、タバコが吸える場所を求めて彷徨ったが、20分歩いても見つからず、もう一度、別のコンビニに立ち寄って携帯灰皿を買ってから人目がつかないような路地裏で隠れるように火をつけた。
十数年止めていたタバコに、ひどくムセる事を覚悟したが、またしても、簡単に体は受け入れた。
しかし一本では飽き足らず二本目に火をつけてみたが、大きく吸い込み溜息の様に吐き出すと、頭がクラクラして半分も吸わないうちに火を消した。
―――タバコが原因とも言えないフラフラとした足を、病院へ向かわせることにした。
志津恵と話せたことで、ビクビクせずに病院へ戻れたが、あれほど会いたい衝動に駆られていたさっきまでの気持ちとは裏腹に、志津恵に会うまでは今度は美紀と会わないように注意した。
そして少し早かったが、屋上まではエレベーターを使わずに、息を切らしながら登った。色々な物を落ち着かせるために、空いているベンチに腰を掛け待つことにした。
1時間20分後―――
「カミ君! ごめんね・・遅くなっちゃった、もう仕事も片付いたから大丈夫だよ・・」
「いやいや・・・こちらこそ志津恵さんに本当に申し訳ない・・・」
「大丈夫だよ、こうなると思ってたところもあるし・・・」
「美紀ちゃんは、本当に入院してるの?」
「うん・・・一か月くらい前からね・・・」
―――――――――――
志津恵の話によると、
入院したことは秘密にしてほしいと頼まれたこと・・
一番気になっていたことも含めて志津恵さんから何も情報は得られなかったこと・・・
・・・そして・・・
・・・余命が半年だということ・・・
――余命半年という衝撃は会いに来た後悔だけは薄た・・・
しかしどうしても受け入れがたい現実だった、一美は志津恵との会話も虚ろで、どうしようにも整理が追いつかない・・・
心のどこかで予想はしていたのかもしれない・・
あれほど見つからなかった美紀が、わざわざ富高で入院することに疑問を感じていたからだ。
しかし現実を目の当たりにすると衝撃の大きさは全く違っていた。
「カミ君・・美紀ちゃんに会いたい?」
「それは・・・会いたい気持ちはあるよ・・・でも会うべきか、会わないべきか、それで一番悩んでる」
「私もとにかく秘密にしておいてと言われたから、悩んだんだよね・・当時の二人の様子が変だったし・・」
「俺・・真也君の事も避けちゃってたからね・・」
「そんなことじゃなくて、当時は私もそれが好都合でもあったんだ・・」
「・・・?・・・」
一美は、理解できない顔で志津恵の顔を覗き込んだ。
「私だけ・・・・実はあれからずっと連絡だけは取っていたんだよね・・・ごめんね・・黙ってて、でも連絡を取っていたと言っても、数か月ぶりとか、時には一年以上連絡を取り合わないこともあったんだけど、でも当時、何があったかは聞かなかったし、聞けなかったんだよね、でも会話の中に、どこかカミ君を心配しているような感じで・・・言葉で説明するの難しいんだけど・・・
私にはずっと美紀ちゃんがカミくんの事を好きだったように思ったな」
「・・・・・・・・・・・・・」
一美は下を向いたまま頭を働かしていた。
「私はカミ君が、美紀ちゃんと会おうとしても止めないよ!」
「・・・・・・・・・」
一美は止まったままだった。
「カミ君が決めることだと思う」
「真也君はこの事、知ってるの?」
「うん・・・連絡取ってたのも今では知ってるし、この入院もね・・真也さんも悩んでた」
「そうか・・・」真也君含めた二人の意見として捉えた。
「午後になったから、検査終わって、今なら美紀ちゃん来れると思うけど・・
・・・・・・会う・・?・・・」
急に鼓動が跳ね上がった・・――決断は今なのか?――躊躇する気持ちは勿論あったが、最初から一美の気持ちは決まっていた。
「・・・・・・・・うん・・会せて欲しい・・・」
「わかった・・・でも私がこんな事・・・言う権利ないのはわかってる・・・でも会わせる前に聞きたいことがあるんだけど・・・」
「うん・・」
鼓動の高鳴りの上に、緊張が被さり、その間を冷たい一筋が通った。
――――――――――
・・・季節が変わったかのような間だ・・・・
「美紀ちゃん再婚していないはずなんだけど・・・
でも・・清太君に妹がいるの・・・・
・・・・・・・・・・・・・カミ君・・・・・知ってる?」
美紀の口から聞くと思っていた、動揺を隠しきれない・・・・
・・どころではない・・・
「カミ君! 会うなら・・・それ相当の覚悟をしてね! 私は止めないけど・・・」
――――――――――――
・・・・美紀を余命半年とした原因は乳癌だった、見つかった時には肺にも転移している状態で、医者から余命宣告をされたと聞いた。
転院を予定しているホスピスとはどういう所か志津恵から説明されたが、(緩和ケアとは)という専門家による講義のように聞こえてしまい、今の一美には、精神的なケアも含めた痛みに対する処置をしてくれる病院、この程度の知識は頭に入ったが、要は(死を待つ場所)という印象しか残らなかった。
転院先は県立の癌専門病院に併設するホスピスで、ここから車で約1時間半以上かかる場所だった。所在が明確であっても、また遠くへ行ってしまうというトラウマにも似た感情は更に一美の衝動に輪をかけた。
「志津恵さん・・・さっきちゃんと聞けてなかったけど・・・ホスピスって所に転院するのは、いつ頃になりそうなの?」
・・・「紹介状を持って行って貰って、相談してからになるから・・何とも言えないけど・・・4月中には転院になるんじゃないかなって思うけど・・」
今は3月下旬・・・予定が早くなれば30日間もない状況だと判断した途端に、様々が重なった感情に、焦りの色が濃くなった。
「覚悟きめるよ・・・美紀ちゃんに会わせてもらえないかな?」
志津恵は返事をしないまま立ち上がり、しばらく屋上から外の景色を眺めている、一美も立ち上がり志津恵の隣に立って富高の街並みを見下ろした、遠くに富宮も見えるくらい天気の良い日だった。
志津恵が一美に求めた覚悟と一美の覚悟は一致していたのだろうか?
志津恵がどう捉えようとも、一美と美紀の選択に委ねられた。
「美紀ちゃんに、ここに来てもらおうか?」志津恵は遠くを見ながら言った。
「うん・・・お願いします!」
―――――――――――
一人ベンチで一美は待つ・・・何の欲も感じない・・・ただ鼓動と感情だけの騒がしい状態で静かに座っていた。
・・・・・・・・・・・・・・
「屋上に来るのは、入院してから初めてじゃない?」
志津恵の合図が飛び込んできた。
・・・「うん・・化粧もしていないし・・髪も・・恥ずかしいよ・・」・・
(美紀ちゃんの声だ・・)
記憶と共に声質も擦れていたが、美紀の声は記憶を蘇らせた。
ベンチは外を向いている、車椅子を押した志津恵が一美の後ろを通り過ぎた。
・・・一美は振り向けない・・・
・・・堪らずその場に立ち上がった・・・
「美紀ちゃんに面会だって・・・」
志津恵の言葉と共に、車椅子が反転する。
・・・・・・・・・・・・
立ったまま美紀を見つめる一美・・・見上げて顔を見た瞬間に、目を見開いて状況を確認する美紀・・・ふたたび美紀と一美の時間の流れが一致した。
重ねた年輪は確かにお互い刻まれていたが、お互いがお互いを認識するには一瞬で十分だった。
そして一美が一番気になったのは、変らない白い細い指に、似合わない太いシルバーのリングが目に止まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「私は、仕事に戻るから、後はカミ君、お願いね」志津恵の言葉で再び時が動き始めた。
「あーーーーあっ・・・会っちゃったか・・・」
作られた大きなため息のように美紀が言うその言葉と、この状況を笑みとも言えない表情と感情で言い放つ雰囲気は、美紀らしさそのものだった。
「会っちゃったって・・・会いたくなかったみたいじゃん・・」
「うん・・・会いたくなかったよ」
「え・・・なんだよ・・それ・・・」
「こんなことにならなければ、会わないままと思ったんだけどな・・・」
二人の会話が交わされていく度に、止まっていた時間が巻き戻されてから進んでいく感覚になった。
美紀に聞きたいことは山のようにあったが、なかなか思うように聞き出せない。
――あれから引っ越しはしたが、清太の事を考えて、市外に出ていなかった事には驚いた。
美紀は(同級生だって意外に会わないもんでしょ?)と軽く流されたことで、あれほど気になっていたことが、余計に馬鹿らしく思えた。
「私も60歳になったからね・・・十分生きたし・・私にしては上出来かな・・・カミちゃんは54歳って事だね」
すんなりと一美の年齢を言ってきたのは、単純に年の差の記憶なのか・・・
・・・それとも?・・・それを確かめるために質問の順番を変えた。
「その指輪・・」指輪を目線で示した。
記憶は曖昧だが、美紀の指には違和感でしかない太いシルバーのリングは、いつかの露店商から買った指輪だと直ぐに気が付いたからだった。
「これが何?」手のひらを上げて、本当に知らいない顔を見せてきた。
「それ・・あれだよね?」
「なんのことかわかんない・・そんなことよりタバコまだやめてないんだね」
「いやっタバコやめたんだって!」
「臭いでわかるし・・やめられない人って、良くそう言うよね」
「ちょっと待って!タバコは本当にやめてたし! 話をはぐらかすなよ!」
「はぐらかしてるのはカミちゃんでしょ?」
・・・・完全にタイムスリップした気分だ・・・今なら何でも質問できそうだ。
「そんなことより、(もう十分生きた)ってなんだよ・・・・」
「そのままだよ・・・全く後悔していないし・・・」
・・・・・・・・・・・・・
「・・・妹・・清太君に・・・妹・・・いるの?」
流石の美紀でも間が空いた・・・
・・・・・・・・・・・・・
「まだ私の母親は健在でね・・・もう少しで90歳になるけど、親より先に逝くのは申し訳ないなとは思うんだよね・・・でも清太は40歳を超えたし・・・・そしてナオミも30歳超えて、母親としての役目は終わったと思っているし・・・十分だよ!」
一美には、何かを振り払うように聞こえた。―――
「ナオミって?」
「うん・・・私の娘だよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ちなみにナオミってどういう字を書くの?」
「直角の直に、美しい・・・だよ・・・」
一美は確信した、これ以上の追及は野暮だ。
当時、独身だった一美から見ても、清太君の育児は大変そうに見えていた、一美は育児に参加しないタイプではなかったが、それでも育児に関しては良子が主役だった。
あの時代から二人の子供を女性一人で育てあげる事は、(並大抵の努力)等の、只の一文で片付けられるような生活ではなかったはずだ、あれからの美紀の生活を想像することで自身の生活を振り返る。
――――罪悪感の種から芽が出始めた――――
「俺になにかできること・・・・させてもらえることはあるかな?」
「ないよ」
言い方を変えても即答された・・覚悟の上だ・・
「俺の自己責任なら勝手に俺がやる分には構わないよね?」
「相手が迷惑でも?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「迷惑にはならないようにする」
「結婚もして、三人の子供がいて、仕事も凄く偉くなったって志津恵ちゃんから聞いてるよ?そんなカミちゃんに私の存在は邪魔になるだけ、関わること事態、私が迷惑」
「だからそれは俺の自己責任でいいだろ!」少し声が荒れた。
「カミちゃん・・それじゃなんにも意味がなくなるでしょ?・・・・・・
・・・・私の努力もカミちゃんの我慢も・・・」
美紀の一美をなだめる技術は、衰えるどころか向上していた。
・・・・・・・・・・
「俺が美紀ちゃんを犠牲にしただけだよ・・・」
「そうじゃないよ・・・カミちゃんには私が不幸に見えるのかもしれないけど、私は私の幸せを十分に感じて・・そして今なんだよ?」
「俺が無責任なだけだよ・・・」
「そうなると、本当に私が不幸な人生だったってことになるよ?」
「そうじゃないよ・・・美紀ちゃんの幸せは美紀ちゃんが決めることだし・・・俺の気持ちが収まらないだけ・・・なにか俺にさせてもらえれば・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「こんなシニユク女に気を使う必要ないと思うけど・・・」
いつか何度も見た、俺が美紀ちゃんを困らせた時の表情を見せてくれた。
美紀は心から満足感を感じていた、むしろ、その満足感があるからこそ死を受け入れることができたと言っても過言ではない
あのまま会わずにいられれば、美紀にとっては、何もやり残すこともなく死を迎えたのかもしれない。
会ってしまったことで、やり残したことができてしまった。
(会っちゃった)とは…
美紀はこれを予測していたのか?
それとも・・・
・・・それは現在でも不明のままだ・・・
――そして美紀は、やり残したまま逝く女性ではない――
「カミちゃん!ほら!桜が綺麗だね!」
屋上から見えたピンク色に、指をさして美紀は笑う…




