第十章 ーーー夫・父・男ーーー
――良子とは一美が28歳になった春に結婚をした――
小さな結婚式だったが勿論、雅之や洋助、真也君も出席してくれて
それぞれの子供に奥さんたちが悪戦苦闘している風景が更に式を盛り上げてくれた
池田部長の計らいで
敏彦さんの隣に少し小さくなった庄司課長が座っている
そんな中…車椅子に乗ったマコばあちゃんが大泣きしていたのが一番印象的だった
ここまで辿り着くことになったのは、今思えば、マコばあちゃんの存在が大きかったのだろう…
あれから良子とも勿論会いに行ったが、一美は次第に一人でも会いに行くようになり、ある日マコばあちゃんのお節介は、店で良子の母と鉢合わせることなった
その時は驚くだけだったが、今思えばマコばぁちゃんの策略だったのかもしれない…しかし事前に緊張する日々を送るよりは、マコばあちゃんが間に入ってくれた結果、良子の義母とは簡単に打ち解けることができた
天然で心配にもなる良子の母親が、どんな人なのか想像ができずにいたが、顔や容姿が瓜二つで双子の様にも見える外見とは裏腹に、性格は全く違っていた
結婚式の打ち合わせ等、細かい話は良子よりも母親と進めた方が、話は早かったくらいだった。
一美の両親は、母親は気丈に振る舞い、最後の挨拶は父親が務めたが、やはり堂々としていた。
両親との距離感も、結婚式の打ち合わせをきっかけに次第に戻っていき、誰がどう見ても幸せな夫婦となった。
――そしてついに一美は、父親になる――
良子は子供を作ることを躊躇していた時期があった、だが過去を秘密のままにしている一美には只々、良子の気持ちを受け入れる姿勢を貫くことを選択していた、もちろん話をしたい気持ちがあったが、そのタイミングはだいぶ前に過ぎ去ってしまっていた。
そんな一美の姿勢に良子は、次第に子供を授かりたいと願うようになり、そして楽しみにするまでになった。
「結婚したら子供は何人欲しいですか?」
そう何度も一美に問いかけた
しかし過去になったはずの一美の記憶が、そう聞かれる度に心のどこかで疼く
「やっと・・ついに私たちにも子供を授かることになりますね」
―――良子の笑顔が辛く感じることもあった。
・・・美紀はあれから、どっちを選択したのか・・
・・・そして・・・
一美の脳裏にしばしば現れていたこの疑問は、消えることはなかった。
一美も良子も、
(今度こそ、しっかりとした子供の親になる)という目的は共有されたが、その源泉は違うところから流れている。
一美は、心にシコリは感じていたが、珍しくもない、どこにでもある(墓までもっていくもの)として心に穴を掘った。
そして時は更に加速していく・・・
携帯電話の進化のスピードは凄まじかった、しかし容易に取れるはずの連絡も、あれほど会っていた雅之でさえ年に数回メールをするだけになり、そして写真付きの年賀状で顔を見るのが新鮮に感じるようになった。
お互い生活に追われ、本当の大人になっていく。
職場の付き合いが多くなり年齢は問わず、深くプライベートで話し込む相手は、いつしか同級生ではなく同僚へ変わっていった。同僚を親友とは呼ばないというポリシーのようなものだけ残されたまま、一美は大人として、また父親として成長していく。
一美が29歳の時に長女の裕美が生まれ
30歳で長男の洋平
どうしてもと良子からの願いを聞く形で、32歳の時に次男の和也を授かった。
裕美と洋平はマコばあちゃんの店に連れていく事ができたが、和也の時は、病室へ連れていく事になった。子供たちそれぞれを会わせるたびに、シワシワの顔をグチャグチャにしながら泣いて喜んでくれて、僕たちも三人とも会せることができて安堵した。
病の床でマコばあちゃんが言った
(こげな私にも孫を授かるような気持ちを味合わせてくれて、ほんにありがとう)
その言葉の背景に、やはり過去に何かあった事を察して、数日後、良子の母にマコばあちゃんの過去を聞いたことがあったが、(私にはかけがいのない人だった事に違いないんだけどね・・)とその先の言葉に困っていた様子を感じて、それ以上の追及は止めた。
自分自身にも墓までもっていくものがあったことも影響したのかもしれない。
俺にとっても、ただ良かっただけの存在だったマコばあちゃん。
80年以上生きてきた人生最後のたった5年の付き合いだった。
喪主は良子の母が務め、俺は見送った。
――――――
見送った一美は自分自身を見つめ直す
(運と学歴で出世していく)そんな言葉も世間には存在するが、そういうものと分類された人でさえも人の上に立つということは生半可なものではない。
そして一美は別の方法で出世していった。それは子供の存在が影響したことは言うまでもない。
一美の収入だけでも生活するには問題はなかったが、良子は保育士という仕事から離れたくないという理由を前面に押し出し、仕事を続けることを祈願するかのように言われたが、男女ともに進学することが当たり前になってきている世間の変化から、子供3人分の学費を考えて、俺のプライドさえも守った決断だったのかもしれない。
裕美が生まれるまでは良子の実家に近いアパートで生活していたが、洋平が1歳になったときに富宮市の実家を改築して同居することにした。
男の一美が理解に苦しむ些細な嫁と姑問題、年齢を重ねるにつれ頑固が目立つ父親、それを乗り越えていく上で得る絆や信頼も感じることもできた。
・・・一美にとっては、普通で当たり前の家庭・・・
大きな災害や事故もない、それらを感謝するべきだが、当たり前のことに感謝できなかった一美を責めることは難しい。 しかしその当たり前の家庭があったからこそ出世もできた。
―――これを幸せと呼ぶのか?感じるのか?
それは人それぞれだろう・・・
当時、美紀が一美に願った幸せとは
...これなのか?
時代と共に、嫁は旦那の悪口を言うのが当たり前で、
(亭主元気で留守がいい)と言われるような時代でも、良子は一美の悪口を一度も言わなかった。
―これは一美にとって特別な事に感じて素直に感謝していた。
―そして、子供たちの成長も、一美と良子の想いが叶った。
そんな生活を送り続け、墓まで持っていく責任の重さを感じなくなった頃・・・
一美は50歳を迎えた。 ―――
敏彦は再雇用の末、一美に部長を引き継がせ、退職していった。
裕美は、良子の影響からか保育士を目指して短大に通っている。長男の洋平は、県立の大学へ入学した。
二人はそれぞれ違う県外で一人暮らしを始めていた。
そして次男の和也が来春に高校を卒業することになる。
――――そんなある日・・・
「お父さん・・・和也の話を聞いてあげて欲しいな・・・」
良子は寝室に入ってくるなり、悩みを打ち明けた。
「どうかしたの?」
「あの自動車工場で働くって言いだして・・・」
この数十年で富宮市も変わった、田舎の山肌を利用して企業有地を進めた結果、フランチャイズの食品加工工場や、自動車部品の下請けメーカー等が安い土地代と高速道路からも近いことから次々に参入して、それと共に人口も増えていった。
良子が(あの)と言ったのは、その中でも、王手の自動車メーカーで、その企業が参入した時は、緑の山肌に赤い建物が映えて目立ち、企業の広報相手に市長の挨拶が大々的に取り上げられ、ローカルチャンネルの放送をきっかけに、地元では有名な話題になっていたからだ。
「そうか・・・和也は何を思って出した答えなのかな?」
「それはわからないけど・・・せっかくあの子も進学すると思って・・・私・・・」
・・・・昔を回想した・・・
親の想いが逆転した。・・・・・
「とにかく和也の話を聞いてからでいいじゃないかな?」
「お父さんから和也には、できるだけ進学するよう話ししてほしいな・・・」
回想が邪魔になり返事は虚ろで、回想を進めるために昔の記憶を呼び起こしていた。
―――その結果、一美は和也を釣りに誘うことにした。
翌週の日曜日に和也と約束を取り交わした、良子には、一美から弁当をリクエストした。
いつもコンビニで済まそうとする一美からのリクエストに良子は戸惑っているようにも見えたが、理由は聞かれないまま、母と一緒に張り切ってくれた。
父親を誘ってみたが、物置に眠っている今でも捨てられない当時の釣り竿は、共に年を重ねて両親ともに75歳を超えていた、特に父は最近、家から出るのも面倒くさがることが多く、釣り竿は餌を買うために入った店で、買い揃えることにした。釣り場も当時の父親の様にはいかず、釣具店で聞いた1時間程で行ける防波堤を選んだ。しかし天気だけには恵まれて久しぶりに息子と二人で、糸を垂らすまでに到達した。
目線を下にすると防波堤には捨てられたペットボトルが浮いていたり、流木が漂っていて決して綺麗とは言えなかったが、目線の上は、空と海の、青の違いを教えてくれて、日々のストレスからは遠い景色が広がっていた。
―――――「父さんが釣りに誘うなんて久しぶりだね!」
思わず声に出して笑ってしまった。
「ははは・・・和也にもいずれ、言うか言われるか、そんな時が来るかもな!」
「そんなにおかしかった?」
昔話をしながら糸を垂らした。
魚は釣れなかったが一美は楽しんでいた。
和也のタイミングで口が開いた
――――「父さん・・・どうせ母さんから就職の話・・・聞いてるんでしょ?」
・・・・海を眺めながら笑みを浮かべるだけで一美は答えた。
「やっぱりな・・・父さん…俺さ…俺なりにあの会社の事調べてみたんだ・・・就職にはなるんだけど、企業内に学校みたいなのがあって、そこで整備士の資格とか溶接の資格とか色々できることがあって、ただ大学に行く事よりも資格取って・・・職人っていうか・・・自分にしかできない事をしてみたくて・・・」
和也の成長をしっかりと感じ取れた、親からの尊重は必要なく、子供の主張としては隙がないと判断できた
「母さんを納得させる程の努力と結果を出せば、なにも問題はないだろ・・・父さんは和也を常に応援しているだけだ!やりたいようにやってみろ!」
「ありがとう!父さん!」
「和也も成長したな!頑張れよ!」
「うん・・・それと・・・兄ちゃん帰ってこれなかったら・・・俺はこのまま実家に住んでて良いかな?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「ん?どういうことだ?家に住んでて良いに決まってるだろ」
・・・・・・・・・・・
―――「いずれの話ね!兄ちゃんが結婚しても同居しないとか・・・」
「ははっ!そんな先の話のことか!父さん何も考えてなかったな・・・和也は地元から離れたくないのか?」
「うん・・あの家からも出たくないし・・・他県に就職もしたくないし・・」
「洋平はどう思ってるかな・・・でも和也がそう思っているなら、その時考えような!」
「考えるって?」―――
――「まぁ・・そのときはそのときで!・・・・・ありがとな・・・」
一美はこの時、少し困った気持ちにもなったが、何よりも地元と親を思う息子の気持ちを喜んだ。
――――その後、良子から和也について聞かれたが、一度目は(もう少し見守ろう)とはぐらかしたが、二度目の時は、(和也の意志を尊重する)と少し強めに答えた後は、二度と良子からの質問はなかった。
平成も終わったこの時代に、珍しく昭和の匂いを残す夫婦関係だった。
珍しい夫婦と言えども珍しくもない夫婦のマンネリは一美にも感じていた。
良子とは勿論嫌いで結婚したわけじゃない。しかし一美の中に美紀と比べる意識が完全に消滅していなかったのかもしれない。子供が生まれてからは、子供への責任感は過去を取り戻すように人一倍感じながら生活していた。その分、良子の事を考える隙間が減っていた。
――現に現在の一美は、良子との男女としての思い出の記憶は、出会いから出産までで止まっていた。
こうして一美の家庭は特別な事がない幸せというべき時が過ぎていった。
裕美は、短大近くの実習でお世話になった保育園へそのまま就職することになった。
洋平は東京に本社を構える全国規模のフードチェーンのエリアマネージャーを目指し転勤族の仲間入りをすることになった。
・・・和也は何かを察していたのかもしれない・・・
・・・・・そして和也は良子をしっかりと納得させた。
一美は自分の家庭を評価することはなかったが、子育て、夫婦関係、祖父母、仕事と経済状況、どれも単純に言えば平均点以上と周囲が思うような家庭だった。
・・・・そして・・一美が年齢を重ねたことで、時は更に加速していく・・・
――――――――――――――
ベッド上の一美は、あれからも罪悪感だけを色濃く感じながら、朦朧とした意識の中にいる。
・・・どのような事があれば、ここまでになるのか?・・・
――それは一美が54歳を迎えた時から始まった…
久しぶりの連絡……洋助からだった!
「カミ!久しぶりだね!元気か?」
「ほんと・・久しぶりだな!アメリカから帰ってきた?」
「そうなんだよ・・7年ぶりかな・・・」
洋助は、電子機器のエンジニアとして海外出張していた、ビザ更新のために一時的に帰国することはあったが、その隙間は連絡を取り合うほどの隙はなく、共通の知人や雅之から帰ってきたことを噂として聞く程度だった。
「これで、しばらく日本にいられるの?」
「たぶん・・いつまた頼まれるかわからないけどね・・・・
・・・・・それはそれで…カミさえ良ければ…たまには飯でもどうかと思って連絡したんだよ」
―――洋助が俺を誘うにしては、言い辛そうな間を感じた。
「おう!いつにしようか?」
こうして久しぶりの再会をすることになった。
―――――――――
洋助からアプリを介して連絡が入り、富高市の焼肉店で、金曜夜に待ち合わせをすることにした。
焼き肉店の隣は公園になっている、桜の木が何本か植えられていて、丁度、満開だったことは今でも覚えている。
一瞬、立ち止まってその桜を眺めたくらいだった。眺めた事は覚えているが、その時、何を感じたのかは覚えていない。
一美は、洋助が予約していたので、店員に(岩田)と告げると、個室に案内された。
20分程して洋助が到着した。
「わるいわるい・・・待った?」
「いやいや・・お互い少し太ったか?」
注文を済ませ、久しぶりの再会で会話は弾んだ、洋助との焼肉で若い気持ちになったのか、カルビの注文が多くなってしまったことを二人で反省した後、洋助が言いづらそうに口を開いた。
「なぁ・・カミさ・・・恵美から聞いたんだけど・・・・
・・・・美紀ちゃん・・・」
・・・・・・・・・・
座骨あたりからヘソの下が麻痺したような気持ち悪さに顔を歪めた。
「え!?・・・・・・・・」
―――洋助の口から(美紀)と言われて、凍り付いた。
「恵美が会ったって言うんだよ・・・」
心臓の鼓動が一気に跳ね上がった・・・・・・・・・・・・
墓に持っていく準備は、完璧にしてきた。そこから掘り起こされた気分だ。
「どこ・で・・・・・?」
「それが・・会ったと言うか、見かけただけらしいんだけどさ・・富高の市立病院で見たらしい・・・どうやら入院してるみたい・・」
「・・・・・・・・・・・」
凍り付いたままの一美に更に凍てついた氷が顔にへばり付き、表情すらも拘束され時が止まった。
「カミに、これを言うべきかどうか・・・すごく悩んだんだけどさ・・・」
・・・・・・・・・・・・・
―――行方がわからなくなって、一美はてっきり遠くの街に行っているものだと思い込んでいた。
その意外な内容に戸惑いは加速した。
「恵美が知り合いのお見舞いに行った時に、偶然、見かけたって・・・・俺は他人の空似じゃないかって言ったんだけど・・恵美は絶対、美紀ちゃんだったって・・・話しかけてはないみたいなんだけど」
「わるい・・・余計な気を使わせたね・・・」何も悪くない洋助が申し訳なさそうに話している姿が余計に辛かった。
「いや・・それよりも、カミ・・・大丈夫か?」
「うん・・・大丈夫・・・」
話を聞いて会いに行きたい衝動が一気にあふれ出した。墓まで持っていく覚悟をしていた一美には、居場所が判明しただけの事であればこの衝動をおさえることもできたのかもしれない、しかし入院中と聞いて一美の奥底から溢れ出てくる衝動が抑えられずにいた。
「雅之から聞いてたよ・・・カミのこと・・たぶん俺らにも言えない事があったんだろうって、あの時のカミは俺も良く覚えてる。でも昔のことだから、言わなくても良いかなって思ったけど・・・・・やっぱり言わなきゃ良かったかもな」
「いや・・・・聞いていなかったら、俺が後悔していたのかもしれない」
―――良子と家庭のことを考えたら、会うべきではない事など当然わかっている。―――
「カミ・・・・・本当に大丈夫か?・・変なことにならないよな?」
「あぁ・・ わかってる」
「ほんとにわかってる?」洋助は一美の表情から不安を感じていた。
やはり洋助からの確認は一美の心には届いていなかった。
抑えられない衝動は行動力に変わろうとしていたが、(入院しているらしい)というだけの情報で、ただ宛もなく病院の中を徘徊するというのか・・・そして富高市立病院と聞いて真也君の妻になった、志津恵さんが看護師として勤務している事は、洋助から告白された時点で連想していたが、その伝手を使うべきかどうかで悩んでいた。
(そもそも、そこの繋がりから入院をしたのかもしれない・・)
・・・・・・・
(真也君から何も言われないということは、隠している?)
・・・・・・・
(会いに行くべきではないのか?)
(そう・・・最初から・・会いに行くべきではないことはわかっている)
一美の頭の中で、これらがループして思考はメビウスの輪となった。
洋助との別れの際に(またなにかあったら連絡して欲しい)と美紀の新たな情報を求めた、洋助は眉毛を歪めて心配していることを表情で一美に伝えようとしたが、一美はそれさえも見過ごしていた。
そして十数年ぶりに駅前に立ち寄った、喫煙所は無くなり、そこにはベンチだけが残された。ここに通っていた頃とは、風景どころか駅自体が建て替えられていた。数十年止めていたタバコを吸いたい気分だ。
―――自宅に帰って、明日と明後日の土曜と日曜が、出勤になったと良子に告げた。―――
・・・・嘘が下手であることに自覚はあった。だからこそ今まで嘘はつかないようにしていた。良子に善意以外の嘘をついたのは初めてだった。
そして結局、真也君にも相談せずに一人で病院へ向かうことにした、仕事を装うためにスーツを着てネクタイを締め始めた時、背中越しに
「休日出勤なんて珍しいわね・・大変だね、何かあったの?」
良子が声をかけてきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや・・・そんな特別な事はないよ」
ネクタイを締める手が止まってしまった。
鏡越しに良子の様子を見たが、目が合う事を恐れて目線を直ぐに戻した。
朝食は喉を通らない、昨日のカルビだけが原因ではない事は明らかだった、いつもの時間よりも10分ほど早く、良子が朝食の食器を洗っている間に出発した。
―――――――――――
病院に到着して、歩いて五分かけて正面の大きな自動ドアから入って行く、あまりの人の多さにスーツ姿の健康な中年が徘徊していても違和感がない状況だったことは安心した。
更に偽装を兼ねて、売店で見かけた…お見舞い用の花を買ってから、その先の事を考えることにした。
―――――――――――
(ここまで来たとしても・・・どうやって・・・)
(志津恵さんは出勤しているのか・・・)
(出勤していたとしたら、先に志津恵さんに遭遇してしまうかもしれない・・・)
(ここに俺がいる・・・良子に伝わるようなことは・・・)
周囲の人たち全員が、敵にでも感じるように、入院病棟へ続くエレベーターへ花束を手にして一美は向かっていく。
気分が落ち込む病院は、逆らうように大きな窓からたくさんの光を取り込むような形になっていたが、
・・・・どうしても暗い・・・・
心臓の鼓動と歩く歩調が徐々に乱れていく・・・
それでも一美は病院の奥へ進んでいった……




