第一章 ーーー新規IDーーー
アクセスありがとうございます。
8章までが前編構成になっています。
長い前振りになりますが、読んでいただけると嬉しいです。
あなたならこの小説の最後…
どのように選択し何を思うのか!?
そんな内容になっています!
どうぞ
宜しくお願いします
それでは...はじまります
瞼の隙間に鈍い光が差し込み朦朧とした僅かな意識が戻る…そして全身に微かな振動…
過去に何度も感じたことのある振動、定かではないが、大きなワゴン車の中…俺は寝かされている…のか?
あなたなら…突然この状況に置かれた時、どう受け止めるのだろうか?
意識が戻り…気がついた時、突然と車の中・・・
恐怖、不安、焦り、少なからず多くの人は何かを感じるだろう
しかし、あの頃の俺は、血液は水銀と入れ替えられたような無機質で無気力の塊と化して、記憶も曖昧で頭の中は常に濃く霧がかかった様だった…
しかし深く刻まれた罪の意識が、微かな自我を保たせていた…それは自らが課した断罪の気持ちが、全てを忘れる事さえも許されなかった罰だったと解釈した自分がいたからなのかもしれない…
感情のコントロールも難しい、自由の利かないこの体も…罰なんだと受け入れていた…
・・・なにも知らいない、誰もいない所に放り出してもらいたいとも願った程だ…当然驚きもしない
―――だが、俺はやっと解放された―――
しかし…あれほど苦しんだ時間だったのにも関わらず、俺の人生に必要な時間だったと…今なら思える。
当時はそんなこと考える事もできなかった
何かを考えるどころか…
なにも理解できなかった
あれほど無力で無防備な状況はないだろう…
それでも人でいさせてくれたことに感謝している
できることなら直接、感謝の気持ちを伝えたいと思っている、今は無理だが・・・・
いつか必ず伝えたい… 必ず…
―――3年5ヶ月前―――
限界までに倒されたリクライニングシートに寝かされている男、黒川一美は、もう自分自身でもこのような体になってしまってから、どれくらい経ったのかも思い出せない…
意識が飛ぶように、その間の記憶が失われることもあったが、自分の名前と過去の記憶は思い出せたので、記憶喪失とは思わなかった…
何事にも意欲が湧かない、何かを疑う気力さえも湧かなかったからかもしれない
当初…体調不良であれば病院に行く事も選択肢にあったはずだった、しかし一美にはその選択肢はなかった…今となっては既に手遅れだ…
今、残されたのは快か不快かを判断する程度の僅かな思考力だった…
シートから見える窓ガラスからは太陽の日差しが強い、日差しは気分を更に悪くさせ、視線を逸らすと運転席の人物に自然と目がいった、見覚えのない男に驚くこともない、しかし車の行き先は期待もあってか少しだけ気にすることができた。
一美の口から
「ど・こ?・・・」
と乾いた喉を通って、言葉にはならない音が出た。
運転席の男は聞こえていないのか、無視しているのか、全く反応がなく何事もなかったかのように前を見続けている。
もう一度…
絞り出した唾を飲み込んでから声に出す…
今度は「・・どこ?」かろうじて言葉になった
それでも運転席の男からは反応がない
数秒後に助手席から
・・・「はぁ・・・っ!」と強めの溜息の後
「病院行くんだよ、先生もいるし看護師さんもいるって言うし安心でしょ? リハビリもできるみたいよ」
と作られた優しい女性の声が聞こえてきた
日差しで助手席に人がいることに気が付かなかったが、一美はこの女性の声がなぜか懐かしく感じた。
(病院・・・体調も悪いし・・・いや・・それよりも…この人たちは誰・・・?)一美の心の中に疑問が
いくつか生まれたが、今の一美には、やはり(どうでもいい)、倦怠感と気分の悪さが勝っていた。
それよりも日差しに背をむけ車に揺らされていることが心地良かった。
・・・・・
傍から見れば、明らかに寝ているように見えるだろうが、一美の意識は車が線路を横断したことは理解できた。
一美が生まれ育った富宮市は南北に細長く、一本の路線がそれを分けるように引かれていた。
線路を渡る車の揺れと音は、一美に北に向かっていることを知らせた。
富宮市の南側は一級河川を渡ってトンネルを抜ければ海が一望できる、春と秋の3ヵ月間は桜エビ漁が盛んで時期になるとローカルチャンネルが毎年取り上げた。
地元の住人からしたら、桜エビの天日干しを、お土産に選ぶ事がなければ、わざわざ行く所ではない、台風が来る度に通行止めになるほど海沿いを走る高速道路の高架下に埋もれている場所だ。
一美が向かっている北側には、町の中心に大きな神社があるが、観光地とは呼べるものではなく、その他の観光帰りの大型バスがトイレ休憩のために立ち寄る程度の遺跡と滝し
かない。
数年前にB級グルメで一位を取ったことがあった名物の看板が、すがる様に立ち並ぶ風景が広がっている。
富宮市の線路北は地元の人たちからは拓けていると連想させるが、期待できるものはなにもない。
昔の記憶は比較的保たれていた今の一美に、線路を渡った事で回想された記憶だ。
そんな疑問も病院というキーワードにも関心を持てず、今日も不安にもならない倦怠感だけを纏って始まった。
5分後の強い日差しは、一美が幼少の頃に海で浴びた日差しを回想させながら、車は走り続ける。
――揺らされている一美は寝ているのかどうかもわからない・・・白昼夢の中にいるようだ。
そんな曖昧な意識の中、僅かな記憶が蘇るーー
・・小学生の頃、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた姉が、俺を怒鳴っている。・・
一美には3歳年上の姉、衣里奈がいた。
姉は中学へ入学すると小学生の僕と喧嘩することが馬鹿らしくなり、殴り合うほどの喧嘩はなくなった。しかし、それは一美のことを更に見下せるようになったからだと後に知ることになるのだが、当時の一美にとって理由などわかるはずもなく、ただ安堵した。
一美が中学入学と共に姉は他県の全寮制女子高校へ入学した。会うこともなくなったが、帰省してくる度に、富宮が
似合わない女性へと変わっていった。
そして姉は、僕の事を弟という親族ではなく、中学男子としか見ていなかった気がする・・・
(いつか俺だって)
それがいつなのか、どうやってなのか、なにも持っていない強がりな無力な雄だった。
・・・姉が俺を見下さなくなったのはいつからだろうか?
姉から頼りにされる月日の方が長くなったのは、いつからだったのだろうか?
(お姉ちゃんに怒鳴られるなんて、ここ何十年もおぼえがないな・・)
不快な気分にもなったが、懐かしさも感じていた。どうして怒っているかは理解できなかったが、その頃の連鎖反応で涙が出そうになった。
~~~~~~~~~
―――揺らされている体へ我に返った・・一美が確かに見たはずの白昼夢の記憶はない、
しかし涙が右目から一粒だけを零していた。
交差点で停車した車が、細い路地に入って行くところだ、体が滑り体勢が変わるほど車は傾き、急な坂道を登りはじめた、上り坂は随分と続く、意識はだいぶ覚まされた。
ーーーー―しばらくすると車が停車した。
助手席のドアが開き助手席の女性が降りていく。
出ていったまま戻らなかったが、しばらくすると少しだけ車が動きまた停車した。
背を向けていたドアが開く、外からの熱風が入り込んできた、それと共に蝉の不愉快が一美の全身に浴びせられ、ほとんど無い体力を更に奪っていったり
そこに、蝉の隙間から、女性の声がすり抜けてくる。
「こんにちは、担当する鈴木と申します。」
声に対する疑念が微かに揺れたが一美は一切動かない。しかしそのままの一美に、鈴木と名乗るその女性は、何も気にせず声をかけてきた。
「天気もいいし、車から降りましょう、手伝いますから」笑顔も声も蝉と変わらない。
他にも色々と言っているようだが、聞く気などない。
俺じゃない誰かと話もしているようだが一美の耳には届くはずがなかった。
少し間が空いた後、
「天気いいのになぁ、外は気持ちがいいですよ」きっかけの話題が天気しかない状況に困っている感情が伝わってくる。
(天気が良いだけで、誰もが気分良くなると思うな・・・)心の中でつぶやきながら、体を揺さぶった。それが裏目に出て体が動いたことを一美が返事をしたことにされた。
「手伝いますね!」と女性とは思えない力で体を引き起こされた。
引き起こされた瞬間に深い茶色い目と合ってしまい反撃のチャンスを失った。
「鈴木です、宜しくお願いします、痛くなかったですか?大丈夫ですか?」
(しつこくたたみかけてくる・・面倒だ・・・)
年齢は明らかに20代で若い印象だ、先ほどの力強さからは、とても想像できないくらい細く綺麗な女性だ、明るいピンク色の規則正しいラインが入った服を着ている。
(看護師なのか?)
わからないが制服のように見えるその姿…
体は起きても視線は下になったままの視界に車椅子が見えた、確かに歩くのもしんどいが、車椅子など乗ったこともない。そのままの勢いで鈴木が車から引きずり降ろそうとする、押し寄せた不安と気分の悪さから
(やめろ!)・・・・・・
強く大きい音で威嚇した。
しかし鈴木は何も動じない―――
「大丈夫ですよ、手伝いますから、怖いですよね?」さっきとは違う、優しい口調で諭 さと されたのが余計に不快と感じた。視線を上にむけると車椅子の向こう側に男女2人が立っている、男の方は誰が見ても不機嫌そうな顔をしていた、男に見覚えはないが、その横で悲しげな表情を浮かべている女性の顔が飛び込んできた瞬間に俺は凍り付き、そして今までの投やりな態度を恥じて一気に緊張が走った。
「天気いいのになぁ、外は気持ちがいいですよ」きっかけの話題が天気しかない状況に困っている感情が伝わってくる。
(天気が良いだけで、誰もが気分良くなると思うな・・・)心の中でつぶやきながら、体を揺さぶった。それが裏目に出て体が動いたことを一美が返事をしたことにされた。
「手伝います」と女性とは思えない力で体を引き起こされた。
引き起こされた瞬間に深い茶色い目と合ってしまい反撃のチャンスを失った。
「鈴木です、宜しくお願いします、痛くなかったですか?大丈夫ですか?」
(しつこくたたみかけてくる・・面倒だ・・・)
年齢は明らかに20代で若い印象だ、先ほどの力強さからは、とても想像できないくらい細く綺麗な女性だ、明るいピンク色の規則正しいラインが入った服を着ている。
(看護師なのか?)わからないが制服を着ているように見える、体は起きても視線は下になったままの視界に車椅子が見えた、確かに歩くのもしんどいが、車椅子など乗ったこともない。
そのままの勢いで鈴木が車から引きずり降ろそうとする、押し寄せた不安と気分の悪さから、
(やめろ!)・・・・・・強く大きい音で威嚇した。
しかし鈴木は何も動じない――― 「大丈夫ですよ、手伝いますから、怖いですよね?」さっきとは違う、優しい口調で諭 さと されたのが余計に不快と感じた。視線を上にむけると車椅子の向こう側に男女2人が立っている。
男の方は誰が見ても不機嫌そうな顔をしていた、男に見覚えはないが、その横で悲しげな表情を浮かべている女性の顔が飛び込んできた瞬間に俺は凍り付き、そして今までの投やりな態度を恥じて一気に緊張が走った。
(なぜ?こんなところに・・いるはずがない!!・・・ありえない・!・・)
鈴木の優しいうるさい声は聞こえなくなり、見たこともない男の不機嫌な顔が目立っていたが、一美にはそんなことなどどうでもいい・・・そんなことよりも、男の影に隠れている…小さく、いるはずのない自分の妻の悲しげな表情にくぎ付けになった。
一度視線を逸らすが、見直したことで緊張と倦怠感をも増幅させて、鈴木の誘導に身を任せることにした。
車椅子で押され移動する様は、一美の全てが委ねられていた。
珍しく倦怠感が遠のいたが、
(なぜ妻が!?ここに!?・・いるはずがない・・・ありえない!!・・・)
やはりこの疑問が頭を駆け巡る!
こんなにも頭を使ったの何年ぶりだろうか…
鈴木の優しいうるさい声は聞こえなくなり、見たこともない男の不機嫌な顔が目立っていたが、一美にはそんなことなどどうでもいい・・・そんなことよりも、男の影に隠れている、小さく、いるはずのない自分の妻の悲しげな表情にくぎ付けになった。
一度視線を逸らすが、見直したことで緊張と倦怠感をも増幅させて、鈴木が操作する車椅子に身を任せるしかなかった。
珍しく倦怠感が遠のく程の衝撃
(なぜ妻が?)
一美の頭をの中を駆け巡る!
一美には勿論答えが見つけられない。しかし記憶が曖昧で体調不良が続いていても、これだけはハッキリしている!
妻がそこにいることは、絶対にあり得ない!!
時が経過しても答えを出せるはずもなく、車椅子は大きな建物の中に進む、一美の思考も一緒に飲み込まれていった。
背中しか見えない筈の鈴木でも何かを感じたのか、安心させようと一美の感情とは裏腹に声をかけ続けた。
「他にもたくさんの方がいますよ、男性の方もいますから、喉は乾いていませんか?」
優しさだけの声だったが、一美に届くはずがない。
妻と正体不明の男は、大きなバックを2つ、衣装ケース型のクリアケースには多くの衣類が
入っている、車椅子の後を付いてくるが追いつこうとはしない。
大きな荷物を言い訳に使っていた・・・
~~~~~~~
一美の育った家庭は裕福な家庭とは言えなかったが、裕福な家庭が珍しい地区で生まれ育った事もあって、貧しい環境を不幸と感じないで済んだ。
幼少の頃を、「貧乏だったんだ」と気づいたのは、、他県の全寮制の高校に入学してからだった。
家に米どころか、食べ物そのものがなくなると、近所の子供同士で山へ竹の子を採りに行った、竹の子と言っても季節外れの淡竹を、灰汁抜きしないまま焚き火の中に放り投げて、
塩か醤油で空腹を紛らわせた事を話した時、笑っていたのは俺だけだった。
高校時代にこの話をしたのは、最初で最後になったが、社会に出てからこの話を笑いのネタとして何度もすることになるとは思いもしなかった。
市内には高校は無く、小学校と中学校が一校ずつ、ほとんどの学年が30名に達するかどうかの生徒数だったため、中学までの9学年のほとんどが1クラスしかない、2クラスになる年度は市内が騒つく有様だった。高校は近くても隣市の富高市に一校あるのみで、富高市の住人が優先されているとしか思えない必然的な現実がそこにはあった。
それに逆らうかのように富宮の高校進学は他県の富高市よりも拓けた市域へ進学することが、市のしきたりになっていた。一美にはコンプレックスを感じるどころか興味すらなか
った、しかし中学の担任と父親からの当たり前かのように進められた高校へ進学することになり、しきたりに従った結果となった。
姉の衣里奈とも、高校進学の話などするわけがなかった。
(姉ちゃんにとって、高校進学はどんなだったんだろう)
姉と親のやり合いを覗き見ていた一美には、平均点以下の反抗期しか経験がなく、正に中学男子らしく(親に感謝しています)とカンニングするかのように口にした。その程度しか
親の存在を感じていない一美でも、全寮制で親元を離れることに不安を感じていたが、しきたりに逆らう勇気もないまま中学を卒業した。
同じ中学から一美以外に、2人の男子と1人の女子が同じ高校に行くことになっていた。中学生活まで1クラスだけの学生生活を過ごしたこともあって同学年どころか、全校生徒の顔と名前が一致していた。同級生とは9年間を共に過ごすこともあって細かな性格や癖さえもわかっていた。
そしてその付き合いが10年目に突入する内の1人が、鈴木雅之だった。勿論名前も顔も見飽きた仲だったが、仲の良いランキングなんかを作ってみた場合、確実に中の下に位置する奴だった。雅之の家庭は、僕らが育った地区でも荒れていると言って良いだろう、父親は自宅近くの自動車整備工として休み無く仕事はしていたが、風邪を引いていても仕事帰りに飲み屋に立ち寄り、月給の半分は酒代に変わっていた。子と1人の女子が同じ高校に行くことになっていた。
今までと違って、今まで1クラスだけの小中学生を過ごしたこともあって同学年どころか、全校生徒の顔と名前が一致していた。同級生とは9年間を共に過ごすこともあって細
かな性格や癖さえもわかっていた。
そしてその付き合いが10年目に突入する内の1人が、鈴木雅之だった。勿論名前も顔も見飽きた仲だったが、仲の良いランキングなんかを作ってみた場合、確実に中の下に位置する奴だった。そんな雅之の家庭は、僕らが育った地区でも荒れていると言って良いだろう、父親は自宅近くの自動車整備工として休み無く仕事はしていたが、風邪を引いていても仕事帰りに飲み屋に立ち寄り、月給の半分は酒代に変わっていた。
愛想をつかした母親は毎年に三回程、自宅を飛び出していく事があった。ここまでなら珍しくはない家庭かもしれないが、雅之の母親は、雅之の弟と妹の三人を置いて母親だけ毎回出ていった。
雅之にとっても慣れたもので、そんな事態をわざわざ学校で話すことはない。
代わりに、祖母が他県から家事を手伝いに来ることもあったが、普段見慣れない祖母の存在に気付いた近所の人が、毎回飽きずにヒソヒソと話す声が聞こえてくる、雅之が何もなかったかのように過ごす姿を見て、同級生たちは聞こえていないフリをされているのが、雅之に対する一番の印象だった。
雅之から声をかけられたのは、前日の大雨で桜が減った枝を風が揺らした入学式の当日だった。
「おい、カミ!お前2組なんだな、寮には行ったか?」
確かに俺の名前をもじって(カミ、カミちゃん、カミくん)と男女がそれぞれ呼びやすいように俺を呼んでいたが、雅之から(お前)とは言われたこともなかったし、急に距離感が
近い声のかけられ方に、一瞬戸惑ったが、教室内はお互いをけん制し合い、空気の読み合いとなっていたので嬉しさが勝った。
「雅之こそ寮には行った?俺はまだ行けてないよ、行くなら一緒に行こうよ」
雅之と入学式の後にあるオリエンテーションが終わり次第、校門の前で待ち合わせをした。雅之からもう1人の同級生、岩田洋助を誘っておくと言われた。9年も同級生だったは
ずが、後に、一美にとって友達・同級生・親友の違いを二人から学ぶことになった。
女子の同級生は、今となっては名前も思い出せない、大きく変わった環境に、あっという間に適応して、むしろ過去を消したいかのように俺たちとの接触を避けていたように思え
た。
~~~
大きな建物の玄関をゆっくりと進んでいく車椅子は(門)を連想させて、疑問に集中していた筈の一美の脳裏に蘇った記憶だった。
身を任せた車椅子は進んでいく…
やがて人が大勢いるフロアが見えて来る。皆それぞれ話をしているが会話の内容は、聞こえてはこなかった、視線を感じ
たので、まるで自分の悪口を言われているような気分だった。そこへ突然耳元で、
「ここで待っててくだい」鈴木が言った。
勝手に景色が変わっていくだけで車椅子の後ろに人がいる事など忘れて一美は驚いてしまった。リアクションが大きくなってしまい恥ずかしいくらいだった。
案内されたのは、モノトーンで統一された8畳ほどの小部屋で、テーブルが部屋の中央に置かれて、その周りに椅子が4つ、予備の丸椅子が重ねられて隅に置かれていた、造花の花瓶が棚の上に置かれているが温かさは感じない。エアコンの風が直接あたっていたことが、余計そう思わせた。
――――――――――――――
また短くも長い時間が過ぎた頃、年配の男女が部屋に入ってくる、一美にはその二人が、白い塊に見えた。
「お願いします」鈴木の声が聞こえる。一美の後ろで構えていた。
入って来るなり白衣の男女が会話を始める。
「書類全部揃ってるのかな?ご家族は?」
「はい揃ってます、ご家族は外で待機してもらっています。ご家族はお呼びしますか?」
「あーちょっと待って、書類に目を通すから・・・」
―――会話は淡々としている。
鈴木が一美の肩を摩る。
まるで一美がそこに存在しないかのように取り交わされる会話の中、肩の感触が辛うじて一美の存在を証明した。
(家族が来る?)
あれほど気にしていたさっきまでの妻を忘れていた。
・・・・・・・(記憶がもどかしい・・・)
「ご家族入れていいよ」
「はい」
年配の男女は動かないが、ドアが動く音がした
「こちらでお願いします」鈴木の声に導かれ、妻と正体不明の男が入ってくる。
白衣の年配男性が軽く腰を上げながら、
「こんにちは、医師の久保です。よろしくお願いします」
軽く上げられた腰は、話の途中で椅子に戻っていた。
続けて立ったままの女性が口を開く
「こんにちは看護師長の古田です。今日は暑いですよね、どうぞおかけになってください」
言われるがままに、一美の左右に誘導されるが椅子が足りない。
正体不明の男は、
「それ、つかっていい?」と隅の丸椅子に目線を送る、わかっていたかのように鈴木が椅子に反応した。
右側に妻、左に正体不明の男が座り挟まれた。
不快な気持ちになったが、男は鈴木が置いた椅子の位置を後方へずらして、一美の視界から外れていった。
・・・(間違いない!妻だ!妻がいる・・・)
医師の久保が語り始める
「今日からね、ここで診させてもらいますけど、黒川さんわかりますか?私が医者の久保です。今日からよろしくお願いします。」下を向く俺の視界に入ろうとしながら、ゆっくり
と滑舌の良い言葉だ。
少し間がおかれたが、続けて
「しんどいかな?どこか痛いところはあるかな?黒川さん・・黒川一美さん・・」
体がだるいことや、痛いことをこれ以上、自覚させないでほしい。
一美が返事をするはずがなかった・・・・(気分が悪い・・・なぜ?)
そんなことも構わず、久保の質問は止まらない、それはまるで事情聴取で、黙秘を続ける冤罪被害者のような気分だ。
「黒川さんはおいくつになります?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「何歳ですかね?・・・おとしは?・・なんさい?・・・」
「・・・・・・・」
段々とバカにしてくるような聞き方と執拗さに余計疲れた。
「ごじゅう・・ろくさい・・・」
年齢に対する質問だったはずが、俺が声を出したということだけで目的が達成されたかのような空気になった。
「…56歳ですね、ありがとうございます。ここにはどうして来たのか、わかりますか?」
・・・・(どうして?)
・・・・・(妻の前で・・・)
一美にとって、体調が悪くて入院するよりも、家から追い出されても仕方がないと思っていた。ここに来たのは俺の意志ではない。
(なぜ追い出されたのか?)と聞いてくれなければ一美には反応できなかった。
そんな俺を様子を察したのか…俺の態度が悪かったからなのか…理由はわからないが久保は追及することをやめた。
・・・一美の思考は別のところで働く・・・
「妻は俺の顔すら見たくないはずだ。それだけの事を、俺はしてしまったんだ・・・」
昨日の記憶、それどころか数時間前の記憶も曖昧な時さえある。しかし罪悪感だけは一美の心に絶対的に植え付けられていた。
罪悪感を再燃した一美の溜息が、全ての返事と処理されて小部屋から一美の存在が完全に消された。
――――――――
久保から妻への説明が始まり、看護師長が細かい説明の補足を繰り返す、会話のテンポが速くなり聞き取ることさえもできなくなった。聞こえたとしても理解はできないだろう、一美は存在が消されたまま下を向くしかなかった。
やがて一美は・・なぜか視界に入った自分が履いているズボンのシミの事が一番気になることになっていた。
―――医師と看護師長の妻への説明はつづく、鈴木はそれを手の平におさまる手帳に記録していくが正体不明の男は、一美の視界からは外れていたが、話だけは聞いていた。
(重要事項説明書)(約款)(同意書)(リスク説明書)
「ご自宅でまた目を通しておいて下さい」と後付されたが、まず目は通されない、捨てることもできないが必要になって読み返されもしない紙を、決められたルーティンのように取
り交わされていった。
久保医師はその途中で「それではそうゆうことで」だけを言い残し退席していった。
それが終了の合図かのように、古田看護師長が前のめりになりながら妻の目をしっかり見つめている。
「なにかご質問はございますか?」と問われたが、何がわからないのかが、わからない困惑した表情になった妻に
「わからないことがあったら、いつでも声かけてください。では、私はこれで失礼しますけど鈴木がフロアまでご案内します、今日からよろしくお願いします」
そして看護師長も部屋から出ていった。
・・・・・
「お疲れ様でした、それではご案内しますね」
さっきまで疲れるように感じた鈴木の声は、一美以外も含めて癒された。
(部屋に案内されるようだ・・・)更に建物の奥まで車椅子が押されていく、天井は真っ白で、蛍光灯の明かりが、より白くさせている、左右の規則的でもあり不規則とも見える風景と見渡す限り並ぶ部屋までの道のりは、もう戻れない樹海のようだった。
案内されたのは典型的な4人部屋、タンスと小灯台が一台ずつ備え付けられている。
持ち込まれた大きな荷物の全てが納まり、大きく膨らんでいた2つのバッグはクリアケースに折りたた
まれた。
「荷物の確認も終わりました、以上になります、洗濯物はどうしますか?」
鈴木の問いに正体不明の男が答えた。
「午後に私の弟が来ますから、細かいことは弟に任せてあります、私からも電話をしておきますが・・直接説明していただいた方が間違い無いと思いますので、お願いできますでしょうか?」
「わかりました、弟さんには私から説明しておきます、他になにか聞いておきたいことありますか?」
「いえ、もう十分です・・・・・あの・・・・私達は帰ってもいいんでしょうか?」
・・・鈴木が一美の顔を突然と覗き込む・・・
「一美さん、帰っちゃうってよ、寂しいけど大丈夫ですよ」
笑顔で言われたが、(寂しい)というワードが引っかかった。
・・・・初めて妻の顔が俺の正面にきた・・・・
「おとうさん・・いいかな・・私達行くけど・・」
一美は、先ほど鈴木から貰ったお茶のおかげで辛うじて言葉を発した。
「りょう・・こ・・・ご・・めん・・・」
――俺の音を聞いた妻は下を向き涙ぐんでいる…
正体不明の男が口を開く、誰に発したのかわからない。
「また、来れたら来るから・・・・・よろしくお願いします。」
二人が部屋から出て行く―――
二人は振り返りもしない、それは鈴木の堂々と見送る姿勢が二人を余計にそうさせていた。
残された一美は置物のようにそこに置かれているだけになり、置物になった一美にも鈴木は変わらず優しい声で話しかける。
やがて細く白い鈴木の腕に抱えられベッドに寝かされた。優しく布団をかけられたが、かけられた布団は一美を更に孤独にした、一美は建物に入ってきた頃からを思い返そうとする
が頭の中で整理ができない、考えれば考えるほど、妻の顔を見た影響からか、後悔と罪悪感の気持ちが浮き彫りにされた。
その気持ちに押しつぶされ、気を失うように、今度は本当に夢の中に入っていった。
謎の多い第一章、一章だけでも読んでいただいてありがとうございます。
謎が多い分、色々な事を考察されたかと思われますが、果たしてこの先、徐々に明かされていく一美の過去
果たしてどのような過去を背負っているのか?
正直、読者さんを良い意味で裏切りたいと思った事と私の経験を含めたフィクションとノンフィクションの始まりになります。
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