58 目覚め
爽やかな夏の風が吹くその日、プラムは四歳になった。
日付が変わったときは「もう四年も経ったなんて」という感慨深い気持ちが胸をいっぱいにして、私は今までの思い出を振り返ったりしながら隣で眠る我が子の頭を撫でた。
まだ小さいといつも思っていたけれど、よくよく見てみれば肉付きのよかった紅葉のような手はいつの間にかスッとしていて、腕や脚だってだいぶ長くなっている。
バンザイをしても頭の上までは届かなかったのに、と昔の姿を思い浮かべながら過ぎた日々を懐かしく感じた。
(…………フラン、早く目覚めて…)
どんな気持ちでプラムを見ていたのだろう。
何を思って接していたのか。
出会いも経緯も決して良いものではないけれど、プラムは彼の子供であり、私からみたらフランは娘の前で父であろうとしてくれていたように思う。
女たらしの好色家だと聞いてギョッとしていたが、彼なりに向き合おうとしたのではないか。私にはそんな風に見えた。
だから、早く目を覚ましてほしい。
偽物ではなく本当の父親として、プラムのことを抱き締めてほしい。「愛している」と言って頭を撫でて、会えなかった分だけ言葉を伝えてくれたら良い。フランがこの短い間に見せてくれた愛情は嘘ではなかった、と。
◇◇◇
「だぁから、言ったでしょう!ピンクにしてって!」
「そんな細かい指示受けてねーよ!ケーキといえば白いクリームだろうが!蝋燭の本数は合ってんだから問題あるかよ!!」
「プラムと約束したの!ピンクのケーキにするって!」
「もっとしっかり伝えとけって……!」
個室であるから他の患者に聞こえはしないものの、さすがにこのまま大声で言い合えば看護師が飛んで来そうなので、私は「まぁまぁ」と言いながらクレアとダースの間に割って入った。
「食べれたら良いのよ。気持ちが大事だし!」
「だよなァ?この女、ほんとに細けぇんだよ…」
「なんですって……!?」
再び睨み合う両者の後ろで病室の扉が開いた。
目を向ければ、珍しく正装をして可愛らしい花を頭に着けたラメールがこちらを見ている。その傍らにはこれまた蝶ネクタイを結んだメナードが立っていた。
「もうすぐお姫様が到着するよ。クラッカーの用意は良いのかい?」
「あ、待って待って!まだ配ってない!」
ラメールの声にクレアがあたふたと紙袋の中から円錐型の小さなクラッカーを取り出して配る。私は二つ受け取って、一つをフランの枕元に置いた。心なしか今日は少し口元が笑っているようで、穏やかそうな表情をしている。
「おや、皆さんお揃いですね」
病室に入って来たフィリップは微笑んだ。
手を繋がれたプラムはふわふわのドレスを着ている。
ドレスはクレアがプレゼントしてくれたもので、プラムは誇らしげに胸を張って部屋に入場して来た。片手には自作の魔法のステッキが握られている。
入り口に立ったフィリップとメナードが頷いて、私はラメールと目配せをし合う。前に立つクレアとダースが片手に持ったクラッカーの紐にゆっくりと手を掛けた。
その時、
プラムが驚いたように目を丸くした。
「わぁ……!パパ、おめめ覚めたの!?」
一同が揃って寝ているはずの病人を振り返る中、パンパンッと二人分のクラッカーの音が静かな病室に響いた。