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あなたは優しい嘘を吐いた  作者: おのまとぺ
第三章 ベルトリッケ遠征
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42 治癒と追跡




「私たちが訓練していたら、隣の部屋からガラスの割れる音がしたの。それで、見に行った時にはもう……」


 説明するクレアの隣で私はラメールの胸に手を当てる。溢れ出る血を止めることが出来たが、破れた皮膚や細胞を再生するためには、しばらくこの場で治癒を続ける必要がある。


 頭が回らなくなっていた。

 冷静に考えたいのに、関係のないことばかり次々と思い出してしまう。プラムが生まれた時の痛みと喜び、初めて笑ってくれた日のこと、歩き出した驚き。


 追い掛けるにも、何処へ行ったか分からない。



「もしかして……共鳴したんじゃ、」


 メナードの言葉を受けて、部屋に集まった皆の目がフランに向けられた。


「落ち着いて!フランは魔物じゃないって分かってるでしょう!彼を疑うのはもう止めましょう」

「それじゃあ、いったいどうしてこんな場所に魔物がわざわざ挨拶に来るんだよ!?」

「分からないわ、だけど………」


 そこまで言ってハッとした。

 ラメールの胸に付けた両手が震える。


 バタバタと廊下を走る音がして、誰かに呼ばれたのかサイラスが部屋に入って来た。横たわるラメールの身体を見て、立ち尽くす三班の皆に目を走らせる。


「魔物か……?」

「プラムが連れて行かれたの。ローズは治癒で動けないから、私たちで探しましょう」

「だが闇雲に探すのも危険だ!」

「一度、ゴア隊長に連絡を入れます」


 フィリップが慌てて部屋を出て行く。


 隣に座り込んだサイラスが、治癒を続ける私の肩を叩いた。反射的に振り返った先で、確信を持った顔が強く頷く。私は恐ろしくなって首を振った。


「ローズ……プラムが消えたんだな?」

「ええ。そうよ、」

「フランくんに疑惑はあるが、彼が共鳴したのであれば魔物は彼を連れて行くはずだ」

「………先生…何が言いたいの?」

「君が出産する際に立ち会ったのは僕だ。憶えていないだろうが、あの日マルイーズに三体の魔物が同時に現れた」

「偶然だわ。今までこんなことはないもの…!」

「ローズ、噂の件は本当なのか?」

「………っ!」


 サイラスはデタラメを言っている。

 そんなはずはないと信じたいのに、浮かんだ可能性が私の胸を揺らした。今まで一度だってプラムの前に魔物が現れたことは無かった。だけど、今までが単にラッキーだっただけだとしたら?



「ローズ…?プラムの父親って……」


 クレアの声を打ち消すようにガシャンッと大きな音が響いた。見ると、割れたガラスを踏んでフランが部屋の外へ出て行こうとしている。


「馬鹿らしいな。先生は探偵ごっこが好きなのか?」

「なんだと……!?」

「共鳴したのは俺だ。あんたの名推理は正しいよ。俺は北部の英雄なんかじゃない。死に損ないの黒龍が人間の皮を被っただけの化け物だ」

「………っ、黒龍だって…!?」


 ダースが腰から長い剣を抜く。

 その後ろでクレアも銃を構えるのが見えた。


 全部が全部、悪い夢みたいだ。フランは意地悪をよく言うけれど、何もこんな時に言わなくたって良いのに。プラムが居なくなったんだから、少しぐらい真面目にしてほしい。



「フラン……笑わせないで」


 治癒する手元を見たままで私は話し続ける。


「黒龍は貴方が討伐したんでしょう?どうしてそんな嘘を吐くの。こんな時ぐらい、ちゃんとしてよ」

「嘘じゃないんだ、ローズ」

「…………、」

「あんたが知りたがってた真実だよ。俺はルチルの湖で龍の姿を捨てた。プラムのことは俺が探し出す。心当たりはあるから、日没までには連れ帰る」

「フラン…!」

「悪かった。今までのこと、すべて」



 そうして、フランは私たちの元を去った。

 静まり返った部屋の中で誰かが鼻を啜る音がする。


 きっと皆、困惑していた。問いただしたいのに、肝心の本人が居ないのでは何も聞けない。サイラスの話が正しければ、ゴアはすべて知った上でフランを招き入れたらしい。


 すべてとは、本当にすべてなのだろうか。


 私が同居人だと思っていた彼は、四年前に私が浄化出来なかったあの黒龍だったと?



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