41 嘘の終わり
二度のノックの終わりに、フランは姿を現した。
白い顔は特に表情を変えずに「どうした?」と私に問い掛ける。話があることを伝えると、部屋の中に招かれた。
同じ部屋の作りなのに、置かれた物が少ないせいか随分と広く感じる。落ち着かないので目だけキョロキョロと泳がせていたら、私はあることに気付いた。
「なんで荷物をまとめているの……?」
まだ合宿は一週間ほど残っているはずで、今週には二つ目の目的であるベルトリッケの街の魔物を討伐する必要がある。荷造りをするのはあまりに早過ぎる。
フランはソファに座り込んだままで組んだ手を見つめていた。私を二度も窮地から救った頼れる両の手。
「先に抜けようと思う」
「え?」
「俺が居ても雰囲気が悪くなるだけだ。ベルトリッケの街にはおそらく魔物はもう現れないから、あとは適当に訓練でも何でもして帰れば良い」
「そんなのフィリップが許可しないわ」
「フィリップの許可はもう取った」
驚いて言葉に詰まる。
フランは視線を上げないままで話を続けた。
「チームに不安の種を蒔いたのは俺だ。今の状態では他の奴らへの影響が大きいだろう」
「先生の言うことは気にしないで。彼は決め付けで話すところがあるし、貴方との関係が築かれてないから……」
「そう思ってるのはあんただけだ」
「………っ、」
「ローズ、みんな恐れてる。俺はこの合宿を最後に三班を抜けるよ。有難いことにゴアのお陰で活躍の場はべつに用意してもらえそうだ」
「待ってよ、もう隊長にも話したの……!?」
いつの間に一報を入れたのだろう。
ゴアは隣国に出向いているとフラン本人が今朝言っていたから、副隊長であるエリサあたりに伝えたのかもしれない。
何の相談もなく決められたことにショックを受けた。
相談する相手ではないと、突き放されたようで。
「三班から抜けるタイミングで、同棲の解消も伝えたよ。同じ班でないなら、もう世話を見る必要もない」
「フラン、」
「それに……俺がローズに教えることなんて無い」
黄色い双眼はこちらを見ない。
「思えば、あんたが俺に教えることばかりだったな。人付き合いは苦手だから、今まで求められたものを与えてきた。そうすれば相手が喜ぶから」
「慈善事業……?」
彼がいつの日か言っていた言葉を口にする。
フランは小さく頷いた。
「そう。人の気持ちなんて分からないし、分かりたいとも思わなかった。ローズが俺を叱るまで、真面目に考えたことすらなかったよ」
「ごめんなさい、私だって人のことを言えないのに…」
フランに言われたことを思い出す。
彼は私の軽い説教を「自戒」だと否定した。優しさを見せることが相手にとっては毒になり得ると。
嫌いだと言ってキスをしたり、拒絶を重ねるのに心配した顔を見せたりする。いつだって、この男の行動は私の理解を越えていく。
「フラン……以前、貴方は嘘を吐いてるって言ったわ」
私は記憶の中の言葉を手繰り寄せる。
黒い髪の隙間からフランの目が覗いた。
「貴方が私のもとを去るなら、本当のことを教えてくれない?もうお別れならば…それぐらいの我儘を聞いてよ」
「………そんなこと言われると思わなかったな」
「結構根に持つタイプなの。今教えてくれなかったら貴方のこと恨み続けるから」
「おっと、それは困る」
軽い調子でフランが笑う。
少しだけ普段の会話に戻ったような気がして、目の奥がじんわりと熱くなった。きっとフランを止めることは出来ない。彼にとっては、もともと嫌々受け入れた提案で、私とプラムは下ろせない荷物のような物だったのだろう。
フランの手が伸びて、私の手を取る。
薄い唇が弧を描いた。
しかし、続く言葉を聞くことは出来なかった。階下から聞こえた悲鳴が部屋の空気を切り裂き、私とフランは顔を見合わせてすぐさま階段を駆け降りる。
「ローズ…!プラムが……!」
視界に飛び込んで来たのは、胸から血を流して倒れるラメールと、プラムのリュックから溢れた作り物の剣。紙で出来たそれはグシャグシャに折れ曲がって転がっている。
クレアの声が耳に入って来ない。
プラムは、部屋から居なくなっていた。




