40 暗雲
サイラスが去った後も私たちはぎこちない雰囲気になってしまい、午後も個人個人で自分の時間を過ごす流れになった。いつもであれば、せっかくの日曜日だし、街へ繰り出そうとクレアあたりが誘ってくれるはずだ。
中でも一番分かりやすかったのはメナードで、今までは忠犬のようにフランに付いて回っていたのに、今日の彼はひっそりと訓練場の隅で道具の手入れに勤しんでいた。
「あんな話聞いて…正直混乱しているわ」
クレアがトレーニング用の重たい鉛の塊を床に下ろしながら困ったように言う。私は相槌を打って頷いた。
「ええ。先生もみんなが居る場で言わなくても良いのにね。証拠のない言い掛かりは良くないし……」
「でもローズ、知ってた?フランは第一等級って言ってたわよね?私の方が長く騎士団に所属しているのに、」
「それは彼が北部での功績を認められているからよ」
「でも悔しい。正直、もしもサイラス先生の言葉が本当で、フランが魔物の血を引くって言うなら私たちにも言っておいてほしいと思う」
「貴女までそんなこと言わないで……!」
「だって、仲間なら明かすはずでしょう!?」
私は返す言葉を見つけられずに口を閉じる。
クレアは動揺したままで大きく首を左右に振った。彼女の気持ちは私も十分分かる。同じチーム内にそんな秘密を抱える者が居るならば、事前に共有してほしいとも思う。
だけど、知るならばフランの口から聞きたい。
彼の言葉で説明してほしい。
「………フランは?」
訓練場を見渡すも、見慣れた黒髪は居ない。
「部屋に居ると思う。彼が気不味い思いをしてるのは分かるけど、私たちだって不安なの…… ごめんね、ローズ。貴女たちだって一緒に住んでて心配だろうけど…」
「違うわ、私が心配なのは……」
自分の身のことではない。
私が気掛かりなのは、今、フランが何を考えているのか分からないこと。感情を見せない彼が一人で沈んでいても、私が知ることは出来ないこと。
「クレア、私……フランの様子を見てくる」
「止めておきなさいよ!もし魔物だったら、」
「みんな変よ。今まで一緒に戦って来たのに、サイラスの言葉ひとつで神経質になって」
「変になって当然よ!だって私たちは自分たちが狩るべき相手と仲良くごはんを突いてたかもしれないのよ?フランが魔物に私たちを売る可能性だってある……!」
「落ち着いて。お願い……それ以上聞きたくない」
クレアがハッとしたように口を押さえる。
私は踵を返して訓練場を後にした。
隣の部屋ではラメールがプラムと遊んでいて、私は窓越しに頭を下げる。老婆は何かを察したように笑顔を作ると、両手を合わせて祈る素振りを見せた。
私は大きく頷いて、もう一度ラメールに頭を下げる。
フランの部屋は建物の四階に位置していて、倉庫や会議室が並ぶ廊下は随分と静かだ。階段を上りながら窓の外を見ると、今朝方まで晴れていた空には厚い雲が立ち込めていた。一雨降りそうな予感がする。
(どうしてこんなことに………)
サイラスは何故あの場で根も葉もない話を展開したのだろう。いつもは笑い飛ばすクレアやダースが間に受けたことで、メナードは怯えてしまった。ラメールやフィリップは表面上は変わりないけど、内心どう思っているのか分からない。
第三班の中に暗雲が広がっていることは明白だった。




