39 作り話
「おっかしいわねぇ。討伐すべき魔物がベルトリッケには居るはずなのに、それらしきものに遭遇しないわ」
頭の後ろで手を組んで言うクレアにフランが目を向ける。
「それなんだが、昨日街でローズと不審な魔術師を見掛けた。はっきり言えないが、おそらく魔物を作り出す力を持っている」
「はぁ…!?そんな大事なこと早く言ってよ!」
「悪い。追い掛けたんだが、おそらく自白させないように何か仕掛けられてる。尋問しようとした瞬間に死んだ」
私は慌ててプラムの耳を塞ぐ。
幼い娘は目をぱちくりとさせてこちらを見た。
「死んだって、自殺したってこと……?」
「解剖してないから死因が特定出来ないが、外傷は無かったから何かの呪いの類いだろう。それと、これがあった」
「これって……!」
ゴトンッとフランが机の上に置いたのは手のひらほどの大きさの長方形の水晶の板。
平たい表面には見覚えのある家紋が彫られていた。
赤い薔薇に絡み付く大きな龍。
「ラメールに見てもらったが本物の水晶だ。作り物なんかじゃなくて、正真正銘、王家が管理する水晶板」
フランの後ろでラメールが深く頷いた。
「待って、どういうこと?」
「俺はそのままの意味だと受け取った」
「これは王家の紋章よ。そして、水晶板は扉の代わりになる。つまりこれは……王宮に繋がる扉ってこと。そうよね?」
「フランくん、ゴア隊長に連絡はしましたか?」
「いや。ゴアは隣国との合同訓練で今ウロボリアには居ない。エリサなら捕まるかもしれないが、」
「分かりました」
その時、偶然通り掛かったサイラスが私たちの机を覗き込んだ。
「なんだ?王の門じゃないか」
「サイラス先生、知ってるの?」
「知ってるも何も…僕だって持ってるよ。少しデザインが違う気がするけど気のせいかな?」
サイラスは手の中で石に彫られた模様を眺めている。王家の紋章が入った裏面には、現在ウロボリアで使われている文字ではない言葉が記されていた。
「どうして先生がこれを……?」
「王家からある程度信頼を受けている者は所持を許可されている。僕は先代国王の手術を担当したことがあってね。その時の縁で渡されてるだけだ」
サイラス曰く、王の門と呼ばれる水晶板は国王が認めた者にしか所持が許されておらず、王の間と所持者の間を繋ぐ扉の役割を持つらしい。
国王からの呼び出しの時のみに使われるその板についてサイラス自身もそこまで詳しくはないようで、今まで呼び出しを受けたのは数える程度らしい。一度説明を区切った後で、饒舌な医者は皆の反応を確かめるように見渡した。
「みんな初めて見たの?騎士たちはまだそこまでの許しを得ていないのかな?これは僕からウロボリア国王に返しておこう」
「分かった。あんたに任せるよ」
水晶板を受け取ると、サイラスは僅かに眉を上げた。
「フランくん、だっけ?君ほどの騎士でも王の門を託されていないんだね。意外だなぁ。君がこのチームのリーダーでないと聞いた時から変だと思ったけど、やっぱり噂は本当だったのかな?」
「噂って何のこと?」
興味を持ったクレアが口を開く。
「いやぁ、あくまでも噂だけどね。北部の英雄騎士は実は人間では無いんじゃないかって言われてるんだ。だって討伐隊も苦戦した地域を、彼は一人で片付けたんだよ?」
「人間じゃない……?」
「もちろん、噂の域を出ないよ。それぐらい凄いっていう褒め言葉さ。けれど、実際どうなんだろうね?」
私は机に座るメナードの手がわずかに震えてることに気付いた。ダースやクレアもまた、口を閉ざして怯えた顔をしている。フィリップは、静かに頷いて口を開いた。
「もう良いですか?サイラス先生」
「うん?」
「仲間のことを悪く言うのは好きではありません。フランくんは第一等級の実力を持つ優秀な騎士です。それ以上の無礼はお控えください」
「無礼か…… フィリップさん、貴方、魔物に奥さんを殺されたんじゃなかったか?もしも人のフリをした魔物が紛れ込んでたら、どうだ?」
「先生、」
「それでも仲間なんて呼べるのか?」
言葉を返さないフィリップにサイラスは「邪魔してすまなかったね」と伝えてその場を去った。
私は先ほど聞いた話を消化出来ずに、ただプラムの身体を抱き締める腕に力を込める。作り話だと分かっているし、サイラスはフランをよく思っていないからああ言ったに過ぎない。
だけど、胸の奥がザワザワしていた。




