銀朱8
「珍しいね」
それが私が和也より先に帰っていることを言っているのか、それとも私が家に来てほしいというメッセージを送ったことを言っているのか、あるいはその両方か。アカネには判断がつかなかった。
「たまにはね」
アカネはどちらの意味でもいいように返事をした。
この日の夕飯はアカネが作った。リビングで寛ぐ和也とたわいもない話をしながら。
夕飯は二人で美味しく食べた。片付けも二人でした。
リビングのテーブルにグラスを二つ並べて自家製の山桜桃酒を用意したところで、アカネは声のトーンを変えずに聞いた。
「あ、そうだ和也。こないだ佐伯さんと飲みに行ったんだってね」
和也は一瞬アカネから目を逸らし、口元に手を当てた。
二人の間に、テレビから流れる陽気な音楽がいつもよりやけに大きく響いていた。
「あー、うん」
「そうなんだ」
私は笑みを崩さなかった。私がロボットだとしたら、プログラミングをした人は実に優秀なプログラマーだと思う。
しばらくの沈黙の後、和也は再び口を開いた。
「お前さぁ、俺がいなくても生きていけるよな」
穏やかな口調。
まるで野良猫への餌付けを咎められた子供が最後に野良猫に会いに行くときのような、そんな言い方だった。
大丈夫だよな?他の優しい人に可愛がってもらえよ、と言うかのような。
私がその野良猫なら可愛い声で鳴きながら立ち去る背中を追いかけるだろうか。
でも残念ながら私は人で、理想を詰め込んだ仮面を被っている姿をしていて、
だから
「うん、大丈夫だよ」
そうほほ笑んだまま、去り行く背中を見送った。
リビングに残されたお揃いのグラスは二度と使うことはないだろう。
和也のために作った山桜桃酒もきっともう減ることはないだろう。
この日私は涙を一滴も流さなかった。
やはり私のプログラマーは優秀なようだ。