銀朱5
「おかえりー」
家に帰ると、先に帰っていた和也が夕飯を作っている最中だった。
和也は会社の同期で、入社して間もなく付き合って欲しいと告白してきた人だった。彼氏が欲しい、結婚がしたい、そんな風に思ったことは一度もなかったが、断る理由もなくそのまま付き合うこととなった。そしてこうして時折私の家にやってきて夕飯を作ってくれたり私の作る夕飯を一緒に食べたり、そのままウチに泊まっていくこともあった。
「ただいまー」
「遅かったね。今ね、お鍋作ってたんだー。もうすぐ出来るよ」
会社を出る際に「今から帰る」と送ったメッセージを見て、私の帰宅のタイミングに合わせて準備してくれていたのだろう。
和也は傍から見たら私なんかにはとても勿体ない彼氏だと思う。
優しくて、穏やかで、私と違って裏表のない実直な人間。和也のそばにいると、時々仮面を脱いでしまってもいいかなと思う時がある。
でもその度に奥底に居座る私の本心が「人は嘘をつくし、期待を裏切る生き物だから」と呪文のように語りかけてくる。
「そうだね」
私は自分にそう小さく返事をした。
和也の作ってくれたお鍋は鍋の素が半額だったからという理由で坦々ゴマ味だった。
いかにも和也らしい理由に私たちは無邪気に笑いながら鍋をつついた。