銀朱2
扉から顔を覗かせたのは、どこかあどけなさの残る二十代前半と思しき女性だった。
「あのー、すみません。なんか迷子になっちゃったみたいで、、、」
長いポニーテールの毛先が不安げに風になびいた。
「それはお困りですね。良かったら中へどうぞ」
スイは抑揚の無い声で客人を招き入れた。
広い土間から左手側に続く三部屋の座敷。奥の二部屋の板戸は閉じられているため一番手前の座敷しか見ることが出来ないが、とても綺麗に手入れされていることがわかる。八畳の部屋の真ん中に特に飾り気もない長机が一つと座布団が机を挟んで2枚置かれている。机の端には名前のわからない花が二輪活けてある。花の名前くらいわかる自分であったなら、少しは何かが違っていただろうか。
外に目をやると、奥へと続く廊下の先に、これまた綺麗に手入れされた庭が目に入った。障子も窓も開け放たれているため、心地よい風が名前のわからない花をそよそよと揺らしている。
「お茶でいいかしら?」
先ほど家に招き入れてくれた少女が、お盆に江戸切子と思われるグラスを二個のせて部屋へと入ってきた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
年下に敬語だなんて。心のどこかで自分が低く笑うのが分かった。
「どうぞ」
グラスを一つこちら側へ置くと同時に、少女は「座ってください」というような手ぶりをした。
人生で初めて座った座布団は、クッションより硬く、秋風のようにひんやりとして、それでいて何故か重さを感じた。