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銀朱
「黒色屋」に決まった営業時間はない。定休日もなければホームページなどもない。
そもそも黒色屋の主であるスイは、営業とも思っていない。あるいは人助け、善意、ボランティア、そんな類の真似事などと思ったこともない。
ただ、人は迷いや悩みを多く抱える生き物のようで、そういった人たちがたまに「ここ」に迷い込んできてしまうことがある。
スイはただその人たちの色相を見ているだけ。それだけのことだった。
深い山奥。スイ自身もこの場所のことをそれ以上知らなかった。
清らかに澄んだ川とざわめく木々、周囲にはここよりはるかに高い山々がそびえたつ。
古民家の体裁を保つ黒色屋は、それらの景色によく馴染んでいた。
「あのー、すみません」
玄関の引き戸がガラリと音を立てると同時に、一人の女性が不安げな顔でこちらを覗き込んだ。
黒色屋の本日の来訪者は「銀朱」のようだ。