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エルフ

 三人はダンジョンの通路を歩き続け、部屋を探した。


「くそ……! ネットが使えねぇのは不便だな。確かエルフがいる部屋を開けると森が広がってるはずなんだ」


 ショウタは次々とメレディに部屋の扉を開けさせるが、森の景色はなかった。どこも薄暗い岩壁に囲まれた部屋で、扉を開くたびにさまざまなモンスターが振り返った。


 サキはなんとなく浮かれているように見える。歩き方がシャキシャキしていて、顔も笑いを噛み殺しているようだった。


 ショウタは話しかけた。

「サキ」

「呼び捨てにしないでよ!」


「なんでだよ。おまえも俺のこと『ショウタ』って呼び捨てにしただろ」

「『花火屋』って名前が長ったらしかっただけよ! べつに『アンタ』でもよかったんだからね」


「ところでなんだか楽しそうだよな?」

 ショウタはからかうように聞いた。

「もしかして、エルフ好きなの?」「そっ……、そんなんじゃないわよ!」サキの眉が吊り上がった。「べっ……、べつに美形のエルフと会えるのを楽しみにしてるとか、そんなんじゃないからっ!」


 やっぱりそうなのか、とショウタは確信した。


 架空世界が嫌いとか言いながら、そこに登場する美しいものは好きなのだ。ゲームとか漫画とかをバカにしながらも、そこに美しいキャラが出てきたら、『おっ』と横目で見てしまうのだろう。


 エルフは美形な種族だと聞く。もしエルフに出会えて、そいつが通説通り美形だったなら、サキは目をハート型に輝かせて夢中になるのだろうか。


 嫌だな……。俺のことを見てほしいな。


 一瞬、そんなことを思ってしまって、ショウタははっとした。


『いやいや! 本性知っちまっただろ! こんなアクマみたいな女、もう、どうでもいいはずだろ!』


 恋心を吹っ飛ばすように頭をぶんぶんと振ると、ずんずんと先を歩いていった。






 エルフはなかなか見つからなかった。


 焚き火を起こし、今日は休むことにした。メレディが袋の中からアリンコ・スライムの肉を取り出し、二人に分け与えながら、言う。


「もう、これが最後です。新しく保存食を確保する必要がありますね」


「うーん……。骸骨剣士はさすがに食えなかったしなぁ……」

 ショウタは食事をしながら考えを巡らした。

「なんか食えそうなモンスター、いたかなぁ」


「鶏肉がいいわ」

 サキがあまり興味のなさそうな声音で言った。

「私、コンビニのフライドチキン、好きだから」


「ニワトリっていうと……コカトライスかな」


 サキが身を乗り出した。

「何ライス?」


「コカトライス。巨大なニワトリのモンスターだよ。でもあれほんとうに巨大だから、今の俺らじゃ、狩るのまだ無理だろうな」

「何よ、情けないわね。ニワトリぐらい楽に倒しなさいよ」


「巨大だっての!」

「ウチの冬彦なんて、信じられないぐらい怖い顔した大きなニワトリと闘って無事に逃げおおせたことあるわよ」


「逃げたんじゃねーか! ってか冬彦って誰だよ?」

「ウチの犬よ。ゴールデンレトリバー」


「そのニワトリのほうが犬より大きかったのか?」

「そんなわけないでしょう。ゴールデンレトリバーの大きさ……君、知ってる?」


「……おまえと会話してると疲れる」

「どうでもいいわ。それより早くそのニワトリを捕まえに行きましょう」


「無理なんだって。今の俺らじゃまだ勝てっこねぇ」

「ニワトリぐらい私の魔法で仕留めてあげるわ。大丈夫、私には力があるもの」


「何言ってんだ。まだ火の初級魔法しか使えねーくせに」

「何よ! 火が出せるだけでも凄いでしょう? ふつうの人間は杖から火なんて出せないわよ!」


「メレディに他の魔法も教わってくれ。この先どんどん魔物は強くなる。足手まといなやつは仲間にいらねぇ」

「置いて行ってくれていいのよ? どうせ私、ひどいことしたんだから」


「ひどいことしたって自覚はあんのかよ」


 ショウタがそう言うとサキは黙り込み、膝を抱えてうずくまってしまった。


 メレディはスイッチをオフにして眠っている。焚き火が銀色の顔をオレンジ色に彩っている。


 サキがぽつりと呟いた。

「冬彦に会いたい……」


「みんな思ってんよ」

 ショウタは棘のある口調で返した。

「おまえにヴァーチャル世界に送られたみんな、思ってる。帰って、大事な人に会いたいって」


「私には大事な人なんていないわ」

 膝に顔を埋めてサキが言った。

「私が大事なのは冬彦だけ」


「人間嫌いなのか?」


「そうかもね」

 冷静な声でサキが返す。

「少なくとも学校の人たちは、みんなきらい」


「嘘つきだな。あんなに溶け込んでる感じあったのに」

 焚き火に薪をくべながら、ショウタが言う。

「おまえのこと好きなやつだらけだったと思うぞ」


「それは偽物の私。みんな、ほんとうの私のことなんて、わかってなかったのよ」


「……なんか、嫌なことでもされたのか?」


「勝手にきらいになっただけよ」


「なんかが気に障ったのか?」


「くだらなすぎるもの。みんな、自分のもってるステキナチカラを伸ばそうともしないで、ヴァーチャル世界にばっか生きてて……。そんなにヴァーチャルが好きならヴァーチャルの中に行ってしまえばいいのよ」


「リア充だっているだろ。バスケ部の青垣とかよ。女にモテまくって、コミュ力モンスターで……。アイツみたいになれたら俺、ゲームどころじゃないかも」


「学校だってヴァーチャル人間社会じゃない」

 サキは興味なさそうに、言った。

「青垣くんにはバスケ漫画の世界に行ってもらったわ。あの人、そのバスケ漫画を信奉してたのよ。あれだけ充実してるように見えて、案外満たされていないものね」


「スーパーマンになりたかったのかな」

 

「知らないわ。どうでもいい」


「とりあえずバスケ漫画の世界なら死ぬことはなさそうだな」


「その代わり周囲はスーパーマンなイケメンばっかりだから、世界での地位が落ちて、自信喪失しまくりでしょうね」


「おまえ……後悔してるか?」

 ショウタは話を変えた。

「こんなことして、自分までヴァーチャル世界に落ちて、ひどいことしたってわかってるなら、後悔してるよな?」


「後悔?」

 サキが顔を隠したまま、鼻で笑った。

「私はくだらないみんなとは違うのよ? 特別なの。私には他人をバーチャル世界に送れる資格があるのよ。特別な力をもった、特別な人間なの。他人はカエルや虫ケラ以下の存在よ。アメーバかな。アメーバを殺して後悔する人間がいると思う?」


 ショウタは黙り込んだ。もうこれ以上、サキと会話をしたくなかった。


「こんなに他人に自分のことを話したのは初めてだわ」

 サキはまるで寝言のような力のない声で、言った。

「ネットじゃいつも言ってるけど」


 その時、近くの扉が中からカチャッと開いた。


 ショウタが振り向く。サキも膝に埋めた顔を上げた。



 扉の中から緑色のトンガリ帽子を被ったエルフがじっとこちらを見つめていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 一見すると嫌なやつでしかないサキの内面がちょっとずつ見えて来た感じ。 彼女の言うステキナチカラってなんなんだろう? 彼女は彼女なりの正しさで行動してるんだろうけど、やり方がめちゃくちゃだか…
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