ステキナチカラってなんだ?
ホブゴブりんの肉は、焼くとポークステーキみたいで美味しかった。味つけをしなくてもガーリックバターソースのような味がついていた。
黙々とそれを食べるショウタとサキの脇で、メレディは眠っている。ビームを放射しすぎて疲れたのだろう。スイッチをオフにして、充電モードに入っているようだ。
「結構こんな世界でも楽しいことはあるものなのね」
サキが独り言のように呟いた。
「100%くだらないと思ってたのに……意外」
「おまえ……」
ショウタは疲れた顔で肉を貪りながら、聞いた。
「なんでこんなことした?」
「こんなことって?」
「クラスのやつらをゲーム世界に送ったんだろ?」
「ゲームだけじゃないわ。中には漫画の中や映画の中に送った人もいる」
「……そんなことがなぜ出来るのかは置いとくとして、どういう理由でそんなことしたんだよ? おまえが気に入らないからか?」
「そうよ」
サキは持っていた骨付き肉を下ろすと、吐き捨てるように言った。
「現実に生きてない人たちなんて大嫌い」
「行った先の世界で死んでるかもしれないんだろ!?」
ショウタは声を荒らげた。
「てめーの好き嫌いで他人の命を弄んでいいと思ってんのか!?」
「あら。だって、どうせ現実に生きてないじゃない? 死んでるも同然よ? それならいっそ……」
ショウタは思わず立ち上がり、拳を振り上げた。サキは一瞬たじろいだが、毅然と胸を張り、ショウタを睨むように見ながら、さらに言う。
「人間は誰だって、ステキナチカラを持って産まれてくるのよ?」
女の子を殴ることは出来なかった。それも大好きだった女の子を。ショウタは止めた拳を収めると、面倒臭そうに聞いた。
「ステキナチカラ? なんだよ、それ?」
サキは答えた。
「夢を夢のままにせず、現実に立ち向かっていく力のことよ」
ショウタは溜め息をついた。
「なんかどーでもいい話だな」
「そんなステキナチカラを持って産まれてるのに、諦めてる人が多すぎる。現実では何も実現できないから、夢の中に逃げてるのよ。そんなくだらない人間ばっかりいたら、世界はおかしくなってしまうわ」
「なんねーよ! 人間バカにすんな! そりゃ中には凄い才能持ったやつもいるだろうけどそんなのは一握りだ! 誰も彼もが夢を叶えられるわけねーんだよ! そしてそれが正常だろうが!」
「この力を授かった時に気づいたの」
サキはショウタの言葉を鼻で嗤うと、堂々と言った。
「周りは口ばっかり大きくて何もできない、くだらない人間ばっかりだって。語る夢は大きいけど、それは自分の妄想の中だけの話なんだわ」
「だからてめーは何様だ!?」
「『様』なんてつかないわ。バカにしないで」
大真面目な顔でサキは答えた。
「私は超人。自らを認識する主体として、己の足で歩いていく者よ」
ショウタは呆気にとられてサキをまじまじと見てしまった。
あまりにも違う。自分が恋焦がれていた、自分の知るサキとは、目の前のその女の子はまるで別人だった。
「なんか……怪しげな新興宗教にでも入ってんの?」
ちょっと心配になって聞いてみた。
「あんまり洗脳されないほうがいいと思う」
「無礼ね!」
何かがサキの逆鱗に触れたようで、クールな彼女の額に青筋が浮き上がった。
「私は自分の頭で物を考えているのよ! 教育されて洗脳されてるあなた達とは違うわ! 一緒にしないで!」
なんか面倒臭くなったので、ショウタは座ると、また肉を貪りはじめた。そしてぶっきらぼうに言う。
「じゃ、そのステキナチカラってのを、おまえは持ってるんだよな?」
「もちろんよ」
涼しい顔でサキは答えた。
「あなた達とは違うわ」
「そのステキナチカラってのは、現実世界を生きる力なんだよな?」
「そうよ」
また涼しい顔で答える。
「あなた達が持っていたのに放棄しているものよ」
「じゃ、見せてくれよ」
「えっ?」
ショウタは肉を齧り続けながら、皮肉のつもりで言ってやった。
「ここじゃこのダンジョンの中が現実世界だ。ここを生き抜いて、ゲームをクリアする力こそが、おまえの言うステキナチカラじゃねぇか?」
サキが考え込むように、黙り込んだ。
「この世界じゃ生きるためにモンスターと戦うんだよ。そして、勝つ。そのために必要とされるものがステキナチカラだろ? 虚構を虚構とバカにせず、現実に立ち向かっていく力……、見せてくれよ?」
サキが急いで顔を上げ、唾を飛ばしながら言った。
「こんな世界はまやかしよ! 本物じゃない!」
「この世界では、おまえこそが、なんにもできない役立たずじゃねーか!」
ショウタも唾を飛ばし返した。
「口ばっかり大きくて、なんにも出来ねーじゃーか! アリンコ・スライム一匹倒せなかっただろ!?」
サキが悔しそうに黙り込んだ。ショウタは続けた。
「おまえが持ってるその『魔導師の杖』は、その中にこそステキナチカラがいっくらでも入ってんだ! 魔法を使うためのアイテムなんだよ、それ! でもおまえが持ってたんじゃ宝の持ち腐れだな!」
「うるさいっ!」
サキが顔を上げ、憎む目つきでショウタを睨みつける。
「わかったわよ! 私の力、とくと見せてあげる! ゲームなんてくだらないけど、仕方がないから付き合うわよ!」
「じゃ、初級魔法でいいや」
ショウタはなんとなくいい気分になって、上から目線で命令した。
「火の初級魔法、やってみせて?」
サキは『魔導師の杖』を振り上げると、ショウタに向かって振り下ろしてきた。何度も何度も殴りかかろうとする。ショウタは軽々とそれをキャッチすると、動きを封じた。
「そういう使い方するんじゃないんだよ、この杖は。俺の着てる鎧にぶつかったら折れちまうぞ。大切に……」
「うるさいわね! 役に立ってあげるわよ! 見せてあげるわ! 私の力を!」
メレディの目が緑色に光った。二人が騒がしいので目が覚めたようだ。起きるなり、心配そうにショウタに声をかけた。
「ショウタ様、どうかしましたか?」
「なんでもねー。すまん、起こしちまって」
「おいっ! 銀色仮面!」
胸を張って姿勢よく立ったサキが、メレディに杖を突きつけた。
「命令よ! 私に魔法とやらを教えなさい!」
仕方なさそうな言い方だったが、ショウタにはなんだか彼女が乗り気満々のように見えた。メレディに杖を突きつけるそのポーズが、ノリノリで魔法少女もののアニメのキャラの真似をしているような気がした。