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アクマの紗季

 レベル上げのために存在するともいえる最弱モンスターがいる。


 アリンコ・スライムという名のそのモンスターばかり出現する部屋をショウタは知っていた。


 見た目がゆるキャラみたいで可愛いので討伐するのに気が引けるのだが、強くなるためには仕方がなかった。

 ショウタはメレディを連れ、その部屋へ向かって、薄暗い通路を歩いていた。幸い、この『ダンジョンズ&モンスターズ』は通路を歩いている限り敵は出現しない。先に進むためには扉を開かなければならないが、いわば『町』の代わりのような安全地帯として通路が用意されている。そこを通ってアリンコ・スライムばかり出現するその部屋まで行ける。


「待ってよ! 置いて行かないで!」


 サキが追いかけて来た。ショウタもメレディもふつうに歩いているのに、駆け足で。


「ついて来れるようにゆっくり歩いてるつもりだけど?」

 ショウタは振り向き、サキの姿を確認すると、やっぱり思ってしまう。

『ちくしょう……。やっぱり可愛いな』


「何よ? バカにしてんの、アンタ?」

 見た目の可愛さに反して口は悪かった。

「私が運動苦手だからってバカにしてるのね?」


 ショウタは改めて思う。見た目は天使だけど、自分の想い人の中身はアクマだった。


 しかし置いて行くわけにはいかなかった。これは経験値を積んだパーティーメンバーの『白魔術師のサキ』ではなく、『ただの女の子の白銀紗季』なのだ。しかも運動音痴だ。もしもモンスターに見つかったら瞬殺されてしまう。


「手、繋いであげようか?」


 ショウタが差し出した手を、サキが手で払った。


「何よ! やっぱりバカにしてるんじゃない! 子供扱いしないで!」


 ショウタは溜め息をつくと、前を向いて再び歩き出した。メレディは心配そうにサキのほうを振り向いたが、前を向くとそれきり足を止めることはなかった。


「何よ!」

 サキが一人で文句を言い続けていた。

「みんなでバカにして! 私はあんたたちよりもよっほどレベルの高い人種なんだから!」






 3人は赤い木の扉の前に立った。燭台の炎が不気味にそれを照らしている。


「白銀さんはここで待ってる?」


 ショウタが聞くと、サキがまた怒り出す。


「こんなところに一人置いておくつもり!? 側を離れないでよ!」


「じゃ、一緒に入る? 中に入るとモンスターがいるよ? 最弱のやつだけど」


「入りましょう、ショウタ様」

 メレディが言った。

「彼女も連れて……。サキさんも強くなる必要があります」


 それを聞いてサキが声を張り上げた。

「何!? 私にも戦えっていうの!? お断りよ! そんなバカなゲームみたいなこと、やらないわ! 守ってよ!?」


「そのバカみたいなゲームの中に、白銀さんも入ってるんだよ?」

 ショウタが面倒臭そうに言う。

「やる気のない仲間はいらない。足手まといになるならもう、ついて来ないでくれる?」


「何よ……。何よ……!」

 サキが目に涙を溜めて、長い髪を振り乱した。

「みんな……バカにして……! 私のほうが正しいのに……!」


「魔法の使えない魔術師はいらない。戦えないどころか戦う気もない人はここで待ってろ」


 そう言うとショウタは扉を開けた。


「待ってよ!」

 サキは慌ててその背中を追いかけた。

「一人にしないで!」



 扉を開けると中にいたモンスターたちが、一斉に振り返った。アリンコ・スライムだ。


「うわ!」

 ショウタが思わず声をあげる。


「きゃ……!」

 続いてサキが悲鳴をあげた。

「何よ、このキモい生き物!?」


 薄暗い広い部屋の中に、無数の目玉が白く光っていた。


 ゲーム世界ではゆるキャラみたいに可愛かったアリンコ・スライムは、リアルになると不気味そのものだった。大きくてつぶらな瞳が、ウンコみたいなねっちょりした体についている。可愛く笑ったような口がどろりととろけている。アリのような触覚をピコピコと動かすさまも気持ち悪かった。


「チー!」

「チー! チー!」


 しかもそいつらは声を発した。ゲームでは無言だったのに。ドブネズミみたいな声をそれぞれにあげながら、ゆっくりと襲いかかって来た。


「き……、キモいけど、戦うしかねぇ!」

 ショウタが剣を抜く。

「修行開始! メレディ! 援護を頼む!」


「アリンコ・スライムが相手でも全力だなんて、さすがはショウタ様!」

 メレディが惚れ惚れするような声をあげる。

「『獅子はウサギを狩る時にも手を抜かない』ですね?」


 メレディの知っている『勇者ショウタ』ならそうだったろうが、今ここにいるのはふつうの高校生『花火屋勝太』だった。ショウタは本気で援護を頼んでいた。アリンコ・スライムが相手でも戦闘に不安があった。


 しかしすぐに不安は払拭された。


「弱えぇっ!」


 ゲームと違ってずっしりと重さのある剣でも、難なく倒せる相手だった。骨がないので簡単に真っ二つに出来る。動きが遅いので確実に攻撃を当てられる。その上なんといっても、これだけ無数にいるのに、かかって来るのが必ず一匹ずつだった。見た目がちっとも可愛くないどころかキモいので、真っ二つにするのにも躊躇がいらなかった。


「きゃー! 来ないで!」


 一匹ずつ列になって襲って来るアリンコ・スライムからサキが逃げ惑っている。まるで頭を撫でてほしいように大きな瞳をまっすぐ向けて、ゆっくりと近づくアリンコ・スライムたちに完全にビビっている。


 先頭のアリンコ・スライムが接近すると、ゴムの触手ようなものを出して伸ばし、サキのほっぺたをつついた。


「きゃああっ!」


 サキが3ぐらいのダメージを受けた。


「戦うのよ、ミア……じゃなくてサキ!」

 メレディが叱るように声を飛ばす。

「その手に持っている魔導師の杖は何のためのものなの!?」


「好きで持ってるんじゃないわよ! 喋ってる暇があるなら助けてよ、銀色仮面!」


「私は銀色仮面ではありません。メレディとお呼びなさい!」


「うるっさい! ……こんなもの!」


 サキが手に持っていた魔導師の杖をメレディに向かって投げつけた。カチンと金属の音がして、杖は地面に落ちた。


 メレディは無表情なメタリック・フェイスをさらに無表情にすると、サキから顔を背けてショウタの援護に戻ろうとする。


「な ん で そ っ ぽ 向 く の よ !」


 激怒の表情でサキは駆け出すと、背中を触手でつつかれ5のダメージを受けながら、メレディの背中に隠れるようにくっついた。肩を掴むと、ゆっくりと襲って来るアリンコ・スライムたちのほうへ向ける。


「私を助けなさい! あんたロボットなんでしょ? ロボットには人間を助ける義務があるはずよ!」


 メレディはチラリと振り向き、サキのヒットポイントを確認する。フルで12だ。合計8のダメージを受けたので、もう4しか残っていなかった。溜め息をつくと、襲いかかって来るアリンコ・スライムの一列に向かって、ビームを発射した。


「チチチチイイーーー!」


 ドミノを薙ぎ倒すように、一撃で全滅した。




 ショウタはサクサクと単純作業をこなすように剣を振り、最後の一匹を真っ二つにすると、汗を拭いた。


「さすがにアリンコ・スライムじゃ弱すぎたか……。ろくな経験値にならねぇ……。くたびれ損だな」


 そう言いながら、重い剣を振り回すことに少しは慣れていた。どれだけ振り回し続ければ自分がくたびれるのかも大体わかった。戦闘は必ずしも無駄ではなかった。


「ねぇ」

 メレディの後ろにくっついたサキが言った。

「早くゲームをクリアしなさいよ。私、帰りたい。こんな気持ち悪いところにいたくないわ」


「誰が連れて来たんだよ……」

 ショウタはもう、サキのことを完全に好きではなくなっている自分を感じた。

「足手まといになるだけならずっと通路にいてくれないかな。メレディと二人でクリアしてみせるから」


「そうは行かないわよ!」

 サキがまた声を張り上げる。

「こんなゲームの世界なんて大嫌いなの! 一人でいたら気が狂っちゃうわよ!」


「おまえがいると戦いにくいんだよ!」

 遂にショウタも大声を張り上げた。

「ついて来んな! どっか行け! で、勝手にモンスターにでも食われちまえ!」


 サキが泣きそうな顔をした。


「あ……」

 ショウタは気がついた。

「『食われちまえ』って言って気づいたけど……、腹減ったな……。メレディ、お肉とか、フルーツとか、ないか?」


「ショウタ様」

 メレディは答えた。

「食料はいつも現地調達でしょう?」


「現地調達……」

 ショウタはその一言で理解した。

「つまり……」


 足元に散らばるアリンコ・スライムたちの、ウンコにも似たその肉を、3人は見つめた。






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