サキとショウタ
「きゃあっ!」
いつもクールな紗季が悲鳴を上げた。
少し離れたところに骸骨のモンスターが数体うろついているのに気づいたからだった。
その悲鳴に骸骨のモンスター達がこちらに気づき、振り返る。手に持っていた剣を振り上げて、ガシャガシャと足音を鳴らしながら、走って来た。
「は、花火屋くんっ! なんとかしなさい!」
「わかってんよ」
勝太は普段の彼ではなく、歴戦のプレイヤーキャラ『ショウタ』になりきっている。
「メレディ! 行くぞ!」
「はい!」
メレディがいい返事をした。
向かって来るモンスターはややリアルが過ぎるが、ゲームの通りだ。動きが単調で、守りが脆い。
「うおりゃー!」
勝太は横から剣を振った。
いつもと違う。剣に重みがある。
その重みで動作が遅くなった。
攻撃が届く前に、敵の剣が脳天めがけて振り下ろされる。
「ショウタ様!」
メレディの放ったビームが骸骨剣士の頭を吹っ飛ばした。
骸骨が後ろへ倒れたところへ、ようやく勝太の剣が振られ、それは豪快に空振りした。
「うっ……。なんか、勝手が違う……!」
戦闘の音を聞きつけ、遠くで次々と骸骨がこちらを振り向いた。剣を振り上げ、襲いかかって来る。
「やべ! やばやばやばっ……!」
勝太は後ろを振り返った。
「泉のとこまで逃げるぞ! あそこは安全地帯だ!」
「ま……、待って!」
紗季は腰が抜けたようで、その場にうずくまってしまっていた。
「置いて行かないで……!」
「メレディ! 彼女を頼む!」
「わかりました、ショウタ様」
快い返事とともに、メレディが素早く紗季を肩に担ぐ。
「ちょ……! 私、米俵じゃないんだから……っ!」
紗季は喚いたが、細い身体に似合わない力強さで、メレディがあっという間に連れ去った。
「ふぅ……」
青く光る泉まで逃げると、敵はもう追って来なかった。
勝太はヒットポイントを確認しようと自分の左手を見る。てのひらに数字が表示されるはずだった。
「あれ? 表示が出ないぞ?」
仕方なく自分の身体の疲れ具合を確認する。しっかり元気だが、慌てて逃げたぶんの疲れはあった。
泉で全回復しようと手を入れる。
「わちゃっ!?」
泉がポチャンと音を立てて手を吸い込んだ。ただ冷たいだけだ。回復した感じはしない。
「ショウタ様……。さっきから何をされてらっしゃるの?」
メレディが美人のお姉さんっぽい声で不思議がる。
「なんだかわけのわからない動きばかりされて……」
「あ……、あのっ!」
勝太は床にへたり込んでいる紗季に聞いた。
「これは……一体……。あなたは……誰……」
紗季が憎々しそうに顔を上げ、勝太を睨む。そして呪詛のように呟いた。
「花火屋くん……。キャラの名前、変えたって言ったよね?」
「え……」
「なんで私までゲームの世界に入らされないといけないの? そのために名前を変えてってお願いしたのに……!」
「あの……」
勝太は思っていたことを聞いた。
「も、もしかして……。あなたは……本物の白銀さん……?」
「そうよ!」
紗季は唾を飛ばした。
「ひどいわよ、花火屋くん! あなたが何か罠にはめたのね? 私、こんな、ゲームの世界なんて、大嫌いなのに!」
勝太は何が何だかわからず、ぽかんとするしかなかった。考えても何もわからない。とりあえずずっと手に握ったままだった剣を鞘に収めようとしたが、なかなか難しくてオロオロしてしまう。
「ミアちゃん……」
「ミアじゃないわよ!」
心配そうに声をかけたメレディに、紗季が悪態をつく。
「私の名前は紗季! 白銀紗季よ! 気持ち悪いゲームキャラ扱いしないでよ! このきっしょい銀色仮面!」
「ぎ……、銀色仮面……」
メレディががっくりと項垂れた。
「気にしてることを言われました……」
「もしかして……」
勝太はようやく剣を鞘に収めると、頭に浮かんだばかりの疑念を紗季に向けた。
「勇吾も……こんな風に? ゲームの世界にいるのか?」
「仮屋崎くんは」
紗季が鼻で笑いながら、答えた。
「今頃スライムに食べられてるわ」
「ってことは……『スライムハンター』の中に……?」
「彼の大好きな世界に行ったんだから、彼にとって本望でしょ? なんか文句ある?」
「君は……」
鎧をかぶった勝太の額から冷たい汗が垂れた。
「何様なの?」
「ただの、J! K! よ。『様』はつかないわ! ○○様と呼ばれる馬鹿は無し!」
「言い間違えた……」
勝太は言い直した。
「君は超能力者? 人間をゲームの世界に送れるの?」
「アンタには関係ないでしょ」
「あるよ! 大アリだよ! 君が俺をこの世界に閉じ込めたんだったら……!」
「私まで一緒に閉じ込められちゃったのよ! そっちのほうが大問題よ!」
激しい口喧嘩のようなものが始まったのを見て、メレディが傍でオロオロする。
「あ……。もしかして……」
勝太は気づいた。
「クラスの生徒が大勢、行方不明になってるって……、母ちゃん言ってたけど、みんな……君が……?」
「ええ。私がゲームの世界に送ってあげたわ」
しれっと紗季は認めた。
「みんな大好きな世界に行けて、今頃喜んでるでしょうね」
「なんだ、それ!」
勝太は叫んだ。
「本当に何様だ!? 死ぬかもしれない世界にみんなを送ったってことだろ!?」
ダンジョン内に勝太の声がぐわんぐわんと響いた。
「死ねばいい」
目を合わさずに、紗季は唇を噛みながら、呟くように言う。
「あんなやつら……、みんな死ねばいい」
勝太は呆然とするしかなかった。今までずっと片想いしていた白銀紗季を、今初めて知ったような気持ちだった。勝手に理想化していた。誰にでも優しくて、かわいらしくて、悪いことなんて絶対にしないような、そんなお姫様だと勝手に決めつけていた。
目の前の紗季は、まるで悪魔か何かだった。切れ長の目に世界を憎む色を湛え、サラサラの茶色い長い髪を煌めかせ、白いローブを弱い風にはためかせ、キスしたくなるような薄い唇を噛みしめ……、あ。やっぱり可愛いわ、と思ったところで勝太は自分の頭を小突いた。
「どうすれば……戻れるの?」
勝太はそれを聞くしかなかった。
「早く現実世界に戻って、みんなを助けないと……」
「このゲームをクリアすれば戻れるわ」
紗季は絶望するように言った。
「それしか方法はない」
「そうか」
それを聞いて勝太の顔が輝いた。
「じゃ、今日中にクリアしよう! 幸いこのゲーム、やり詰めればプレイ時間は1日も要らないんだ」
「死んだらリセットしながら?」
「うん。死んでもこの泉でセーブしておけば、ここからやり直せる」
「それ、無効だから」
「は?」
「さっきこの泉に手を入れてたでしょ? それでセーブ出来た?」
「……たぶん」
「出来てないわ」
紗季が断言した。
「ここはゲームの中のリアル世界なの。死んだら終わりよ。やり直しはないわ」
「……そうなの?」
「あなたも……私もね」
沈黙が漂った。
「それでも……やるしかない」
勝太がようやく口を開く。
「みんなを助けないと……!」
逃げて来た扉を睨みつけるようにキッと見る。その向こうからはガシャリ、がシャリと、骨の足が岩の床を徘徊する足音が絶えず聞こえていた。
骸骨剣士は雑魚中の雑魚だ。その雑魚に勝太は殺されかけた。メレディの援護がなければ頭から真っ二つにされていた。
その向こうには中ボスのグラビトンが待っている。
そのさらに先には、まだ出会ってすらいない大ボスが待ち構えている。
勝太は自分の腰に刺さった剣と、背中に背負った斧に手を当てると、言った。
「修行だ! 俺なら出来る!」