勝太と紗季
夏休みももうあと一週間。
親は共働きで、2人とも盆の間だけ休み、一緒に田舎の祖父の家へ出掛けた。それを除くと、勝太はどこにも行かずに、ずっと涼しい部屋でゲームをして過ごしていた。浮気はせずに、ずっと同じVRゲーム『ダンジョン&モンスターズ』だ。
暗く涼しいダンジョンの中を、二人の美女と共に、今日も冒険する。
「メレディ。そっちの敵を頼む」
勝太は答えるわけもないノンプレイヤーキャラに指示を出す。
「違う違う! そいつは後でいーんだよ!」
しかしメレディは言うことを聞くわけもなく、淡々と後回しにすべき敵モンスターにビームを喰らわせ続けている。
「わかってねーな! お前はバカか!? ガイジか!?」
その隣では白いローブ姿に杖を持った美少女がユラユラとただ体を揺らしていた。
勝太がその少女の名前を呼ぶ。
「ミアちゃん。ちょっとは働こう」
サキ改めミアは、やっぱり何もせず、ぼーっと揺れているだけだ。
「仕方ねーな。俺がすべて片付けてやるか」
勝太はゲーム内のキャラ、ショウタになりきり、かっこよく剣を振るう。
油断すればやられかねないほど攻撃力はあるとはいえ、敵は雑魚モンスターばかりだ。ショウタは攻撃を華麗に避けながら、落ち着いて立ち回り、一人で複数の敵をやっつけてしまった。
「ふぃーっ……。さすが俺様。どうだ、今の凄かっただろ、ユーゴ?」
返事はなかった。
動き回って汗をかいた。勝太はゲームを一時停止すると、VRゴーグルを脱いだ。
いつもの自分の部屋が視界に戻って来る。立ってガーディアン境界線内を動き回っていた勝太は絨毯の上に腰を下ろした。
ミニテーブルの上のぬるくなったコーラを飲む。
「勇吾……。本当に、どうしたんだろう」
以前は毎日欠かさずLINEのやり取りをしていて、三日に一度は必ず遊びに来ていたのに、最近まったく音沙汰がない。送ったメッセージも未読のままだ。
ベッドの上のスマートフォンが鳴った。
画面には『母ちゃん』と表示されている。母は今、仕事先にいるはずだ。
「もしもし?」
『あ、勝太? 勝太なの?』
俺のスマホに他に誰が出るっていうんだよ? と訝しがりながらも、勝太は「うん」と言った。
すると母の口から信じられない言葉が飛び出した。
『今、先生から電話があってね。大変だよ。あんたのクラスの生徒が大勢、行方不明になってるって』
「は!?」
『部屋にいたのがみんな突然、どこかにいなくなっちゃってるんだって。あんたもそうなってないか、心配したよ〜〜〜』
勝太の頭に、勇吾のアホ面が浮かぶ。
母を安心させて電話を切ると、すぐに親友に電話をした。
呼び出し音3回で繋がった。
しかし出たのは勇吾ではなかった。中年男性の声だ。
『もしもし?』
「あ……、あれ? これって、すみません、仮屋崎勇吾くんのスマホですよね?」
『君は……勇吾の友達かい?』
「そうです。花火屋っていいます」
『勇吾が突然失踪してしまったんだ。君、何か知らないか?』
「勇吾が!?」
居ても立っても居られなくなった。
勇吾を探したい! でも……、どこへ行けば?
そう思っていると、玄関のチャイムが鳴った。
『勇吾!?』
急いで自室を飛び出した。階段を駆け降り、廊下を早足で歩いた。ドアフォンに取りつけられたカメラの映像を見て、息を飲んだ。
そこには愛しの白銀紗季の姿が映っていた。清楚な白と黒の地雷系の夏服に身を包んで、暑いから早く中に入れろという顔をして立っている。
勝太はドアを開けた。
「こんにちは」
紗季が笑う。獲物を見つけた蜘蛛のような魅力的な笑顔だった。
「こ……、こんにちは」
勝太の声が上ずった。
「あの……。どうしたの?」
「遊びに来たの」
からかうように紗季が言う。
「悪い?」
「悪く……ない」
夢を見ているのかと思う。決して両想いにはならないどころか、決して卒業まで会話もできないだろうと思っていた愛しの美少女が、自分の家に遊びに来た。
いや、こんなことあるわけないよな。夏が暑すぎるから妄想界と繋がっちまったか? そんなことを考えていると、紗季が少し顔をひきつらせて、聞いて来た。
「……上がっても?」
「あっ! ごめん!」
勝太はようやく我に返り、必要のない大声を出した。
「暑いよね! す、涼しいところへどうぞ! 入って!」
自分の部屋に案内し、飲み終わったコーラのペットボトルだけ片付けた。
「ふぅん……。綺麗にしてるんだね」
感心するように紗季が部屋を見回す。
「お、親が共働きだからね! しっかりしないといけないから!」
勝太は浮かれた気持ちと極度の緊張とでハイテンションになっている。
「こ、コーラとお菓子、持って来るね!」
「いらない」
紗季はそう言うと、さっきまで勝太がかぶっていたVRゴーグルを手に取った。
「これ……したい」
「おっ、俺の汗が染み込んでるよ!? 臭いって!」
「じゃ、やめとく」
紗季はそれを床に投げ捨てるように置いた。
「花火屋くんがして見せて。スマホでミラーリングすれば、私も画面見られるんでしょ?」
「あっ……、あの……」
勝太は気になっていたことを聞いた。
「な……、なんで前……、俺がゲームのキャラに……」
「私の名前をつけてたか」
紗季は言葉を奪い取った。
「それが聞きたいの?」
「うっ……、うん! 勇吾に聞いたって言ってたけど、勇吾は言ってないって……」
「どうでもいいわ」
クスッと紗季が笑う。
「ちゃんと名前変えてくれたみたいだし。それでいいの」
「ええ……?」
「やって見せてよ、『ダンジョン&モンスターズ』」
そう言うと紗季は再びVRゴーグルを取り上げ、勝太に差し出した。
「好きなんでしょう? このゲームの中でリアル生活したいって思うぐらい?」
なんだか『この非リア充が』みたいにバカにされているような言い方ではあったが、勝太は素直にうなずいた。
「ギャラリーも欲しいんじゃない?」
切れ長の目を涼しく笑わせ、紗季が挑発するように言う。
「私が見ててあげる。どんな風に花火屋くんがゲームするのか、見せてよ」
「俺がゲームするとこ見に来たの?」
「うん」
「それだけ?」
「それだけよ? 他に何か?」
少しがっかりしながらも、勝太はゴーグルをかぶった。そして自分のスマートフォンを綺麗に拭いて、紗季に渡す。指が触れ合わないよう、気をつけて手渡した。
「白銀さんのスマホにミラーリングするより、こっちのほうが早いよ。これで見てて」
「わかった」
紗季は素直にそれを受け取った。
スマホ画面に、勝太が見ているヴァーチャル空間が映し出されている。まるで本物のような、薄暗いダンジョンの中だ。松明の炎が照らす中を、骸骨の化け物がうろついている。
「仲間が二人いるのね?」
紗季が聞く。
「うん」
勝太はそう言って後ろを向く。
そこに緑色の長髪に銀色の顔の、アンドロイドのようなメレディと、白いローブ姿に杖を持った美少女がこちらを向いて立っている。
「お名前は?」
「こっちのヒューマノイド生命体がメレディ。白いローブのが……ミア」
「元『サキ』ね」
紗季が満足そうに笑う。
勝太は何も答えず、剣を構えると、モンスター達に向かって歩き出した。コントローラーのスティックを倒し、駆け足になる。
骸骨のモンスターがこちらに気づき、剣を振り上げて襲いかかって来る。
「おりゃあ!」
いつもの癖で声を上げてしまった。紗季がいるのを意識して、いつもより弱い声になったが。
横薙ぎに剣を振ると、骸骨の首が飛んだ。次々と敵を斬り倒して行く。
紗季が見てくれていると思うと、緊張で動きは小さくなるが、気持ちは高揚した。勇吾の失踪のことすら忘れていた。ただカッコいいところを見せたくて、夢中で動き回った。
「もういいわ」と、紗季が言った。
「え」
敵をまだすべて倒しきっていない勝太は動き続けながら、残念そうな声を出す。
「飽きちゃった?」
「とりあえず、花火屋くんはこのゲーム世界の中で生きたいのよね?」
「え……。うん……。まあ……。ここではつまんないリアルと違って、その……俺、英雄になれるから……」
「この中で生きたいのよね?」
「え……うん」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ファイナルアンサー」
「やっぱり……。現実で生きられないくだらない人間ね」
「は!?」
「そんな人間は本当に現実から逃避してしまえばいい」
「はあ!?」
「『あなたの好きな場所へ行ってしまいなさい』」
紗季がその言葉を呪文のように唱えると、勝太の身体が光になった。そのまま、かぶっているVRゴーグルの中へ、吸い込まれて行く。
「わあああっ!?」
激しい衝撃があった。閉じた瞼の中に星が飛ぶ。
「いてて……」
目を開けると、ダンジョンの岩の天井と、心配そうに覗き込んでいるメレディの顔があった。
「ショウタ様、どうされたのです?」
やたらリアルなメレディだった。銀色の顔が鏡のように勝太の顔を映している。
鏡に映る勝太の顔も、アバターのそれではなく、リアルな勝太の顔だった。
メレディの固い手が、勝太を抱き起こす。そこにもちゃんと感覚があった。
「いきなり倒れられて、びっくりしましたよ? まるで空から落ちて来たようでした」
心配そうな声でそう言うメレディには答えず、勝太はもう一人のパーティーメンバーのほうへ、おそるおそる目を向けた。
白いローブ姿に杖を持った魔法少女がそこにいた。紗季とは違う顔だが、リアルな美少女だった。何も考えていないかのように、ただ身体をユラユラと揺らしている。
すぐにその身体が、いきなりバタッと地面に倒れた。まるで今、空からでも落ちて来たかのように。
「なんで!?」
顔を上げた時、白いローブ姿の美少女の顔は、リアルに怒ったような表情の、白銀紗季の顔になっていた。
「名前……、変えたのに! なんで!?」
歯噛みするようにそう言う紗季を見ながら、勝太はただわけがわからなかった。